手当てを終えた皆は、ある一室に入った。
そこには、ベッドで眠る龍二に緋音、真二に大輔がいた。
「霊力の使い過ぎで、一時的に昏睡状態になってるだけらしい。
明日には、目が覚めるってさ」
花を入れた花瓶を手にした麗華は、杏莉達にそう言った。
「そうなんだ……」
「あれ?何で麗華は、平気なの?」
「この三人は、妖怪の道になってた……陣を壊したから。
陣は種類によって違うけど、中には壊した者の霊力を極限まで奪うやつがあるから」
「それに当たったって事?」
「そういう事」
「最も、君は二・三日は入院して貰うよ」
四人分のカルテを手にしながら、茂は麗華にそう言った。
「ま、またですか?」
「当然。
それに、色々怪我してるからその治療も」
ふと廊下から足音が聞こえ、麗華は病室の外に目を向けた。
「あ!刑事さん!」
「君等、怪我は大丈夫なのか?」
「おかげさまで!
見て貰ったら、全然平気でした!」
「そうか……」
「あ!そういえば、鈴村先生は?」
「別の病室で寝てるよ。
出血の量が多くて、危うく死ぬところだった」
「え?!だ、大丈夫なんですか?!」
「大丈夫大丈夫。
輸血したから、平気だよ」
カルテを書きながら、茂は笑みを浮かべて言った。彼の言葉に杏莉達は、ホッと息を吐いた。
「……」
目を覚ます鈴村……くらくらする頭を抑えながら、起き上がった。ふと自身が眠るベッドに目を向けると、そこに布団に伏せて眠る麗華の姿があった。
「……」
「おや?目が覚めましたか?」
毛布を持った茂は病室へ入り、和やかに言いながら鈴村に歩み寄った。
「……あの、何が」
「目が覚めたら、麗華ちゃんにちゃんとお礼を言って下さいね。
彼女、あなたに輸血してヘロヘロになってたんですから」
そう言いながら、茂は持っていた毛布を彼女に掛けた。
「……何で、俺なんかを」
「?」
「俺は……この子に、教師らしいことなどしていません。それに加えて、俺はこの子を……信じようとも」
「……初めてやる職業って、緊張しますよね」
「?!」
「子供の頃から夢だった職業に就いた時、嬉しさの反面緊張と不安で押しつぶされそうでしたよね。
ちゃんとやっていけるか、この職を全うできるかって……
僕もこの職に就いた時、そうでした……不安で相談したくてもする相手がいなかったもんで。
けどこの子(麗華)の母親のおかけで僕は、辞めずに挫くこと無く今ここにいます。
先生も、一度は辞めましたけど……やはり、諦めきれなかったんじゃなかったですか?教師という職を」
「……」
「もう一度教師をやり、麗華ちゃん達に対しての罪を償おうと思ったんじゃ無いんですか。
それで、また教師を」
話をしている最中、鈴村の目から一滴また一滴と涙が流れ出てきた。泣き声を上げぬよう口を抑えながら、体を震えさせて大量の涙を流した。
「……時間は掛かるかもしれません。
少しずつ、ゆっくりでいいです……立派な教師になって下さい」
「……い。
……はい」
翌日……
デイルームで、数十枚の紙に文字を書く龍二……
「桐島さん……こ、この量は何なんです?」
「校舎内の破損した分の始末書。
あと、外出申請も出さず勝手に寮の外に出た反省文だ」
「こ、こんなにあるんですか……」
「これでも少なめだ」
「感謝しろよ!先輩が、上に頭下げてお前の罰はそれで済んだんだぞ!」
「その辺は、よーく感謝します……で。
何、人の見舞いフルーツ食べてるんですか!?」
バスケットに盛られたフルーツを食べる池蔵に、龍二は書きながら怒鳴った。すると横から丁寧に切られたリンゴが彼の口に入れられた。
「文句言う暇があるんなら、早うその始末書書きなさい!」
「……何でお前がいんだよ!美幸!」
「麗華ちゃんから連絡来たからに決まってんやろ?」
「麗華……」
「たっぷりお灸添えて貰えば?」
「テメェ!!」
「はーい、兄妹喧嘩はやめよーね!」
二つのカルテで龍二と麗華の頭を軽く叩きながら、茂は優しく言った。
「目を離すとすぐに喧嘩するんだから」
「だって兄貴が!」
「お前が余計なことするからだろ!」
「余計な事って何さ!
兄貴の愛しい妻呼んで、何が悪いのさ!」
「呼べとは言ってねぇだろ!!」
「じゃあ訂正。
義姉さんに会いたくなったから、呼んだ」
「もう!麗華ちゃん、可愛い!
こんな義妹持てて、うち幸せやぁ!」
嬉しそうな表情を浮かべながら、美幸は麗華を抱き寄せ頭を撫で頬摺りした。
「そういえば、あの男の子は?」
「男の子?
あぁ!陽一な!あの子なら、勉強合宿で二・三日開けてるわ」
「なーんだ……
ちょっと会うの楽しみにしてたのに」
「まぁ、夏休みになれば会えるやろ?」
「……そうですけど」
「だ~れ?陽一って」
花束を手にした杏莉は、麗華に質問した。驚いた彼女は、蹌踉けながらも持ち堪えて杏莉達を見た。
「し、白鳥!?何で!?」
「お見舞いに決まってるでしょ!
それより、陽一って誰?」
「従兄弟」
「あら?麗華ちゃんのお友達?」
「……神崎さん、この人誰?」
「あぁ、この人は」
「初めまして!三神美幸と言います。
夫と義妹が、いつもお世話になっています!」
「夫……」
言葉を繰り返しながら、杏莉達はふと麗華を見て始末書を書く龍二を見た。よく見ると、彼の薬指には銀色に光る指輪がされており、同じ指輪を美幸がしていた。
「……もしかして、お兄さんの奥さん?」
「そうだよ」
「……えぇ!?
お兄さん、結婚してたの?!」
「してるわ!!てか、前に話しただろ!!
婚約者いるって」
「うわぁ……こんな美人な人だったんだ」
「何やってる人なの?」
「デザイナー。
確か、この雑誌に……
あった。ほら」
机に置いてあったファッション雑誌に載っている記事を麗華は杏莉達に見せた。
そこには、和をモチーフにした衣服を着たモデルさんと和服姿の美幸が写っていた。
「あー!この人!」
「今年からデビューした、ファッションデザイナーの美幸さん!」
「その人が、この人」
「そう」
「嘘!?麗華、こんな有名人の義理の妹なの!?」
「……そんなに有名なの?義姉さん」
「まだまだ、駆け出しや!
たまたま高校の時に思い付いたアイディアが、運良く採用されてるだけやて」
「とか言って、社長とかに媚び売ってんじゃねぇだろうな?」
「んなわけないやろ!!
社長言っても、女社長や!しかも本社ここや!ここ!」
「どうだか……」
「こら!妻を信用せんか!」
騒ぐ杏莉達……
その様子を、遠くからソファーに座っていた鈴村は大輔と眺めていた。
「……星崎は、あの輪に入らないのか?」
「入らねぇ。面倒臭い」
「……そうか」
「……変わんねぇな、そこんとこ」
「え?」
「小一の道徳の時間、アンタよく全員がちゃんと参加できるような授業してたじゃねぇか。
班の皆と力を合わせて、学校の全体図を描かせたり……
額に貼られたシールの色同士を、口をきかずに集めさせたりして……
誰一人、欠けさせない様にして」
「けど……お前も神崎も、あんまり乗り気じゃ無かったみたいだったけど。
皆、元気か?」
「ピンピンしてますよ。
特に九条達は」
「……そうか。
そういえば、何でお前が都会の高校なんかに?
てっきり、九条達と同じ高校だとばかり」
「……家事情で、こっちの高校に」
「そうだったのか……」
「二人で仲良く昔話ですか?」
鈴村を挟むようにして、麗華は左隣に座った。
「まぁ、そんなところだな」
「星崎が自分から話すなんて、珍しい」
「うるせぇ」
「ヒヒ!
まだ、許したわけじゃ無いから」
「え?」
「けど、私も星崎もアンタの授業には出る。
ボイコットもしないよ」
「……」
「まぁ、先生とは呼ばないがな」
「あぁ、それ私も」
「……お前等なぁ」
「呼ばれたきゃ、さっさと一人前になって下さい」
「偉そうに」
鈴村は笑みを浮かべながら、二人の頭を撫でそして抱き寄せて言った。
「……ありがとう。
星崎、神崎」
「……殴って悪かった」
「色々ごめん」
「もういいよ。
それより、神崎……輸血、ありがとな」
「どう致しまして」
その時、机を叩く音が響いた。ハッとした麗華は龍二達の方に目を向けた。そこには椅子から勢い良く立ち上がった龍二が、美幸と口論していた。その二人を見て、池蔵と杏莉達はオドオドし、桐島と茂はやめるよう注意するが勢いは止まらなかった。
「ここ、外だっての」
そう言いながら、麗華は二人の間に立ち仲裁に入った。
彼女に怒られた二人は、反省しながら頭を下げそれを見た桐島達は一斉に笑い出し、釣られて大輔と鈴村も笑い出した。
その笑い声はデイルーム中に響いた。
笑っていた鈴村はふと、笑う皆の顔を見た。そして大輔と麗華の顔を見た。
(……今度は、あの笑顔を壊さないように、守っていこう)
人知れず、鈴村は一人そう誓った。