縁側で絵を描いていた恵は、いつの間にか眠っていた。そんな彼女に、楓は壁に掛かっていた羽織を掛け頭を撫でた。
そこへ、ショウが飛び込み人へと変わりながら縁側に腰を掛けた。
「何か、そのガキ見てると姉御の小さい頃を思い出す」
「私にとっちゃ、何か孫見てるみたいだよ」
「ついにそこまでになったか……」
「何が言いたいの?」
「いや、別に」
「あ!いたいた!
おっ父(オットウ)!」
灰色の髪に耳を立てた少女が、ショウの元へ駆け寄り飛び付いた。飛び付いてきた少女を、ショウは頭を撫で自身の膝に乗せた。
「アンタもいつの間にか、いい父親になって」
「まぁな。
ガキ持って思ったよ。輝や優がどれだけ姉御や兄貴を大事に思ってたか……」
「随分と父親になったね」
「まぁな!」
放課後……
部活を終えた翼は、麗華に言われた通り屋上へ来た。そこには白い毛並みをした大狼(焔)がいた。
「……」
「お前か?翼という者は」
「あ、あぁ(何か喋った!?)」
「乗れ。
麗華という者の家まで、送る」
「神崎のこと知ってんのか?!」
「多少な。
ほら、早く乗れ」
前屈みになり、焔は首を動かした。翼は近付き毛を触れながら飛び乗った。乗ったのを確認すると焔は立ち上がり屋上から飛び出した。
夕暮れに染まる町……その風景を、翼は焔の毛を握りながらそっと見下ろしていた。
「スゲェ……」
「高い建物を建てるが、人間はこの風景を忘れてやがる……
自然っていうのはいいものだ。心が洗われるみてぇで」
「……なぁ」
「?」
「お前の主……その、白い陰陽師には家族いるのか?」
「貴様のような人の子に、主の事は話せない。
まぁ、いずれ時が来れば話すだろうな」
「……」
しばらくして、焔は境内の前に降り立った。降り立った風の音で、楓は恵と共に出迎えてきた。
「お兄ちゃん、お帰りー!」
焔から飛び降りた翼に、恵は駆け寄り抱き着いた。二人を見つめ、次に楓を見た焔はその場から飛び去った。
「主の所に戻ったんだよ」
「神崎とアイツの主って知り合いなのか?」
「まぁね。
さ、中に入りな。麗華ももうすぐしたら帰って来るから」
「……」
「お兄ちゃん行こう!」
恵に手を引かれ、翼は家の中へと入った。
学校へと戻ってきた焔……屋上へ降り立つと、鼬へと姿を変えた。丁度その時、屋上の戸が開き中から麗華と大輔が入ってきた。
「ご苦労様」
肩へ登ってきた焔の頭を撫でながら、麗華は礼を言った。
「お前もお前で、結構大変だな」
「まぁね。
さっき話した通り、翼達は今私の家で生活してる。
電話掛かってきたら、上手く言っといてね」
「分かった」
校舎を出た二人……ふと、校門の方に目を向けるとそこにキャバ嬢の様な髪型をした女と、人相の悪い男が入ってきた。
(誰だ?あれ)
「アンタ、翼知ってる?」
二人に寄ってきた女の質問に、二人は互いを見合ってから首を左右に振った。
「じゃあ、その子が来たことも知らないの?!」
「し、知りません」
「?……アンタ、どっかで私と会わなかった?」
「え?」
麗華を見ながら、女は少し考え込むようにして彼女を睨んだ。
「あの、俺等これからデート何で」
「あら……そう」
「行くぞ」
麗華の腕を引っ張りながら、大輔は二人の間を通り学校を出て行った。女は去って行く彼等が気になり、こっそりとついて行こうとしたが、角を曲がった時二人の姿はどこにも無かった。
(ど、どこに行ったの?!)
女が自分達を捜している光景を、麗華と大輔は焔の背中から見下ろしていた。
「あいつ、多分翼の伯母だ」
「怖ぇ女。(あれで何歳だ……)」
「さぁ、帰ろう。
星崎、家まで送ってくよ」
「応」
夜……
夜道を歩いていた龍二は、家の前で足を止めた。石階段から自分家を見上げる二つの人影……
「(何だ?)
あの」
「!?」
声を掛けた瞬間、二つの影は慌ててその場から駆け去って行った。
「……何だ?」
階段を上り、持っていた鍵を出し龍二は家の中へと入った。
「お帰り」
ドアが開いたと同時に、楓は迎えに出てきた。
「ただいま。麗華達は?」
「部屋にはいるから、まだ起きてると思うよ」
「そうか……」
「?
どうかしたの?」
「いや……家の前に、変な奴が二人いて」
「変な奴?」
「分からねぇけど、多分翼の」
その時、泣き声が家中に響いた。楓と龍二は顔を見合わせ、部屋へと向かった。
部屋に入ると、翼が泣き喚く恵をあやしていた。
「あ、すみません…夜遅くに」
「夜泣きか?」
「ハイ……親父達が亡くなってから、ずっとこの調子で」
「夜泣きか……麗華も昔は酷かった。あの頃は」
話し掛けた時、後ろから麗華は飛び蹴りを喰らわせた。蹴りをもろに喰らった龍二は、そのまま俯せに倒れてしまった。
「余計な事言うな!!
ったく、騒がしいから来てみれば」
「楓……麗華は、今……反抗期なのか?」
「さっきのは普通にアンタが悪い」
「そうか……」
「ねぇ」
「?」
「よかったら、麗華と一緒に山の中散歩してきなさいよ。
その間に、恵ちゃんも泣き止んで寝ちゃうかもよ?」
「え?山」
「何で私まで……」
「道に迷ったら、大変じゃない」
「だったら、兄貴と」
下を向く麗華だったがそこにいるはずの龍二はおらず、ふと廊下を見ると黒いオーラを放った彼がそこに蹲っていた。
「どうせ……どうせ俺は」
「(完全にいじけてるわ……)
分かったよ。大野行くよ」
「あ、あぁ」
羽織を肩に掛け、下駄を履いた麗華は翼達と共に森の方へ歩いて行った。
「お前……いつもこの山登ってるのか?」
提灯を持ち下げながら歩く麗華に、翼は話しかけた。
「まぁね。
この辺りの山、昔の遊び場だったから」
「遊び場って……
普通、友達と遊ぶもんだろ。小さい頃は」
「普通はね。
私、普通じゃないから……家が」
蘇る記憶は、全て焔達と遊んだ思い出ばかりだった。
「……?」
ふと、抱いていた恵の方に目を向けると今までぐずっていた彼女はウトウトしだしていた。
「何か、昔の自分見てるみたい」
「え?」
「母さんからよく聞いたんだ。
私、夜泣きは酷くなかったんだけど、寝なかったらしくて……兄貴が良くこの山に連れて散歩したんだって」
「へ~」
「大野はそういうのなかったの?泣き虫で、オネショ小僧だったとか」
「ねぇよ!!」
森を抜けると、池がある場所へ着いた。その時弱い風が吹き、辺りの草花を揺らした。すると草に止まっていた蛍が一斉に飛び立った。
「凄ぇ……」
「霊感は本当にあるみたいだね」
「え?」
「今舞い上がってる蛍は、全部魂の欠片。
時々、こうやって見せてくれるんだ」
「……」
「霊感がある奴にしか見られないもの」
「れーかんって?」
「不思議なものが見える能力」
「のーりょく?」
「時期に分かるよ」
「お前もあるのか?霊感」
「さぁね……」
そう答える麗華の顔は、一瞬強張っていた。そんな彼女の顔色を見て、翼はそれ以上聞きはしなかった。
「どういう事か、説明しろって言ってんのよ!!」
山を下りた時、突如その怒鳴り声が響いた。翼に抱っこされていた恵は、怯えだし彼に抱き着いた。
「何で、あいつ等……」
「……ついてきて」
翼の手を引きながら、麗華はある場所へ向かった。そこは猿猴達の住処だった。
「で、デカ」
「大きい……」
「取りあえず、ここにいて。
青、白、この二人お願い」
「諾」
「諾」
提灯を翼に渡すと、麗華は一目散に山を駈け降り空いていた自身の部屋の窓から家へ入った。
「説明できないなら、甥と姪を返して貰うわよ!!」
「それは出来ません」
「はぁ!!?」
「先程も話した通り、警察と児童相談所からあなた方には虐待の疑いが掛かってます。疑いがある以上、二人を返すことは出来ません」
「勝手なことばかり言わないで!!
恵!!翼!!帰るよ!!」
怒鳴りながら、翼の伯母は家の中へ入った。
「捜しても、二人はいないよ」
部屋から出て来た麗華は、伯母に向かってそう言った。伯母は麗華の方に体を向かせ、彼女を睨んだ。睨まれた麗華は、咄嗟に楓の後ろに隠れた。
「今晩はもう遅いです。また明日改めてお話をお伺いします」
「……」
龍二に言われ、伯母は舌打ちし乱暴に玄関を開け出て行った。