「……」
麗華はゆっくりと目を開けた。一瞬記憶が混乱していたが、すぐに思い出し飛び起きた。寝かされていたのは、病院のベッドの上だった。
「茂さんの病院だよ」
声が聞こえ、その方に目を向けた。そこにいたのは、真二と緋音だった。
「……何で?兄さんと姉さんが」
「茂さんから、電話があったの」
「龍二が刺されたって……
あと、お前が無茶したって」
「……焔と渚は?」
「隣で寝てる。
大丈夫、しばらく休めばすぐに元気になる」
「鎌鬼は?」
「そこにいる」
真二が指差す方に目を向けると、キャビネットの上に置かれた毛布を敷いた籠の中に、シガンは静かに眠っていた。
「……ったく、お前は!!」
立ち上がった真二は、麗華の頭を思いっ切り殴った。殴られた彼女は、目に涙を溜め殴られた箇所を手で押さえた。
「痛ったぁ……」
「何無茶してんだ!!
鎌鬼と桐島さんがいなかったら、お前殺されてるぞ!!」
「……」
「けど……無事で良かった」
「……
ねぇ、兄貴は?」
「……まだ、覚めてない」
「……」
布団を退かし麗華は、ベッドから降りた。降りた瞬間、脚に激痛が走り座り込んだ。
「麗華ちゃん!」
「無理すんな。
足挫いてんだから」
「……!?」
真二は麗華を立たせ、彼女を背負った。
「龍二の病室まで、連れてってやるよ」
「……」
「安心しろ!
緋音よりは重くない!」
集中治療室の前では、椅子に座る池蔵と桐島が座っていた。足音が聞こえ、その方向に目を向けると、頭に大きなたんこぶを作った真二と、彼に背負られた麗華と二人の後ろを歩く緋音だった。
「麗華ちゃん……」
「さっき、目が覚めました。
あと、ついでに全員の分殴ったんで、殴らないのと怒らないで下さい」
「そういう君は、何でたんこぶを?」
「っ……」
真二の背から降りた麗華は、痛みを堪えながら集中治療室へ入った。
酸素マスクを付け、静かに眠る龍二……彼の胸には、心電図を取るための機械が貼られていた。麗華は、ベッドの傍に置いてあった椅子に座り、出ていた龍二の手を包むようにして握り、自身の頬に触れさせた。
「……起きてよ……
私は起きたよ。
刺されたりするから、無茶して真二兄さんに殴られたんだよ。
このまま、起きないつもり?
ねぇ……」
目からポタポタと大粒の涙が溢れ、龍二の手に落ちた。流しながら、麗華は彼の手を握り体をベッドに伏せた。
穏やかな風が吹いた……風で揺らいだ髪で、目が覚めたのか龍二は目を開けた。
(……ここは)
『気が付いたか?龍二』
「……?!
お、親父?!」
傍にいたのは、六年前に会った輝二が座っていた。龍二は驚きながら飛び起き、彼を見た。
「何で、親父が……」
『お前がこっちに来ようとしてたから、止めに来たんだよ』
「……」
『全く、油断して……
お前がこっち来たら、麗華はどうするんだ?誰が彼女を守るんだ?』
そう言いながら、輝二は龍二の頭に軽く拳を置いた。
『さぁ、もう戻りな。
麗華が待ってるよ』
数時間後……
椅子に座り、互いに凭り掛かりながら眠る真二達。麗華は、ベッドに伏せたまま静かに眠っていた。
その中、龍二はゆっくりと目を開けた。そして麗華が握っていた手を軽く握った。
「!」
その感触に、麗華はすぐに目を覚まし体を起こした。目を開けた龍二の姿が、彼女の目に映った。龍二は軽く笑みを浮かべながら、麗華を見ていた。
「……兄貴」
涙声で呼びながら、麗華は龍二に抱き着いた。龍二は力を入れゆっくり起き上がりながら、麗華を抱き締めた。
通りかかった茂は、彼の様子に驚きながら寝ている真二達を起こし、部屋の中へ入った。緋音と真二は飛び起き、すぐに部屋へ駆け込み、池蔵は大泣きし桐島は笑みを浮かべながら、ドア付近で彼等を眺めた。
二日後……
「全く、麗華ちゃんを心配させるとは、何してんねん!!」
京都から駆け付けた美幸は、起きていた龍二の頭を軽く叩いた。
「義姉さん、少し落ち着いて」
「落ち着いてる!」
「落ち着いてへんやろ?姉貴」
「アンタは黙ってなさい!!
付いてきたクセに」
「当たり前や!
姉貴が旦那に会うなら、俺は嫁に会いに来た!」
そう言いながら、陽一は麗華を抱き寄せた。
「お熱いこと」
「姉貴達だって、六年前はこんな感じだったくせして、何言ってんだが」
「っ」
「あん時、熱かったよねぇ」
「熱かった熱かった。
外に出るたんびに、恥ずかしかったもんねぇ」
「二人でイチャイチャ」
「それ以上、言わんでええ!!」
顔を真っ赤にしながら、美幸は陽一の頭を叩いた。受ける寸前、彼は華麗に避け舌を出し馬鹿にした。
「陽一!!アンタァ!!」
「はい、ストーップ!」
カルテを手に、茂は陽一と美幸の頭を軽く叩いた。
「喧嘩は禁止。ここは病院だよ」
「はい……」
「すみません……」
「美幸、お前陽一と喧嘩すんの、もう止めろ」
「だって、陽一が……」
「俺は事実言ってるだけや」
「アンタはそれを言うな!」
そう怒鳴りながら、麗華は陽一の頭に空手チョップを噛ました。
「麗が恐妻になった!
頼む!姉貴みたいには、ならんでくれ!」
「誰が恐妻よ!!」
「誰が恐妻や!!」
騒いでいる時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。茂は返事をしながらあ、ドアを開けた。そこにいたのはお見舞いに来たのか、手に華を持った緋音と真二、更にフルーツが入った籠を持った池蔵と桐嶋だった。
「よぉ!龍二、お見舞いに来たぞ!」
「真二!緋音!」
「体調の方は良さそうだな!三神!」
「池蔵さん!桐島さん!」
「あれ?この綺麗な女性、誰?」
黒髪を一つに結った美幸に、池蔵は頬を赤くしながら彼女を見つめて質問した。それを見た麗華は、美幸の腕を掴み答えた。
「義姉です」
「え?麗華ちゃん、お姉さんもいたの?」
「来年の三月頃に、義姉になる予定です」
「こんな可愛い義妹に持てるなんて、私幸せや~!」
「予定って……え!?ま、まさかこの人」
「初めまして。神崎龍二の婚約者・三神美幸と言います。いつもお世話になっています」
「い、いえ!こちらこそ(クソ!龍二君の婚約者か……)」
「事部捜査一課警視の桐嶋です」
「初めまして」
「そうか。桐嶋さん達は初めてでしたね、美幸の事」
「私達は、二・三度お会いしましたもんね」
「そうそう!」
「君達、結婚いつすんの?
警察官になったら、海外旅行行けないよ?」
「何でそこを心配するんですか?」
「あぁ!いっけない!
アタシ等、そろそろ帰らへんと!」
「え?もうそんな時間か?」
「明日、朝一で会議入ってんねん!
じゃあ、また連絡するわ!陽一、行くで!」
「お、応!
麗、またな!」
「じゃあね。
輝一伯父さん達によろしくね」
「応!
待てや!姉貴ぃ!」
二人に続いて、緋音達も書き上げなければいけないレポートがあるとの事で帰り、桐嶋達も仕事がまだ残っているという事で帰った。茂は看護婦に呼ばれ部屋を出て行き、残った麗華に龍二は手招きをした。
「何?」
「これ、少し汚れちまったけど」
そう言いながら、龍二はキャビネットの引き出しから少し汚れた包みを渡した。
「二日遅れたけど……誕生日、おめでとう」
「……」
「ほれ、早く開けてみろ」
悪戯笑みを溢しながら、龍二は麗華に言った。彼女は頬を赤くしながら、包みを丁寧に剥がし箱を開けた。
中に入っていたのは、水が入ったガラス球に二匹の狐が、紅葉の中を走っているドームだった。
「これ……」
「想太から聞いたんだよ。
いつも一緒に帰ると、必ず古い雑貨屋の前に留まって、ショーウインドーに飾ってあるそのドーム眺めてたって。
気になって、俺もその雑貨屋に行って亭主に聞いたんだ。そしたら、毎日のように通って売られるんじゃないかって顔で、見てたんだってな?」
「……」
「全く、そこだけはいくつになっても子供だな」
「いいじゃん……別に」
「まぁ、お前が俺の誕生日に買ってくれたネクタイのお返しだよ。
頑張ってくれてたんだもんなぁ……ずっと」
「え?」
「ずっと、小遣い貯めて……
茂さんと一緒に、買い物行ってネクタイ選んで……」
「何で……」
「茂さんの顔見りゃ、分かるよ。
それに、お前がずっと大好きな和菓子買わないのを見ればさ」
「……」
頬を赤くした麗華の頭を、龍二は軽く手を置き撫でた。その様子を、焔と渚、更に牛鬼達は静かに眺めていた。
数日後……
「だぁ!!遅刻だぁ!!」
「私だって、遅刻!!」
パンを銜えながら、龍二と麗華は慌てて家を飛び出した。渚と焔は、互いの顔を見ると狼姿へとなり、階段をジャンプした二人の着地地点に行った。
「ナイス!焔!」
「ほら行くぞ!」
「サンキュー!渚!」
「全く、いつまで経っても世話の掛かる主達だ」
軽くため息をしながら、二匹はそれぞれの場所へと向かった。
誰もいなくなった家……麗華の部屋の隅のテーブルに、龍二から貰ったドームが飾られていた。その前に二つの影が現れた。影は、互いを見合うと静かに微笑みそっと消えた。