ISー王になれたかもしれない少年は何をみるか   作:nica

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私の小説を読んでくれている皆様。
大変長らくお待たせいたしました。
ISの最新話、漸く投稿します。
今回より第二章へと突入します。


とりあえず、これからも亀更新ではありますが長い目で見ていただけると幸いです。
いつもながらその場のノリと勢いでかいておりますので、変な文章やんん? と首を傾げるような箇所があるでしょうが、あまり深く突っ込まないでいただけると幸いです(苦笑)。
気づけば自分でも修正していきますが、あまりにもおかしい箇所がありましたらご指摘下さいまし。


第二章――太陽と月の円舞曲
第十九話:とある休日


 クラス対抗戦の日から月日が経ち、月は六月。

 謎の襲撃事件が起こり、クラス対抗戦は中止となった。謎の『異形』の襲撃はIS学園に混乱と不安を齎したが、襲撃者の撃退と教師達の生徒達への説明と時間の経過により、IS学園はひとまずの平穏を取り戻した。

 襲撃者を撃墜した事と、最悪の事態――死傷者の発生――がない事が混乱と不安の時間をいくらか軽減していたのだ。それでも、それが完全に取り除かれた訳ではないのだが。

 そんなこんなで六月頭の日曜日。

 IS学園の食堂にて、稟と一夏と共にいるいつもの面子が集まって昼食を摂っていた。

「ところで、今日は稟さんと織斑さんを朝から見掛けておりませんがお二人がどこにいらっしゃるかご存知の方はいますか?」

 談笑しながら昼食を摂っている中。ふとした拍子にセシリアがそう溢した。

「む。そう言えばそうだな。いつもなら既に食堂にいる筈なのだが」

 それに反応したのは箒。彼女は箸を一旦止めて、ふと周囲を確認する。

 周囲にいる生徒達はまばらだが、IS学園で最も目立つ二人の姿は見当たらない。

 ちなみにだが、襲撃事件があったあの日を境に稟に対する箒の態度は軟化している。今までは稟を敵視しているともとれる態度を周囲に見せていたが、それが急になくなった。それどころかセシリアとアレン――追加で時々稟――による一夏の指導に参加させてほしいと願い出て、彼女も指導される側として参加している。その変化はセシリアとアレンを除く一組の生徒達を大層驚かせていたが、セシリア達はあっさりとそれを受け入れていた。

 その理由としては、稟に助けられた事が大きかったのだろう。

 あの事件の数日後。箒と稟は千冬と真耶に呼び出されていた。勝手な行動に出た事に対する罰を与える為である。二人は罰として反省文の提出と、箒は自室謹慎三日。稟は自室謹慎一週間を言い渡された。稟の方が謹慎期間が長いのは無許可でISを使用した為である。これに対して箒は文句を言おうとしたが稟に諭されて沈黙。千冬達の言葉は当然であるし、彼女も自分の行動に思う事は確かにあった。

 箒が沈黙を確認した稟は、千冬達に対して彼の考えを伝えた。それは、二人への管理問題の責任に対して。

 稟からそれを言われた二人は眼を丸くした。何故自分達に問題があるのか分からなかったからだ。

 自分と箒も確かに悪いがと前置きしてから稟は語る。教師が数名の生徒を特別扱いするのは如何なものかと。教師であれば全ての生徒を平等に扱うべきではないかと。ましてや彼女達は入学して間もない生徒達だ。それを代表候補生だから、重要人物の妹だからとあからさまな特別扱いは問題ではないかと。まぁ、感情がある以上完全に平等に扱う事は不可能だが、それでもあからさまな特別扱いはしていいものではない。どうしようもない状況下ならば仕方ない事かもしれないが。また、特別扱いをするならば責任を持って管理するべきであると。今回の箒の行動は、教師がしっかりと管理をしていれば防げたのではないかと。自分の事に関しては完全に自身にしか問題がないので考慮する必要はないが、箒の事に関してはお互いに問題がある事を理解してほしいと。

 淡々と語る稟に二人は黙り込む。

 まさかの稟の言葉におろおろと千冬と真耶、稟の三人の間で視線をいったりきたりさせる箒。室内に重い空気が流れたが、「と言っても、全面的に悪いのは俺達ですから暫くは俺で出来る範囲で先生達を手伝わさせていただきます」と稟が言った所で解散となったのだった。

 二重の意味で稟に助けられた箒は、こういった経緯で稟に対する態度を軟化させたのである。

「あぁ、一夏と稟なら……」

「つっちーならおりむーに連れてかれたよ~」

「稟様ならば織斑一夏に連行されていきましたよ」

 事情を知っているらしき鈴音が説明しようとしたところで、むすっとした表情を浮かべているアレンと本音がそう溢す。

 その顔には、ありありと「私、不満です」と書かれていた。

「そうなのか?」

「えぇ。一夏なら稟を連れて中学時代の友人の家に行ったわ」

 そんな二人の態度に苦笑しながらの箒の問い掛けに、同じく苦笑しながら鈴音は返す。

「友人、ですか?」

「そ。あたしと一夏の友人。五反田弾って奴の所にね」

 普段の勝気な声音と違う、どこか優しい色を含ませて答える鈴。

 その声音と同様に、瞳にもどこか優しい色が浮かんでいた。その事から、彼女が昔を思い出している事が想像できる。

 箒とセシリアは何となく察する。

 五反田弾という友人は、鈴音にとっても一夏にとっても、とても大切な友人であるであろう事を。きっとここに来るまで、素敵で掛け替えのない日々を三人で、若しくは他にも色んな友人達と共に過ごしてきたのだろう。彼等の友情は、離れていても尚続いているのだろう。

 三人を穏やかな空気が優しく包み込む。

「今日はつっちーとのんびりしようと思っていたのに……」

「織斑一夏。こんな時まで私と稟様の時間を奪うとは……次の特訓時には足腰立たないようにしてやるべきか?」

 不穏な空気を纏う二人が側にいなければ、そのままいい感じで終われたであろうが。

 アレンは兎も角。本音が珍しく不貞腐れた顔をしているがIS学園は今日も平穏であった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃

 彼女達の話題に上がっていた稟と一夏はというと。

 二人は今、一夏の友人であると言う五反田弾という少年の家――五反田食堂という定食屋である――に遊びに来ていた。稟に関しては連れられてが正しいが。

「――っ!?」

「隙ありぃっ!」

「あっ、てめ、こら!?」

 何故か一夏に連れられて、彼の友人の家にお邪魔する事になった稟。

 彼は今、目の前でゲームをしている一夏と弾を見つめながら居心地が悪そうに弾のベッドの端にちょこんと座っていたりする。何故自分は一夏の友人とやらの家にいるのかと、ぼんやりと考えながら。

 一夏と距離を置いていた稟だが、あの事件の翌日に鈴音から一夏と和解したと聞き、距離を置いていた事を謝り前までと同じように接するようにした。一夏には当然その事で質問されたのだが、その時の心情を全て語らずはぐらかすように答えた稟。それだと当然一夏が納得する訳なかったのだが、鈴音を悲しませたからと答えれば、彼はバツが悪そうに顔を顰めて追及の言葉を止めた。鈴音を悲しませてしまっていた事は、一夏も気にしていたのだろう。まぁそれも、一夏が鈴音を怒らせた後にセシリアとアレンに言われてから気付いた事ではあるのだが。

 それに鈴音からも稟の事を責めないでほしいと頼まれ、稟からも謝罪を受け一夏も一応矛を収めて今まで通りに過ごすようにした。

「あぁ、くそっ。お前今のは卑怯だろ」

「何言ってんだ。試合中に余所見する方が悪いに決まってんだろ」

 さて、今一夏と弾がやっているのは『IS/VS』というゲームである。発売月だけで百万本セールスを記録した超名作。であるらしいのだが、稟はその事を知らなかった。ちなみに、このゲームには第二回IS世界大会『モンドグロッソ』のものが使われているのだとか。

 稟にとってはどうでもいい事であるが。

「で? 急に余所見なんかしてどうしたんだよ?」

「あ? あぁ、いや……なんか、急に寒気を感じて」

「寒気? なんだ、風邪でもひきかけてんのか?」

「いや、そうじゃなくて。何というか、こう……身の危険を感じた的な?」

「なんだそりゃ」

 一夏の曖昧な返しに呆れた表情を浮かべる弾。

 弾がそんな顔をする事は分かっていたので、一夏も苦笑するだけでそれ以上の言葉は紡がない。というか紡げない。こればかりは感覚的なものだから上手く説明できないのだ。

「ところで、土見はなんでそんな端に座ってんだ?」

 そんな一夏を視線の端にして、弾は稟へと問い掛ける。

 稟と弾の互いの紹介は既に済んでいる。その時の弾がもたらした反応は稟にとっては何時もの事で、彼と一夏は苦笑を溢したと言っておこう。

「え? いや、その……何となく?」

 問い掛けられた稟は一瞬身体を震わせるが、それを気取られる事なく小首を傾げながらそう返す。

「なんで疑問形なんだよ」

 一夏と弾は呆れたような視線を稟に向けるが、正直に答えられる稟ではない。

 束とアレン、クロエ。そして一夏達と過ごしている内にかつてほど対人恐怖症はひどくなくなったものの、彼の心は未だ癒えていない。弾がいくら一夏の友人とは言え、稟にとっては多くの人間が未だ恐怖の対象でもあるのだ。

 ならば何故此処に、IS学園に来たのかというツッコミが入るだろうが、それはきっと。稟が無意識に人との繋がりを望んでいるからだろう。

 本来であれば親から愛情を貰える期間に両親を喪い、自業自得ではあるが愛情の代わりに憎悪や悪意といった負の感情を受け続けてきた稟。彼は孤独を怖れたが故に甘んじてその道を進んでしまった。人と接する事に恐怖を抱きながらも、人との繋がりを捨てきれないという矛盾を無意識に抱えてしまっているのだ。

 稟はどう答えるか少し悩んでいたが、正直に答えて空気を悪くさせるよりかは自分が我慢すればいいだけの話だと結論付ける。だから彼は、顔に苦笑という名の仮面を付けて曖昧に誤魔化す。

「一夏も五反田も、別に俺の事は気にしなくて大丈夫だ。本当に何となくだから」

「気にするなって言われても、なぁ?」

「あぁ。…………まぁ、稟が気にするなって言うなら、別にいいんだが」

 納得はしていないが、無理に聞き出すのも無粋。別にその理由を聞かなくても何も問題はない。

 ただ、何となく気になったからの言葉。

 それでも気にしてしまうのは、彼等の性格故か。

 しかし、稟のその顔を見た二人は、

「ところで一夏」

「ん?」

「お前、いい思いしてんだろ?」

「は? お前何言ってんだ?」

「何って、女の園の話に決まってんだろ。女の園に男はお前と土見の二人。お前からのメールを見てるだけでも楽園じゃないか。なんだよそのヘブン。招待状とかねーの?」

「あるかバカ」

 話題を逸らして敢えて気にしない事にした。

 そんな二人の優しさに、二人の馬鹿馬鹿しいやりとりに、稟はくすりと笑みを漏らす。向こうから話を振ってきたのだとしても、無理矢理に聞き出そうとしないその行動に。

 再びゲームの対戦を始める二人の背を見つめ、稟は軽く呼吸する。自身の気持ちを落ち着ける為に。

 そんな時だった。

「お兄! さっきからお昼出来たって言ってんじゃん! さっさと食べに……」

 どかんと、ドアを蹴り開けるように一人の少女が入って来たのは。

 三人の視線が一斉に蹴破られたドアの方へ向くと、そこには弾と同じ赤い髪を持つ一人の少女がいた。

「お、蘭か。久しぶり。邪魔してるよ」

「い、一夏さん!?」

 少女が誰だろうかと小首を傾げている稟に対し、いつの間にか彼の側に近付いてきていた弾が小声で、「俺の妹の蘭だ」と教えてくれた。

 それに成程と頷く稟。言われてみれば確かに面影がある。彼女の格好に関してはスルーだ。

 納得している稟をよそに、一夏と蘭の会話は続いていく。

「え、あっ、き、来てたん、ですか? 全寮制の学校に行ってるって聞いていたんですけど……」

「ああ。今日はちょっと外出でな。家の様子を見るついでに寄ってみたんだよ」

「そ、そうだったんですか……」

「おいおい蘭。お前なぁ、ノックくらいしろよ。そんなんじゃお前、恥知らずな女だと思われ……」

 そこで弾が口を挟もうとしたが、彼は妹の鋭い視線に睨まれ縮こまっていく。それだけで稟は、二人の力関係を何となく察した。

「……なんで、言わなかったの……?」

「あ、あれ? い、言ってなかったか? そうか。それは悪かったな~。はっはっはっは…………」

「……………」

 ギロリと蘭に睨まれますます縮こまる弾。

 これも女尊男卑となってしまった今の時代の弊害なのか。それともそれがなくてもそうなっていたのか。稟はどこか遠い眼で二人を見やる。

 暫く兄を睨み続けていた蘭だが、弾の側の稟に漸く気付いたのか、

「……ところで、そちらの方は?」

 首を傾げながら蘭がそう問い掛けてきた。

「あぁ、コイツは……」

「ん、俺は土見稟。IS学園に入ってから一夏の友人をやらせてもらっている。よろしく。あと、こんな見た目だが男だ」

「あ、これはご丁寧にどうも。私は五反田蘭です。そこにいる五反田弾の妹をやっています」

 稟と蘭は互いに紹介しながらお辞儀を交わし合う。

 お辞儀をし終えて頭を上げた蘭は、じっと稟を見つめはじめた。そして稟を見つめ続けながら、時折ちらちらと一夏にも視線を送る。そしてどこか真剣な表情で、

「あの、失礼だとは承知で聞きますが……本当に男性、なんですか?」

 稟と出会った者が必ず思うであろう言葉を放つ。

 それは本当に稟が男なのかという疑問から出た言葉でもあるが、それ以外にもう一つ。彼女の乙女の勘が、警報を鳴らしていたからだ。

 この手の反応に慣れてしまっていた稟はただ苦笑を漏らし、一夏は「蘭の気持ちも分るな~」と小さく呟き、どこか黄昏れた眼をしている。

「おい、蘭。お前……」

 自身も同じ思いを抱いていたから蘭の事を強く言えないが、弾が敢えて口に出さなかった――先んじて稟と一夏が言ったのだが――事を言葉をした蘭を咎めるような視線を向けるのだが、

「五反田、俺は別に気にしていないから」

「気にしていないって、土見、お前……」

 やんわりとした稟の声に遮られ、思わず稟へ振り返る弾。

 振り返った先の稟は穏やかな笑みを浮かべ、弾と蘭を見つめていた。口を開こうとした弾はその笑みを見て何を思ったのか、開きかけた口を閉ざす。そんな弾に内心で詫び、稟は蘭へ顔を向ける。

 黒曜石を思わせるような澄んだ黒い瞳に見つめられ、蘭は無意識に息を呑む。ここまで綺麗な瞳を、自分は見た事があるだろうかと場違いな事を考えて。

「……まぁ、俺と会う人達は皆君達と同じ事を思っているよ。俺自身思うところはあるんだが……まぁ、ちょっとあってこんなでね。あんま深く聞かないでもらえると助かる」

「はぁ……」

「だから……」

「――っ!?」

 小さく囁かれたその先の言葉。それはあまりにも小さく、一夏と弾には聞こえなかった。蘭にも聞こえるものではなかったが、何故か蘭にはその先の声が聞こえ、思わず顔を朱に染める。

 そんな蘭に一夏と弾は首を傾げ、互いに顔を見合わせた後で稟に視線を向けるが彼は微笑むだけで答えない。そして二人が蘭に再び視線を向けたところで、

「あ、あの、一夏さんもよかったらお昼食べて行って下さいね! つ、土見さんもよろしかったらどうぞ!」

 何やら慌てたようにそんな言葉を残してドアを閉めて去って行く。

 一夏と弾は閉じられたドアの方に呆然とした視線を送り、稟はくすくすとした笑みを浮かべている。

「一体どうしたんだ蘭の奴?」

「土見、お前。だからの後に何て言ったんだよ?」

 二人の疑問の言葉。それは尤もな言葉なのだが、稟はただ肩を竦めただけで、

「特に、何も」

 答えようとしなかった。答えたところで、意味がある訳でもないのだから。

 ふと、一夏に視線を向ける稟。

 稟は蘭の態度から、視線から、言葉の端々から、何となく彼女の想いを察していた。蘭のそれは、一夏に対して好意を抱いている箒と鈴音のそれに似ていて。一夏以外ほぼ眼中にないのだろう。稟に対して探る様な視線を向けてきたが、それは稟が女だった場合彼女にとって厄介な事になるから警戒するのも、まぁ頷けるのかもしれない。自分の感情を優先するあまり、他の事には無頓着になる。恋は盲目とはこういう事を言うのだろうか。稟はぼんやりとそんな事を思った。

「しかし、なんだな。蘭ともかれこれ三年の付き合いになるが、まだ俺に心を開いてくれないのかね」

「は?」

 一夏が不意に呟いた言葉。

 それを聞いた弾は呆然とした声を漏らしてしまう。

 この男は今何と言った?聞き間違いでなければ、とんでもない事を宣ったのだが……

 そんな弾の内心をよそに一夏は。

「いや、だってさ。蘭って、いつも俺に対してよそよそしいじゃないか。今もさっさと部屋から出て行ったし」

「…………」

 弾は口を開けたまま勢いよく稟に振り返る。

 話題を変える為としても、流石にこの言葉はない。頼むから冗談で――冗談にしてもひどすぎるとは思うが――あってほしい。

 稟は弾からの無言の問い掛けの意味を理解し、苦笑して頷く事で答えた。

「なんだよ? 溜息なんか吐いたりして」

「……いや、何でもない。分からなければ分らないでいいんだよ」

 稟からの答えに、疲れたような顔で肩を落として溜息を吐く弾に一夏は怪訝な顔を向けるが弾はそれに答えず。

「まぁ、取り敢えず飯を食いに降りようぜ」

 そう言って先に部屋を出ていく弾。一夏はそれに首を傾げながら続き、稟は乾いた笑みを浮かべながら続くのだった。

 

 

 

 

「うげ」

「どうした弾?」

「…………」

 弾の部屋から出て正面の食堂入り口から食堂へと入った稟達。

 彼等の昼食が用意されているであろうテーブルには既に先客がおり、その先客を見て引き攣った表情でイヤそうな声を漏らす弾。そんな弾を不思議に思い、彼の背後から彼の視線の先を追う一夏。稟も続いて一夏の視線を追う。

 そんな彼等の視線の先には。

「何? 何か問題でもあるの? あるんだったらお兄だけ外で食べていいんだよ」

「聞いたかよ一夏、土見。今の優しさに満ち溢れたお言葉。あまりの優しさに俺は泣けてきたぜ」

 先に部屋を出ていた蘭がいた。

 どこかなで肩を落として涙を拭う仕草をする弾の肩に一夏は手を置き、

「別に皆で食べればいいだろ。他のお客さんもいるしさっさと座ろうぜ」

「そうよバカお兄。さっさと座りなさい」

「へいへい。分かりましたよ……」

 そうして一夏、弾、稟、蘭の並びで座る四人。そして四人揃って用意された料理に手を伸ばそうとした矢先。

「ん? そう言えば蘭」

「は、はい!?」

「着替えたんだな。これからどっかに出かける予定なのか?」

「え? あ、いえ、これは、その……」

 先程までのラフな格好はどこへやら、すっかりとめかしこんだ格好をしていた蘭に対して一夏が疑問の言葉を投げる。

 蘭は一夏の言葉に薄らと頬を朱に染め、意味のある言葉を出せないでいる。それで何かを察したのか一夏は、

「そうか!」

 何やらしたり顔でうんうんと頷き、

「さては蘭。これからデートだな?」

「違います!」

 テーブルを叩いて勢いよく立ち上がる事でその言葉を否定する蘭。

 椅子を後ろに引っくり返して倒れる弾。

 左手を額にやって呆れた顔をする稟。

 「へ?」と、間抜けな顔を晒す一夏。

 何やら妙な空気が漂い出す。

「あぁ、なんか、その……ごめん」

 そんな空気に耐えれなかったのか、一夏は思わず謝罪の言葉を漏らす。

「あ……いえ、こちらこそいきなりすいません。で、ですが、兎に角デートとかではないので」

「いつつつ……てか、俺としては違ってほしくもないんだが。お前がそんな洒落た格好するのなんて、月に一回あるかない……」

 涙目で後頭部を擦りながら立ち上がる弾の言葉に、蘭はギロリ! という擬音が出そうな眼力で弾を睨み付ける。彼女に睨まれた弾は固まり、冷汗をだらだらと流している。

 直立不動で固まる弾に、絶対零度を思わせる目付きをした蘭が近付いて何事かを耳打ちする。弾は青褪めた顔で必死にコクコクと頷いていた。

「なんだかんだ言いながらも仲いいよな、お前等って」

『はぁっ!?』

 そんな二人を見ていた一夏が不意に漏らしたその言葉に、二人は綺麗に揃って声を上げる。

「な、何を言ってるんだ一夏。俺と蘭が仲がいいだなんて……」

「そ、そうですよ一夏さん! 私とお兄の仲がいいだなんて!」

「冗談じゃない!」

「冗談じゃないです!」

「ほら、やっぱり仲がいい」

 一夏の言葉にムキになって反論する二人。

 お互いの事を心底どうでもいいと思っているのならばそこで反論はしないだろう。お互い口では仲が悪いように見えるが、なんだかんだで大事には思っているのだ。でもなければ、言葉にして出すまい。

「いい加減食わねえなら飯下げるぞガキ共」

 そう言って厨房の奥から出てきたのは一人の老人。齢八十を過ぎている身にありながら、とてもではないが老人とは思わせない鍛えられた肉体をした男。此処五反田食堂の大将にして一家の頂点。弾と蘭の祖父である五反田厳である。

『く、食います食います』

 慌てて席に座りなおす弾と料理に向かい治る一夏。稟と蘭もそれに倣い、四人揃って手を合わせる。

『いただきます』

「おう。しっかりと食え」

 そんな四人の姿を満足気に見てから再び厨房に戻る厳。

 注文が入った料理を作り出したのだろう。小気味いい包丁で物を刻む音と炒めている音が厨房から響いてきた。

 それらの音をBGMに食事を進める稟達。合間合間に雑談を交えながら穏やかな時間が流れていく。そう。一夏が余計な一言を言うまでは。

 話はIS学園での生活に及び、一夏が二人の幼馴染と再会した事を話した。別にその事自体は余計ではない。鈴音の名前が出てきた時に蘭の視線が少し険しくなったが、そこまでであれば別に特筆すべき事柄でもない。問題はその後に一夏が続けた言葉だ。一夏に他意があった訳ではないが、彼は箒、女の子と一カ月近く同じ部屋で過ごしていると話した。

 稟がいなければ、それは様々な事情もあって致し方ない事であったのかもしれない。だが現実に、同じ男性操縦者である稟がいながらにして女の子と同室であると告げた。これには流石の稟も内心で呆れていた。

 一夏自身はまったく気付いていないが、蘭が一夏に好意を抱いている事は今日初めて彼女と会った稟でさえ察している。箒と鈴音と同じくらいに蘭の言動、仕草、雰囲気は稟にしては判りやすいものであった。そんな彼女が、意中の相手が別の女と一カ月近くも同室であったと告げられれば、その内心は穏やかではいられまい。彼女の表情は判りやすい程に激変しており、弾の表情もそれにつられて変化している。

「…………私、決めました」

 それから蘭は、何か決意した表情で、

「来年、IS学園を受験します!」

「は、はあっ!? 蘭、お前、何言って――」

 宣言する蘭に、慌てた様子で立ち上がった弾が抗議の声を上げようとしたが、

 

 

――ヒュッ、ガン!

 

 

 何かが厨房から高速で飛来して弾の頭に直撃する。

「お、おお、おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!??」

 弾の頭に飛来したのはおたまであったらしい。カラン、と音を立てて弾の後ろに倒れるおたま。その威力はとんでもないものであったようだ。弾が涙目で頭を押さえながら蹲っている事から察せられる。

 弾に心配そうな視線を送りつつも、内心では自分にもおたまが飛んでこない事に安堵する一夏。

「IS学園を受験するって、なんでまた? 蘭の通ってるとこってエスカレーター式で大学まで出れる超有名高なんだろ?」

「その通りですが問題ありません。私の成績ならば問題なくIS学園を受験できます」

「っつぅぅ…………つっても、IS学園は推薦ないだろ」

「お兄と違って私は筆記で余裕です」

 色々なダメージが重なり、よろよろと立ち上がる弾を見ながらキッパリと言い放つ蘭。

「いや、でも……そ、そうだ一夏! あそこって実技試験があったよな!?」

「あ? あぁ、あるな。起動試験があって、それで適性がなければいくら筆記試験の結果が良くても落とされるらしいぞ」

 どこか必死な弾の様子に首を傾げながらも、訊かれた事に答える一夏。その答えに安堵したような顔をする弾だが、次の瞬間には顔を引き攣らせる事になる。

「それも問題ありません」

 そう言って蘭はポケットから小さな紙を取り出して弾に渡す。

「? ……マジ、かよ………………」

「ん? どうした……って、マジか」

 その紙を見て呆然とした声を漏らす弾と、そんな弾を不思議に思った一夏が同じくその紙を見てそう溢す。稟もちらりとその紙を見て、そこに書かれていた文字に瞳を細める。蘭を見つめていた二人は稟のその変化に気付いていない。

 三者がそれぞれの反応を見せた紙。そこに書かれていた文字は、IS簡易適正試験、判定Aというもの。

「問題は既に解決済み。これならば問題はありませんよね?」

 ガックリと肩を落とす弾と、どこか勝ち誇った笑みを浮かべる蘭。対照的な反応を示す二人だったが、蘭は軽く咳払いをしてから一夏に向き直る。

「ですので、その……合格した暁にはい、一夏さんに、先輩としてご指導していただけたらと……」

「おう、いいぜ。受かったらな」

「! ほ、本当ですか!? 約束しましたよ!? 約束しましたからね!? 忘れないで下さいよ!?」

「お、おう……」

 安請け合いした一夏に勢いよく食いつく蘭。蘭の勢いに若干気圧されている一夏に冷たい視線を送る稟。

「って、蘭、お前! 何勝手に行く学校変えるような事を! いいのかよ母さん!?」

「別にいいんじゃないの? 一夏くん、蘭の事をよろしくね?」

「あ、はい」

「はい、じゃねえよ!?じーちゃんはそれでいいのかよ!?」

「蘭が自分で決めた事だ。どうこう言う筋合いじゃねえだろ」

「だからって……」

「何だ弾。まさかお前、蘭が決めた事に文句あるのか?」

「ないです……」

 ピーク時は終わったのだろう。今まで厨房にいた厳と、フロアを回っていた弾と蘭の母親である蓮が稟達の所に来ていた。

 どうやら弾は蘭がIS学園を受験する事に反対らしく、厳と蓮に抗議の声を上げるが二人はまったく相手にしていない。

 この場に、弾の味方はいないのかと思われた時。

「……俺は、簡単に賛成していいとは思いませんけどね」

『…………え?』

 とてもとても小さく、それでいて不思議と食堂にいる全員に聞こえる声が呟かれた。

 その声の発信源は、稟であった。

 

 

 

 

 

 

 五反田食堂にて昼食をご馳走になった稟は一夏と弾と別れ、本日の本当の目的地であるとある待ち合わせ場所に向かっていた。

 繁華街にあるとある喫茶店。其処で稟は人と会う約束をしていた。

 人混みの中を縫うようにして稟は足を進めて待ち合わせ場所に向かいつつ、先程の五反田食堂で自身が放った言葉を振り返る稟。

 何故自分はあそこで口を挟んでしまったのだろうか。あれは彼等五反田家の問題であって、他人である自身が口を挟んでいいものではないのに。いや、理由なら分かっている。彼等の言動が、自分と重なって見えたから。だから。口を挟んでしまった。自分と同じ思いを抱かないでほしかったから。

 厳に強烈な視線で睨まれながらも稟はそれに怯む事なく、滔々と述べていく。表向きのISの立場と、現実どういう状況下で使われているのか。ISに関する条約と、その条約が最早形骸化しているであろうという事。ISに関わる事によるメリットとデメリット。未来の選択肢が限られると言う現実。IS適正が高い事によって発生するであろう、起こり得る可能性。それに巻き込まれる人達。

 今や世の中の風潮は女尊男卑に染まっているが、必ずしも人類の全てがそれを認めている訳ではない事。ISに乗れるからと言って、女性が偉くなった訳でも、ましてや強くなった訳でもない。あくまでもそう錯覚しているに過ぎない。一度ISから離れれば、そこにはただの人である事実しかない。それに例えISに乗っていようが、人が造り出した存在である以上そこに完璧などありえない。不意打ちをされれば、人質を取られれば、その絶対防御を屠りえる破壊力を与えられれば。結果は自ずと見えてくる。そして女尊男卑による弊害に追われた人々は、いずれその世界に復讐すべく牙を研いでいるだろう。現在の世界情勢。その世界情勢の裏に潜んでいる、いずれ爆発するであろう未来絵図。弾も蘭の事を否定している訳ではなく、彼なりに情報を集めた上で抗議の声を上げたであろう事を。様々な事を稟は語っていく。

 決して蘭の事を否定している訳ではない。彼女の想いは確かに尊いものだ。そういった想いが人の成長を助ける事もある。その想いを否定していい訳がない。しかしその想いを貫くにしても、一時の感情で爆発させるのではなく、確りと未来の事を考えた上で、あらゆる事に覚悟を決めてから実行すべきであると。自分が、自分達が本当に納得した上で行動に移るべきであると。そう、述べてきた。

 自身の言葉を振り返った稟は何を偉そうにあんな事を宣ったのだろうと自嘲する。何も考えず、一時の感情任せに全てを壊し、多くの人の未来を歪めてきた自分が言えた台詞ではないだろうと。

 内心でそんな自分に呆れつつ、気が付けば待ち合わせの喫茶店に到着した稟。彼は扉を数瞬見つめ、ゆっくりと扉に手を伸ばす。

 喫茶店に入ると店員が案内に現れ、連れが後から来る事を告げる稟。店員はそれを了承して席へと案内する。

 席へと案内されてから時間を確認すると、約束の時間まで一時間あった。どうするかと少しの間逡巡した稟だが、取り敢えず珈琲を頼む事に。

 喫茶店の中からは外の様子が見られ、外からも喫茶店の中を見る事が出来る造りになっているこの喫茶店。内装も中々にお洒落なもので、落ち着いた雰囲気とそれに見合った良質な品がうりの知る人ぞ知る人気店である。

 稟は珈琲を飲みながら、呆っと外の様子を見る。

 何も考えずに呆っとして、どのくらいか時間が流れたのか。

「お待たせしてしまいましたか? 稟様」

 稟の後ろから、待ち人の声が聞こえた。

「……いや、俺もついさっき着いたばかりだ。クロエ」

 数ヶ月前まではよく聞いていたその声に微かに微笑み、稟はゆっくりと振り返る。

 其処にいたのは長い銀髪と閉じられた瞳が特徴的な、どこか儚い雰囲気を漂わせる少女――クロエ・クロニクル。彼女は微笑み稟に一礼すると、

「稟様は変わらずお優しいですね」

 そう言って彼の向かいに座る。

 言われた稟は頬を搔いただけでそれには答えなかった。自分を待たせた事を彼女が気にやまないように今さっき此処に着いたように言った稟であるがどうやら彼女にはお見通しだったようだ。

 黙ってしまった稟に更に笑みを深めながら、クロエは店員を呼んで紅茶と軽めの食事を頼む。

 程なくして注文の品が届くと、クロエは紅茶を一口飲んでから話を切り出した。

「稟様。学園生活の方は如何ですか?」

「……ん。今のところ大きな問題は起きてないな。まだ戸惑う事は多いが、皆良くしてくれているよ」

 少し間があった事に気付いたクロエだが、敢えて彼女はそれに言及しない。

「そうですか。アレン様も同様の事を仰られていました」

「……まぁ、何だかんだ思いつつアレンも満更ではないんだろうな」

「ですね。色々思うところはあるようですが、アレン様もアレン様なりに学園生活を楽しんでおられるようです」

 入学して当初の頃は周囲を威圧して距離を取っていたアレンだが、それも一、二週間過ぎると彼女達が稟にとって害がないと判断したのだろう。最初の頃の警戒心はほとんどなくなり、今ではクラスに馴染んできている。

 最も、稟と何故か常に稟の側にいた本音のフォローがなければ馴染む事もなかっただろうが。二人のフォローがなければ、自分達に対して威圧していたアレンに気を許す者はでなかっただろう。二人の言葉とアレンからの謝罪があり、今ではアレンの性格もそういうキャラだと納得されている。

 そこで少し会話が途切れた。稟とクロエは互いに飲み物で喉を潤す。

「……束さんとクロエは、どうなんだ?」

「生活自体に問題はありませんが、やはり稟様達がいないと寂しいですね。束様も口にこそ出しませんが顔は寂しげですし」

 じっと自身を見つめてくるクロエにどう答えていいか分らず思わず顔を逸らす稟。自分がいなくて寂しいと言われ、何となくくすぐったく感じてしまった。嬉しい事ではあるのだが。

「それに、稟様の料理に慣れてしまいましたから。稟様が作った物以外の料理を食べても、どこか物足りなく感じてしまいます」

 これには思わず苦笑してしまう稟。自身の料理に対するこの評価は素直に嬉しいが、束にしてもアレンにしてもクロエにしてもこの多分な身内補正はどうにかならないかと思ってしまう。

 そこからも二人は他愛のない会話に花を咲かし続ける。

 追加注文を何回かし、どのくらいの時間が流れたのか。周囲の客が徐々に減っていた時。

「例の、無人機の件ですが――」

 稟が此処に来た本来の案件をクロエが遂に口に出す。

 稟の瞳は自然と細められ、無言で彼女に続きを促した。

「少々厄介な事になったかもしれません」

 そう語るクロエの表情は険しく、稟の胸中に嫌な予感が募っていく。

 そこから語られた内容は――――


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