疲れ切った龍二は、美幸の肩を借り眠っていた。緋音は手で顔を覆い、そんな彼女を真二は肩を擦り慰めていた。
機械の音が響くICU……酸素マスクから酸素を吸う麗華。
看護師がICUから出て来たと入れ違いに、シガンは彼女の元へ寄った。するとシガンは、霊気を放ちそして姿を変え鎌鬼へと変わった。
(……戻っておいで……麗華)
鎌鬼は静かに、麗華の額に手を乗せた。
心地良い風が吹き、麗華の前髪を靡かせた。
麗華はゆっくりと目を開けると、体を起こした。
一面に広がる草原……大きな木の下に、彼女は横になっていた。
「ここ……私、確か先輩達を」
『目が覚めた?』
「?
!……母さん」
隣で頬杖を着いていた母・優華は、微笑みながら麗華を抱き寄せた。
『全く、頑張り過ぎよ』
「……」
『さぁお帰りなさい。
皆が、あなたを待ってるわ』
額に軽くキスをすると、優華は麗華をいつの間にか現れた渦の中へ押し入れた。
「?」
カルテを書いていた茂は、動かしていた手を止め麗華の方を見た。
ゆっくりと開く彼女の目……
「……麗華ちゃん!」
「……し……茂……さん?」
「麗華ちゃん……」
意識が戻ったのを確認すると、茂は部屋を飛び出した。
「麗華ちゃんが……麗華ちゃんが、意識を取り戻しました!」
彼の言葉に、その場にいた全員が歓声を上げた。
同じ頃、眠っていた焔はゆっくりと目を開けた。そして、自身に添い寝する波と渚の毛を舐めた。
「焔!」
「焔!」
波はすぐ彼に体を擦り寄せ、毛を舐めた。ホッとした渚に業火は、頭を擦り寄せ彼女も彼に擦り寄せた。
数週間後……
庭で回復した麗華は、輝三と組み手をしていた。
怪我の後遺症は、奇跡的にも無く順調に回復していき今では組み手が出来るまでになった。
「何とか、順調だね」
「はぁ……よかったぁ」
「今回はマジで龍二、死にかけたもんな」
「魂抜けてたわよね?」
「あぁ」
「その龍二、今日は?」
「警察官学校に戻ってます。
しばらくの間、外出禁止だそうです」
「まぁ、あれだけルール違反してればそうなるわな」
「それで……麗華ちゃんを逆恨みしてた人達は?」
「もう退院したよ。
今は、週に二回通院して貰ってる」
「……薬にテトロドトキシンでも、混入しようかしら?」
「うちの病院の評判が下がるから、やめて下さい」
「姉さん、誰を毒殺しようとしてるの?」
組み手を終えた麗華は、緋音の傍で掻いた汗をタオルで拭きながら首を傾げて質問した。
「別に~」
「?」
「それより、大丈夫なのか?体」
「平気平気!組み手やったけど、何の負担も無かったもん」
「動きも問題ない。完全に回復しつつある」
「よかったぁ。
障害でも残ったら、どうしようかと思ったよ~」
「大丈夫だ。
残ったら、この俺が」
「隣に結婚相手いながら、何浮気しようとしてるの!」
真二の耳を引っ張りながら、緋音は怒鳴った。
「俺の嫁取るな、兄ちゃん」
後ろから、麗華の肩に腕を回しながら陽一は真二に言った。
「お!陽一!」
「こんにちは」
「オッス!真兄ちゃん!緋姉ちゃん!」
「何だ?また一人で来たのか?」
「親父とお袋が、今店忙しくて手が離せへんねん。
代わりに、俺が着てるんや。ほんまは姉貴も来るはずだったんやけど、仕事が終わらなそうやから」
「一人で来たと。
愛されてるねぇ、麗華」
「仄めかさないで下さい……」
「何だ、元気そうだな?」
牛鬼達と共にやって来た大輔は、数冊のノートを麗華の頭に乗せながら彼女に言った。
「星崎……」
「よっ!大輔、久し振りやな!」
「また騒がしい奴が来てる」
「騒がしいって言われるよ?」
「会う度にその挨拶かい!」
「麗華ぁ!会いたかったぞぉ!」
飛び付こうとした安土を、陽一は顔面パンチを食らわせた。
「麗に飛び付くな!この蜘蛛妖怪!」
「お前に命令される覚えは無い!!」
「お前はうるさい。少し引っ込んでろ」
喧嘩仕掛けた安土を、牛鬼は首根っこを掴み食い止めた。
「退院いつなんだ?」
「月曜日には。でも、しばらくは通院が必要だって」
「そっか。
あぁ、そうだ……今日、転校生が来たんだよ」
「転校生?」
「と言っても、出席日数が足りなくて留年したらしいよ。
えっと、名前がな」
その名前を聞いた瞬間、カルテを書いていた茂のボールペンが真っ二つに折られその場にいた全員が怒りのオーラを放った。
翌週の月曜日……
学校へ着た麗華……彼女の後から、優梨愛と共に亮介がやって来た。
「地獄の底から、這い上がりましたよ?先輩」
「いちいち嫌み言う奴だな。お前」
「つか、罪は?」
「仮釈放だ!仮釈放!」
「フーン……アンタも、親父のコネ使ったんじゃないの?」
「んな訳ないだろ!!
つか、何だよ!その先輩に対する態度は!」
「留年したんでしょ?
歳は先輩でも、学年は同学年で~す」
「中学から変わんねぇな?その性格」
「連戦連敗のくせに」
「それはお前だろ!」
「私は連戦連勝です!」
「俺が連戦連勝だ!」
「私です!」
「キリが無いから、やめろ!」
慌てて二人を止めながら、大輔は仲裁に入った。
「神崎の恨みは、俺が晴らしとくから」
「何だ、剣道部入るんですか?」
「この男に勝手に入部させられたんだ」
「お気の毒に」
「そんで優梨愛」
「?」
後ろから夕美は、彼女に抱き着きながら悪戯笑みを浮かべて質問した。
「彼とはどこまでいってるの?」
「え?そ、それは……」
「休んでた分、たっぷり聞かせて貰うよ?」
「いや、それはちょっと……」
「話さないなんて、無しよ」
「ちょっと、奈々!」
「素敵な一夜でも、過ごした?」
「奈々!」
ちょっかいを出す奈々に、優梨愛は顔を真っ赤にしながら怒鳴った。その様子に一同は笑い声を上げた。笑う麗華に、華純は抱き着きながら笑った。
夜……大木の枝に座る麗華と焔。その隣にはあの獣と亮介が座っていた。
「俺でいいのか?本当に」
「そいつが認めてるんですから、いいんですよ。
くれぐれも、扱い方を間違わないで下さいね」
「分かってるよ」
「じゃあ、私はこれで」
「これから宜しくな、神崎」
「こちらこそ、伊達先輩」
「先輩は止せよ」
「でも、仮にも中学と剣道の先輩なんですから」
「……
ありがとな」
「え?」
何かを言おうとした麗華を残し、亮介は獣に乗ってその場から立ち去った。去って行った彼の背中を見届けながら、麗華は傍にいた焔の頬を撫でた。