ISー王になれたかもしれない少年は何をみるか   作:nica

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続けてもう一話投稿。
ISヒロイン二人目登場の話。
てか、三話続けてサブタイが『王』と~って……
ネーミングセンス欠片もないな……

誰か私に、ネーミングセンスと文才を(涙)


第七話:『王』と太陽の花

 イギリスを発ち、フランスの首都-パリへと到着した稟達。今日はこのままホテルで休息を取り、観光は明日からとなった。

「考えすぎ、か……」

 自分が泊まる事になったホテルの一室。その部屋のベッドに腰をかけ、稟はポツリと呟いた。

 稟とてその事は自覚している。事ある毎に罪を犯した日常(かこ)を思い出し、その度に過去に囚われてしまっている事を。だが、だからと言って簡単に過去を克服する事は出来ない。稟が思っている以上に、かつての所業は重い十字架となって彼を苦しめているのだ。

「おじさんと桜には悪い事をしたな。二人とも、最後までボクの事を気遣ってくれていたのに」

 光陽町での唯一の味方だった楓の父―幹夫と、もう一人の幼馴染である桜の事を考え稟は自嘲する。周囲(まわり)が稟の敵であったにも関わらず、最後まで彼の味方でいてくれた二人。稟が稟でいられるよう陰から支えてくれていた二人には心から感謝していた。しかし、その恩も返せそうにない。

 何とか元の世界に帰る方法を束達に探してもらっているが、未だにその方法は判っていない。このまま、永遠の別離となってしまうのだろうか。

 そこまで考えたところで、稟はその思考を振り払う様に頭を振る。

「ボクはまた……」

 どうしても思考がネガティブになってしまう己に呆れてしまう。それでは駄目だとアレンにも言われたばかりだというのに。

 稟は気持ちを入れ替えようと立ち上がり、

「…………っ」

 かけようとしたところで眩暈を起こす。

 ふらついた身体の均衡(バランス)を保とうとするが、身体は言う事を聞かずに床へ一直線に向かう。

 床にぶつかったら痛そうだなと、どこか他人事のように思いながら稟は倒れる。彼の顔が床にぶつかる直前。

「稟様!!」

 隣部屋にいたアレンが稟の部屋に勢いよく入り込み、倒れる寸前だった稟を支える。

「大丈夫ですか稟様!?」

「……あ、れん?」

 重い頭を持ち上げ、霞む視界の端にアレンを見た稟は掠れた声で彼女の名を呼ぶ。

 彼女は心配そうな瞳で稟を見つめ、彼を支える両手の力が微かに強まる。そんな彼女に対し、あぁ、また心配させたかと、ぼんやりと思う稟。

 彼女に何かを言おうと口を開きかけるが、意識が徐々に遠くなるのを感じた。彼女の温もりに安堵を覚え気が抜けたのだろうか。稟は、それに抗う事無く意識を手放した。

「っ、稟様!?」

 稟を支えていたアレンは、彼の身体が急に重くなった事に慌てて彼の表情を見る。意識を手放した稟の表情はどこか苦し気だったが、それと同時に安心したかのように頬が若干緩んでいた。その稟の表情に、大事には至っていないとほっと息を溢すアレン。

「いきなり部屋から飛び出してどうしたの?あーちゃん、って、りっくん!?」

 その時だった。アレンと同室の束がこの部屋に入ってきたのは。

 部屋に入ってきた束が見たのは、アレンの腕の中で気を失っている稟だった。それを見た束は血相を変えてアレンに詰め寄る。

「あーちゃん!りっくんは、りっくんはどうしたの!?」

「落ち着いてください創造主。稟様は気を失っていますが、今回はいつもと違うパターンのようです」

 そう言って稟の顔を見るアレンにつられて見ると、彼の表情は普段よりも穏やかだった。

 稟が気を失った時の表情は、ほとんどが苦悶に歪んだ表情をしており、酷い時には涙を流しながら魘されているのが常だった。彼と生活を共にするようになってから数年。それが改善される事はなかった。稟が起きていない時に穏やかな表情を浮かべている時など、片手で数えるほどしかなかった。

 それなのに、今の稟の表情は少し苦し気であるものの、普段よりも穏やかな表情を浮かべている。

「どういう事?」

 束は訝しげにアレンに問い掛ける。

「さて、私にも分かりませんよ」

 アレンは稟を支えたまま器用に肩を竦めると、片手で彼を支えながら慈しむように彼の頭を撫でる。それを見て束がムッとした表情をするのは最早お約束である。

「ともあれ、珍しく稟様が穏やかな顔をされているのです。今日はこのまま、この部屋で稟様を見守りましょう」

「このままって、まだお昼だよ?」

「おや?それなら創造主は外に出かけてきていいのですよ?その間に私は、稟様を一人占めにさせてもらいますから」

「……この束さんがそれを聞いて、みすみす二人っきりにさせるとでも?」

「ふふふふ」

 アレンの挑発を受け、頬をひくつかせながら彼女を睨む束。そんな彼女を、余裕の笑みを浮かべて迎えうつアレン。漫画やアニメであれば、両者の視線の間では火花が激しく散っている事だろう。稟が絡むと色々ダメになる二人の日常風景だった。

 暫し睨みあう二人。先に視線を逸らしたのは束だった。

「……まったく。束さんがりっくんを置いて出かけるわけないじゃん」

「えぇ、そうですね。余程の事がない限りは私達が稟様を一人にさせるなんてありえませんからね」

 束の言葉にそう返し、アレンは稟をベッドに横にさせる。彼の穏やかな顔を見て、頬が綻ぶアレン。

「……でも、よかったよ」

「……何がですか?」

「あーちゃんも分かってるでしょ?」

「…………」

 束の言葉に無言を返すアレン。彼女が何を言いたいかなどアレンには分かっている。だから言葉を返す必要はないのだ。

 稟の髪を優しく撫でるアレンに苦笑を溢し、束は肩を竦める。

「……さく、ら……おじ…さん………………………かえで……」

 気を失っている稟の口から漏れた言葉。

 誰かの名前。

 それを聞いたアレンと束は表情を消し、稟の顔を見つめる。稟の記憶に触れた二人は、その名を知っていたから。

 その時に浮かべていた彼の表情を見たアレンと束は……

 

 

 

 

 稟が気を失った翌日。

 彼は何事もなかったように起きて、普段通り過ごしていた。

 束とアレンにあっちこっち連れ回され、振り回され、一日一日を楽しく過ごした。フランスの名所を見て回り、美味しい料理を食べて回り。そうしてフランスでの生活を過ごし、一週間が経った時だ。稟が、一人の少女と出逢ったのは。

 

 

 

―少女は走っていた。

 何かから逃げるように。

―少女は泣いていた。

 夢だと思いたい現実に。

―少女は戸惑っていた。

 どうしてこうなったのだろうと。

 少女は脇目も振らず街中を走り続ける時折人とぶつかりそうになり、「どこ見て走ってやがる!?」、「怪我したらどうするんだ!?」、「気を付けろやガキ!?」等の声が上がっている。しかし、彼女はそんな事を気にしない。気にする余裕がない。今はとにかく、あの場所から遠ざかりたかったから。

 無我夢中で街中を走り続ける少女。

 だから気付かなかった。少女の前に、三人の男女が歩いていた事に。

 

 

――ドン

 

 

「きゃっ!?」

「うわっ!?」

「稟様!?」

「りっくん!?」

 結果。少女は真ん中にいた少年―稟の背中にぶつかって尻餅をつく。

 稟は束とアレンに腕を抱かれていた為倒れる事はなかった。心配そうに見てくる二人を眼で制し、稟は後ろを振り返る。

 そこにいたのは、美しい金髪に、神秘的な紫水晶(アメジスト)色の瞳を持つ可愛らしい少女。

「君、怪我はない?」

 稟は心配そうに少女を見つめ、そっと手を差し伸べる。それを見た束とアレンは以下略。

 尻餅をついている少女はキョトンとした表情で、稟と差し出された手を見比べている。彼の両隣にいる束とアレンが若干危険な眼をしているが、少女にとってそれは気にならなかった。彼の、黒曜石を思わせる澄んだ黒い瞳に魅入られた少女にとっては。

「……?大丈夫?」

 自分を見つめたまま何の反応も示さない少女に首を傾げ、稟は再度問い掛ける。

「…………ぁ、だ、大丈夫です。ぶつかってごめんなさい」

 稟を見つめていた事に気付いた少女は、彼の手を取って慌てて立ち上がってから謝罪の言葉を口にする。

 稟はそれに微笑み返し、ハンカチをそっと差し出す。

「え?」

 いきなりハンカチを差し出され困惑する少女。何故ハンカチを渡されたのか分からず、怪訝そうに稟を見つめ返す。

 それに稟は苦笑し、

「涙が残ってる。泣いていたのかい?」

 その言葉に少女はハッとして、慌てて手で目元を拭う。そこには確かに涙が残っていた。

 涙を見られた少女は恥ずかしそうに顔を赤くし、俯いてしまう。

 稟はそんな少女の頭を優しく撫で、

「もしよかったら、話ぐらいは聞くよ。溜め込んだものを吐き出さないと潰れてしまう。見知らぬ他人に話すような事じゃないだろうけど、それでも少しは楽になるかもしれない」

 囁くように呟く。

 その言葉は、不思議と少女の心にストンと落ちてきた。

 少女の中で渦巻いているものは、決して見知らぬ他人に話すようなものではない。話した方が楽になる事は確かにある。しかしこれは、そう簡単に話していいものでもない。

 しかし。どうしてだろう。この人なら、話してもいいかもしれないと思ってしまったのは。少女はそんな自分に内心で驚き、自分を見つめている稟を見つめ返してから頷く。

「それじゃあ、どこかカフェにでも行こうか。それでいいよね?束さんもアレンも」

 稟は自分の横で成り行きを見守っていた束とアレンにそう言う。

 二人は暫く呆然としていたが、稟に声をかけられて我に返りコクコクと頷いて返す。そんな二人に、「変な二人」と零して少女の手を取って歩き出す稟。いきなり手を取られた少女は彼の手を振り払う事こそしなかったものの、困惑した表情で彼と彼女達を見比べながら稟について歩く。

 束とアレンも慌てて稟を追いかけ、

(こ、これはマズイ状況ですよ創造主!?)

(ど、どどどどうしようあーちゃん!?このままだとりっくんが)

((フラグを立ててしまう!?))

 切羽詰まった表情で阿呆な事を小声で話し合っていた。

(しかし、迂闊に邪魔をするわけにはいきませんね)

(そうだね。今のりっくんの表情は、真剣にこの女の子の事を考えてる。それを邪魔しようものならば……)

(……稟様に嫌われてしまう!?)

(そ、それだけは駄目!りっくんに嫌われるなんて……)

 何を考えているのか徐々に顔を青褪めさせる束とアレン。

 何を想像したらそこまで顔を青くさせる事ができるのか。彼女達の想像した事が気になるものである。

(しかしこのままでは、稟様がこの少女にフラグを立ててしまいます!)

(それだけは何としても阻止しないと。これ以上りっくんにフラグを立たせるわけには!)

 稟の過去に触れ、全てではないが彼の過去を知っている二人は、彼によって立ったフラグの数を知っている。

元いた世界で稟は、少なくとも四人の少女にフラグを立てているのだ。稟がこの世界にいる以上、そのフラグが強化される事はないがそれでも心中穏やかではいられない。稟は恐らく、否。確実に歩く旗製造機(フラグメーカー)。至る所でフラグを立てられたらたまったものではない。しかも、目の前で立てられると屈辱的ですらある。

 何としてでもフラグが立つ事を阻止したいが、迂闊に稟の邪魔を出来ない。迂闊に邪魔をしようものならば稟に嫌われてしまう。それは彼女達にとって恐怖以外の何物でもない。

(フラグが立ってしまう現実を、受け入れなければいけないのでしょうか?)

(打開策が思いつかない以上、最悪受け入れないとだね)

 稟に嫌われてしまうならば、フラグが立つ事を甘んじなければならない。

稟は今時の人間にしては珍しい人種。お人好しなのだ。困っている人や悲しんでいる人がいたら、迷わず手を差し伸べてしまう。この旅行の最中、その現場を何回か二人は目撃している。

 普通ならば誰もが見て見ぬふりをする状況でも、稟は進んで関わっていった。親とはぐれ、泣き喚いている子供がいればその子の下に駆け寄って親が見つかるまで一緒にいたり。重い荷物を持って困っている人がいれば、その人の荷物を持ってあげたり。道に迷っている人がいればその人に声をかけ、道を教えてあげたりしている。

 そんな稟だからこそ、少女の涙を見て何かを感じたのだろう。心から手助けをしたいと思ったのだろう。余計なお節介だと分かっていても、動かずにはいられなかったのだろう。そこには何の打算もない。ただ、見捨てて置く事が出来ないから手を差し伸べてしまう。『土見稟』とはそういう人物なのだ。

(仕方ない、か)

(稟様ですからね)

 二人は諦めたかのように溜息を吐くと、お互いに肩を竦めるのだった。

 

 

 稟達がいる街で、そこそこ大きなカフェへとやってきた稟達一行。

 カフェはかなり込み合っているが、偶々四人で座るには丁度いい席が一か所空いていたのでその席に着く。席割としては稟とアレンが隣同士。その対面に束と少女だ。

彼等はそれぞれ紅茶を注文し、各々一息ついていた。

しかし、少女は困惑していた。このカフェに来てから数十分経つが、彼女を連れて来た稟は少女に話すように促す素振りがまったく見られない。少女の前で、束とアレンと楽しそうに談笑しているだけだった。話を聞くよと言って連れて来たのに、そんな素振りも見せないとはなんなのだろうか。

 少女は一瞬そう思ったが、彼女が自然と話せるようにとの彼の気遣いなのだろうと理解した。稟の視線が時折、心配そうに彼女を捉えるからだ。

 見ず知らずの自分を気遣う稟に可笑しさを感じ、少女は苦笑する。これだけで稟がお人好しと理解した少女は、気持ちを落ち着ける為に深呼吸をする。

 これから話す事は、簡単に他人へと話す事ではない話。少女にとっては言葉にして再認識したくない事実。辛く苦しい、少女を苦しめる不幸(げんじつ)

(でも……)

 不思議と、話す事に躊躇いはない。

 目の前の人なら、きっと大丈夫。この事を話しても、この人ならばと。

 確信があるわけではない。

 だが、稟の瞳を見た少女は無意識にそう感じた。

 少女は閉じていた瞳を明け、意を決する。

 気付けば、稟達三人の視線は少女を見ていた。

 三者の視線を受け止め、少女は口を開く。

 そこから綴られる、少女の軌跡は――

 

 

 少女の独白を聞き終え、稟達がいるテーブルには重い空気が漂っていた。周囲に座っている客は稟達から距離を開け、店員ですら近付こうとしない程に。

 束とアレンは眼を細めて少女を見つめ、稟は瞳を閉じて思考に耽っているかの如く言葉を発さない。

 己の軌跡を語り終えた少女の表情は泣きそうに歪んでいたが、どこか清々したともとれる表情にも映った。

(これは、思っていた以上に……)

(えぇ。中々に重いですね。これはもう、フラグ建築待ったなしですか)

 アイコンタクトで言葉を交わし合う二人。

 アレンは少しばかり阿呆な事を考えているが、内心では不快感に満ちている。幼い少女を利用しようとしている下衆な人間に対して。他人の事など気にしない束でさえ不快感で顔を歪めている事からも、少女の境遇には思うところがあるのだろう。

 束とアレンは稟に視線を向ける。彼はまだ瞳を閉じているが、次にとるであろう行動はきっと、少女を想ってのもので。

 束とアレン、そして少女はじっと稟を見つめる。三者の視線を受けた稟はゆっくりと瞳を開け、その瞳に宿る色を見た束とアレンはやっぱり、と溢した。

 瞳を開けた稟は、年不相応に落ち着いた瞳で少女を見つめる。見つめられた少女は居心地が悪そうに身じろぎするが、

「……そっか。とても辛く、苦しかったんだね。よく耐えてきた。でも、ここで我慢する必要はないよ」

「…………え?」

 一瞬、少女は言われた言葉が分からなかった。いや、分かってはいたが脳が理解するのを拒んだと言うべきか。何故なら、稟のその言葉を受け入れてしまえば。

「今この場所では、君は自由なんだ。勿論、それは根本的な解決になっていないけど、それでも自分の感情に嘘を吐く必要性はない」

 最早、耐えきれなくなってしまう。今まで必死に、心を殺そうとしてまで耐えてきたというのに。

「今までよく頑張ったね。でも、今は耐えなくて大丈夫。無理に心を殺そうとしなくていいんだ」

 優しく呟かれる、稟の言葉。

 いつの間にか席を立っていた稟が少女の横まで来ると、彼女の頭に優しく手を置きその髪を撫でる。その手に込められた想い。それを薄らと感じ、そこまでが限界だった。

 少女の紫水晶色の瞳から涙が溢れだす。

「……ぇ?なん、で…どうして?」

 手で拭っても涙は止まる事無く流れ続け、自分が泣いている理由が分からない少女は戸惑いの声を上げる。

 稟は少女の頭を優しく撫で続ける。彼女が落ち着くように。

「悲しい時は泣いていい。我慢しなくていい。じゃないと、壊れてしまうよ」

 優しく呟かれる稟の言葉。

 そこに込められた想いに、少女は声こそ上げなかったものの思いっきり泣いた。顔を俯かせ、表情を見られないように。今まで我慢していた感情を吐き出すように。溜め込んでいたものを吐き出すように。少女は泣き続けた。

 稟は泣いている少女を見ないように上を見て、何かを呟くように口を開く。

「…………」

 だが、それは音になる事なく消えた。

 

 

 少女が泣き止んだ後。

 居心地が悪くなった稟達は会計を素早く済ませてカフェを後にした。

 その際、店員や他の客の視線が妙に生暖かいものだったが気にしない事にして。カフェから出ると意外と時間が経っていたようで、太陽が大分沈んでいた。

 カフェを後にし、暫く無言で歩き続ける稟達。しかし、その沈黙は居心地が悪くなるようなものではなくて。

 稟の横を歩いていた少女は唐突に立ち止まる。つられて稟も止まり、先頭を歩いていた彼等が止まった為に束とアレンも立ち止まる。

 何事かと三者の視線が少女に集中するが、少女はそれを受けて微笑み、

「今日は、私の話を聞いてくれてありがとうございました」

 そう、お礼を言った。

 少女の眼元には涙の後こそ残っているが、その笑みは無理をして作ったものでない事が分かる、太陽のように眩しく可憐な笑みだった。

「お礼なんていいよ。赤の他人が図々しくもお節介を働いただけだから。寧ろ謝罪をしないと」

「そうだとしても、少し楽になれましたから」

「……でも、問題は解決していないよ。君が親と向き合わない限りは、この問題は常に付き纏ってくる」

 眼を細め、真剣な声音で言葉を発する稟に少女は視線を合わせる。

 交叉する互いの視線。

 先に視線を外したのは稟だった。

少女の視線に何かを感じた稟は淡い笑みを浮かべ、そっかと溢す。その笑みが妙に儚く感じ、少女は内心首を傾げるが、

「きっと、君は独りじゃない筈。君を想ってくれている人は必ずいる」

「貴女達みたいに?」

 少女の言葉に、稟は肩を竦めるだけで答えた。

 少女は暫し稟を見つめ、

「……ありがとう。貴女達のおかげで頑張れそうです」

 笑顔を浮かべてそう言った。

 その言葉は虚勢ではないのだろう。彼女が浮かべている笑顔は、美しい輝きを放っているのだから。

「私はシャルロット。シャルロット・デュノアといいます。貴女達の名前は?」

 少女の自己紹介に、稟達は顔を見合わせ苦笑する。そう言えば、お互いに名乗っていなかったと。もう会う事もないだろうから名乗っていなかったが、少女が名乗ったからには答えない訳にもいくまいと、

「私は束」

「私はアレンと申します」

「……ボクは稟。土見稟」

 名乗る。

 名前を聞いた少女は瞳を閉じ、その名を自分の中に焼き付けるかのように心の中で繰り返す。お節介を働いてくれた三人を忘れないようにと。

「……また、会えますか?」

「…………機会があれば、きっと」

 少女の、また会えるかという言葉。それに内心で驚きつつ、努めて平静に返す稟。そう返すのが、精一杯だった。

 稟は少女に背を向けると、これでお別れと言うかのように歩き出す。その彼を追いかけるように束とアレンも続く。

 少女―シャルロットは追いかける素振りを見せず、自分から去って行く三人の背を見つめる。

 徐々に遠ざかる背中。そこで何かを思い出したかのように稟は立ち止まり、

「ひょっとしたら勘違いしているかもしれないけど、ボクは男だから!」

「………………え?」

 そう言ってから再び歩き出す稟。

稟を少女だと勘違いしていたシャルロットは、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。脳内がその言葉を理解し、真偽を確かめようと声を出そうとした時には既に背中は見えなくなっていて。

「稟さんは、男…………?」

後には、目を丸くして佇むシャルロットが残されるのだった。

 

 

 

 

 シャルロットと別れた稟達は、彼等が泊まっているホテルへと向かっていた。

「……少しは、息抜きになったかな?」

 ホテルへと向かう道中。不意に、束が稟にそう訊いてきた。訊かれた稟は束を見つめ、

「…………多分」

 今までを振り返りながらそう答えた。

 曖昧な稟の返答に束とアレンは苦笑する。そこで簡単に、息抜きになったと答えないのが稟らしいと思いつつ。

「多少は稟様の息抜きになったようですし、後は帰るだけですね?」

「そうだね。私達の居場所に帰ろうか」

 束とアレンはそう言って稟を優しく見つめる。

 見つめられた稟は空を見上げ、

「…………戻ろうか」

 そう言って、二人に微笑み返すのだった。

 




これにて序章は閉幕。
次回よりは第一章、IS原作へと突入。

世界に拒絶され、新たな世界で立った少年は、次なる舞台での出会いでどのような話を紡いでいくのか。

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