「女が一人、入り込んだ……誰だ?」
「……」
「……あ~、お前あの家の奴か?」
中に置かれていた椅子に座る男は、笑みを浮かべ顔を上げながら麗華の方を見た。
「……大学生を刺したのは、アンタか?」
「大学生?
あ~、あの若僧か。刺した刺した。
いやぁ、いい体つきだ。いい鍛え方してたな。
おかげで、腹刺すのに苦労した」
「……」
「さて……ここでクイズだ。
御嬢さんは生きて帰れるでしょうか?」
「え?」
「正解は……」
車を飛ばす桐島。池蔵は電話をしながら、地図を書きそして廃屋の絵を描いた。
「警視!
犯人、どうやらこの廃屋に逃げ込んだそうです!」
「ここか……分かった」
「それにしても麗華ちゃん、流石行動が早い」
「褒めてる場合か!!
もし、犯人と出会してみろ。いくら麗華ちゃんでも殺されるぞ!」
「そ、そうですね……」
木の幹に凭り掛かり座る麗華……息を切らしながら、後ろを見た。包丁を振り回しながら、男は口笛を吹いていた。焔と渚は、大狼の姿になり彼を睨みながら攻撃態勢を取っていた。
「そうだ!良いこと教えてあげるよ!」
突然、男は大声を出した。焔と渚を落ち着かせ、麗華は彼の声に耳を傾けた。
「何で俺がこんな事してるか、教えてあげるよ!
十六年前、通り魔事件があった。けど、七月七日……その日を境に通り魔事件は幕を下ろした。それと共に、ある刑事が亡くなった。
調べて名前が分かった……神崎輝二という警部だった。
調べていたら、最近になってようやく彼の住所が分かった。しかも、彼には妻子がいた。
風呂場の窓を割って中に入って、驚いたよ。まさか妻も亡くなっていたとはね。
家の中を見ていたら、仏間の前に置かれていたいくつもの写真立て。
そこには、笑顔が溢れている兄妹が写っていた。そして思った。
二人を壊そうって……
先に妹の方を殺ろうと思ったけど、どういう訳か見付からなかったんだよね~。そんで先にお兄さんをグサリ」
聞いていた麗華は、土を強く掴み歯を食いしばった。
「明日が丁度、七月七日。
お兄さんが亡くなったら、どうなるんだろうね?
神崎龍二の妹……神崎麗華さん」
幹から顔を覗かせ、隠れていた麗華を見ながら男は名を呼んだ。彼の姿を見た渚は人の姿へとなり、水の攻撃を放った。男が怯んだ隙に、焔は麗華を口に銜え渚は彼の背中に飛び乗り、逃げようとした。だが二人を男は懐に隠していた銃で撃った。
二人は腹部に傷を負い地面へ落ち、麗華は素早く立ち上がり歩み寄ってくる男の前に立った。
「ヒュー。気が強いねぇ、麗華さん」
「気安く名前で呼ばないで……」
「お兄さん亡くなったら、君どうなるの?
アレかなぁ?ここからいなくなるのかな?遠い親戚の人に引き取られて」
「兄貴はそう簡単に死なない!」
「気が強いねぇ……
俺ねぇ、憧れた奴がいたんだ」
「憧れた奴?」
「十六年前の通り魔の犯人。
俺、アイツに憧れてあらゆる事を勉強した。
そして、今日に至る」
「……馬鹿?」
「は?」
「馬鹿すぎて、何も返す言葉がないんだけど……
憧れるのは勝手。だけど……そんな憧れで、人を殺していいなんて誰が言った?!」
「そんなの関係ない!!」
そう叫びながら、男は銃口を向け弾を放った。弾は麗華の肩を掠り、傍の木に当たった。
その銃の音を、廃墟前に車を停めた桐島は聞いていた。
「銃の音」
「え?」
「早く応援を呼べ!!
犯人がいるかも知れない!!」
「わ、分かりました!」
銃を手に、桐島は森の中へと走って行った。
森の中を、麗華は走っていた。その後を、男は包丁を手に追い駆けていた。
だが、駆けていた時麗華は木の根に躓き、転がり凹んだ地面へ落ちた。落ちた拍子に、脚に大きな傷を付け更に足を挫いたのか、立ち上がろうとした瞬間足首に激痛が走った。
(こんな時、焔達がいてくれたら)
数分前、肩を撃たれた麗華は怯み座りかけた時だった。
『走れ!!麗!!』
『走れ!!麗!!』
倒れていた渚と焔はそう叫んだ。麗華はすぐ我に返り駆け出した。その間に、焔は狼姿へとなり口から煙幕を放った。男は煙幕などお構いなしに、彼女の後を追い駆けていった。
「見つけた!!」
気を失いかけていた麗華の背後から、男は姿を現し彼女に包丁を振り下ろした。麗華は間一髪避け、男を睨んだ。
「先にあの世へ逝かせようとしてるのに……」
「……」
「……死ねぇ!!」
叫びながら、男は包丁を突いてきた。
その時……
“キーン”
麗華の前に突如、大鎌が現れ彼の包丁を食い止めた。大鎌を見ながら、麗華は後ろを向いた。そこにいたのは、人の姿へと変わったシガン……鎌鬼だった。
「鎌鬼……」
「僕は好きで殺人をしていたわけじゃない」
「……お前」
「初めまして。十六年前の殺人鬼・鎌鬼と言います」
羽織っていたマントを、麗華に掛けながら鎌鬼は男に話した。男は目をキラキラさせながら、鎌鬼に歩み寄った。
「やった……まさか、こんな所で会えるなんて!!
鎌鬼様!!俺、あなたに憧れて……」
「僕に憧れたから、龍二を刺して……麗華を殺そうとしたのかい?」
「だって、あなたは偉大な殺人鬼!!証拠も出さず、今持っている大鎌を一振りし何千人もの人を殺した!」
「確かに殺した……
でも、この子のおかげで僕は元に戻れた」
「はぁ?」
「信じるか信じないかは、君次第だよ。今から話すのは」
「……」
「十六年前の殺人は、麗華と龍二の父親・輝二の手によって僕は封印された。
長い年月をかけて、六年前封印が解かれて復活した。復活した際、多くの命奪って、二人を殺そうとした……特に麗華は、僕が封印される前にターゲットにした者。殺す思いで、二人を襲った……でも父親……輝二は、それを許そうとしなかった。
三人の力で、僕は魂を浄化された。そして……妖力を持ったまま、フェレットに生まれ変わり、麗華達を守っている」
「……ハ…ハハ……ハハハハハ……ハッハッハッハッハッハッハッハ!!
何を言い出すかと思えば……そんなデタラメ、俺は信じない!!」
「……」
「まぁ、鎌鬼様はそこで見てて下さい」
男は一瞬で、麗華の背後へと回り腕で首を絞めた。彼の腕を掴みながら、麗華は痛む足を上げ男の足を力任せに踏んだ。痛みで怯んだ隙に麗華は男から離れ、鎌鬼は離れた彼女を自身に引き寄せ大鎌を思いっ切り振り下ろした。その際に、男の服が切られ彼はそれを見ながら、鎌鬼を睨んだ。
「な、何で……俺が」
「君は間違っている。
僕が人を殺していたのは、生前酷いいじめを受けていたから。そのいじめを見てみぬ振りをする人達を、許せなくなり妖怪となって人を殺していった。
けど、君からそういうニオイはしない。学校生活にも私生活にも、何の不自由もなく過ごしていた。
毎日が退屈で仕方なかった。だがある日、僕のことをどこかで調べて知った」
「凄いね……鎌鬼様は、俺の事何でもお見通しなんだね」
「さぁ、もうこんな事は終わりにしよう」
「そうだね……もう終わりにするよ。
その女を殺してな!!」
跳び上がり、男は包丁を振り上げた。鎌鬼は麗華を抱き締め男に背を向かせた。
鎌鬼に刺さる寸前、茂みから桐島が現れ彼の顔に蹴りを入れた。男は倒れ拍子に手から包丁が落ち、桐島はその包丁を蹴り飛ばした。顔の痛みで、手で押さえていた男の腕を桐島は掴んだ。
「沼田清!殺人容疑及び殺人未遂で、逮捕する!!」
そう言いながら、桐島は沼田に手錠を掛けた。掛けられた沼田を見た麗華は、安心したのかその場に座り込みそして気を失った。