「ねぇ、あの子誰?」
「?」
長い髪を下ろし、伸ばしっぱなしの前髪で顔を隠した少女が、赤いネクタイを締めた少年の傍に立っていた。
「誰だあれ?見たことねぇぞ」
「あいつ、晴彦の許嫁や」
緑色のネクタイを手に巻いた陽一が、麗華の肩に腕を乗せながら言った。
「陽……」
「全く、部活中やったのに。道着から制服に着替えるの、結構大変なんやで」
「その割には、キッチリ着てるな」
「車の中で、速攻着替えた」
「陽、ネクタイしな。アンタの学校、ブレザーなんでしょ?」
「……高校は絶対学ランや」
「はいはい」
「そんで、その晴彦の許嫁さん……どこのもん?」
「全く余所者や。
何でも、晴彦の家が家族ぐるみで付き合ってる封印術に特化した一家で、その一家にも白狼が居るみたいでな」
「それで許嫁同士」
「にしても、晴彦何か変わり過ぎじゃない?
雰囲気が、何ていうか」
「あれ、人生の道に迷っている最中や」
「あ、そう」
「分家の分際で、お喋りが過ぎるんやないか?」
振り返ると、そこには晴彦に似た男がスーツ姿でそこに立っていた。
「……え、誰?」
「知らん」
「月影院明仁。晴彦の兄貴だ」
「え?!晴彦、兄貴居たのか?!」
「十歳も年離れてるからな。三年前は、確か海外留学してたから会議には参加してない」
「……」
「見ない間に、随分老いましたな?輝三はん」
「そういうテメェは、随分生意気になったな?」
「海外にいたら、多少はそうなります。
?
おやおや、誰かと思うたら……輝二はんと優華はんの子供の、龍二君やないか」
「……お久し振りです(全然覚えてねぇ)」
「おい明仁、お前俺等にそんな口聞いて良いのか?」
「は?」
「お前、海外行ってたから知らねぇだろうけど……
外面はお前等が本家だけど、中は俺等分家が本家なんだよ」
「……それ、一応聞いたけどホンマか?
どうも嘘臭くてなぁ」
「お前、本当昔から人を見下すよな?自分中心というかなんというか」
「本家になったと言うなら、式神で勝負せんへんか?
相手は、龍二君の傍に居るそこの女子」
指差す明仁の手を、麗華は叩き振り払った。そして鋭く睨み付きながら、彼を見た。
「人に指を指すな。
海外行ってた割に、常識知らないの?」
「……クソ生意気な奴だな」
「思春期真っ只中なんで。
で?式神対決なら受けるけど、本当に強いの?」
「いい気なってんのも、今の内や」
怖気づいている者達に、声を掛ける明仁を前に麗華は軽く溜め息を吐きながら、鼬から大白狼になっていた焔の頬を撫でた。
「麗華、手ぇ抜かなくていいぞ。あんなバカ」
「泰明さん、知り合いなんですか?」
「十年以上前に、今回みたいな事をやったんだよ。本家直々に」
「俺、全然知らないんですけど」
「龍二君は覚えてなくて当然だよ。あん時まだ二歳……あれ?三歳いってたかな?」
「まぁ、どっちにせよ勝負は勝負。
ところで、式神は殺していいのかな?」
「鎌鬼、怖い事言わないで」
表へ出た麗華と明仁は、向かい合うようにして立った。明仁は指を噛み、血を出すと懐から人の形をした紙を取り出しそれに血を付けた。
「我に力を貸せ、急急如律令!」
煙を上げ出て来たのは、紙の面を付けた鬼だった。鬼は拳同士を叩くと雄叫びを上げて、戦闘態勢に入った。
「どうした?俺の式にビビったか?」
「……急急如律令、雷光!」
麗華は、明仁と同じように雷光を出した。雷光は人の姿をして現れ、鬼と明仁を交互に見ると振り返り彼女を見た。
「本気で行っていいみたいだから、力解放しちゃっていいよ」
「御意」
意識を集中する雷光は、赤髪から銀髪へと変わりカッと目を開くと、腰に着けていた刀の束を握り攻撃態勢へ入った。
「先に攻撃いいよ」
「ほんならお言葉に甘えて……やれ!!」
明仁の命令に、鬼は地面を蹴りその勢いのまま雷光に殴りかかった。だが彼は瞬時にその攻撃を避け、稲妻を起こしながら鬼の後ろへ回ると、着ていた服の袖から蛇を出し鬼を拘束し身動きが取れなくさせた。そして、解こうとする鬼の頸に刀の刃を当てた。
「……今、何が」
「勝負あったな」
「雷光の奴、いつの間にあんな技を」
「明仁、勝負有りだ!
引け!」
「分家の分際で、俺に口出しするんじゃない!!」
「だから、三年前の事件で俺等分家が現宗家なんだよ!!いい加減理解しろ!!」
「……」
「明仁、それくらいにしとけ」
血相をかいて、晴政がやって来た。彼は輝三に一礼すると明仁に何かを話し、彼は舌打ちをしつつ麗華に背を向けた。
「……雷光、解放して」
「御意」
蛇を引っ込めて元の姿へと戻った雷光は、その場から跳び麗華の後ろに立った。鬼は頭を振りながら立ち上がると、背を向けている明仁の元へと駆け寄った。
「輝三はん、うちの息子がとんだ無礼を」
「別にいい。全員揃ったなら、会議始めるぞ」
「はい」
輝三の言葉に、一同は本堂の中へと戻った。明仁は鬼を戻すと、麗華を鋭く睨みつけながら本堂へ入り、彼の後に続いた晴彦は、彼女に一礼するとすぐに中へと入った。
「陽、晴彦どういう風の吹き回し?」
「アイツと同じ、私立に行っとる友人に話聞いたんやけど……
あんまりよろしくない、学校生活を送っているらしい」
「……いじめ?」
「まぁ、それに近いな」
「そう……」
「にしても、あの明仁の式神弱かったなぁ」
「本当。
で、雷光いつからあんな技を?」
「丁度一年程前からです。危害を加える様な蛇ではありませんでしたし、かといって麗殿にも攻撃もしませんでしたし」
「扱えるようになったのは?」
「それが、先程妖気を出したらあのような形に」
「……蟒蛇の力が、出て来たのかもしれないね」
「……」
「雷光」
「?」
「蛇出す時、何かしらの予告してくれへん?」
「え?」
「俺、蛇だけはめっちゃ無理なんや」
冷や汗をかき青ざめた顔をしながら、陽一は雷光にそう頼んだ。
「お前等、早く本堂に入れ!」
泰明に言われて、麗華は雷光を戻すとすぐに陽一と共に本堂へ向かった。
本堂に入って行く彼等を、空から見下ろす者がいた。その者は二ッと笑うと、敷地内に降り立った。