学校へ来た大輔は大あくびをしながら、階段を上がり教室へ向かった。ふと顔を上げると、教室前のドアに麗華が立ち尽くしていた。
「?
神崎、どうかし」
「おっと!!
未来の旦那の登場だぁ!!」
男子達が、大輔を見るなりそう叫んだ。訳が分からない大輔は、男子達を退かし教室へ入り黒板を見た。
そこには相合い傘の下に、自分と麗華の名前が書かれていた。
「大輔、まさかお前と神崎がデキてたとは」
「は?」
「神崎さん、星崎君とは幼馴染みなんだってね!
いいわよねぇ、そういう恋愛」
「……」
「カーンーザーキー!!」
怒鳴り声を上げながら、平野が勢い良くドアの縁を手で鷲掴み二人の後ろに立った。
「どういう事だ!!
龍二先輩の許可無く、男と付き合うとは!!」
(そこまで噂が広まったー……)
「おい!!答え……?」
何も答えない麗華に、平野は彼女と大輔を連れ教室から離れた。
二人が連れて来られたのは、弓道場だった。平野は大輔から説明を聞き、腕を組みながら頷き聞いていた。
「つまり、今流れている噂はただのデマ」
「はい……」
「星崎には、九条っていう島の高校に通っている女がいます。
私にも、許婚であり従兄弟である陽がいます」
「許婚?!」
「神崎の家は、由緒ある家系で結婚相手も当主が決めているそうだ。
龍二先輩も、確か当主が決めた女性と結婚する予定だと聞いている」
「ちなみに、その女性は陽の姉貴の美幸さん」
「へ、へー(そういえば、俺神崎に霊感があることと妖怪と戦えること以外、あんま知らねぇ)」
「どうすんだ?
このままだと、本当に麗と大輔は恋人同士になるぞ」
「そういう関係、まるっきり無いから!」
「右に同じ」
「それは、付き合いの長い俺が一番理解している」
屋上でお弁当を食べていた夕美は、『夕美の噂帳』と書かれたメモ帳を広げ何かを書いていた。その様子を、購買で買ったパンを口に頬張りながら上谷慎也(カミタニシンヤ)は見ていた。
「お前、本当に噂話好きだよな~」
「フッフーン!この夕美ちゃんは、噂話が大好き!
さぁて、次は何を流そうかなぁ」
「しっかし、本当にあの二人付き合ってるのか?」
「さぁね」
「?
さぁねって……本人達に確認取ったんだろ?」
「取ってないよ。
今回の噂、私が流したんじゃないもん!」
「はぁ?!」
「何か、既に流れててそれをクラスで私が流したの!」
「お、おい……
それ、ヤバくないか?」
「大丈夫!大丈夫!
星崎君も神崎さんも、噂話とか全然気にしない人だもん!」
和やかに夕美はそう言った。慎也はそんな彼女を見ながら、深くため息を吐いた。
放課後……
牛鬼達の店へ来た麗華と大輔は机に伏せ、ドンヨリとしたオーラを放った。その様子に、平野は引き攣った笑みを浮かべた。
「もう疲れた……」
「俺、明日学校休む」
「右に同じ」
「休むな!!
星崎だっけ?お前も試合近いんだろ?それから、神崎!!お前は試合が近いだろうが!!」
「練習だけ行きますよ」
「話がややこしくなる!」
翌日……
朝早く来た朝妃達……すると、壁に夕美と同じシルエットが現れた。
「あれ?夕美、早いじゃん」
「ねぇねぇ、聞いてよ!
杏莉ったら、昨日の部活中に自分の靴紐踏んでずっこけたんだよ!おっかしいよねぇ!」
「な!!み、見てたの!!」
「それから、飯塚さんの好きな人は、超地味な読書男子!菅野宗一(カンノソウイチ)君!
バレンタインには、チョコをあげて告白大作戦か!!」
「な、何で!?」
「更に、山中さん今朝、歩いている最中に何もないところでズッコケたんだよ!ドジよねぇ!」
「い、伊藤さん酷い」
「ちょっと夕美!!アンタ、いくらなんでも酷いわよ!!」
杏莉は怒鳴りながら、角の廊下にいる夕美の元へ行った。だがそこには、誰もいなかった。
「あれ?いない……」
「……」
大あくびをしながら、大輔と麗華は教室へ入った。
「本当、夕美にはがっかりだわ!!」
「最悪女!!」
「そ、そんなこと知らないわよ!!私言ってない!!」
「嘘吐け!!証人が大勢いるんだよ!!」
「人の秘密を探って、噂を流すなんて最低!!」
「金輪際、アンタとは口利かないわ!!」
「そ、そんなぁ……」
「まさかと思うけど……大輔と神崎の噂も、あれ嘘じゃねぇのか?」
「え?」
「私、入学してすぐ大輔から聞いたけど……
彼、付き合ってる彼女がいるのよ、地元に」
「彼女ほっといて、別の女と付き合うなんて……
僕、しないと思うよ星崎君」
「あ、あれは私が流したんじゃ」
「あ~あ……クソ女のせいで、余計な時間使っちゃった。
早く離れようぜ。こいつに近付いたら秘密流されちゃうから」
「そうね」
「行こう行こう」
そう言いながら、皆は夕美から離れて行った。夕美は涙を流しながら、教室を飛び出して行った。
彼女とすれ違った時、シガンはバックから顔を出し小さく鳴き声を上げた。
(……まさか)
「アイツから、変な妖気感じたけど」
「ビンゴ。
あとで手伝って」
屋上へ来た夕美……膝を抱えながら、泣いていた。
(嘘吐いてないのに……
私、今朝は慎也の家に行ってから学校に来たから、絶対あの時間にいるはずがない!
でも、証人である慎也は風邪引いて休んでるし……
私が無実だってことを、皆に証明してやらないと!!)
放課後、教室では夕美を前に立たせ皆が椅子や机の上に座り、彼女を睨んでいた。
「で、話って何?嘘吐きちゃん」
「嘘なんか吐いてない!!
証人がいるの!!ちょっと待ってて」
「言っとくけど、慎也を出しても信じないから」
「え?」
「アンタ達、幼馴染なんだってね。
じゃあ、慎也がアンタの肩持つに決まってるじゃない」
「だから、慎也を出しても無駄」
「そ、そんな……
でも!」
「あーあ、無駄な時間過ごした。
もう帰ろう」
「帰ろう帰ろう」
バックを持ち、皆教室を出て行った。一人残された夕美は、声を押し殺して泣いた。
廊下を歩く杏莉達の前に、夕美の影が姿を現し話し出した。
「ねぇねぇ!皆、聞いてよ!
久美子ったら、トイレで便座下ろすの忘れて便器にお尻挟まっちゃったんだよ!ドジよねぇ!」
「まだ懲りてないの?!
もう、アンタの話なんか聞きたくないわ!」
「一人で喋ってろ!バーカ」
「待って!」
その声の方に振り向くと、そこに夕美が立っていた。
「え?夕美?」
「犯人は伊藤さんじゃなかったの?!」
「……大人シク、イビラレテリャイイモノヲ……
イイダロウ、正体ヲ見セテヤル」
影は形を変え、そして無数の目を持った妖怪へと姿を現した。
「キャァアアア!!」
「俺ハ、妖怪影愚痴。貴様ノヨウナオ喋リニ取リ憑イテ、人ノ陰口ヲ叩クノガ好キナ妖怪ヨ。
オ前ヲ孤独地獄ニ追イ込ミ、自殺サセルツモリダッタガ……
バレテシマッテハ仕方ナイ……
一人残ラズ、食ッテヤル!」
影愚痴は口から長い舌を出すと、夕美の体に巻き付けた。そして自身引き寄せようとした、その時だった。
突然、巻き付いていた舌の力が緩み夕美を離した。座り込んだ夕美を、札を持った大輔は支え立たせ、襲い掛かってきた影愚痴に、持っていた札を投げつけた。
「ギヤァァァアアア!!」
「ほ、星崎君……」
「怪我はなかったみたいだな」
「星崎君、今のは……」
「アイツに頼んで、やってもらった」
影愚痴の前に立つ白い陰陽師の格好をした麗華……
「し、白い陰陽師!?」
「何ダ?!貴様ハ!!」
「ある事ない事を流し人の命を喰らう妖怪など、この地で生きる必要は無い」
そう言いながら、麗華は薙刀を取り出し刃を影愚痴に向けた。影愚痴は怯えたように、身を縮込ませそして逃げ出した。だが逃げ道の前に、焔が立ち牙を剥き出し唸り声を上げた。
「貴様の逃げ道はない……
さぁ……無へ還れ!!」
飛び上がり、薙刀を勢いよく振り下ろした。影愚痴は悲鳴を上げて消滅した。薙刀をしまい、麗華は焔の顔を一撫ですると廊下の窓を開けそこから飛び降りた。杏莉達は急いで、窓から身を乗り出し外を見た。大狼に乗り去って行く彼女の姿が見えた。
「スッゲェ……」
「カッコイイ!」
「!
夕美、ごめんね……疑ったりして」
「ごめんな。
今思えば、夕美って人が傷つくような噂を流した事なかったよな」
「いいよ……私も、今日で学んだから。噂されるのって嫌だもんね。
だから、極力我慢しまーす!(噂話は、私の生き甲斐だから止められないのよね!)」
開き直った夕美の姿を見て、杏莉達はホッとしていた。
夜……
塾から帰る夕美は、ふと警察署を目に向けた。署から麗華と龍二が出てきたのを、目撃した。
(こりゃ、良い噂が……)
楽しげに話す麗華の顔を見た夕美は、出した手帳をしまった。立ち上がり少し羨ましそうに二人を見ると、振り返り自宅へ急いだ。