『そう……童守町を離れることになったらしいんだ』
いつ?いつ、引っ越すの?
『それが……もう引っ越してしまったんだ』
そんな……
『玉藻先生からの伝言で、「童守町の事は任せた」との事だ』
……
鳥の声と目覚ましの音で、麗華は眠い目を擦りながら起き上った。
(眠い……帰りが遅くなったせいで、寝るのも遅くなった)
ふと思い出す昨晩の事……
『原因が卓也にあるって、どういう事だよ!?』
麗華の言葉にキレた翼は、怒鳴り声を上げた。彼女はそれに怯まず、説明をした。
『あれは憑き物と言って、恐怖を抱えた人の心に入り込んでそれを力にして増幅し本人を苦しめる妖怪……
恐らくあの憑き物は、山本の恐怖……『いじめ』から生まれ、それを糧として成長していき、あの姿になったんだと思う』
『……倒す方法はあんのか?』
『う~ん、そうだなぁ……
『いじめ』を失くすことが一番の解決方法かな』
『いじめか……
分かった』
『分かったって……』
『翼……』
『お前は何も心配しなくていい』
そう言うと、翼は家へと帰った。その後を卓也は慌てて追い麗華に軽く礼をすると、そのまま彼と共に帰って行った。二人の背中をしばらく眺めると、麗華は空から降りてきた狼姿の焔の頬を撫でると氷鸞を戻し、背に乗り家へと帰って行った。
思い出しながら、麗華は着流しに身を包み部屋を出てしまっていた縁側の雨戸を開けた。
「な~に怖い顔してんだ」
麗華の額にデコピンしながら、龍二は彼女に話し掛けた。麗華は当てられた箇所を撫でながら、龍二を見た。
「デコピンしなくてもいいじゃん」
「いいじゃねぇか。
ったく、昨日帰りが遅いかと思えば……夜中に突然発作が起きるとは」
「ごめん……」
「ま、いつものことだから全然気にしてねぇけど……
今日は大事を取って、学校休め。学校にはもう、俺が連絡しといたから」
「ちょっと、勝手な事しないでよ!」
「昨日夜、遅く帰ってきた罰だと思え!!
あ、そうだ……今日俺、バイト遅番だからから」
「あっそ」
「……渚ぁ、麗華の奴反抗期かぁ」
傍にいた渚に、龍二は抱き着き泣いた。その行為に渚は呆れ顔で麗華に目を向け、麗華も深くため息をした。
龍二が大学へ行った後、麗華は下駄を履き山へ散歩に行った。
「どうすんだ、麗。あの妖怪、どう見ても」
「分かってる分かってる。
だから、行くんじゃん」
「え?行くって……」
「決まってるじゃん……
大野と山本の家」
悪戯笑みを浮かべながら、麗華は焔に言った。
学校……
席を眺める大輔……
「神崎さん、今日お休みなのね」
「入学して僅か数日で休むとは……」
「杏莉!」
「神崎の奴、昔から体弱いから多分体調崩したんだろ」
「え?そうなの?」
「小学生の頃、良く休んでたからな」
「へ~」
「まぁ、神崎さんもだけど……
もう二人いたわ。入学して僅か数日で休んだ奴等が」
「杏莉!」
翼と卓也の家近くにある、公園へ来た麗華……
(微かにまだ、霊気はあるか……
それにしても……
大野の家、デカ)
卓也の家である普通の二階建ての家の隣りに、庭付きの三階建ての豪邸……
「俺等の家より大きいぞ」
「大野って、あんな面だけど良いとこの坊ちゃんだったんだ……(デカい日本屋敷に住む私って……)
つか、私の家は山付きだもん。大野の家よりは大きいもん」
「何張り合ってんだよ……」
「うちに何か用か?」
怒り混じりの声が聞こえ、麗華は声の方に振り返った。そこにいたのは、竹刀が入った袋を持った翼と少し怯えた様子の卓也がいた。
「あれ?
もしかして、神崎さん?」
卓也の問いに、麗華は頷いた。
「着物着てて、髪の毛上げててたから一瞬誰だったか、分からなかったよ。
翼!神崎さんだよ!」
「へ~……つか、お前学校は?」
「休まされた。
昨日、夜遅くに帰ってきたせいで」
「何だその理由」
「まぁ、他にも色々あるけど……そういうアンタ等は?」
「卓也も俺も調子が悪いって言って」
「今から、翼と僕の家で昨日の妖怪について調べようと思ってるんだけど……良かったらどう?」
「どうって……両親に、怒られないのか?」
「卓也の両親、出張で海外に行ってて今は祖母と一緒に暮らしてる。俺は俺で家にいたくない。
そういう神崎は?」
「ちょっと遠い所に行ってて、兄貴が親代わり。けど、兄貴今日帰り遅いからそれまで散歩ってところかな」
「フ~ン」
「それより、どう?」
「……山本って、慣れると案外グイグイ来るのね」
「え……」
「コイツ、昔っから人見知りで俺が間に入ってやっと友達が出来たもんだ」
「ちょっと翼!!」
顔を赤くしながら、卓也は慌てふためいた。
何だかんだで、卓也の家に入った麗華……入ると同時に、茶色い髪を二つに結んだ少女がリビングであろう部屋から出てきた。
「お帰りぃ!お兄ちゃーん!!」
そう言いながら、女の子は翼に飛び付いた。飛び付いてきた彼女を、翼は抱き上げ頭を雑に撫でた。
「その子……」
「恵ちゃん。
翼の妹だよ。家にご両親居ないから、僕の家で預かってるんだ。
お祖母ちゃん、ただいまぁ」
玄関を入ってすぐの部屋の戸を開けながら、卓也は声を掛けた。翼に抱かれていた恵は、麗華をジッと見つめそして彼女の肩に羽織っていた羽織を掴んだ。
「ママぁ?」
「へ?」
「め、恵!!」
数時間後……
夜八時過ぎ……
卓也の部屋で、妖怪辞典を読む麗華……そんな彼女に、卓也は話しかけた。
「驚いたよ。神崎さんがこんなに、妖怪に詳しいなんて」
「それはどうも」
「にしても、これだけの妖怪がいるなんて……
何で、コイツ等俺等人間の前に姿を現さねぇんだ?」
「現したら、どんな体質化とかどんな体の仕組みになってるかって、調べられるのが嫌なんだよ。
それに、自身の姿を見て悲鳴あげられるのが、一番残酷……だから、姿を現さない。多分、霊感が強い奴じゃないと見れないと思うよ」
「へ~……結構詳しいんだね」
「まぁね。
小学校の担任が、そういう奴だったから」
「フ~ン」
その時、麗華の携帯が鳴り彼女は手に取った。画面に映し出されたのは『龍二』……
「電話、誰から?」
「兄貴……ちょっと出て来る」
携帯のボタンを押しながら、麗華は卓也の部屋を出た。その直後、突然家が暗くなった……それと共に、携帯の電波も途切れてしまった。
「て、停電?!」
「いや、停電じゃない。
外の家は、電気がついてる」
「じゃあ何で……」
「お兄ちゃん、怖い……」
ふと外を見ると、そこにいたのは黒いあの能面の妖怪……
「アイツが……あいつがそこに!!」
「?!」
「すぐに外に出て!!」
「何で!?」
「いいから!!早く!!」
麗華の命令通り、皆外へ飛び出した。外に出ると、能面の妖怪は彼等を待ってましたかのようにして、体を開けようとした……その時、白い大狼が上から降り立ち、卓也達の前に立った。
「何だ?!コレ!?」
「本当に来た……」
「え?」
「昨日、白い陰陽師からこの札を渡されたの。
『もし能面が現れたら、皆を外に出してこの札に祈って……そうすれば、私の使いの大狼をよこす』って」
「マジかよ……」
(演技するのも、大変だなぁ……
焔、後は任せたよ)
チラッと後ろを向く焔に、麗華は小さく頷いた。焔は口から炎を出し抑えていた能面を焼き倒した。残った能面に止めを刺すかのようにして、焔はそれを足で踏み壊した。
「あっと言う間に……」
「けど、これで倒せたわけじゃない……
山本のいじめが終わらない限り、アイツは再び蘇る」
「それにケリを着けるために、アイツ等を呼んだ」
翼の言葉と共に、公園に数人の人影が現れた。目を凝らし良く見ると、それは川逆高校の生徒達だった。