「麗様!!壁を作り上げました!」
「分かった!」
その時、背後から妖怪が麗華と焔に向かって襲い掛かってきた。
「伏せろ!!」
その声に、二人はすぐに地面に伏せた。その直後頭上に、矢が通り過ぎ矢は妖怪の脳天に刺さり妖怪はそのまま倒れた。
「よっしゃぁ!!命中!!」
「中村先輩……それに、藤宮先輩」
「怪我はないか!?」
「だ、大丈夫です……それより、何で弓矢を?」
「大会前で、持ち帰って練習場を借りてやってんだ。な!」
「応よ!」
「じゃあ、その二人にお願いがあります。
敵を引き付けて、校舎にいる生徒全員を外に出してください」
「よっしゃ!引き受けた!」
「合点承知だ!!」
「じゃあお願いします!」
校庭に作られた退路を、一階にいた生徒と教員は走り出ていた。二階にいた生徒達は、渚と氷鸞が敵を引き付けている間に逃げ出し、三階にいた生徒達も雷光と大輔が退路を開き逃げて行った。中村と藤宮は四階、五階へ行き敵を引きつけながら、生徒達を逃がした。
動けない子達は、雷光と氷鸞、渚と焔、丙と雛菊が麗華の指示に従いながら、外へと運び連れ出した。
残りが僅かになった時、氷の壁が壊された。さらに一体が学校の外へ出ようとしていた。
「ヤバい!!避難中止!!」
「え?!まだいるよ!?」
「退路が壊された!これ以上の避難は無理だ!
焔!」
外にいた焔の名を呼びながら、麗華は窓から飛び降りた。焔は落ちてきた彼女を背中に乗せ、龍二の元へ行った。
「あの結界を張るぞ!」
「そのつもり!」
二人は赤い札を取り出し、そして手を切り血を出した。
「「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!
九字結界、発動!!」」
赤い稲妻を放った札から、学校周りに赤い結界が張り巡らされた。学校から出ようとした妖怪は、結界に跳ね返され、その場に転がり倒れた。
その結界を見た瞬間、桐島は思い出した……輝二が生きていた頃、結界について話してくれた。
『そんなに結界って、種類あるのか?』
『あぁ。主に使われてる結界は防御用だけど……
時々、攻撃してきた相手を攻撃する結界や捕獲用の結界もあるけど……
最も強力なのは、己の血と引き替えと特別な札を使って張る結界』
その時の事を思い出した桐島は、目の前に張られていた結界とその中にある学校を眺めた。
(……死ぬな。
龍二君、麗華ちゃん)
校舎の中へ入った龍二達は、残っていた数名の生徒と鈴村を連れて、保健室に身を潜めていた。
「痛ってぇ!!」
「暴れない!」
「丙、もうちょい優しく……」
「黙っていろ!」
龍二と真二は丙と雛菊から傷の手当てを、二人の傍ら麗華は緋音から傷の手当てをして貰っていた。
「相変わらず、二人してうるさいわねぇ……」
「そんで……残ってんのが、麗華のクラスメイト五人と他のクラスメイト二人と、高三が男女合わせて八人」
「あと、先生を入れて十六人残ったって訳ね。
まぁ、私達を入れると二十一人か」
「あの、これからどうするんですか?」
「た、助かりますよね?」
「もちろんだ……と、言いたいところだけど、正直言って全員を無事に返せるかどうか」
「……」
「怖がらせる様な事を言うな!皆、怖がってんだろ!」
「悪い……」
「神崎先輩!」
「何だ?」
「ずっと思ってたんですけど……
あの妖怪、どっから出てくるんですか?」
「それなんだが……皆目見当がつかない」
「え?!」
「という事だから、今から俺等で校内の捜索する」
「外もか?」
「もちろんだ。
真二は俺と、麗華は大輔と一緒に行動してくれ。
緋音はここで皆と一緒に残っててくれ」
「分かったわ!」
「ちょっと待って」
話がまとまりそうだったところへ、鈴村は話し込んできた。その瞬間、焔は大狼姿になり牙を向けた。そんな彼を麗華は宥めた。
「いくら何でも、神崎達には危険すぎる。
代わりに俺が」
「臆病者が、口出しするな」
「っ……」
「ちょっと大輔、その言い方はないんじゃないの!!」
「そうよ!鈴村先生は、二人が心配だから」
「今は心配なんだ……
昔は空気同然に扱ってたのに」
「!」
「妖怪を信じてないくせに、危ないとかよく言えるよね?
何?戦ったことでもあるの?」
「そ、それは……」
「我等弓道部の女神が」
「堕天使になろうとし」
言い掛けた瞬間、龍二は中村と藤宮の頭を殴った。
「とにかく、私達がやろうとしてることに首を突っ込まないで」
「ダメだ。
俺はお前等の担任だ、見捨てる訳には」
「一度裏切った野郎の言うことを聞けるか!!」
「だがもし、お前等が行って怪我でもしたら」
そういった瞬間だった……頬を叩く乾いた音が、室内に響いた。息を荒げる麗華を前に、鈴村は赤く腫れた頬を手で抑えた。
「散々私を化け物扱いしときながら、今頃人扱いするの?」
「……」
「……アンタのせいで、私の人生滅茶苦茶になりかけたんだから!!」
胸倉を掴み上げ、そう怒鳴ると鈴村を投げ倒し力任せにドアを開け飛び出した。その後を焔は追い掛けていき、鈴村は彼女の名を呼びながら追い掛けていった。そんな二人を龍二と真二、中村と藤宮の四人は慌てて追い掛けていった。
「……何かあったの?大輔」
「……別に…大したことじゃ無い」
「でも……
麗華さっき、先生に向かって化け物扱いしたって」
「……」
「星崎、お前何か知ってんなら話せよ」
「……話してどうする。
お前等が全部解決してくれるわけでもないだろ」
「それは……」
「話してくれなきゃ、こっちだって何していいか分からないよ!」
「じゃあ、分からなくていい」
「そんな事言うなら、鈴村先生と仲直りしなさいよ!
突然殴ったりなんかして……」
「……傷」
「え?」
「先生の首元に、大きな傷跡があったの……
先生、慌てて隠したけど……」
「そういえば、星崎君の額にも確か傷跡あるよね?」
「だから、事故で出来た傷がそのまま」
「神崎の奴、鈴村を刺したんだろ?」
「?!」
「ちょっと、翼!」
「お前等が保健室で話してるの、聞いたんだよ。
鈴村を滅多刺しにしたって」
「嘘だろ……あの神崎が」
「人を刺すなんて……」
「……」
「何があったんだよ、お前等二人と鈴村に」
「……」
フラッシュバックで思い出す記憶……
血塗れになった硝子の破片を手にする麗華。額を切られた自分は、鈴村を刺す彼女を止めようとしたが止められなかった。
「……(限界だ……神崎、こいつ等に話すぞ。
それが嫌で、学校行けなくなったら……俺が迎えに行ってやるから)
鈴村は俺等が小学生時代の担任だった」
「え?」
「鈴村先生、今回が初めてじゃないの?先生やるの」
「あいつは大学卒業と同時に、うちの学校に採用されて俺達の担任になった。
新人のせいか、頼り甲斐がなくていつもクラスの奴等にからかわれてた。
けど、あいつはいつも面白い話をしながら授業をやってくれて退屈じゃなかった」
「確かに、鈴村先生いろんな話してくるよね」
「そうそう!日本史の豆知識とか、教科書には載ってない事を教えてくれたりして、結構楽しいよね」
「あんな楽しくて優しい先生なのに……何で仲が悪くなったの?」
「……小一の夏休み明け、突然神崎へのいじめが始まった」
「え……」
「……何で?」
「余所者で、霊感がある。理由はそれだけだ」
「そんな理由で……」
「島の奴等からの迫害と学校からのいじめ……それに、当時世話になってた家の人からもいじめを受けてた」
「嘘……
?ちょっと待って」
「?」
「何で、家の人が麗華をいじめるの?
お兄さんは何をしてたの?」
「……」
黙り込む大輔……そんな彼を見た翼は、何かを思い出そうとした。
一時的に泊まった麗華の家……襖の隙間から見えたある一室。そこに飾られていたいくつもの写真立て。
「……なぁ」
「?」
「もしかして……神崎の奴、親いないんじゃ」
「え?」
「星崎、どうなんだ?」
「……それは」
「そうよ」
今まで黙っていた緋音が口を開き答えた。
「麗華ちゃんと龍二のお母さんは……
麗華ちゃんが小学校に上がる前に事故で」
「……」
「あの、お父さんは?」
「麗華ちゃんが産まれた日に、殉職したの。
お母さんが亡くなった当時、まだ小学生だった龍二は自分が麗華ちゃんの面倒を見るって言ったんだけど……
四月から中学生が小学生を抱えて生活するのは無理だって事で、麗華ちゃんは島に住む親戚の家に預けられたの」
「……」
「年を追う毎に、いじめは酷くなっていった。最悪、島の奴等は神崎を化け物扱いするようになって、挙げ句の果てには島で起こる怪奇事件の犯人を全て彼女に押し付けた。
次第神崎は、家から出ることが出来なくなっていた。そして持病の喘息はどんどん酷くなっていき、食事も受け付けなくなった。
そんなある日……小三の夏休み前、神崎は鈴村にせがまれて何とか学校へ登校した。だが、そこで事件は起きた。
クラスで体育着の盗難があった。発覚した頃に来た神崎にクラスの奴は犯人だと決め付けた。神崎は誤解だと言ったが、誰も耳には入れなかった。騒ぎが続いて、朝の会が始まった……鈴村は話をしてから、体育着を探すことにした。だが、話は悪い方へ進んでいき、そしてあいつ(鈴村)は神崎をその犯人にした。何の証拠も無しに……」
「そんな……」
「酷過ぎる!!それじゃあ、麗華があんまりじゃない!」
「犯人だと分かった瞬間、罰ゲームだと言って全員が神崎に暴行した。俺ともう二人が、そいつ等を止めようと必死になって抗議したが、止めることが出来なかった。
あいつの堪忍袋の緒が切れたのは、その直後だった」
そう言うと、大輔は額に出来た傷跡を軽く触った。そして、深く息を吐くとあの日のことを話した。
暴行した男子達と鈴村を硝子の破片で刺し、その後力任せに殴ったこと……その話を聞いた翼達は、絶句した。
「……これで、話は全部だ。
分かっただろ?何で、俺と神崎があいつを避けているか」
「……」
「学校で問題起こしたって龍二から聞いてたけど……まさか、そんなことがあったなんて……」
「鈴村先生の首元の傷跡、その時のだったんだ……」
「……許せない気持ちは分かる。
けど、鈴村先生は変わろうとして九年もの間ずっと努力してきたんでしょ?だったら、もう許してあげなよ」
「被害に遭ってないから、そんなことが平気で言えるんだな。遭ってたら、そんな言葉出やしない」
「けど!鈴村先生、もしかしたらずっと」
“ドン”
朝妃が話をしている時、突然ドアが壊された。外から妖怪が入り込んできた。
「キャァアア!!」
「皆下がって!」
薙刀を構えた緋音は、朝妃達を後ろに行かせ迫ってきた妖怪に攻撃した。妖怪は一瞬怯んだが、咆哮を上げると茜に向かって突進してきた。
「日野崎先輩!」
「先輩!」
その時、壊された扉から管狐が現れ妖怪に噛み付いた。
「オイゴラァ!!人の女に手ぇ出すな!!」
筒を手に、真二は妖怪に近寄ってきた。彼の後ろから中村が追い付き、妖怪を見ると素早く弦に矢筈を嵌め矢を放った。矢は妖怪の右目に刺さり、弱った隙を狙い管狐は喉を噛み砕いた。
「フー……何とか、間に合った」
「な、何があったんです?」
「丁度こいつ等の溜まり場みたいな場所に来ちまって、先輩達と倒したんだが何匹か逃げて……」
「それで、この一体を追い掛けてきたと……」
「そういう事だ」
「あの、神崎さん達は?」
「分かんねぇ。どこにいるのか……さっきのではぐれちまったし」
「一先ず、ここを離れる。
もしかしたら、麗華達の教室にいるかも知れない」
「はい」