「何だ……この馬鹿でかい妖気は……
(麗華……無事でいてくれ)」
傷口を抑え、森の中へとやって来た麗華……息を切らしながら、彼女は地面に座り込んだ。
その時、目の前に姿を変えた獣が現れた。獣は麗華を見つけると、宙に氷柱を作りそれを彼女目掛けて放った。その攻撃を氷鸞が氷の壁を作り防ぎ、その間に焔は麗華を横に抱き雷光と共にその場から去り、続けて氷鸞は目眩ましに白い煙を吐き彼等の後を追った。
別の場所へ来た焔達……三人は地面に座り込むと、人から獣へと姿を変えた。
「ハァ……ハァ……
どうしたもんか」
そう言いながら、麗華は薄く笑った。
「某達の攻撃が、効かなくなっては……どうしようも」
「弱点がすっかり無くなったからな……あの野郎」
「……一つだけならあります。あの者に効く攻撃が」
「え?」
「氷鸞、話して」
「物理攻撃です。
我々は、今まで札と各々の技で攻撃していました……しかし、麗様が奴から逃げる間際に頬を蹴りましたでしょう」
「確かに蹴った(おかげで、足痛めたし)」
「その時、奴は怯みました。一瞬ではなく堂々と」
「……だったらいける。
アンタ達は、奴の注意を引いて。私から意識を反らした隙に殴り込むから」
「本当に大丈夫なのか?その作戦」
「やるだけやればいい。
それに、ここで踏ん張らないと」
立ち上がった麗華は、切れかかっていたヘアゴムを取り、新しいゴムで髪を結った。
「さぁ、行くよ」
小雪が降る中を、獣はゆっくりと歩いていた。そして鼻を動かし、後ろを振り返った。
迫ってくる火の玉。獣はそれを吹雪で吹き飛ばしたが、その煙の中から人の姿となった焔と雷光が現れ、獣に向かって拳を向けた。獣は氷の盾を作ったが、二人はそれを壊し獣を攻撃した。
獣は顔を振り咆哮を上げると二人を睨み、氷柱を放った。焔と雷光は素早く避け、その背後から氷鸞が現れそして蹴りを入れた。
蹴りで吹っ飛ばされた獣は、鳴き声を上げ三人を睨んだ。攻撃態勢になり、自身の周りに吹雪を起こしそこから氷の礫を放った。
三人は難なく避け、そして獣の背後に目を向けると笑みを浮かべた。獣の背後から姿を現した麗華は、ジャンプし獣に踵落としを食らわせた。獣は口から血を吐きながら、彼女のを爪で引っ掻いた。腕から血を流した麗華は、雪に転がり倒れた。
「痛……」
「麗!」
「麗様!」
「麗殿!」
三人が駆け寄ろうとした時だった。
突如麗華の体に、獣の前足が乗り彼女の動きを封じた。麗華は口から血を吐きながら、獣の足を持ち上げようと力を入れたが、ビクともしなかった。
獣は三人に目を向けると彼等に向かって、氷の礫を乱射した。三人は腕で防御するが、礫は容赦なく彼等を襲った。
「や、止めろ!!」
そう叫ぶ麗華……だが、彼女の声は獣には届かず獣は自身の気が済むまで、氷の礫を放った。
弱り切り、倒れていく焔達……倒し終えると、獣は麗華の方を見た。彼女は怒りに満ちた目で、獣を見た。
睨み合う二人……その時だった。
「……え」
自分の頬に落ちた一滴の水……その水は獣の目から流れ落ちたものだった。
「……お前、まさか」
唸り声を上げ、足に力を入れた。獣は口を大きく開き麗華を食べようとした。
「?」
宿に残っていた竃は、動かしていた手を止めて外を見た。
(……何だ。
この胸騒ぎは……
まるで……まるで、あの時と)
フラッシュバックで蘇る過去……血塗れになった迦楼羅を前に、自身は悔しさから泣き崩れた。
(……焔……無事でいてくれ……
クソ!輝三は何やってんだ!!)
白い息を吐く麗華……閉じていた目を開き、そして言った。
「遅い」
自身に覆い被さるようにして立つ、黒い毛並みとなった焔にそう言った。起き上がった彼女は、木にぶつかり頭を振る獣を見た。
「どうする?噛み殺すか?」
「止めな。
少しばかし、話す。合図を出すまでこの場で待機」
「了解」
後ろで白い馬と白い巨鳥となった雷光と氷鸞に、焔は二人に目を向けた。彼等は理解したかのようにして、頷きその場に待機した。
咆哮を上げる獣に、麗華はゆっくりと近寄った。襲い掛かろうとする獣だが、足がふらつきその場で崩れた。
「もう立つことも無理だろう?
あの焔の体当たりプラスお前の弱点である炎とのダブル攻撃を受けたんだ」
唸る獣……唸り声はやがて、言葉として放たれた。
「早……く……
殺……せ」
「……
殺さない。何としてでもお前を助ける」
「……無理……だ。
早く……こ……殺……せ!!」
「お前をそんな風にしたのは、私達のせいだ!!
お前が死ぬ必要は無い!!」
「……!!」
我を失ったのか、獣は咆哮を上げて麗華に襲い掛かった。倒れた彼女に獣は前足を乗せ、口を開けたまま見つめた。
流れ落ちる涙……獣はそれ以降動こうとしなかった。
「……ごめん」
麗華は指を鳴らした……それを合図に、焔達は一斉攻撃した。獣は悲痛な声を上げ、そして体から血を流して倒れた。
降り積もった真っ白な雪は、赤く染まっていった。
「ごめん……助けられなくて」
「……人の……子」
「?」
「あり……が……と…う」
その言葉を最期に、獣はゆっくりと目を閉じた。すると獣の体が淡く光り、二匹の獣へとなりその間には粉々になったあの玉が転がっていた。