二年生になった麗華は、新しい教室へ入って行った。
「あ!麗華!
また一緒のクラスだね!」
中には、変わらないメンバー……朝姫、杏莉、翼、卓也、そして大輔がいた。
「神崎さ~ん!」
後ろからは華純が抱き着き、背中に頬をスリスリとしてきた。
「良かった~!神崎さんも一緒で!
守部君も水戸部君も、別のクラスになっちゃったって!また一人になったらどうしようって思ってたの!」
「いや、クラス分けの紙張り出されてたんだから、私がいるかいないか分かるでしょ?」
「自分の名前探しで、力尽きた!」
「おいおい……」
「そう言えば、確か優梨愛達も一緒のクラスなんだよねぇ」
「ゲッ、マジかよ」
「俺、アイツ等好きじゃねぇ」
「そうは言っても、クラス替えはこれで終わりだよ」
「嘘!!本当?!」
「うん」
「高二になると、進路の事とかがあるから同じ担任の方が良いんでしょ?」
「なるほどねぇ」
「ねぇねぇ!私達の担任って、どんな先生かな?
また湯崎先生がいいなぁ」
「湯崎はD組」
「え!?何で知ってるの!?」
「クラス分けの紙の上に、担任の名前も書いてあった」
「見てない!」
「私等のクラス、B組は?!」
「確か、新しい先公だって噂で聞いた」
「新任!わぉ!」
「男女どっち!?」
「男らしい。新任だから、副担任が就くって話だ」
「へ~。
名前は?」
「え~っと……鈴」
「鈴?」
「鈴何とかだった気がする」
「鈴木?」
「いや、違う」
「鈴山?」
「違う」
「鈴本?」
「違う」
「鈴森」
「いや、それも」
朝妃達が話で盛り上がっていた時、大輔は顔を顰めて傷跡がある額を手を当てた。彼とほぼ同時に麗華は胸騒ぎを感じ、手を胸に当てた。
「?二人共、どうかした?」
「え?」
「何で?」
「何か……顔色、悪いよ?」
「風邪引いたとか?」
「ちょっと、胸騒ぎが……」
「俺は額の傷が、何か知らねぇけど痛むんだよ」
「星崎、それは痛い」
「額に傷あんだよ!!見ろ!!」
垂らしていた前髪を上げて、大輔は額に出来た大きな傷跡を朝妃達に見せた。
「うわっ!どうしたの!?」
「昔、事故で」
「痛そう……」
「三針か四針ぐらい縫ったからな」
「それはお気の毒に」
“ガラ”
過去の過ち
ドアが開き、そこに立っていたのは剛田だった。
「ホームルーム始めるぞ!早く席に着け!」
彼の言葉に慌てて、立っていた生徒達は自身の席に着いた。剛田のが入り次に男が入ってきた。
「……!!」
「……!!」
その男の姿に、麗華と大輔は目を疑った……男は剛田の指示に従いながら、黒板に名前を書きそして前を向いた。
「今日から、このクラスの担任を任された……
鈴村大地です」
灰色のスーツに赤茶のネクタイを締め、寝癖のような髪型に、あの時と変わらないまだ子供観が残る顔立ちをした男……次の瞬間、麗華は激しく咳き込み口元を手で抑えながら、教室を飛び出した。
彼女の後を追い掛けようとした鈴村に、大輔は彼の肩を叩き振り向いたと同時に、思いっ切り殴り飛ばした。殴られた勢いで、鈴村はキャビネットに体をぶつけ座り込んだ。
「ほ、星崎!!何」
「何しに帰ってきた!!」
座り込んだ鈴村の胸倉を掴みながら、大輔は怒鳴った。
「散々神崎を傷付けておきながら、平気な顔してよくも教壇に立とうなんざ思ったな!!」
「……」
鈴村を突き飛ばすと、大輔は教室を出て行き麗華の後を追い掛けていった。
騒ぎ出す生徒達を、剛田は慌てて沈めさせ前の席にいた朝妃は、座り込んでいる鈴村の元へ寄った。
「先生、大丈……!」
首元にあった大きな傷跡に、朝妃は驚き黙ってしまった。その視線に鈴村は、慌てて首元のボタンを閉め剛田に職員室へ戻ると言って教室を出て行った。
その頃麗華は、流し台で水を流し台の縁に凭り掛かり座っていた。浅く息をしながら立ち上がろうと足に力を入れるが、上手く力が入らずよろけその場に座り込んでしまった。
(駄目だ……力が入らない)
「神崎!」
声がした方に目を向けると、大輔が駆け寄ってきた。彼は座り込んでいる麗華に肩を貸し立ち上がらせ保健室へ連れて行った。
「……俺がいけないんです」
会議室で、鈴村は剛田に言った。茶を煤っていた彼は驚き、口から湯呑の縁を離した。
「鈴村先生、あの二人こと知っているんですか?」
「……教師になって、初めて受け持った生徒なんです……」
「え?鈴村先生、確か今年から新米教師だって」
「一度、教師を辞めているんです……」
「……」
「それが原因で、俺は極度の鬱になってしまって……三年前、やっと普通の生活が出来る様になって……しばらくボランティアで、施設の子供達に勉強を教えていたんです」
「じゃあ、再び教師になろうと思ったのはそれが?」
「ハイ……再度教員免許に受かって、今住んでいる場所からほど近い場所を選んで」
「ここにした」
「はい。
けど、名簿を見た時もしやと思いました……見覚えのある名前だったので」
「道理で」
「……二人は、どういう子になりました?」
「そうですねぇ……
星崎は、まぁ一人で行動するのが好きな奴ですね。けど、見掛けによらず面倒見が良くて……それもあってか、男女問わず結構人気ありますよ。それから、剣道部では次期主将と期待の星です!」
「……そうですか。
星崎は、小学校に入る前からずっと剣道を習っていたので」
「だから、あんなに強いのか。
大会に出る度に、必ず五位以内に入っていたので」
「……あの、神崎の…方は」
「神崎も星崎と同様です。彼とよく一緒にいるのが、彼女ですし。
生活面に関しては、よく居眠りしてますね。そのせいか、いつだったかテストで十番か二十番ぐらい落として……兄の龍二から雷を喰らったそうで。今は真面目に授業を聞いているみたいです」
「……友達面の方は、どうですか?」
「友達はたくさんいますよ。
特に仲良くしているのは、立花と白鳥、大野に山本。後は、同じ部活の子の伊藤と別のクラスにいる守部と水戸部ですね」
「仲間外れにされてないんですね!」
「え……えぇ」
「……良かったぁ」
「……」
深く息を吐く鈴村の目から、涙が零れ落ちていた。それを見た剛田は、ポケットからハンカチを出し彼に差し出した。
『……神崎さん、嘘吐いちゃダメだよ』
『先生、また神崎さんが嘘吐いてます』
『あと、神崎さんうるさいです』
『とりあえず、保健室行こう。ね?』
『神崎さん、あまり先生を困らせるようなことをしないで貰えるかな?』
『アンタは何を見てたんだ!!
一歩間違えてれば、麗華は死んでたんだぞ!!』
『申し訳ありません!』
『先生!神崎さんが、授業の妨害しまーす』
『鈴村先生、あなたのクラスがうるさいと他の先生方から苦情が来ていますが?どういう事ですか?』
『申し訳…ありません』
『先生、何で神崎さんだけ体育をズル休みできるんですか?』
『ズリィよな?
それで、勉強出来てんだもんな』
『そうは言っても……神崎さんは、病気だから仕方ないんだよ』
『病気だったら普通、学校来ないものよ。何で来てるの?』
『そ、それは……(どう説明すればいいんだろう)』
『神崎の奴、ついにズル休みするようになったな?』
『いいよなぁ。
余所者は気楽で』
『鈴村先生、お宅のクラス不登校児がいるみたいですね。
困るんですよ、そういう子を出されると。何とか登校させて下さい』
『……』
『鈴村先生!』
『あ、はい!』
『しっかりして下さい!
全く、余所者はこれだから』
『すみません……麗華ちゃん、誰にも会いたくないと』
(会えない不登校児に、どうやって登校させればいいんだ……)
(とりあえず、電話は入れた。
後は、明日に賭けるしかない)
(あれ……ここは……
体が痛い……それに、動かない……俺は)
『首元を切られたんですって』
『それに胸や背中にも……』
『一歩間違えてれば、大量出血で亡くなっていたかもって』
『刺した生徒さんは?』
『お兄さんが引き取っていったって』
『そう……やっぱり、家族と一緒にいる方が体にはいいんじゃないかな』
『そうよね。
先生も言ってたわ。あの子の体調不良は、ストレスから来るものだって』
(俺だって……
いや、もうどうでもいいや。
もう……なるようになれ)