「お前、誰だ?」
夕飯づくりの手伝いをしていた勇太に、突然誰かが声を掛けてきた。
その声に驚き、勇太は振り返った。そこにいたのは赤い膝までの着物と白い髪に赤いリボンを付けた子供と青い着流しに黒い鉢巻をした子供が立っていた。
「お、お前等こそ誰だ」
「私は紅(クレナイ)」
「俺は瓢(ヒサゴ)」
「……俺は」
「勇太!ご飯運んで!」
「あ、うん!」
杏莉の声にホッとしながら、勇太は二人を気にしながらも台所へ行った。
「フゥー、これで全部!
皆、ありがとう!手伝ってくれて」
「こんなに作って大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。そろそろ」
「ただいまぁ」
引き戸が開けられる音が響きながら、男性の声が聞こえた。
「ほら来た」
「え?」
「お袋、ただいま!
ひょー!!美味そうな飯!お義兄さん、早く早く!」
「わぁ、凄い。もうお腹ペコペコだよ……って、どちら様?」
杏莉達に気付いた文也は、二人に軽く会釈した。彼を見て泰明も慌てて頭を下げた。
「麗華ちゃんのお友達。
山で迷子になったんだって」
「あー、それでここに来てそのまま泊まるって訳か。
そういや、高校の時よく友達が泊まってったっけ」
「アンタに付き合わされて、帰ろうにも帰れなくなった友達がね」
「そうそう……って、うるせぇな!!姉貴には関係ないだろ!!」
「他所様の前だよ!!喧嘩は止めな!!」
「大人のくせに、怒られてやんの」
その言葉にキレた里奈は、果穂の頭を叩いた。叩かれた箇所を抑えながら、彼女は麗華の後ろへ隠れた。
「子供に八つ当たりするなよ!」
「うるさいわね!!」
「里奈、落ち着け!
すみません、別の部屋に連れて行きます」
「あ、はい」
里奈を落ち着かせながら、文也は彼女と一緒に部屋を出ていった。
「全く、他所様の前で……
泰明、あなたももうお姉ちゃんからかうの止めなさい」
「へ~イ」
「ちゃんと返事しなさい!!」
「ハイィ!」
夕食を食べ終えた麗華達……
「あ~、美味しかったぁ!」
「でしょ!あの野菜全部、バァバの家で作ってる野菜なんだよ!」
「へー」
「しかも、無農薬!」
「スゴォ!」
その時、どこからか暗闇の中から白い獣(焔)が姿を現した。その姿に、勇太は驚き思わず杏莉の後ろへ隠れた。
「ば、ばば、化け物!!」
「コラ!そういうこと言わない」
「だって!」
「焔ぁ!」
声がした方を向くと蜜柑を手にした麗華が立っており、彼女はそれを思いっ切り投げた。飛んできた蜜柑を、焔は口でキャッチし食べた。
「ナイスキャッチ!」
「淒ぉい!」
「そんな凄くないよ。
ほら、食後のデザート」
蜜柑が山盛りに入った篭を差し出し、杏莉はそこから蜜柑をニ個取り、その内の一個を勇太に渡した。二人の次に果穂と大雅も取り、皮を剥き口に頬張った。
「いいなぁ麗華の家。賑やかで」
「そりゃどうも」
「ねぇ、麗華さん」
「?」
「他の家族は来てないの?」
「他の?」
「麗華さんの家族」
「そういえば、お兄さんの姿が見えないわね」
「兄貴は明日。
仕事の準備があってがどうしても、抜けられなかったから」
「じゃあ、一人で?」
「うん」
「果穂も一人で来たんだよ!」
「え?!果穂ちゃんも?!」
「春休みになってすぐ、うちに遊びに来てそのまま」
「スッゴォ……アンタ、見習いなさい!」
「う……」
「未だに独り立ちできないのは、甘ちゃんだけだもんね」
「この!!」
「こーら!
男が女をいじめちゃ駄目でしょ!」
「だって……アイツさっきから偉そうなことばかり言うんだぜ!!
自分だって、甘ちゃんのくせして」
「真面に家事もやったことない奴に、言われる筋合いはない!!」
「果穂!!」
「だって……」
「座りな。
少し、言い過ぎだよ」
「……」
「勇太、アンタも」
その時、麗華の携帯が鳴った。麗華は半分残っていた蜜柑を、焔に投げ与え携帯に出た。
「え?
あ~、ここにいるけど……え?!捜索願い出された?!」
「俺達のことかな?」
「多分……(また面倒なことを)」
「ちょっと待ってて!
白鳥」
「?」
「親御さんにすぐ連絡して。
捜索願い出されたみたいで、今宿周辺を家主さん達が警察官と一緒に探してるらしいから」
「わ、分かった(もう、余計なことを)」
半分怒りながら、杏莉は電源を落としていた携帯を出し掛けた。
「アンタのママ、心配性だね」
「俺、もう嫌なんだよなぁ」
「嫌だって?」
「ああやって、心配されるの。
一応俺、男だ。そりゃあまだ姉ちゃんとかいなきゃ何も出来ないけど……けど、好きにやらせてほしいよ」
「好きにやっても、怪我したら怒られるのお姉さんだよ」
「何で?俺が勝手に」
「『何で見てなかったの!
お姉ちゃんでしょ!弟の面倒をみなさい!』って……」
「……」
「だから、友達の家に泊まるってば!!
そんなに文句言うなら、勇太だけ迎えに来れば!!」
乱暴に切ると、杏莉は靴を履き山の方へ駆けて行った。
「姉ちゃん!」
「焔、ついて行って!後でムーンと一緒に行くから」
「了解」
立ち上がると人の姿へとなり、焔は彼女の後を追い駆けていった。
「輝三、一旦切るよ!また後でかけ直す!」
携帯を切った麗華は首から下げていた木の笛を吹き鳴らすと、靴を履き山の方へ駆けていった。その後を果穂と勇太は追い駆けようと靴を履いた。
「あら果穂、どこ行くの?」
「山」
「こんな時間に駄目よ!
あなたもよ!」
「え、でも」
「お姉ちゃん達が、山の方へ行ったの。
行こう」
「果穂!!」
「姉たん、僕もぉ」
部屋から出て来た小さい男の子は、靴を履こうと縁側に座った。
「拓海は駄目!まだ小さいから」
「嫌ぁ!僕も姉たんと一緒に行くぅ!」
「ダーメ!
果穂、ここにいて。拓海が行きたがるから」
「……嫌よ!
ママが、拓海に言い聞かせればいいでしょ!」
そう言い放つと、果穂は勇太の手を引き山の方へ走っていった。その後を傍にいた紅は追い駆けていった。
「果穂!!」
「う……ウワァァァン!!」
里奈の怒鳴り声に驚いた拓海は泣き出し、里奈は慌ててあやした。
『杏莉、あなたもうすぐお姉ちゃんになるのよ』
小学低学年の時、ママからそう言われた。産まれてくる弟か妹に会うのが楽しみだった。妹だったら一緒におしゃれを楽しみたい。弟だったら自慢できる姉になりたい。
でも、それは望まないものになっていった。
『杏莉、悪いけど買い物行ってきて』
初めはお手伝い程度の頼みだった。私も姉になるから当然だと思って手伝ってた。
次第にそれは、おかしくなった。
友達の誕生会に行った。もう何日も前から約束してあり、ずっと楽しみしていた。家に着いた時、ウキウキ気分から絶望へ変わった。
『おばさんから電話があって、杏莉ちゃん急用が出来て、来られなくなったって……
だから、杏莉ちゃんの分用意してないよ』
一瞬何を言ってるか分からなかった……持っていたプレゼントが地面に落ちた。
家に帰って、ママを怒った。するとママは……
『ママは今妊娠中よ。
ママに何かあったら、お腹の赤ちゃんも大変なの。だから杏莉には、傍にいてほしいの。
だって杏莉は、お姉ちゃんでしょ?』