中々文章が浮かばんが、やっと投稿できる形になった。
一巻も、後一話で終わりにする予定。
ここまでくるのに、えらい時間がかかってしまった……
私の作品を読んでくれている方々には本当に感謝を。
これからも亀更新ではありますが、ゆっくり投稿していきますので良ければ読んでいただけると幸いです。
次の更新は断章になりますが、気長に待っていただけると幸いです。
「せいっ!」
裂帛の声を上げて斬りかかる事数回。
一夏にとって必殺の間合いであるにも関わらず、『異形』は難なくその斬撃を避けてしまう。
「ちっ」
何度も避けられ舌打ちする一夏。
鈴音の援護攻撃も『異形』は躱し続け、こちらのエネルギーは消耗させられる一方だ。
「ああもう! いい加減当たりなさいよ!?」
攻撃を何度放っても掠りもしない。その出来事に苛ついた鈴音が声を荒げるが、『異形』がそれを気にする筈もなく。
鈴音の『衝撃砲』が途切れた僅かな隙をつき、ブースターを吹かして一気に加速してくる。
「避けなさい一夏!」
「くっ……」
『異形』の加速と鈴音の警告は同時。
一夏は身を捻り、振り被られた鉤爪を寸での所で躱す。
攻撃を躱された『異形』は、体勢を崩したように見せかけてその身を縦に回転させ、肩部の砲門から一夏を狙い、
「させないわよ!」
その攻撃を、出力を上げて放った『衝撃砲』で何とか相殺させる鈴音。そして『異形』に飛び込んで斬りかかる一夏だが、やはり躱されてしまう。
「ちゃんと狙いなさい一夏!」
「狙ってるっつーの!」
何度攻撃しても『異形』には掠りもしない。
人間であれば死角でだる筈の角度からの攻撃、避けられない筈のタイミングでの攻撃。それら全てを避けるか相殺されている。
それらが続けば、肉体の疲労は当然だが精神的にも疲労してしまう。
『異形』からの攻撃が途切れたのを見計らい、一夏と鈴音は距離を取る。
「ったく、何なんだよアイツは。悉くこっちの攻撃を避けやがって」
「まったくね。余裕のつもりかどうかは知らないけど、物騒極まりないあの左腕で攻撃もしないし」
言葉は交わすが『異形』からは視線を逸らさず、一夏と鈴音は軽口を叩き合う。
「しっかし、鈴の言った通り余裕のつもりなのか? ある程度距離を開けたら攻撃してこないのは」
「さーね。でも、あたし達が話してる時は観察するようにじっと見てるだけだし、そうなんじゃないの?」
一夏の言葉に憮然として返す鈴音。『異形』の態度が余程気に入らないのだろう。それは一夏も同じだが。
一夏は苦笑しつつエネルギー残量をチェックする。残りは六十程。バリアー無効化攻撃――零落白夜を放てるのも後一回がギリギリだろう。尤も、あの『異形』にそれが通じるかと言われれば解らないが。
「…………鈴、エネルギーはどの位残ってる?」
「え? ……そうね、残り百五十ってとこかしら」
鈴音の返答を聞き眉を顰める一夏。
自身よりマシとは言え、鈴音のエネルギー残量も心許ない。教師達の救援がいつ来るか分からない今、一か八かの賭けに出るべきか否か。
「……かなり厳しい状況ね。このままだと、アイツを倒す可能性は極めて低いわよ」
「極めて低い、か……。
決してISには見えない『異形』だが、アリーナの遮断シールドを突破してきたという事は、少なくともISと同様の造りをしているのかもしれない。なら、零落白夜が効く可能性もゼロではない。
「……何か考えがあるの?」
一夏の眼に何か感じたのか、鈴音は一夏に問い掛ける。
一夏はそれに答えず、思考を巡らす。
とてもではないが、有人機とは思えない歪な構造の『異形』。戦っていて僅かに感じた、パターン化されたかのような『異形』の行動。攻撃の意思が感じられない、無機質な攻撃。こちらを観察するように、絶好の機会でも攻撃してこない『異形』。
一夏でも感じた違和感を、鈴音が感じてないとは言えない。
「……別に、何か考えがある訳じゃない。ただ、次は全力の一撃でもってアイツを沈める」
策なんてありはしない。
下手な小細工など持ちはしない。
一夏にあるのは、愚直なまでの攻めの姿勢のみ。
その瞳に、その意思に、鈴音は何も言わない。
言っても意味がない事を、彼女は知っている。
この時の一夏には、何を言っても動じない。そして、やると言ったらやってきた。
ならば彼女のすべき事は、
「…………一夏、あたしは何をすればいい?」
「アイツに、最大威力の『衝撃砲』を撃ってくれ」
「当たらないわよ?」
「当たらなくていい、ただ撃ってくれれば」
「…………分かったわ」
一夏を信じるのみ。
万が一の事も考え、即座にカバーできるようにして。
一夏が突撃体勢に入り、鈴音も『衝撃砲』をチャージし始めた時。
『一夏あぁぁっ!!』
アリーナのスピーカーから、大声が響いてきた。
一夏と鈴音、『異形』が声のした方角――中継室――を察知し、それぞれ視線を向ける。
其処には、全速力で中継室へ向かったのだろう。肩で大きく息をしている箒と、その箒にダウンさせられたであろう審判とナレーターが伸びていた。
一夏が訳も分からず戸惑っていると、
「一夏あぁぁっ! 男なら、男なら! その程度の敵に勝てなくてなんとする!!」
彼の事が心配だったのだろう。観戦していたピットから中継室へ向かい、そこにいた人を昏倒させるという暴挙を行ってまで一夏に激励の言葉を投げていた。
あまりの大声にハウリングが起きる。
その強烈さに顔を顰める一夏と鈴音。まったく動じない『異形』。
それが致命的な瞬間となった。
箒の存在を感知した『異形』は中継室へ機体を向け、その肩部の砲門を彼女へと向ける。
「――!? マズイ! 逃げろ、箒っ!!」
『異形』へと慌てて向かうが、間に合う筈もなく。
『異形』は一夏を嘲笑うかのようにセンサーレンズを彼に向け、その肩部の砲門からレーザーを放つ。
「箒いいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!??」
『異形』から放たれた、凶悪な威力を秘めたレーザー。ISの『絶対防御』でも防げるか分からないそれを生身で受ければどうなるか。
【絶望】が一夏を包もうとした時。
まるで箒を守るかのように、訓練機――ラファール・リヴァイヴを身に纏った稟が箒の前に突如として現れ、そのレーザーを彼女の代わりに背中から受けた。
謎の襲撃者が乱入する十分前。
ここ最近一夏達と別行動をしていた稟は、本音と共にアリーナの入り口近くの壁を背にして観戦していた。
「お~。おりむー、頑張って食らいついてるね~」
「……まぁ、セシリアとアレンが鍛えてる訳だし、あのくらいはできるようになるだろうな」
相変わらずのほほんとした本音にそう返す稟。
一夏は終始鈴音に押されていたが、元来の負けん気の強さとセシリア達の特訓が実を結んでいたのだろう。何とかではあるが鈴音に食らいついていた。
とは言え、食らいついているといえども攻勢に転じれている訳ではないが。
稟は腕を組んで一夏と鈴音を見つめている。
「…………ねぇ、つっちー」
「…………」
そんな稟に声をかける本音だが、彼は答えない。ただ、無言で続きを促しているのが伝わる。
彼女は言葉を選びながら慎重に問い掛ける。
「つっちーは、どうしてりんりんに……?」
一夏とは距離を置き、鈴音を気にかけていた稟。一夏には必要最低限の助言だけをアレンに伝えるように頼み、極力一夏と関わらないようにしていた。
本音は不思議に思う。何故稟が、ここまでするのかと。
これは鈴音と一夏の問題であって、第三者がしゃしゃりでていい話ではない。
確かに一夏が酷いとは本音も思う。鈴音の言い方が紛らわしかったのも問題ではあるが、それをどう勘違いして奢るなどと脳内変換してしまうのか。判決を下すなら問答無用で有罪である。
それはさておき。
どうして稟は一夏と距離を置き、鈴音を気にするのかと。
その問い掛けに稟は眼を閉じ、どう答えるかを考える。
稟が鈴音を気にかける理由は、特に深い理由でもない。ただ彼女が楓に重なったように見えたのと、彼女と一夏に自分達の過去を重ねてしまった自分勝手な理由からだ。
それを本音に伝える気はない。彼女は納得しないだろうが、こればかりは他人に語る気はない。
だから稟は、
「…………彼女を、放っておけなかった。ただ、それだけさ」
もう一つの理由を告げる。これも事実だからだ。
案の定本音は納得していないような顔をしている。ジト眼で稟を見ているが、彼は肩を竦めるだけだ。
暫く稟を見つめ続ける本音だが、彼が口を開こうとしないのを見て諦めたのか溜息を吐く。
稟が素直に自分の感情を吐露しない事は分かりきっていた事だ。彼が本音を溢せば、彼女もここまでもどかしい気持ちになりはしなかっただろうが。
そんな稟を仕方ないと思いつつ、本音は彼と同室になった経緯を何となく思い出す。
本音が稟と同室になった理由。それは、彼女達の主である少女からの指示。土見稟という存在に疑問を抱いた彼女達の主が、彼を監視する為に本音にその役目を与えた。
何故彼女達の主が稟に疑問を覚え、監視をしようとしたのかの詳しい理由は教えられていない。ただ、下手をしたらこのIS学園に危機が及ぶかもしれないと、そう説明されただけだ。
監視などあまりいい感じはしなかったが、主からの命とあれば従わざるを得ない。本音はその指示に従い、彼と同室になった。
そう。最初は命令だから従っていただけ。何の感情も抱かず、ただ従っていただけ。その筈だったのに……
いつからだろうか。彼の事を常に気にするようになったのは。
彼の心からの表情を見てみたいと思うようになったのは。
彼の姿を眼で追うようになったのは。
それはきっと、彼を見たあの時からだろう。
彼の歪さに気付いた時からだろう。
彼の
自分の本心を押し隠し、他人を気遣う稟。
自分を偽り、他人に優しくする稟。
稟と共に生活するようになり、彼の色々な表情を見てきた本音。部屋で過ごす時は、教室にいる時には見せない顔を見せる稟。本音に抱き着かれて困ったような顔を見せる稟。笑顔だけど、何か違和感を覚える笑顔を見せる稟。そして、どこか壁があると思わせる雰囲気を放つ稟。
そんな様々な稟を見て彼女は……
彼の事を知りたいと願ってしまった。
彼の本当の笑顔を見てみたいと願ってしまった。
彼の作る壁を乗り越えたいと願ってしまった。
その時から、彼女は彼の事を……
一夏と鈴音の戦いをじっと見ている稟をどこか寂しげな眼で見つめる本音。
稟の表情を窺っていた彼女は、そこである事に気付いた。稟が、頭痛を堪えるように頭を押さえて顔を顰めている事に。
そう。それは、あの時と同じような表情だった。セシリアとの試験を終えて部屋に戻った時の、辛そうにしていた表情と。
「つっちー?」
「……どうした?」
声をかけてきた本音の声に、表情に、自身を心配する色を感じた稟は表情を取り繕い、さも何でもないと言わんばかりに返す。
それに本音は悲しげに顔を歪める。
決して弱さを見せようとしない稟に、どうしようもない悲しみを覚える。
少しは弱さを見せてほしいと思う。頼ってほしいとも思う。彼の過去を詳しく知らない赤の他人かもしれないが、それでも少しばかりは力になれる筈だと。
「ねぇ……」
本音が口を開こうとした時。
ピットが、アリーナが、IS学園そのものが揺れたのではないかと思わせる程の激しい振動に襲われた。
「きゃっ!?」
とてもではないが真面に立っていられない程の振動。バランスを崩した本音は倒れそうになるが、寸での所で誰かに抱えられ倒れる事はなかった。
本音がゆっくり顔を上げると、自分を強く抱き締めている稟が険しい表情でアリーナの中心部を見ていた。
普段の彼からは想像もつかない程の険しい表情に、声をかける事が憚られる。本音は彼に声をかけず、稟が見ているであろう場所へと視線を向ける。
其処にいたのは。
「…………何、アレ?」
『異形』だった。
とてもではないがISには見えない、『異形』としか形容できない存在が其処にいた。
本音の言葉に何も返さない稟。
彼とてあれが何であるのか教えてほしいぐらいだ。アレが現れた瞬間、稟は激しい頭痛に襲われたのだ。セシリアとの試験が終わった時に感じた以上の頭痛に。この頭痛とアレとは、一体どういう関係があるのかと。
『異形』の存在に気付いた他の生徒達が徐々に騒ぎ出す。
突然現れたアレは何なのかと。
『異形』から感じられる、怖ろしいまでの『死の予感』。それは、本来ならば感じられる筈のものではない。なのに、どうしてかそれを感じてしまった。誰もがその恐怖を感じ始めた時。事態は進み出す。
IS学園のありとあらゆる通路に存在する緊急用のシャッターが下ろされ、全ての扉がロックされ、IS学園内にいる全ての人間はどこにも逃げる事が不可能となってしまった。
『異形』の存在に恐れ、逸早く観戦しているピットから逃げようとした生徒が出れない事に気付いて叫び、他の生徒達も遅まきながら気付いてしまう。自分達は閉じ込められ、避難する事も許されないのだと。
そうなれば、阿鼻叫喚の巷と化すのは一瞬。
一人の泣き声や叫び声が周りに感染し、全ての人間が無意味にも同様の有様に陥るだけ。
無駄に叫び声を上げ、ドアを何度も叩く。物言わぬドアに「出して、出してよ!?」と叫びながら、『異形』の恐怖から逃れようと必死になる。
突然の事態と『異形』の醸し出す威圧に、その場は混乱する。
「…………」
本音は何も言わず、無意識の内に自分を抱き締めている稟の身体にしがみつく。
『異形』から感じられる恐怖から、逃れようとするかのように。
稟は本音を安心させるかのように彼女を抱き締める力を少し強めて、その頭を優しく撫でてからこの場をどうするか思考する。
彼にはこの状況をどうにか出来る力はないが、どうにか出来る人ならば知っている。
一夏と鈴音に襲い掛かり始めた『異形』を見つめながら、いつもかけている白銀のネックレスに視線を向ける。
(――アレン)
そして眼を閉じ、そっと心の中で呟く。
通信機能がついているネックレスだが、心で呟いた所でその機能が活かせる筈もない。なのに。
――稟様? 今何処におられるのですか? ジャミングがかけられているのか、稟様の居場所を把握できないのですが。
アレンに通じた。
どこか焦りを感じるアレンの言葉が脳裏に響き、稟はどう答えるか考える。
緊急事態であればすぐさま稟の下へ駆けつけるアレンが未だ来ない理由を理解し、彼は眉を顰める。束特製のネックレスの機能が、ジャミングで阻害されるとは思えないからだ。
その事が若干気にかかるが、現実にアレンが現れないのがその証拠。ならば、今彼女にしてもらうべき事は只一つ。
(……アレン、IS学園のセキュリティを破って扉のロックを解除出来るか?)
――稟様?
稟からの突然の言葉にアレンは疑問を覚える。
そしてその疑問は、やがて不安という形になる。
(アレは、よく分からないけど危険な気がする。このまま放置すれば、取り返しのつかない事が起こるかもしれない)
――かもしれませんが、我々が動く必要はないかと。教師達が動いている筈でしょうし。
(そうだな。先生達が動いてくれているかもしれない。でも、それだときっと遅い。下手をすれば、最悪怪我人どころか……)
稟の言葉から伝わる『何か』に、ますますアレンの中で不安が増していく。
不安を感じる
だが、彼の側にいない以上アレンに何かしらの行動をする事はできない。稟の居場所が分からない以上一刻も早く彼を見つけ出したいのだが、この状況下で闇雲に探して時間を無駄にするのだけは危険だ。
どうするべきかアレンが悩んでいると。
(頼む、アレン。この事態を解決する為には、お前の力が必要なんだ)
縋る様な、願う様な稟の
この不穏な状況下。自身のやるべき事は決まっている。
すぐさま稟と合流し、彼を安全な場所へと移動させる事。それがアレンの、彼女達が為すべき行動。
だが稟が、彼女達の『王』がそれを望むのならばアレンの取るべき行動は。
――……それが、我等が『王』の意思ならば、私はそれに応えましょう。ですが、私がなによりも優先すべきは『王』、貴方自身です。貴方に危機が迫るのであれば、例え貴方の命だろうとそれに従う事はできません。それだけはご理解を。
本来ならば説得してでも稟を止めるべきなのだろう。
しかし、こうなった時の稟には何を言っても無駄である事を稟と共にいたアレンは理解している。
彼女達の『王』は、一度やると決めたらその意志を貫き通してしまう。それならば、アレンに出来る行動は稟をサポートし、速攻で稟の側へ駆けつける事。
アレンが葛藤している事に気付いたのだろう。稟は申し訳なさそうに、
(……ああ)
と、頷く。
――では、これより行動に移ります。まずは稟様の位置を…………ふむ。分かりました。動かれる際には連絡を。私はロックの解除に専念しますが、相手が創造主並の力量でなければ五分もかからないかと。
(分かった。なら、今すぐ頼む)
――了解しました。我等が『王』よ。……貴方も、ご無理はなさらずに。
その言葉を最後にアレンとの通信は終了する。
通信を終えた稟は一息吐き、未だ自身にしがみ付いている本音に視線を向ける。
これから彼が起こす行動に彼女を巻き込んではならない。本音には、他の少女と達と同じように避難していてほしい。
だから彼は。
「…………本音」
優しく、囁くように彼女の名を呟く。
「ほえ?」
それにキョトンとした顔で、間の抜けた声を出す本音。
それがなんだか妙におかしくて、稟はくすりと微笑む。その笑みは、本音がいつも感じるどこか作ったものではなくて、きっと稟本来の心からの笑みなのだろう。それに彼女が見惚れるのも束の間。
「本音。あと数分したら、きっと扉のロックが解除される。解除されたら、皆の避難を誘導してほしい」
何故そんな事が分かるのか。
どうして彼女にそんな事を頼むのか。
彼女の胸中に疑問が沸く。
そしてそれを言葉にしようとするのだが、彼の表情を見て開きかけた口を閉ざした。何かを決意したような、真剣な瞳を見て。
本音は瞳を閉じ、自身を落ち着ける為に軽く呼吸をする。
突然の事態に彼女の脳はまだ混乱しているが、こうして稟に抱き締められながら頭を撫でられていた事によって少しばかり落ち着いてきた。
そうして落ち着いてきた頭で、今自分がすべき事を考える。
周りは未だ混乱状態の生徒達。
アリーナで『異形』と戦っている一夏と鈴音。
この状況を打破すべく動いているであろう教師達。
何かを決意したであろう稟。
本音の決断は早かった。
「分かったよ、つっちー」
いつも浮かべているのほほんとした笑みを浮かべようとして失敗して、若干笑顔が引き攣る本音。
いくら落ち着いてきたとは言え未だ『異形』という恐怖から脱した訳ではない。それでも普段通りを取り繕おとする本音。
色々と言いたい事があるであろうに、それを抑えて稟の言葉を聞いてくれようとしている。
そんな本音に、稟は感謝する。
「つっちーの頼み、聞いてあげるよ~」
ぎこちない笑みを浮かべつつそう言ってくれる本音。
彼女には助けられてばかりの稟だ。
「ありがとう、本音。それじゃあ……」
お互いに頷き合う稟と本音。
これでこの場は大丈夫だろう。稟はそう判断する。
本音は普段こそのほほんとしているが、有事の際は機敏に動いてくれるだろうと、稟は何となく感じ取っていた。だからこそこの場を本音に任せる判断をした稟。
そして五分後。
アレンの言葉通り。扉のロックが解除されたのか、今まで微動だにしなかった扉が開いた。
それに気付いた少女達は一瞬固まり、我に返った者達から我先にと開いた扉に群がる。その動きに秩序だったものはなく、あたかも暴徒のようなものであった。あれでは怪我人が出る事は避けられないだろう。
本音は稟と視線を交わした後、混乱を抑えるべく少女達の下へ駆けて行った。
本音を見送った稟は近くの壁に寄りかかり深呼吸をする。
今から彼が行う事にはかなり神経を使う事になる。その為にも一度精神を落ち着けなければいけない。
稟は深呼吸をして自身を落ち着かせると、精神を集中させて意識を落としていく。アレンとの通信を行った時以上に集中し、彼は現実から意識を切り離していく。
それが、彼女達の力を借りる際には何よりも大事な事。
アレンとは違って絶対に必要な事。
稟は意識を落とし続けていく。
現実に居ながらにして現実に意識が存在しない。そんな矛盾した状況へと。
稟が意識を落として、墜として、堕として、落とし続けて……
(――疾風)
――ふえ? って王様!? え、何? なんで、どうやって王様が此処に? 訳が分からないよ!?
稟の前にいたのは橙色の髪をした見た目中学生程の、将来有望性のある美少女だった。その少女は突然自分の前に現れた稟に混乱している。
それも仕方ない事と稟は理解しているので彼は苦笑を溢すだけだった。此処に来てから苦笑する数が増えているなと、内心どうでもいい事を思いつつ。
「疾風、君の力を借りたい。俺に協力してほしいんだ」
「え? それって、どういう……」
突然の稟の言葉に疑問符を浮かべる少女――疾風。
彼女の疑問は尤もなのだが、今は説明している時間が惜しい。
だから彼は、
「…………ぁ」
身体を屈めて疾風と視線を合わせた稟は、自身の額を彼女の額と合わせる。
いきなりの事で固まる疾風だが、それも束の間。二人の額が合わさったと思ったら、突如光が彼等を包み込む。
そして、彼女の中に様々な情報が入り込んできた。
その情報は――
「…………王様は、ボクの力を借りたいんだね? あのヒトではなく、ボクの」
事態を把握した疾風は稟にそう問い掛ける。
稟は真剣な瞳で頷く事で彼女の問いに肯定する。
稟から知らされた情報で時間があまりないであろうことは解ったので、疾風の決断は早かった。何より、彼女達の『王』が専用機である彼女や『彼女』ではなく、訓練機である自分を選んでくれたというのも大きかっただろう。
疾風は頬を軽く朱に染め、
「分かりました。ボクは貴方に力を貸します。我等が『王様』」
畏まった口調でそう言って稟に触れる。
刹那。
二人を眩い光が包み込み。
光が収まった後には、ラファール・リヴァイヴを身に纏った稟が残された。
稟は調子を確かめるように身体を少し動かした後、意識を現実に戻す為に再び精神を集中させるのだった。
稟の意識が現実へと浮上する。
稟が眼を開けると、観客席には彼以外の人は誰一人いなかった。本音がしっかりと避難誘導してくれているのだろう。
稟は安堵の息を吐き、気を引き締めるように瞳を細める。
アレンには無茶をするなと言われたが、恐らく彼は無茶をする事になるだろう。稟の中ではそうなる予感が膨らんでいく。
(疾風。誘導は任せる)
――了解です『王様』。ボクが把握している限りの最短ルートを提示します。
疾風の誘導の下、稟は目的の場所へと駆ける。
今彼がやっている事は重大な校則違反だ。IS学園では決められた場所でしかISを展開する事が許されていないのに、その場所以外で展開している。それに加え、申請許可を得ずの訓練機の無断使用。
だが稟は、そんな事知った事かと言わんばかりに行動している。規則は確かに大事だが、それを順守した結果もし万が一の事があれば稟は自分を許せなくなるだろう。
予感が外れたなら外れたで、それは問題ない。その時は大人しく罰を受ければいいだけの話だ。
兎に角、稟はひたすら駆け続ける。
幸いというべきか、彼のルート上には人が誰もいなかった為思う存分速度を出している。一刻も早くアリーナに到着する為に。
――後もう少しです。あの突き当りを右に曲がれば、目的の場所は目前です!
疾風の声に、無意識にラストスパートをかける稟。
稟の速度が加速した瞬間。まるで狙ったかのように、
『一夏あぁぁっ!!』
箒の、叫び声が聞こえてきた。
その声を聞いて、稟の中で警鐘が鳴る。何故かは分らない。だがそれで、稟は自身の予感が当たっていたという確信に至る。
「疾風!!」
思わず声を荒げる稟。
その声音は、普段の彼からは想像もつかない程に切羽詰まった色を宿していて。
――貴方の願いはボク達の願い。『王様』に、ボクを委ねます!
その声に、祈るような、歓喜するような声で返し、疾風は稟の願いに応える。
己に出せる限界ギリギリまで力を振り絞り、自分達の『王』に力を貸す。
二人の想いが重なった瞬間。
稟の身体が眩い光に包まれ、更に速度を加速させた。
その速度は訓練機が出せるような速度ではない。彼女の『性能』では到底出せる筈もない速度だった。
機体の『性能』を知る者が今の稟を見れば、ありえないその速度に驚愕で眼を見開いたであろうがそんな者はこの場にいない。
稟は当たり前であるかのようにその加速を受け入れ、瞬時に目的の場所に辿り着く事が出来た。
そして彼が見た光景は、凶悪な力を秘めたレーザーが、今まさに箒を呑み込まんとしていたもので。
稟は考えるよりも先に行動していた。
扉をぶち破ってアリーナに到着した稟は、呆然としていた箒の楯になるかのように彼女の前に自らの身を晒し、そのレーザーを代わりに受け止めようとする。
何が起こっているのか理解できていない箒は呆然とした表情で稟を見てくる。そんな箒に、稟は微笑み返し……
(すまないな疾風。俺の我儘に付き合わせてしまって)
――気にしないで下さい。『王様』の望み。それを叶えるのがボク達の在り方ですから。
短いやり取りを交わす稟と『疾風』。
直後。
稟の背に、凶器が直撃した。