「分かってるわよ!!それくらい」
「早くしないと金が」
「私にどうしろって言うのよ!!」
「……!
そうだ、いいこと思いついた!」
真夜中、誰かが咳き込む声に翼は目を覚まし起き上がった。ふと隣を見ると、布団を剥いだ恵が気持ち良さそうに眠っていた。そんな彼女の頭を一撫でし布団を掛けてやった。
「茂さんとこ、連れて行く。
楓、あと頼む」
「分かった」
襖を少し開けた時、麗華を背負った龍二が駆けていくのが見えた。
(……あいつ、どうしたんだ?)
翌朝……
楓は麗華の着替えが入った紙袋を手に、翼と恵を連れ茂の病院へやって来た。
(デケェ病院……)
「あ!いたいた!
オーイ!茂ぅ!」
楓が手を振ると、振り替えしながらスーツ姿に白衣を着た男がやって来た。
「すっかり男前になったわね!」
「ハハハ!そりゃあどうも。
えっと、この二人だね」
「そうよ」
「初めまして。
この病院の院長をやってる、木戸茂です。今日は君等二人の健康診断をやらせて貰うよ」
「健康診断?
何で?俺はもう」
「翼君には少し特別な健康診断。
恵ちゃんには、ごく一般的な健康診断だよ」
「注射するの?」
「しないよ」
隣りにいた看護婦に合図するかのようにして、茂は頷いた。看護婦は優しく声を掛けながら、恵の手を引き診察室へ行った。
「じゃあ、私は麗華の所行くからこの子達お願い」
「分かったよ」
階段を上り、楓は麗華の病室へと向かった。
「そういや、神崎の奴どうかしたんですか?」
「ちょっとね。
ホラホラ、診察室へ診察室へ!」
その頃、麗華は屋上のベンチに横になり空を見ていた。傍では焔が、床に寝そべりながらあくびを一つした。
「もう平気か?」
「大丈夫。
あれは単なる、軽い発作」
「ならいいけど」
「……?」
屋上のドアが開く音が聞こえ、麗華は上半身を起こしドアの方を見た。寝そべっていた焔は、鼬姿へと変わり彼女の下ろしていた髪の中へ隠れた。
「!もう、こんな所にいた!」
出て来たのは楓だった。彼女だと分かると、隠れていた焔は姿を狼へと変わり麗華の膝に頭を乗せた。乗せてきた焔の頭を、麗華は撫でながら楓を見た。
「駄目じゃない!ちゃんと病室で寝てないと!」
「もう平気だからいいの。
それに、入院してる間いつもここに来てるもん」
「駄目に決まってるじゃない!!
?!」
「?!」
「?!」
何かの気配を感じ取った麗華達は、すぐに柵の所まで行き縁から身を乗り出し下を見た。
建物の中に入る黒い影と二人の男……
「あれって……」
「嫌な妖気だね……
恵ちゃん達の所に行くよ」
「分かった……って、何で?!」
「さっきの妖気を感じて、連れて来たんだ」
「何で連れてくるのよ……(妖怪と出会した時、戦い辛い)」
「とにかく、私は二人の所に行く」
「あ、私も!焔おいで」
鼬姿へと変わり、焔は麗華の肩へ飛び乗り彼女は先に行った楓の後を追って行った。
その頃、翼と恵は茂の診察室にいた。恵は室内を駆け巡りながら、面白そうな物を見ては触り茂に質問していた。その様子を、翼は申し訳なさそうに見ながら駆け回る彼女を注意していた。
「ねぇ!先生!これ、なぁに?」
「コラ!あんまり、この部屋の物に触るな!」
「いいよいいよ。この部屋には、壊して困るものはないから」
「ですが……」
「しかし……君等を見てると、麗華ちゃんと龍二君思い出すなぁ。昔の」
「え?」
「麗華ちゃん、凄く身体か弱くて入退院の繰り返しだった。そんな時、いつも龍二君が退屈してる彼女と遊んでたなぁ。懐かしい」
「神崎の奴、身体弱いんですか?」
「まぁね。
今も時々、入院してるよ。2・3日くらい」
「……」
「でも、少なくなった方だよ。
また学校が楽しいみたいで、いつも来ると嬉しそうに話してるから」
その時、外で何かが倒れる音が聞こえた。恵は驚き、翼に抱き着いた。
「君等はここにいて」
「あ、はい」
茂は白衣を脱ぎ捨て、診察室を出た。
騒ぎが起きている、受付を見に来るとそこには二人のヤクザが受付カウンターにいた。圧倒的な迫力で受付にいた患者や看護師達は皆、壁際に寄っていた。
「ここは病院です。
暴れるなら、外でお願いします」
そう言いながら、茂はヤクザの肩に手を置いた。ヤクザは彼の手を振り払うと、睨み付けてきた。
丁度そこへ、階段から降りてきた楓は足を止めた。後ろからついて来ていた麗華を止め、身を潜めた。
「あれって、暴力団って奴?」
「近いな……(あの辺りの奴、昔輝三の職場で見たぞ)
とりあえず、楓は二人の所に。多分茂さんの診察室」
「分かった」
ソッと階段を降りると、楓は忍び足で茂の診察室へ行った。
ふとヤクザの方に目を向けると、彼等の背後に黒い靄が見えた。麗華はその靄を睨みながら髪に隠れていた焔の頭を撫で合図した。焔は彼女の髪から出ると姿を消して狼へと変わり、その靄に攻撃した。
攻撃した瞬間、隅に置かれていた花瓶が割れ破片が飛び散った。
「キャー!!」
「な、何だ?!
誰だ!?花瓶を倒した奴は!!」
「か、勝手に倒れたんです!!」
「勝手に?」
「あ、兄貴ここ怖いですよ!!に、逃げましょう!!
俺、幽霊とか心霊系マジ無理なんです!」
「黙っ……!?」
一人のヤクザは、階段の踊り場にいる麗華と目が合った。麗華は不敵な笑みを浮かべると、降りようと足を踏み外した、その瞬間、彼女は宙を歩き出した。ヤクザは目を見開いて、驚いていた。
「あ、ああ、兄貴……あ、あれって……」
「ゆ、ゆゆ、幽」
「幽霊ですか?」
二人の耳元でそう囁きながら、茂は笑みを溢した。二人は体を震え上がらせながら、一歩一歩後ろへ下がった。
「恵出るな!!」
その声と共に、恵が角から姿を現した。その後から翼が現れ、ヤクザと目が合った。
「て、テメェ等……」
「主役のお出ましか……捕まえろ!」
後ろに潜んでいた仲間が恵の元へ駆け寄り抱き上げ、ナイフを彼女に当てた。
「恵!!」
「一緒に来れば、大事な妹に傷は付けない……どうする?」
「……」
「そのナイフをすぐにしまいなさい。
さもなければ、警察へ通報します」
携帯のボタンを押しながら、茂は二人を睨んだ。
「通報したと同時に、このガキの頬を切るまでだ」
「ねぇ、お兄さん」
「あ?なん」
後ろから声が聞こえ振り向いた瞬間、顔面に蹴りが入った。蹴られたヤクザは手からナイフを落とし恵から手を離し、そのまま仰向けに倒れた。