全然話は進んでいませんがね。
書きたいシーンはあるけど、そこに至るまでの文章がまったく浮かんでこない。嫌になるよ。何とか投稿頻度を上げたいが……まぁ、頑張っていきます。
「では、グループに分かれて実習を行っていく。専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰か。ならば専用機持ちをグループリーダーとして班を分ける。それと土見は専用機持ちではないが、土見もグループリーダーとしてリーダーを含めて十人グループで分かれろ」
「土見くんもグループリーダーなんですか?」
場を仕切りなおすかのような千冬の言葉に、一人の女子生徒がそう声を上げる。
「そうだ。土見は専用機持ちではないが、ISを扱える男だ。織斑、デュノアもいるが、少しでも多くデータを収集しておきたいのが政府と学園の意向でもある。土見は専用機持ちではないが故に織斑とデュノアとは異なるデータが取れるかもしれんからな。ISに触れる機会は少しでも多い方がいい。それに、土見の操縦技術が並の代表候補生どころか下手な国家代表クラスにも引けを取らないものであろう事は諸君も知っているだろう。ならば、土見をリーダーとしても問題あるまい」
千冬の言葉に成程と、質問をした生徒と他の生徒達も頷く。
稟の操縦技術。それは学園全ての生徒が知っている。
セシリアとの試験は記録として残されており、その技術は代表候補生や元代表候補生である学園にいる全ての教師が舌を巻く程のものであった。その技術の高さに、教材としてその時の記録映像は使われていたりする。そんな稟に嫉妬や敵意を抱く者もいるが、現状そういった者は少数の為特に目立った行動をするような輩は出ていない。
「それでは分かれろ」
千冬の号令が終わると同時にニクラス分の女子生徒が一気に稟と一夏、シャルルに詰め寄っていく。
「織斑くん、よろしくね!」
「分からないとこは手とり足とり教えて~?」
「デュノアくんは私がもらったわ!」
「なんですって!? なら私もよ! いいよねデュノアくん!?」
「ならば土見くんは私達が!」
「でゅふふふふふふふ」
それはあたかも、獲物に群がる猛禽類の如く。若干眼の色が危ない者が数名いるが。
一夏とシャルルはそれをどう捌けばいいのか分からずに立ち尽くし、稟は若干顔を引き攣らせる。
その光景を見た千冬は己の言葉が迂闊であった事に事に気付いて顔を顰め、額を押さえながら言葉を飛ばす。
「出席番号順に一人ずつグループに入れ。私の説明が足らなかったのも問題だが無駄に片寄るな! 分かったのならば速やかに分かれろ! 次に同じように片寄ればISを背負ってグラウンド百週させるぞ!」
その言葉に稟達に群がっていた彼女達は顔を青褪めさせ、それぞれ顔を見合わせると一目散に散っていく。そして数分で各グループに分かれ。
「まったく……」
各グループが出来上がったのを見て溜息を吐く千冬。何故言葉が足らなかったのかと漏らしている彼女にバレないようにしつつ、数名の女子達はぼそぼそと喋っていた。一部お通夜のような雰囲気を醸し出しているグループもあったが。
「それでは皆さん。これから実習を行うので訓練機を取りに来てください。一班につき一体ですよ。『打鉄』と『ラファール・リヴァイヴ』が三機ずつです。好きな方を取りに来てください。早い者勝ちですよ!」
普段の小動物のような雰囲気はどこへやら、いつも以上に堂々とした雰囲気の真耶が声を張り上げていた。先程の模擬戦によって自信を取り戻したのだろう。その姿は教師然としていた。
「あ、土見君はこの機体を使って下さいね。土見君は専用機を持っていないのでこちらで用意しておきましたので」
訓練機を受け取る生徒達の対応をしつつ、稟に笑顔を向けながら言う真耶。
稟はその言葉に振り向き、真耶が示す方へと顔を向けた。彼女が指示していた場所には一機の訓練機があった。実習の為に用意されていた他三機の『ラファール・リヴァイヴ』と同じ『ラファール・リヴァイヴ』が。学生が扱う訓練機であるが故に外装は何も変わらない『ラファール・リヴァイヴ』だが、稟には判る。その機体が、
――えへへへ。また『王様』と一緒にいられるんだね!
試験の時に、無人機襲来の時に共に駆けた彼女である事が。
彼女は微かに頬を朱に染め、恥ずかしそうに、嬉しそうにしながら稟を上目遣いで見つめる。
因みにだが、その光景はあくまで稟から見た光景である為、他の者には稟がただ立ったまま『ラファール・リヴァイヴ』を見ているようにしか見えない。尤も、稟を注視している者はごく少数の為に特にそれを気にした様子はないが。
それはともかく。
――こうして何度も『王様』と一緒になれるなんて、これはもう運命だよね。あのヒトよりも専用機らしい事をしているし、こうなればいっその事あのヒトの代わりにボクが『王様』の専用機に――――ひぅっ!?
途中まで何やら浮かれたかのように身をくねらせていた『
その理由は簡単のもので。
――あ、ああ、ああああああぁぁぁぁぁぁ!?
『……………………』
『疾風』を羨ましそうに、妬ましそうにジト眼で見つめる訓練機達と一部の専用機達。それらの視線を上回る、というか強烈な殺気――と錯覚させる威力を秘めた視線――を放つアングレカムの姿があったからである。他の訓練機達の視線も強烈な物ではあるが、アングレカムのは別格。彼女の周りにいた少女達がアングレカムから距離を取る程に。
――あ、あわ、あわわわわわわわわ!?
『疾風』は涙目で尻餅をつき、アングレカムから距離を取ろうと必死に後退ろうとしている。だが、アングレカムの殺気が強烈過ぎて思うように身体を動かせずに引っ繰り返ってしまった。稟はその姿に苦笑を浮かべる。もう一度述べるが、その光景はあくまでも稟のみが見ているものだ。
生徒達が訓練機を受け取っている姿を軽く見ながら、後ろにいるであろうアングレカムをちらりと見る稟。その表情を見て困ったものだと言いたげな表情を浮かべる。束といいアングレカムといい、大切にしてくれるのは嬉しいが些か度が過ぎるのではないだろうか。まぁ、そんな二人には感謝しているのだが。
ともあれ、先ずは目先の『疾風』をどうにかしなければならないだろう。正直可哀相すぎる様相を晒しているし。
(『疾風』)
――あうあうあう。『王様』ああああぁぁぁぁ。
苦笑しながら差し出された稟の手――実際には稟が声をかけただけだが『疾風』にはそう見えている――に救いを求めるかのように、『疾風』は縋りつくかのように手を伸ばし。
『
『ラファール・リヴァイヴ』を纏った彼は、彼の班員がいる地点に向かうのだった。後ろで鋭い視線で自身を見つめる千冬と、驚愕に眼を開いている真耶、セシリア、シャルルの視線を受けながら。
「さてと、待たせてしまってすまない」
既に実習を開始しているそれぞれのグループに視線を巡らせながら自身の班員が待つ場所へと着いた稟は開口一番にそう言った。
「そんなに待ってないから気にしなくて大丈夫だよ~」
「そうそう。今丁度準備が終わったところだからね」
そう言ってきたのは本音と谷本癒子。その二人に同意するかのように残りの少女達も頷いている。
稟はそれにそうかと頷き、二組の少女達に軽く自己紹介をする。
人数も少なく、稟の事を知らない者はいなかったので紹介はあっさりと終了した。若干暴走気味な少女達がいたので自己紹介が脱線しそうになったが、今は授業中である事を伝えて
二組の生徒にはアメリカからの代表候補生――ティナ・ハミルトンがいて、稟がその彼女を差し置いてグループリーダーになってしまった事に申し訳なさそうに謝罪する場面もあったが、彼女は特に気にした様子も見せず、稟が気にする事ではないと言って何事もなく紹介は終了。一夏達に少し遅れて、稟のグループも実習を開始した。
「時間も限られているしさっさと始めようか。先ずは基本動作からだな。順番は――」
「はいはーい! 最初は私からだよ!」
稟が言い終わるより速く、一人の少女――鷹月静寐が元気な声で勢いよく手を上げる。
稟が確認の意を込めて周囲を見渡せば、周りの少女達はコクリと頷いて応えた。稟はそれにふむと頷き、
「分かった。なら、鷹月さんはIS彼女を装着してくれ」
「オッケー!」
「装着したらすぐに起動。起動後は歩行等の基本動作をしていこう。時間は限られているから素早くな。次の人も鷹月さんが終わり次第すぐ行動できるようにしておいてくれ」
『はい!』
彼の号令の元動き出す。
静寐は用意されていた『打鉄』の装着に取り掛かり、他の者は危なくないように距離を取る。稟は万が一の時の為に静寐の側に待機。
グループの皆が見守る中『打鉄』を装着していく静寐。淀みなくとまではいかないが特に問題なく装着は完了した。
「よし。準備できたよ!」
「始めてくれ」
稟は静寐の言葉に頷いて指示を出す。その指示を受けた静寐は頷き、『打鉄』のシステムを確認していく。システムに問題はなく機体の調子も良好。
静寐は軽く息を吸うと気を引き締める。ISを扱った事があるとはいえど、その回数は少ない。セシリアや鈴音達のような代表候補生ではない一般生徒である為、ISを扱える回数はどうしても少なくなってしまうのだ。
最初に行うのは歩行等の基本動作とはいえ、二組の生徒との合同授業で失敗なんてしたくはない。
その意気込みは良かったが、力を入れ過ぎていたのだろう。最初こそ問題なかったのだが、ダッシュの動作を行う時に失敗をしてしまった。
平常心であればそのような失敗はしなかったのだろう。妙な緊張感から身体が変に力み、無駄に力が入ったいた事に気付けなかった静寐はそのまま続け、脚を縺れさせてしまった。
「……あれ?」
一瞬の浮遊感を感じた静寐。
自身の身体が宙に投げ出されている状態であるのを確認した静寐は、微妙に呆っとした思考で他人事にこう思った。
(あぁ、これは顔から地面にダイブかな?)
と。
どうして他人事にそう思ったのかは彼女にも分からない。ただ、何故かそう思ってしまっただけ。
その思考時間はコンマ数秒であったが、彼女にとっては数秒にも感じられる時間だった。段々と近付いてくる地面に眼を閉じる静寐。次の瞬間には訪れるであろう衝撃に身構えるが。
(……あれ? 痛くない?)
いつまで経っても衝撃は訪れなかった。ISには絶対防御があるので、こけたぐらいで大した痛みはないだろうがそこそこの衝撃はあるだろうと思っていたのにだ。いや、それどころか。何やら腹部に柔らかいような感触があって……
恐る恐るといった感じで眼をゆっくり開ける静寐。そうして彼女の目に映ったのは、
「間に合って良かった。大丈夫か?」
右腕を腹部の下にやって静寐を支え、心配気な表情を浮かべている稟の顔だった。
「………………ぇ?」
思わずそんな声が漏れた静寐。ぼんやりとした彼女の思考能力では、どうして稟の顔が自身の目の前にあるのか理解できない。理解できず、何回か眼を瞬かせる静寐。そんな彼女に小首を傾げる稟。
暫し互いに見つめ合う形になる二人。
そんな中、静寐は周囲から音が消え去ったかのような錯覚を覚えた。
自分の腕の中で固まったまま、動こうとしない静寐に疑問を覚えた稟が口を開こうとした時。
「~~~~~~~~!!??」
漸く自分の現状を把握した静寐が声にならない悲鳴(?)を上げる。顔は一気に朱に染まり、鼓動は早鐘を打つかの如く早まる。身体はぷるぷると震えだし、視線も泳ぎ回って定まらない。
美少女と見紛う容姿の稟であるが、そこはやはり男性なのだろう。鍛えられているのか、細見な見た目とは裏腹に静寐を支えている腕は力強く、触れている胸板はガッチリとしていた。
女性とは違った、男性特有の逞しい感触が。
静寐に混乱と羞恥を与えていた。
稟と一夏を話題にキャーキャー騒いでいたとしても。
一緒に話したりご飯を食べたりしていたとしても。
こうやって実際に身体同士が思いっきり接触するのとでは訳が違うのだ。正直、稟の顔を真面に見られない静寐である。
それに周囲の視線が痛い。授業に参加している全員ではないのだが、同じ班の少女達は勿論、他の班の何名かからもジトッとした視線を受けていた。その中でも特にアレなのは説明するまでもなかろう。
「あ~、その、そろそろ自分で立ってもらえるとありがたいんだが」
そんな彼女の内心を知る筈もない稟は、周りの視線もあるし今が授業中でもある為、そろそろ静寐に動いてほしくて言葉をかける。
「……ハッ!? ご、ごごご、ごめん!」
右腕で静寐を支えたまま、左手で頬を搔きながら困った表情の稟の言葉に、静寐は漸く我に返って彼から離れる。名残惜しさを感じつつ。
(うわ~、うわ~! 事故とはいえ土見君と抱き合っちゃったよ。顔が赤くなったの見られたかな? 変に思われちゃったかな? う~、恥ずかしすぎて土見君の顔が真面に見れないよ~。…………でも、得したかも。土見君の身体逞しかったな~)
実際は抱き合ってなどおらず稟が片腕で支えていただけなのだが
、恋に恋する乙女のフィルターは自分にとって事実を都合のいいように改竄していたのだった。
余韻に浸って頬を染めている静寐に苦笑いを溢した稟は、軽く咳払いをして、
「まぁ、見ていた感じ操縦にはこれといった問題はなかったな。ただ気になったのは、無理に動かそうとしているように感じた事位か」
「? 動かそうとしてるも何も、動かさないと意味なくない?」
「あぁ、いや。そういう意味じゃなくてだな」
静寐の当然のその言葉に稟はうーんと唸りながら、
「何て言うか、
「自分の身体そのもの?」
どう言えば相手に分かりやすいかを考えながらの稟の言葉に小首を傾げる静寐。それは彼女に限らず他の者も一緒だった。唯一の例外は、アメリカの代表候補生であるティナ・ハルミントンだけであった。彼女は興味深そうに稟を見ていた。
「ああ。自分の身体を動かす時、一々こう動かすとか考えずに無意識に動かしてるだろ? 彼女達も同じなんだ。身体の延長線上であってそうじゃない。自分自身の身体そのものだ。ISに身を委ねるよう意識して、いや、変に意識せず自然体でもう一度動かしてくれ」
(ISは、自分の身体そのもの……)
静寐は稟の言葉を胸中で反芻しながら、自身が纏うISに意識を向ける。
身体そのものと言われても納得よりも戸惑いが先に立つ。ISはただのパワードスーツで、身体の延長線上という考え方も正直違和感が拭えない。
しかし代表候補生でもなく男性で、静寐達一般生徒にとっては雲の上の存在でもある代表候補生と互角以上に戦闘を繰り広げた稟がそう言っているのだ。物は試しに、彼の言う通りにしてみるのもいいだろうと彼女は考える事にした。
稟から再び距離を取る静寐。周囲の少女達の視線が少々痛いが、稟と身体が密着したという優越感が視線の痛さよりも優っているので何ともない。
取り敢えず一度深呼吸をし、再度ISを動かす。稟の言葉を意識して、自分の身体を動かす感覚で。ISに身を委ねるように。
するとどうだ。今まではどこか違和感があったISの操縦の違和感が僅かに減ったような気がした。今までの違和感が嘘のように、挙動のぎこちなさが少なくなったように感じた。先程は失敗した動作もスムーズに行えた。
「わ、わ! 凄い、凄いよ! 土見くんの言った通りにやったらスムーズに動かせたよ!」
実感があったからだろう。静寐の言葉は若干興奮気味であった。
今までよりも機体をスムーズに動かせた事が嬉しかったのだろう。嬉しそうにその場で飛び跳ねている。しかし、それが不味かったのだろう。
「…………あ」
着地する時に脚を滑らせてその身を傾かせる。
再び訪れた一瞬の浮遊感。先程と同じ展開をした自身に内心で呆れる静寐。嬉しかったのは事実なのだが、何故同じ失敗をしてしまうのかと。
「まぁ、嬉しい気持ちは分らなくもないが少しは落ち着いた方がいいんじゃないか?」
誰か――当然稟であるのだが――に受け止められる感触と同時、苦笑混じりの言葉が静寐の耳に届く。
「……ごめん」
先程と同じ醜態を見せた事と、また稟と触れ合った二つの事象に顔を朱に染めて返す静寐。今度は彼からさっと身を引いて顔を俯かせる。周囲の視線がさっきよりも険しくなっていた為に顔を上げるに上げれない。
「上手くいったからって気を抜いていると、今みたいな事が起こるからしっかりと気を付けるように」
追撃するかのような稟の忠言が痛いが、こればかりは自分が悪いので何も言えない。
「さて、鷹月さんの次だが……」
稟がそこまで言った時だ。
突如として大きな黄色い声がグラウンド上に響き渡る。何事かと稟達が声のした方へと向けば、そこには一夏と、一夏にお姫様抱っこされている岸里という生徒が。更にそこから別の場所に視線をずらせば、シャルルも同じように女子生徒をお姫様抱っこしていた。
(成程。さっきの叫び声はそういう事か。二人も大変だな。さて、こっちはこっちで……と?)
稟が内心でそんな事を呟いていたら、何やら強烈な視線を複数感じた。恐る恐る彼がその方向へと振り向けば、瞳を輝かせている少女達が。そして。
「おっと~。私ってばうっかりISを立たせたまま解除しちゃった~」
物凄い棒読みで、言葉の通りにISを解除した静寐の姿があった。という事はつまり。稟も一夏とシャルルと同じ事をしなければならない訳で。
何人かの少女が静寐によくやったとサムズアップを交わしているのを見て顔を引き攣らせる稟。恋に恋する乙女の行動力というものは、時として大胆になって男を振り回す。
逃げ道がない稟には一夏とシャルルと同じ道を辿るしかなかった。いくつかの突き刺さる様な視線が痛いが、彼には諦めの表情を浮かべて少女達の期待に応える事しか道は残されていない。これは後が大変だと内心で呟き、授業を進めていくのだった。
そうしていくつもの視線と、自身が纏っている『疾風』の小言に耐え続けて授業を進める事数十分。漸く終わりが見えた。
「次で、終わりか……?」
若干憔悴したかの様な顔で稟はそう呟く。その呟きが聞こえた少女達は頷く事で稟に答える。
「……そうか」
――『王様』ったらデレデレしすぎだよ! ボクというものがありながら他の女の子達に色目を使ってさ! 『王様』はもっとボク達を仕えさせる者としての自覚を持ってだね!
しかし安堵の息を吐いたのも束の間。『疾風』の甲高い声が稟の脳裏に響き渡る。
思わず眉を顰めそうになるがそれを何とか堪えて『疾風』へと意識を向ければ、頬を膨らませ上目遣いで稟を睨む彼女の姿があった。
彼女を放っておけば後が面倒臭い事になるのだが、今は授業中である為に彼女を宥めるのは難しい。稟は逡巡した後。
(『疾風』。後で何か言う事を聞いてあげるから、授業中だけは大人しくしていてくれないか?)
と、そう言ってしまった。
稟のその言葉を聞いた『疾風』はピタリと動きを止める。そして上目遣いのまま。
――本当に? 本当に、後で何か言う事を聞いてくれるの?
(あ、ああ)
どこか期待するかのように、頬を朱に染めて恥ずかしそうにしながらも訊いてくる『疾風』に、稟は対応を間違ってしまったのかと戸惑いながらも頷く。
――ふ、ふふふ。そっか~。うん。それなら大人しくしておくね♪
稟の返答に満足したのか、先程までの態度を急変させる『疾風』。花が咲いたような笑顔を浮かべて静かになる『疾風』に嫌な予感がする稟だが、午前の授業ももうすぐで終わるのでそちらを優先させる。
「で、最後の人は……」
「私だよ~」
稟の問い掛けに答えたのは、いつも通りののほほんとした笑みを浮かべた本音だった。
稟はそれに頷き本音に近付く。
そして彼女の前まで来ると、
「失礼するぞ本音」
声をかけてすぐに、他の少女達と同じくお姫様抱っこをする。
「お~」
抱かれた本音は相変わらずのほほんとした調子を崩さないが、よく見てみれば彼女の頬が若干朱に染まっている。いつも稟に引っ付いているような彼女ではあるが、さしもの彼女でもこれお姫様抱っこには恥ずかしさを感じるようだ。
(お~。つっちーって、見た目のわりに意外と逞しいんだ。傍で見ていて鍛えられてる身体なのは知ってたけど、こうして触れていると…………あ)
抱かれながら稟の身体を観察していた本音だが、そこである事に気付いてしまった。彼の首元から見える傷痕に。
いや、彼の身体に傷があるのは知っていた。彼とは同室なのだ。いかに稟が傷を隠そうとしようとも、隠しきれるものではない。
だが、この傷痕は予想以上のものであった。ISスーツに覆われずに露出している肌。そこに刻まれている傷痕は、悪意や害意、敵意や殺意といった負の感情によって付けられた事が垣間見れる程に酷いものであった。それは決して真新しいモノではなく古いモノ。どれぐらい前のモノかは分からないが、明らかに古いモノである事は分かる。その傷痕は癒える事のない、呪いのようなモノ。
それを目の前で見た本音の顔が悲し気に歪む。稟が時折見せる悲し気な顔は、この傷痕が原因であるのだろう。
本音達と変わらない年齢である筈の稟。彼の過去は、どれ程酷いものであったのだろうか。
「本音?」
彼女の表情の変化に気付いたのか、稟が声をかける。その表情と声音は心配そうなもので。
「え? ど、どうしたのつっちー?」
「いや、悲しそうな顔をしていたからな」
「そ、そうかな~? いつも通りだよ? あ、あははは~」
そう言って笑って誤魔化そうとする本音。その表情は、明らかに無理をして作られている。稟はそんな彼女の顔をじっと見つめるが、
「…………そうか。俺の勘違いなら、いい」
特に何かを言うでもなく、本音を『打鉄』のコックピットへと運んだ。
「時間がギリギリになってしまったが、午前の実習はここまでとする。午後からは実戦訓練と、実習に使った訓練機の整備を行う。集合場所はこのグラウンドだ。各員、時間に遅れる事がないよう班ごとに集合するように。また、専用機持ちは自機と訓練機を見るように。いいな?」
『はい!』
「よし、解散!」
起動テストと基本動作を終えた稟達は、一度格納庫にISを移してから再びグラウンドに集合し、千冬の号令の元解散した。
時間が限られている上に遅れては悲惨な目にあう事は明白である為、それぞれ早足で教室へと戻って行く。
「あ~、疲れた疲れた。おーい稟、シャルル。さっさと着替えて飯食いに行こうぜ。俺達はまたアリーナで着替えないといけないしよ」
二人一緒にいた稟とシャルルに近付きながら声をかける一夏。二人はその声に反応して一夏へと振り向く。
「時間に遅れたらどんな目にあうか分からないからな」
千冬が聞いていたらタダでは済まないであろう事を言いながら近くに来た一夏。そんな彼に呆れた視線を向ける稟。シャルルは一夏と稟を交互に見やり、
「えっと……僕はその、ちょっと機体の微調整をしてから行くから、先に着替えててよ。少し時間がかかるだろうから、待っていてくれなくてもいいからさ」
「? 少しぐらいなら待ってても問題ないぞ? 待つのには慣れてるからな」
「い、いいからいいから! 一夏が問題なくても僕が気にするから! だから先に教室に戻ってて!」
「でもな~」
中々引いてくれない一夏に困ったシャルルは、助けを求めるかのように視線を送る。その視線の意図を察した稟は頷き、
「一夏、彼もこう言ってる事だから俺達は先に着替えて教室に戻っていよう。同じ立場の仲間が出来た事が嬉しいのは分るが、シャルルにも都合があるんだ。無理強いはやめとけ」
「む……」
助け舟を出す。
呆れ顔の稟の言葉に、続けようとしていた言葉を中断する一夏。彼は自分を見つめる稟とシャルルを見て、
「悪い、シャルル」
謝罪の言葉を口にする。
稟に続いてシャルルという、同じ立場の仲間が増えた事に喜んでいたのは事実。その嬉しいという気持ちが先行しすぎてシャルルの都合を全く考えていなかった。稟の諌めの言葉でその事に気付いた一夏は反省する。
「ううん。分ってくれたならいいよ」
稟の助け舟が功を制した事に安堵の息を漏らすシャルル。シャルルは一夏に気付かれないよう稟に視線で感謝し、稟はそれに頷く事で答える。
「飯は一緒に食おうぜ。それぐらいなら大丈夫だろ?」
「うん。大丈夫だよ」
「うし。じゃあ、俺等は先に戻るな。急ごうぜ稟!」
そう言って、一夏は急いで更衣室となっているアリーナへと走っていく。
そんな彼を呆れ顔で見送る稟と、苦笑を溢すシャルル。二人は互いに向かい合い、
「ありがとうございました」
「別にお礼を言われるような事はしてないぞ?」
「僕が、私が言いたかったから言わさせてもらいました」
「…………そうか」
暫く無言で見つめ合う二人。やがて稟が先に視線を外し、
「先に教室に戻ってる。あまり遅くならないようにな」
「……はい」
一夏を追って走り去っていき、シャルルはその背中をじっと見つめ続いた。