「麗華ぁ!そろそろ出ないと、遅れるぞ!」
旅行鞄とリュックサックを背負った麗華は、帽子を抑えながら慌てて運動靴を履いた。彼女が外へ出ると、龍二は鍵を閉め麗華が持っていた旅行鞄を持ち、学校へ向かった。
「あれ?兄貴、シガンは?」
「木の上で、不貞寝してるよ」
「やっぱり……」
「焔は連れて行くのに、何でシガンは……」
「焔は人の姿になったり、狼の姿になれるし。
それに、姿を消せる。
だけどシガンは、人の姿にもなれないし……かと言って、姿を消せるわけでもないし」
「ハハハ……確かに」
学校へ来た麗華。龍二から鞄を受け取ると、一緒に見送りに来た真二が、彼女に抱き着いた。彼と共に龍二も抱き着き、それを見た緋音は二人の頭を思いっ切り叩き引き離した。
「あ!麗華ぁ!」
麗華に気付いた朝妃は、彼女に手を振りながら駆け寄ってきた。
「おはよう!
これで、私達の班は全員揃ったと。大型荷物は、あそこのバスの人に渡して」
「分かった」
荷物をバスの運転手に渡し、麗華は再び朝妃達の元へ駆け寄った。
その様子を見た龍二達は、ホッと一安心したかのようにして眺めていた。
「え~、一年生の皆さん。
今回の修学旅行は、皆さんの親睦を深めるものであって」
校長の長い話が始まり、生徒達はあくびをしたりウンザリした様な表情で聞いていた。
「ですから」
「おい後輩共!」
校長の話をぶち切り、真二は壇上へ上るとマイクを外し話し出した。
「高校の夏は一度しかない!
思いっ切り羽目外して、楽しんでこい!」
真二の言葉に、生徒達は一斉に声を上げ拍手した。
「あいつ……」
「これで一年の心は、あいつに取られたな」
「あの馬鹿……」
大笑いする真二の額に、突如石が当たり彼はそのまま倒れ落ちた。落ちた彼を、緋音は回収し龍二は麗華の方を見ながら小さく親指を立てた。
バスの中……麗華のクラスメイトは、席から身を乗り出し楽しく話しながら、持ってきたお菓子を食べていた。
麗華と大輔は、耳にヘッドホンを付け外を眺めていたりボーッとしていた。
その時麗華達の方に向いた杏莉は、麗華のリュックが微かに動いたのに気付いた。
「麗華」
「?」
「リュック、動いてるよ」
「え?」
ヘッドホンを外した麗華は、気になりリュックのチャックを開けた。すると中から、家で留守番しているはずのシガンが飛び出し、鼻を動かしながらバスの通路へ出た。
「キャー!!鼠ぃ!!」
お菓子を食べながら話していた女子が、悲鳴を上げながら立ち上がった。悲鳴に驚いたシガンは、席の下へと体を滑り込ませた。座っていたクラスメイトは、次々に立ち上がり悲鳴を上げた。立ち上がった男子達は捕まえようと、手を伸ばすもシガンはその手を華麗に避けて行った。
席の下を進み、シガンは大輔の肩へと登り、そこから麗華の胸へと飛び移った。
「その鼠、神崎さんの?」
「……」
休憩所で、麗華はシガンを連れ担任と話していた。
「じゃあ、勝手について来ちゃったの?その鼬……いや、フェレット」
「はい……
前日、兄に頼みました。シガンの世話を……」
「龍二君の目を盗んで、リュックに忍び込んだのね」
「先生、シガンは……」
「……今から、戻るのも無理だし……
いいわ、連れて行きましょう」
「ありがとうございます。
あとで兄に、連絡しときます」
「分かったわ。
さぁ、戻りましょう」
全員が戻り、バスは出発した。シガンは、麗華の膝の上で毛を舐めていた。
「そいつ連れて行くのか?」
「まぁね。今から戻るのも無理だし、置いていくのも無理だし……先生に許可とって、特別に連れて行くことにした。
キャンプ場に着いたら、兄貴に電話するつもり」
「そうか……」
「しっかし、ビックリしたわぁ」
「鼠かと思った動物が、まさかフェレットだったとは」
朝妃と杏莉は後ろを向き、お菓子を食べながらそう言った。
「お騒がせしました」
「いいって。
それにしても、可愛い!シガンだっけ?いつから飼ってるの?」
「小五の時から」
「へー」
毛を舐め終わると、シガンは麗華の肩へと登り頬擦りした。してきたシガンの頭を、麗華は撫でた。
「凄い懐いてるね。私のチョコみたい!」
「チョコ?」
「私、犬飼ってるんだ。茶色のポメラニアン!」
「いいなぁ!私、弟が動物アレルギーだから、何も飼えないんだよねぇ」
「大輔は?何か飼ってるの?」
「何も……
実家も飼ってねぇし」
「へ~」
「ねぇねぇ!一人暮らしって、やっぱり自由?!」
「自由っちゃ、自由だな。
けど、炊事も家事も掃除も全部自分でやらなきゃイケないから、結構疲れるぞ」
「う……やはりか」
楽しげに話す杏莉達を別の席で迷惑そうな表情で、彼等を見る男女五人がいた。
山へ着いた麗華達。バスから降り山の空気を吸いながら、生徒達は自分の荷物を持ち、宿の前へと整列した。
「八ヶ岳へようこそ!」
少しふっくらと太ったおばあさんと、ガッチリとしたおじいさんが生徒達を出迎えてくれた。
色々と説明する二人に、生徒達は段々と飽きてきたのか話をし出した。
「それから、羆に気い付けて下さい。
特に、額に三日月の模様がある奴には」
「三日月?
ツキノワグマじゃないんですか?」
「見た目は普通の羆だ。だけどどういう訳か、額に三日月の模様があるんだ。
それに、この山の主だ」
「だから、羆にあっても絶対に相手にしないように」
「ハーイ」
その様子を、木の上から何者かが眺めていた。その者は口角を上げると、姿を消した。
宿の電話を借り、麗華は龍二の携帯に掛けていた。
「大変だ!!麗華!!
シガンが消えた!!」
出た瞬間、そう大声を上げながら龍二は電話に出た。
「大丈夫。
シガンはここにいるから」
「何ぃ?!何故だ?!」
「私のリュックに忍び込んでたの!
取りあえず、このままシガンはここに置く。先生にも許可は取った」
「分かった……
おい、何かあったら必ず」
言い掛けた時、麗華は電話を切った。
携帯電話に叫ぶ龍二を、一緒に帰っていた緋音と真二は首根っこを引っ張り帰路を急いだ。