麗華の話を聞いた男は、声を上げて驚いた。隣で味噌汁を飲んでいた相方は、彼の声に驚き思わず汁を吐いた。
「じゃああれか?
あの化け物を、倒さない限りここから出られねぇのか?」
「そういうこと」
「マジかよ……」
「オッサン達は、何でこの山に?」
「狩だよ。
この辺りに、穴持たずが出たって聞いてな。それで」
「穴持たずって?」
「冬眠できなかった熊のこと。
冬で熊を見掛けたら、速攻で殺らないと大変だから」
「お嬢さん、よく知ってるね~」
「色々教え込まれたから。
けど、その銃……バードショットだよね?」
「っ!!」
「バードショットって?」
「名前の通り、鳥を撃つための銃。
けど、確かこの辺りで銃を使うのは禁止のはずだよ」
「……そ、それは」
「ねぇ、その銃であの化け物倒せないの?」
「無理だ。
さっき、奴に銃弾を喰らわせたが怯みもしなかった」
「そんな……」
「もう、帰りたいよ……お母さん」
夜中……二階の部屋で寝静まる生徒達。教員達は、途中まで起きていたが次第に寝てしまった。猟銃を持った男達もロビーのソファーで眠っていた。
一人起きていた麗華は、食堂で描き終えた二匹の絵と今まで倒してきた妖怪の絵を見ていた。
「……」
「ファァァァ……何か分かったか?」
大狼姿になっていた焔は、眠そうに大あくびをしながら自身に凭り掛かり座っている麗華に話し掛けた。
「倒してきた奴等の絵を見ると……
皆、攻撃的な妖怪になってる」
描かれていた絵の妖怪達……爪を武器にした妖怪、鎌を持った妖怪、金槌を持った妖怪、鋭い牙を持った妖怪とそれぞれ特徴を持っていた。
「……悪いのは、多分私等なのに……」
「……?」
何かの気配を感じた焔は、耳を立てながら顔を起こした。
「焔?」
「何か入ってきた」
「?!まさか」
一瞬二匹の姿を思い出した麗華は、焔と共に食堂から出た。気配を押し殺しながら、焔は人の姿へとなりゆっくりと玄関へ行き、静かにドアを恐る恐る開けた。
その瞬間、空いた隙間から何かが入り込んできた。入ったのを見た焔はすぐに戸を閉め、入ってきたものに目を向けた。
体に付いた雪を振り払うと、それは煙を上げそして人へと姿を変えた。
「フゥ……酷い吹雪だ」
「竃!」
「待たせたな」
無事だった麗華と焔の姿を見た竃は、二人の頭を雑に撫でた。
床に座った竃は、輝三の現状を話した。
「下でそんな事が……」
「車は動かねぇし、この吹雪のせいか道も塞がれてる。空を飛んできたが、危うく方向性を失うところだった」
「……
焔、戦闘の準備して」
「!?」
「輝三がそうなら、恐らく昼頃迎えに来るバスも来ない。
そうなれば、皆ますますパニックになる。そうなる前に、アイツ等を倒す」
「倒せるのか?
輝三の話じゃ、キャンプの時苦戦したって」
「一匹倒せれば、この吹雪も少しは収まる。そうなれば、輝三は意地でも来る。
そんで運良く来れば、輝三と一緒にもう一匹を倒せる!」
「アイツの事だから、今この猛吹雪の中歩いているように思える」
「一理あり」
翌朝……皆が起きる前に、麗華は椅子の背もたれに掛かっていた上着を腕に通し腰に着けていたポーチから札を出し、そして薙刀を出した。
「戦いに行くのは、焔と雷光。
竃はここに残って、皆をお願い」
「コイツも連れて行った方が」
「敵は火に弱い。
竃も焔も、もし戦闘不能になって襲われたら終わり。対抗できる奴がいなくなって、戦いが辛くなる」
「確かに。
分かった。ここは任せろ」
「お願いする……
焔、雷光、行くよ」
「応」
「はい」
ドアを開け、外へ出た麗華達。焔と雷光はすぐに、獣の姿へと変わり辺りを警戒した。
「朝になっても、辺りは暗いですね……」
「雪山はそういうものだ。
結界の外に出て、アイツ等を宿から引き離すぞ」
結界の一部を破り、その隙間を焔と雷光はすり抜けた。すぐさま結界を張った麗華は、二匹の元へ駆け寄り辺りを見回した。
鳴り響く吹雪の音……その音に紛れて、聞こえてきた。
「焔!!雷光!!」
双方からあの二匹の獣が突進してきた。焔と雷光は、突進してきた獣を受け止めた。
「雷光はそいつをここから引き離して!!」
「はい!」
馬の姿へとなった雷光は、自身が受け止めていた獣を麗華の傍から引き離した。それを見た焔は、炎を吹き出し距離を置いた。
離れた獣は雄叫びを上げ、そして口から氷柱を放った。焔は麗華を背に乗せると、放たれてきた氷柱を炎で溶かそうとした。
だが、その氷柱は炎では溶けなかった。それを見た麗華は、焔の前に立ち薙刀を振り回して防いだ。
「炎が効かない……」
「自身には効いてる……けど、奴が放つ攻撃には効かないんだ!」
「一瞬にして、希望の光が消えた……」
「それを言うな!!」
雄叫びを上げる獣……麗華は焔に合図を送り、そして札を出した。
「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!
出でよ!!火之迦具土神!!」
札から強烈な炎が吹き出し、獣はそれに向かって氷の息を吹いた。それを狙ってか、焔はその獣の後ろへ回り、ガラ空きになった背に向かって炎を吹いた。
だが獣は、当たる寸前にジャンプし避けた。焔が放った炎と麗華が放った炎が双方に当たり掛けた。
「麗!!」
「焔!!」
二人はすぐに炎を避けた……だが、麗華は腕に火傷を負い、傷部分に雪を当て冷やした。
「痛!!」
「麗、悪い…」
「謝るのは後!!
敵に背を……!!焔!!」
麗華の声に、焔はハッと振り返った。目の前に迫る氷柱……当たる寸前で、避けたが腹部を掠った。
膝を付いた焔に、獣は突進してきた。麗華は彼の前に立ち、前足を振ってきた獣の攻撃を薙刀で防いだ。
敵が動かない時を狙い、焔は炎を吹いた。獣は熱がりながら、二人から離れた。唸り声を上げながら、獣は吹雪をさらに強く吹かせた。
「吹雪が酷くなりやがった!」
「雷光の奴、大丈夫かな……」
次の瞬間、麗華の頬に氷柱が掠った。それを合図に、氷柱が無数に飛んできた。
麗華は薙刀を振りながら、氷柱を防いだ。だが防ぎきれない攻撃は、彼女の体を容赦なく傷付けた。
「持たないぞ!!これ以上!!」
「分かってる!!」
一瞬の隙を狙い、麗華は薙刀を使って飛び上がった。そして札を出し、吹雪の中薄らと見えた獣の姿に向かって雷の攻撃を放った。雷は獣に当たり、獣は痺れたかのようにしてバランスを崩し掛けた。
「よしっ!!効いてる!」
怯んでいる獣目掛けて、麗華は薙刀の刃を突き刺した。だが、刃は獣の体を貫くことが出来ずに地面に刺さった。彼女はすぐに起き上がり、薙刀の刃を見た。刃はボロボロになっていた。
「嘘……薙刀が、通らない」
「麗!!」
焔の声にで顔を上げた時、肩に氷柱が突き刺さり、それに続いて腹部を掠った。迫っていた氷柱を、焔は自身の体で受け止め、地面を蹴り獣に体当たりした。
獣は声を荒げ、二人を睨んだ。
「麗、大丈夫か!?」
「な、何とか……
焔、炎で攻撃!!」
麗華の命令通り、焔は口から炎を吹き攻撃した。獣はすぐに飛び避けた。避けた獣の真後ろに麗華は行き、雷を起した札を薙刀の柄の部分に付けた。すると雷は、薙刀の刃を覆いそしてその薙刀を勢いよく振り下ろした。
獣の体は真っ二つに割れ、雪の中へと落ちた。疲れ切った麗華は息を切らしながら落下し、そんな彼女を焔は受け止め地面へ下ろした。
もう一匹と対決する雷光……すると、敵は何かを察したのか戦闘を止め、どこかへ走って行った。そんな獣の後を、雷光はすぐに追いかけて行った。
座り込む麗華……
「な、何とか一匹……」
「手こずらせやがって」
「ハァ……ハァ……
あ~あ、薙刀駄目だなもう」
「ボロボロか」
「うん……
敵の毛が、固かったらしくてそれで」
「……確か、輝三の父上の」
「そう……私の祖父さんの武器。
これ受け継いでから、もう八年か……ボロボロになるわ」
「……?」
気配に気付いた麗華と焔は、後ろを向いた。
駆けてくるもう一匹の獣……麗華はすぐに立ち上がり、薙刀を構えた。だが敵は、二人の上をジャンプし倒れている仲間の元へ駆け寄った。
「な、何だ?」
「麗殿!!」
「雷光……」
「ご無事で何よりです!」
「何が起きたの?」
「某にも、さっぱり」
鼻で仲間の体を突っつく獣……動かなくなった仲間に、雄叫びを上げた。そして獣の怒りに反応するかのようにして、吹雪が強くなった。
吹雪いた雪が二匹の獣の周りを覆いそして……
「……嘘だろ…」
「こ、こんなことが……」
「……無理だ……やり合ったら……
確実に……負ける」
目の前に立つ獣……その姿は、先程より大きく狂暴化していた。