「まだ追ってくるの?!」
「もう、しつこい!!」
「巻藁室に」
言い掛けた大輔は突然、安土まで飛ばされた。そして角からヌッと顔を出す妖怪……杏莉と朝妃は声を潜めて、巻藁室の奥へ逃げ卓也は彼女達の前に屈み、翼は飛ばされた大輔を見た。
(このままじゃ、星崎が)
「翼、僕が囮に」
「卓也」
「?」
「俺が囮になるから、その隙に星崎と立花達連れて逃げろ」
「え?
そ、それじゃあ翼が」
「いいから行け!
星崎を連れて、すぐに追い駆ける」
「……
!?翼、前!!」
振り返ると、そこには妖怪の顔があった。探し物を見つけたかのように、ニッと笑うと四人に襲い掛かろうとした。
“パーン”
何かが放たれた音と共に、妖怪は悲痛な叫びを上げながらそこから離れ後ろを振り返った。
弓を構える麗華……妖怪は鳴き声を出しながら、彼女の方を見た。
「か、神崎……」
妖怪は咆哮すると、麗華に突進してきた。彼女は転がり避け弦に矢筈を嵌め引き放った。矢は妖怪の目に突き刺さり、鳴き声を上げ暴れた。
その隙に麗華は、足を引き摺る大輔に肩を貸し急いで外に出るよう翼に合図を送った。彼は腰を抜かした朝妃を横に抱き駆け出し、卓也は杏莉を背負い先に出た翼の後をついて行き外へ出た。大輔を先に外へ出した麗華は、もう一度妖怪目掛けて矢を放った。矢は妖怪の尾の肉を貫き床へ刺さり動きを封じた。
それを見た麗華は、急いで外へ出て行った。
保健室に逃げ込んだ翼達……息を切らしながら、麗華は大輔を連れて入ってきた。
大輔を受け取った翼は彼を椅子に座らせ、本人が抑えている足を見た。
「ほ、星崎君大丈夫?」
「吹っ飛ばされた時に、足挫いた……痛…」
「と、取り合えず応急手当!」
そう言って卓也は、慌てて包帯と湿布を持ってきた。すると座っていた麗華が、彼からそれらを取り慣れた手付きで手当てをした。
何かを喋ろうとした翼に、彼女は紙に字を書きそれを見せた。
「『今声は出せない』って……
?!」
「……」
「まさか、面会謝絶してたのって……」
「……」
「な、何で……何で声が出ないの!?
スキー教室の妖怪が原因?!」
迫ってきた杏莉に、麗華は首を左右に振った。
「じゃあ、何で……」
「ストレスだろ?」
「え?」
「こいつにとって、自身の能力を俺等以外の奴等に知られたことが、一番のストレス」
「いじめの……対象になるから?」
「その通り」
「……
麗華!」
名を呼びながら、杏莉は麗華の手を強く握った。
「私達は味方だから!!
だから、安心して!!」
「ちょっと杏莉、顔が怖いよ」
「これぐらい真剣って事!!」
「……」
「一部を除いて、皆お前が来るの待ってるぜ」
「……」
何かを喋りかけた時、何かが倒れる音が聞こえた。麗華は立て掛けていた弓を手に外へ出た。
その時、何かが飛び外へ出た麗華の身体ごと壁に激突した。
「神崎!!」
外へ出ようとした大輔の前を、あの妖怪が這い通った。妖怪が放った矢で、壁に貼り付けられていた麗華はゆっくりと顔を上げ迫ってくる妖怪を見た。その妖怪の胴体にはあるはずの円月輪が無く、向こうの廊下から回り飛んでくるそれがあった。
その先には、顔を出した大輔達が……
(駄目……頭……
何で……何で声出ないの!!
出て!!出て!!)
袖を無理矢理引っ張り、手を咽に持っていき摘まんだ。
(出ろ!!頼む、出て!!
出て!!)
「頭!!下げろぉ!!」
声に驚いた大輔と翼は、すぐに三人の頭を下げながらしゃがんだ。その頭上スレスレに円月輪が通り過ぎ、妖怪の体へ戻った。
「ハァ……出た……」
息を吐きながら、麗華は体を震え上がらせた。そして目付きを変えると、壁に刺さっていた矢を抜き取り放った。矢は妖怪の体に刺さり、傷の痛みから暴れ出した。
上着を脱ぎ捨て、麗華は校庭へ出た。そんな彼女の後を妖怪は追い駆け、逃げ道を塞いだ。逃げ場を失った麗華は、背後に迫っている妖怪を睨んだ。妖怪はニタッと笑うと、口を大きく開け喰らおうとした時だった。
突然、そこにいるはずの彼女は消えていた。キョトンとしている妖怪に、突如として雷と水の攻撃が直撃した。
校庭に舞い降りる、三つの影……
「……あいつ等」
「……
焔…達だ」
口に銜えていた麗華を、焔はゆっくりと地面に下ろし離した。下ろされた彼女は、顔を上げ三匹を見た。
「……
ただいま」
そう言いながら、麗華は焔の頬を撫でた。焔は彼女に擦り寄り額を合わせた。その時、ポーチの中に入っていた札が光り出し、外へと飛び出した。
「これ……」
『新しい武器だって、輝三が』
起き上がられるまでに回復した麗華に、龍二は札を渡した。受け取った彼女は指を噛み血を出し、札に付けた。だが札は何の反応も無かった。
『……』
『ま、まぁ……今は不調だから、出ないだけだよ。
治ったら、出るって』
その時の事を思い出した麗華は、腕に付いていた血を指で拭い光る札を手に取り血を付けた。血に反応した札は輝き、煙を出しそこから真新しい薙刀を出した。
「重っ!!」
手にした薙刀を、麗華は地面から持ち上げようとするが上がらなかった。薙刀に気を取られていた麗華に、妖怪は円月輪を投げた。
「攻撃する前に、武器を持たせろ!!」
力任せに持ち上げた薙刀を、飛んでくる円月輪に向かって振り打った。打たれた円月輪は、投げた妖怪の元へ還った。持ち上げた薙刀を、下ろし息を切らしながら麗華は妖怪を睨んだ。
「焔は炎!雷光は風!!氷鸞は氷!!」」
「了解」
「はい」
「分かりました」
氷鸞は飛び上がり、翼を煽り氷の風を吹かせ妖怪を凍らせた。動けなくなった妖怪に向かって、焔は炎を吐き雷光は角から風の弾を放った。
攻撃を食らった妖怪は、目を見開いたまま息絶えた。すると、冷たい風が吹いた。その風に気付いた大輔は、腕時計に目を向けた。時計は針を進め、時を刻んでいた。
「元に、戻った」
「ハァ~~」
深く息を吐きながら、麗華は校庭に座り込んだ。首を振った氷鸞と雷光は、彼女に顔を擦り寄せた。二匹の顔を撫でて礼を言うと、式へと戻しポーチにしまった。
「ったく……そいつ等の面倒見んの、大変だったんだぞ」
「ごめんごめん。
お礼に、蜜柑買ってあげるから」
寄せてきた焔の顔を、麗華は撫でながら微笑んだ。
「麗華ぁ!」
保健室から出て来た朝妃達は、手を振りながら彼女の元へ駆け寄ってきた。
「助かったぁ!ありがとう!」
「別にいいって」
「アンタも、ナイスタイミングで来たわね!
えっと……犬っころ!」
「!
俺は犬じゃねぇ!!
白狼だ!!」
牙を剥き出しにしながら焔は、朝妃達を怒鳴った。そんな焔の怒りを鎮めさせながら、自身の背後へ行かせた。
「……もう!いきなり吠えたりしないでよ!犬っころ!」
「小娘、もう一度言ってみろ?噛み殺すぞ!」
「蜜柑取り消すぞ!」
「っ……」
「ったく……」
「わぁ……真っ白な毛だなぁ。
本当にいたんだ!白狼一族っていうのは!!」
「卓也、知ってんのか?」
「平安時代、今の京都に住んでいたとされている狼の妖怪だよ。
確か、安倍晴明が保護して自身の一族に仕えさせたって……
伝説上の話で証拠となる絵はあるんだけど、実際に姿を見た人は誰もいないんだ……それが、今目の前に存在してる!!」
目をキラキラさせながら、卓也は焔を見つめた。
「妖怪モードに入ったな」
「ああなると、手が付けられねぇ」
その時、車のエンジン音が聞こえた。車は止まり、ドアが開くと助手席と運転席から誰かが下りた。その姿に焔は攻撃態勢に入り、麗華は残ったいた矢を大輔は木刀を構えた。
「麗華!!」
駆け寄ってきたのは、龍二だった。彼の後から真二と後部座席から緋音も駆け寄ってきた。
「兄貴……何…!」
皆が見る前で、龍二は麗華を抱き締めた。それを見た焔と一緒に来ていた渚は、目隠しするかのようにして朝妃達の前に立った。
「し、茂さんから…で、電話」
「麗華ちゃんが外に出たよって、電話があって……
それ聞いた龍二が……大学から速攻帰ってきて……車で……」
「あの、大丈夫ですか?」
「何か、凄ぇ息切れてますけど」
「机に齧り付いてれりゃ、運動不足になるわ!!
医学生舐めんな!」
「真二、アンタ少し落ち着きなさい」
「は、走り疲れて……し、死ぬぅ」
地面に倒れた真二に、緋音は呆れていた。龍二のコートを肩に掛けた麗華は、そんな彼を見ながら軽くため息を吐いた。
龍二に文句を真二……二人を眺める麗華と緋音。
その間に、朝妃は翼の肩を叩いた。
「ん?何だ?」
「さっきはありがとう、助けてくれて」
「……べ、別にいいって」
頬を赤くしながら、翼は頭を掻きそっぽを向いた。そんな彼に朝妃は笑った。
彼女に続いて、杏莉は卓也の元へ行った。
「ねぇ卓也」
「ん?」
「さ、さっきは……ありがとう」
「え?何?」
「ありがとうって言ってんのよ!!
てか、アンタ見かけによらず案外力あるんだね?」
「こう見えても僕、バスケ部所属だよ。筋力くらいあるよ」
「……」
「白鳥さん、演技やってるおかげかな?
凄いガッシリした体だね」
次の瞬間、卓也の頬に強烈な杏莉のビンタが飛んだ。卓也は訳が分からず、叩かれた頬を抑えながら寄ってきた真二に質問した。
「僕、何か悪い事言いました?」
「時期に分かる」