病院にやって来た朝妃達は、麗華がいる病室へ入り彼女と他愛のない話をしていた。
「ねぇ麗華」
「?」
「退院はいつなの?」
「明日には。
学校は月曜日から行けるよ」
「よかったぁ!
弓道部、女子私だけだったから超心細かったんだよ!」
「先輩達、引退したんだもんなぁ」
「あれ?今の二年生にいないの?女子」
「いないよ。全員男子」
「平野先輩達の先輩達が、凄ぇスパルタで……
その噂が広まって、入ろうとしてた女子が全員辞退したんだ」
「あぁ、その話知ってる。
弓道部、昔スパルタで三年続けられるのが奇跡だって言われてた」
「顧問とコーチは、助けを求めて……
うちの兄貴に頼んだんだ。そしたら弓道部大人気になって」
「何で、人気なの?」
「麗華のお兄さん、あの伝説の生徒会長よ!
話だと、彼の言う事だけは校長も頭が上がらないって」
「それは事実無根だ!」
扉を開けながら、龍二はそう言った。彼の後から茂がカルテを持って、病室へ入ってきた。
「うわ!!お、お兄さん!?」
「ったく誰だよ……話盛った奴」
「真二兄さんじゃないの。
よく兄貴のこと、盛って話してたから」
「あの野郎」
「喧嘩しないでね。怪我したら、兄さん医師免許取れなくなるんだから」
「しねぇよ」
「ねぇ、本当にお兄さんって大学生?」
「そうだよ。
何で?」
「何か、大学生っぽくない」
「どちらかというと、ホスト」
「弓道部の部員以外の奴等、昨夜の件で知り合いの警官に通報するぞ!!」
「だからあれは、忘れ物を」
「忘れ物だろうが何だろうが、夜出歩く方が悪い!」
「っ……」
「じゃあ、麗華ちゃんは何回通報されるのかなぁ?」
「え?」
「し、茂さん!それは」
「龍二君が大学に泊まった日や夜間のバイトの日、彼女二十二時過ぎまで出歩いてるよ」
「……!
コォラ!!麗華ぁ!!」
病室から出た麗華を、龍二は持っていた花束を大輔に渡すと、ネクタイを緩めて彼女を追い駆けていった。その様子を見た茂は、ドアから顔を出し大声を上げた。
「廊下を走らない!!
全く、いくつになっても子供なんだから」
「あの、聞いていいですか?」
「ん?」
「先生って、麗華達とどういった関係で」
「昔馴染み。
それから、二人の担当医とでも言っとくよ」
「因みに先生、ご家族は?」
「うるさい弟が一人とうるさい妹と物静かな妹が一人。
物静かな妹は、もうお嫁に行って三児の母になっているけど、残りの二人が危なっかしくてね。
目を離すと何しでかすか分からないから」
「へ~」
その話を聞いていた大輔と翼は、互いの顔を見合うと何か分かったかのようにして頷いた。
「何?何か分かったの?お二人さん」
「何となく」
「この人の弟と妹が誰かがな」
「え?!誰なの?!」
「さぁな」
「教えてよぉ!!」
「人のプライバシーに、足突っ込むなって話だ」
「ブー」
月曜日……
通学路を歩く麗華……吐く息は白く、吹く風は冷たかった。首に巻いていた赤いマフラーに顔を埋めながら歩いていると、道の角から大輔が現れた。
「今日は起きられたんだ」
「まぁな。そういうお前もそうじゃねぇか」
「寒過ぎて、布団から出るのが辛い。
それを兄貴が剥ぐんだよ。毎朝」
今朝のことを思い出しながら、麗華はそう話した。しばらく歩いていると、卓也と翼に朝妃と杏莉を見付けた。彼等は二人に気付くと、杏莉と朝妃は手を振ってきた。
「ハァ、また賑やかになりそう」
「クラスの奴等には、もう話は付けてる。
あとはお前次第だ」
「へーイ」
教室へ着いた時だった。
「神崎ぃ!!」
「神崎ぃ!!」
聞き覚えのある声が耳に入り、麗華は声がした方を見た。廊下を走ってくる二年の先輩達……滑り止めすると、麗華の肩を掴みながら叫んできた。
「何があった!?ニ週間も部活休んで!!」
「あれ?伊藤達から」
「クラスでいじめがあったのか!?
そしたら、この俺等が仕返しを!!」
「いや、だから」
「お前がいない間、スッゲぇ寂しかったんだぞ!!
つまらなかったんだぞ!分かるか!?」
「それ、伊藤が聞いたら泣きますよ?
あと、人の」
「お前等か!!神崎をいじめてたのは?!」
「ハァ?!」
「な、何ですかいきなり!!」
「今度神崎をいじめてみろ!この俺等が」
言い掛けた瞬間、麗華は二人の先輩に向かって飛び回し蹴りを喰らわせた。食らった二人は廊下に伸び、二人を追ってきたのか部長がやって来た。
「人の話、聞いて下さい!!
怪我で入院してたんです!分かりましたか?!」
「は、はい……すみません」
「は、はい……すみません」
頬を腫れさせて、二人は正座をして謝った。
「人の話は、最後まで聞けって。
今日から出られそう?」
「あ、はい。
何とか」
「じゃあ、部活で待ってるから。
ほら、行くよ」
「神崎~待ってるからなぁ!」
「神崎~待ってるからなぁ!」
部長に襟を引っ張られながら、二人は涙を浮かべてそう叫んだ。麗華は目頭を抑えながら、彼等に呆れたかのようにして首を左右に振った。
「あれ?神崎じゃん」
「?」
「あ、神崎さん!おはよう!」
「おはようございます」
「オーッス!」
「おっはよう!」
「オハー!」
「お、神崎!
今度、柔道部に顔出してくれ」
「柔道部の前に、空手部じゃ!」
騒ぐ一同……キョトンとしている麗華に、杏莉は肩を叩き教室を指差した。教室には、以前と変わらない風景があった。肩を叩いた杏莉は教室に入り、彼女に続いて朝妃、翼、卓也と肩を叩いて教室に入っていった。最後に大輔は軽く声を掛けて、教室の中へ入り振り返った。
麗華は鞄を持ち直して、教室の中へと入った。入った瞬間、クラス一同は盛大な拍手をした。ビックリしている彼女に、女子達は礼を言いながら抱き着き、男子達は最敬礼しながら礼を言った。
そんな騒ぎを聞いてか、他のクラスメイト達が麗華達の教室へと群がってきた。野次馬の中を華純達は、教室へ入り麗華に飛び付いた。華純は頬を擦り寄せながら泣き喚き、そんな彼女に呆れながら守部達はヤレヤレと手を挙げた。
夜の町……路地裏に来た優梨愛達。
柵の上に座っていた男は、彼女達に気付くと振り返った。
「……久し振りだな。優梨愛」
「久し振り…」
「で?どうだった?」
「……アンタが言った通り……だった」
「……」
「ねぇ、優梨愛……
あの人の傍にいるのって、何?」
震えた声で奈々は、男の隣りにいるものを指差しながら質問した。その声に反応してか、そのものは目を開け起き上がり、長い尻尾を振りながら顔を男に寄せた。男は近付けてきた顔に手を乗せ撫でた。
「俺のペット」
「ペットって……」
「大丈夫。
あれは、あいつの言う事は聞くから。危険な奴じゃない」
「……」
「あの女と戦っていた化け物とは違うわ」
「確かに……優梨愛の言う通り、大人しそうだな」
「無駄話はそれくらいにして、実行するとしよう」
柵から飛び降りた男は、地面に立つと口に銜えていた煙草をの吸い殻を捨て、火玉を踏み消した。
歩き出した彼の後を、優梨愛は歩き二人の後を奈々達は少し不安な表情を浮かべながら互いを見合い、そして追い駆けていった。