眠い目を擦りながら縁側に来た大雅は質問した。
「え?果穂の奴、いないの?」
「麗華ちゃん、会ってないの?」
「会ってないって」
「果穂、勇太君を連れてあなた達の後を追って行ったの……」
「え……まさか、まだ」
「勇太……杏莉!!あなたがいながら」
「黙ってて!!」
父親の上着を脱ぎ捨て、杏莉は山の方へ駆けて行った。
「杏莉!!」
「白鳥!!
焔、追い駆けて!!」
「何回追えばいいんだよ!!」
文句を言いながら、焔は大狼へと姿を変え杏莉の後を追いかけて行った。麗華は木の笛を鳴らし、そして泣き崩れている女性を見た。
「うっ……うっ……勇太」
「……」
「勇太……勇太」
「……何で、白鳥を産んだの?」
「!」
「勇太勇太って……白鳥の事は、心配じゃないの?
言っとくけど、高校生でも…姉貴でも……まだ子供だからね」
森から出てきたムーンの鳴き声に、麗華は一緒に山へ入って行った。輝三は残っていた二人の警官に、再び山を捜索と命令を下していた。
暗い山道を歩く果穂と勇太……
「あれ?また変な所出て来ちゃった」
「フゥー……あとどれくらい歩けばいいんだよ」
「だって……
紅がもう少し大きければ」
大型犬サイズの狼になっていた紅を見ながら、果穂は少しガッカリした様子で言った。彼女は申し訳なさそうにして、耳を下げた。
「犬に八つ当たりするな」
「犬じゃない!!狼!
言っとくけど、大きくなれば焔みたいにカッコイイ狼になるんだから!!」
「狼って……狼はとっくの昔に絶滅してるよ」
「普通の狼わね」
「普通って……え?」
「紅と焔は、白狼一族って言う狼が妖怪化した一族なの!」
「狼が……妖怪」
その時、茂みがざわついた。二人は立ち上がり、ソッと後ろへ下がりながら相手が出る前に素早く逃げ出した。
険しい山道を走っている途中、果穂は木の根っこに躓き転んだ。勇太は慌てて彼女を起こし手を引きながら、走り続けた。
息を切らしながら、走っていた時だった。足を踏み外し、二人は崖から落ちてしまった。果穂はすぐに崖縁を手で掴みもう片方の手で勇太の手を握り、二人は宙吊りになった。
「果穂!」
崖縁を掴む彼女の手を、紅は人の姿へとなり掴んだ。
「く、紅……は、早く下の奴を」
「で、でも……」
「早く行って!!手が持たない!」
怒鳴られた紅は渋々手を離し、崖を飛び降り勇太を持ち上げた……その時、茂みがざわつきそこから妖怪が現れた。
「嘘!?こんな時に」
「……た、助けて!!姉ちゃーん!」
その声に応えるかのようにして、違う茂みから杏莉が出て来た。
「勇太!!」
「姉ちゃん!!」
目の前にいる妖怪に、杏莉は近くにあった枝の棒を持ち構えた。妖怪は鳴き声を上げながら、牙を剥き出し杏莉に近寄ってきた。
「弟に何かしてみなさい……許さないからね!!」
「姉ちゃん!危ない!!
お前、何とかしろよ!」
「無理!!
ここで火を使うなって……爺様が」
「火って」
震える手脚を、息をしながら落ち着かせようとする杏莉だが震えは一向に収まろうとしなかった。
牙を剥き出しだ妖怪は、何かに気付いたのか足を止め上を向いた。ふと風が吹き空から、大狼姿の焔が降り立ち彼とほぼ同時に、ムーンと麗華が現れ出てきた。
「麗華!」
「やっと見つけた。
ムーン、そいつと一緒に帰って。今回は色々とありがとう」
鳴き声を上げると、ムーンは妖怪の元へ行き鼻を動かし茂みの中へ入り妖怪もムーンの後を追い駆けていった。
「焔、果穂を」
大狼から人の姿へとなり、焔は果穂を持ち上げ地面に置いた。彼に続いて紅は勇太を地面に下ろし、そして傍にいた焔に抱き着いた。
「ウワーン!怖かったぁ!」
「白狼のお前が怖がってどうする……」
「だってぇ!!」
紅が焔に泣き付く隣で、果穂は麗華に抱き着き泣き喚いていた。そんな光景を見た勇太は、ホッとしたのか涙を流し傍にいた杏莉に抱き着き泣き出した。
「馬鹿!男が泣くな」
「らっれぇ!(だってぇ!)」
「お姉ぢゃん追い駆けだの!れも、見失っで!
歩いでだら、ざっぎの妖怪に」
「分かったから。もう泣くな」
「ウッ……ヒック」
擦り剥いた膝を軽く手当てすると、既に狼になっていた紅の背に乗せた。
「白鳥達は焔に乗って」
「分かったけど……麗華は?一緒に乗らないの?」
「流石に三人はキツいよ。
大丈夫」
ポーチから札を取り出し、それを投げた。札は煙を上げそこから馬の姿をした雷光が現れ出た。
「す、凄ぇ……紙から馬が出て来た」
「紙じゃないよ。
あれは札」
「札?」
「そう。そんで、出て来たのは式神」
「式神って、ゲームとかに出て来る妖怪のことか」
「そうそう」
「さぁ、行くよ。
近くの茂みで下ろすから」
「……姉ちゃん」
「ん?」
「ちょっと、お願いがある」
「お願い?何?」
「麗華さん達もお願い。協力してくれないかな」
「出来る範囲なら構わないけど……」
「どうしたの?」
「……実は」
輝三宅……先に山から下りてきた警官達は、輝三に見付からないことを報告していた。それを聞いた母親は、再び泣き崩れ彼女を慰めるようにして、父親はずっと背中を擦り言葉を掛けた。
その時、空から焔だけが舞い降りてきた。背中には怪我をした勇太一人だけが乗っていた。
「ゆ、勇太!!」
輝三の手を借りながら下りる彼の元へ、母親は駆け寄り抱き締めようとした。だが、その手を勇太は叩き払った。
「……母ちゃんは、姉ちゃんが心配じゃないの?」
「え?」
「姉ちゃん……
俺を……俺を助けようとして、崖から落ちたんだよ……」
泣きながら言う勇太の言葉に、父親とその場にいた一同は驚いた。
「……い、いいの」
「?」
「ママは……勇太さえ無事だったら、いいの」
そう言いながら、母親は勇太を抱き締めた。次の瞬間、勇太は抱き締めていた手を振り払い母親を突き倒した。
「母ちゃんなんて、大っ嫌いだ!!」
「!?」
「母ちゃんなんて、もう家から出てけ!!
俺は姉ちゃんと父ちゃんがいれば、それでいい!!もう母ちゃんなんて、いらない!!」
魂が抜けたの様な表情を浮かべながら、母親は目から涙を流し放心状態になってしまった。
その間に、輝三は焔から話を聞いていた。
「作戦?」
「あぁ。
勇太の奴は、もう母親に心配されるのは嫌何だと。本人にもう大丈夫だと何回言っても聞き入れて貰えず。
勝手なことをすれば、姉が怒られる……じゃあ、いっそのこと自分が母親が嫌いだと言えば多少効果はあるんじゃないかと」
「それで、今やってるって訳か……
それで、肝心のあいつ等は?」
「そろそろ、雷光が来る頃だ」
空に目を向けると、黒い馬と狼が舞い降りた。
「……!
杏莉!」
雷光に乗る彼女の姿に気付いた父親は一目散に、駆け寄った。先に下りた麗華の手を借りて杏莉は雷光から降りそして、駆けてきた父親と抱合した。
「よかった……よかった無事で……」
「パパ……」
「さぁ、中に入ろう」
「……うん」
「姉ちゃん!」
駆け寄ってきた勇太に、杏莉は父親に見られないようにウインクをした。それに対して勇太は、満面な笑みを見せた。
麗華は寄ってきた焔の頬を撫でながら、雷光を戻し輝三の傍へ寄った。
「見事な作戦でしょ?」
「そうだな。
あの母親も、これで少しは懲りただろ」
「そんなの駄目に決まってるでしょ!!」
突然その怒鳴り声が聞こえた。驚いた二人は、その声の方向に顔を向けた。
そこには今まで泣き崩れていた杏莉の母親が、立ち上がり二人を見て怒鳴っていた。
「勇太、今すぐママ達と一緒に宿へ戻りましょう」
「嫌だって!!俺は今日、姉ちゃんと一緒に姉ちゃんの友達の家に泊まるんだ!!」
「訳の分からない事を言わないで!!さぁ、ママと一緒に」
「嫌だったら!!」
差し伸ばしてきた母親の手を叩きはらい、勇太は杏莉の後ろへ隠れ抱き着いた。
「もう母ちゃんの言う事なんて聞かない!!母ちゃんの言う通りに生きてたら、大事な友達を失くして、独りぼっちになっちゃうよ!!」
「……」
「二人の好きにさせよう」
「あなた……だけど、勇太だけでも!!」
「百合子!」
「!」
「勇太も杏莉も、もう子供じゃないんだ。
勇太の年頃は、いろんな経験を体験させなきゃいけない時期なんだよ」
「……」
「麗華ちゃん……二人をお願いしていいかな?」
「はい」
「刑事さん、今日はいろいろお騒がせしてすみませんでした」
「何、お子さんが無事で何よりです。
宿までお送りします」
「わざわざご丁寧にありがとうございます」
ふらふらとする百合子を、父親は連れて行き車に乗せた。警官は輝三と麗華に敬礼をすると、車に乗り発車させた。
「やれやれ……とんだ母親だな」
「でしょ?面倒みてんのはどっちだって話よ」
「全くだ」
「ねぇ、麗華さん」
「?」
「麗華さんって、ヤクザのお嬢さんなの?」
「は?!」
その言葉を聞いた輝三は頭を掻きながらそっぽを向き、麗華は吹き出し笑った。
「え?俺、何か変なこと聞いた?」
「さぁ……」
「違う違う!この人は輝三。白鳥は一回会ってるでしょ?スキー教室とキャンプで」
「……あ!顔面がヤクザみたいな刑事!」
「おい小娘、今晩野宿させるぞ」
「そ、それは結構…です」
「ちなみに、輝三は刑事ではなく警視監です」
「え?!あの顔で!」
「麗華、いっぺん殴らせろ」
「殴るなら、泰明さんを殴ってください」
「そんな理不尽な!!」
「部屋で教えてあげるから、何であの顔になったのかを」
小さい声で言いながら、麗華は紅に乗っていた果歩を背負い縁側から上がった。そんな彼女の背中を見ながら杏梨は笑みを浮かべ、勇太の背中を押しながら中へ入った。
杏莉達がお風呂に入っている頃……
果穂の傷を手当てする麗華の隣で、里奈は腕を組み苛立っていた。
「全く……ママの言うこと聞かないから」
「……」
「果穂、ママに何か言う事ないの?」
「……」
「果穂!!」
「里奈さん、そう怒鳴らないで。
果穂の奴、反省してますし」
「……」
「ほら、手当終わったよ」
「……今日、お姉ちゃんと一緒に寝る」
「ダメに決まってるでしょ!
ママ達と一緒に寝ましょう」
「嫌だぁ!
拓海の夜泣きで、寝不足気味なの!バァバの家にいる時くらい、好きにさせて」
麗華に抱き着き、果穂は里奈に背を向けた。
「果穂!!
もう……麗華ちゃん、お願いしちゃっていい?」
「別に構いませんよ」
「ワーイ!」
麗華から離れると、嘉穂は部屋を出て行った。里奈はそんな彼女に深くため息を吐きながら、頭を抑えた。
「ごめんね、麗華ちゃん」
「別にいいですって……」
「何であんな、聞き分けのない子に育ったのかしら」
「……」
その言葉に、麗華はふと前にあった果穂の電話を思い出した。
父である文也は、帰りが遅い……高校教師をやっている里奈も帰りが遅い。
保育園に預けている拓海の迎えはいつも自分。友達と約束があっても、迎えを頼まれる。里奈の帰りが遅ければ、夕飯は自分で作る。家事の全般が終わり自室で宿題をやっていると里奈が帰宅し、どこかぶつけたのか大泣きする弟を見ると訳も聞かずに怒る。
その事を聞いていた麗華は、軽くため息を吐きながら肩に乗っていたシガンの頭を撫でた。