騒ぎ出す部員達……戸惑っていた朝妃の背後に、あの黒髪を垂らした女が現れた。女の姿に悲鳴を上げながら、部員達は一斉に逃げ出した。
女を見つめる朝妃……
「……お母さん?」
「……」
「何で……
何で、私達の演奏を邪魔するの!?」
「……」
「答えてよ……私のこと、嫌いになったの?
私が……ヴァイオリンを弾いてるから?ねぇ……」
何も答えない女……その時、舞台に下駄の音が聞こえた。朝妃は音の方に目を向けた。
白い陰陽師姿をした麗華と大狼姿をした焔。
「……白い……陰陽師」
「何をそんなに、彼女へ訴えたいんだ?」
「……テ」
何かを言い出そうとする女……麗華は、手に巻いていた数珠を取り彼女の首に掛けた。
「これで、話せるはずだ。
お前の娘の前で、話してみろ」
「……逃ゲテ……朝妃……
早ク……ココカラ」
「逃げてって……!?」
揺らぐ天井……吊されていた照明の一部が、突然朝妃目掛けて落ちてきた。麗華はすぐに朝妃を突き飛ばし、その場から離れさせた。
上がる煙……麗華は、咽せながらゆっくりと目を開き、彼女を守るようにして抱いていた焔も目を開き見た。
「麗、怪我は?」
「掠り傷。大したことない」
ホッとした焔は、人から大狼姿へと変わり女の方に目を向けた。
女は素早く、朝妃の元へ駆け寄った。女は倒れている朝妃を起こし、彼女の頬を撫でた。気を失っていた朝妃はゆっくりと目を開け、女を目にした。
「……お母さん」
「……」
「お母さんだよね?」
顔に垂れている髪を上げ、朝妃は女と向き合った。女の顔を見た朝妃は、目から大粒の涙を流した。
「やっぱり、お母さんだ……」
「……朝妃」
「お母さん!!」
「朝妃!!」
抱き合う二人……二人は涙を流しながら、お互いを強く抱き締め合った。その様子を麗華は、擦り寄ってきた焔の頭を撫でながらしばらく眺めていた。
「アノ子カラ、死期ノオーラが出テイタンデス」
朝妃と別れた母は、見える麗華に全てを話していた。
「それで守ろうとして、ずっと事故を起こしていたって事か……」
「ゴ迷惑ヲオカケシマシタ。
ドウシテモ、アノ子を守リタカッタンデス」
「別にいいよ。
アンタのおかげで、今回の事故で怪我人は出てないんだから」
「ソウ言ッテ頂ケルト、幸イデス」
「さぁ、演奏会はまだ終わっていない。
聞いてきな。アンタの娘の晴れ姿」
背中を押し、麗華は朝妃の母を会場に入れた。
体育館が使えなくなり、吹奏楽部は空手部と柔道部、剣道部の部長と顧問からに許可を取り、道場を貸して貰い演奏会を始めていた。
鳴り響く音色……朝妃はヴァイオリンを弾きながら、母がいる方に目を向けて微笑み弾く方に集中した。
一通り、終わった部員達は楽器を持ち上手と下手に引っ込んだ。一人残った朝妃は、一礼しヴァイオリンを構えそして弾き始めた。
「……コノ曲」
弾き始めたのは、『G線上のアリア』……
「コレハ、私ガマダ元気ダッタ頃……
夫トヴァイオリンヲ始メタバカリノ朝妃ト一緒ニ、弾イタ曲デス」
一緒に聞く麗華に、母は嬉しそうに涙を流して言った。
思い出す過去……母の目には、幼い朝妃と一緒にヴァイオリンを弾く自分とピアノを弾く夫の姿が見えた。
弾き終った朝妃は、観客席に向かって一礼した。観客達は盛大な拍手を送りながら、立ち上がった。聞いていた生徒達は、歓声の上げ口笛を鳴らし、袖側にいた部員達も盛大な拍手を送った。
道場裏へ来た母親と麗華。後から朝妃もやって来て、彼女は母に別れの挨拶をした。
「お母さんがいなくなるのは寂しいけど、会えてよかった!」
「私モヨ朝妃」
「私、もっともっと練習していつかお母さんみたいな、ヴァイオリニストになるね!」
「応援シテルワ、朝妃。
私ハ、ズット朝妃ノ事ヲ見守ッテイルワ」
「……うん」
「……元気デネ。朝妃」
目を合わせ母は、麗華に合図を送った。彼女はお経を唱えながら、母の首に掛けていた数珠を取り外した。
母は最後に朝妃に笑顔を送り、そして満足したような顔をして光の粒になり空へと上がっていった。
「……ありがとう。お母さんに会わせてくれて」
「大したことはしていない」
焔の背中に乗ると、麗華は朝妃の前から姿を消した。
山桜神社の境内……そこに麗華は、数本の花を添えた。
「麗?」
心配そうに、焔は麗華の元へ擦り寄った。寄ってきた彼の頬を撫でながら言った。
「立花の母親見てたら、母さんのこと思い出しちゃって」
「……」
黙って焔は、麗華に擦り寄り甘え声を出した。彼女は焔の頭と頬を撫でながら、ふと空を見上げた。
深々と降る雪……その時、持っていた携帯が鳴り画面を見た。
「誰からだ?」
「兄貴。
バイト終わったから帰ってくるって」
「そうか」
「……降ってきてるし、迎えに行くか。
焔、行こう」
「応!」
玄関に置いていたPコートを来て、麗華は焔に乗り龍二を迎えに行った。