ISー王になれたかもしれない少年は何をみるか   作:nica

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 ふと小説情報を見たら、評価バーに色ガツイテイマシタ……
 ………………え?マジで?
 アガガガがガがガがガがガがガ!?!?!?!!
 評価してくれた方々、ありガトうございマス!!
 これからも投稿頑張っていきます!!







 書いてて今更思ったけど、一夏と稟って些細な共通点があったのよね~。
 二人の幼馴染。
 その幼馴染と交わした約束。
 見方によれば、どこか似た意味になる約束。
 …………あ。 


第十五話:一夏と鈴音、稟と鈴音《おさななじみ》

 夜も遅く、泣いている少女を放っておけなかった稟は本音に目配せをし、失礼である事を承知で鈴音の手を取って部屋に招き入れていた。

 突然の事で困惑した鈴音はその手を振りほどく事もせず、為すがままに稟達の部屋に招き入れられた。それを見ていた一部の少女が黄色い声を上げていたりしたが、そんな事は些細な事である。

 戸惑う鈴音をよそに、彼女を部屋に招き入れた稟は彼女をソファーに座らせると、自身はキッチンの方へと向かう。

 そんな彼に苦笑を溢した本音は、彼が自分に託した役目を務めるべく鈴音の隣に座る。

「いらっしゃい、りんりん~」

「…………アンタは?」

「私? 私は本音。布仏本音だよ~」

 にへら、と、緩い笑みを浮かべる本音。

 その笑みは見る者を脱力させるような笑みで、それに毒気を抜かれた鈴音は、

「そう言えば、食堂にいたわね。……改めてもう一度名乗るわ。あたしは鈴音。凰・鈴音よ。てか、りんりんって呼ぶな」

 力のない声で返す。

「そういう言えばりんりんって、代表候補生なんだよね~? 専用機を持ってるの~? なんで遅れて入学してきたの~?」

「だからりんりんって言うなって…………言っても無駄そうね」

 人懐っこい動物のように自分の腕にくっついてくる本音に溜息を吐き、鈴音は遠い眼差しをするのだった。

 キッチンに向かった稟はそんな彼女達の話し声を聞きながら苦笑をし、紅茶の準備をしていく。

 異性よりも同性の方が落ち着いて話せるだろうし、本音のあの独特の雰囲気は癒しにもなるだろう。多少振り回されてしまうだろうが、一時的に元気になってくれるだろう。

 稟は鈴音の事を考えつつ、人数分の紅茶を用意していく。今の鈴音の事を考えれば、用意するのはジャスミンティーがいいだろう。リラックス効果があって心を落ち着かせてくれるし、落ち込んだ気持ちも気休め程度でも回復させてあげられるだろう。

 本音と鈴音の話が徐々に増えていくのを聞きつつ、稟は紅茶を美味しくする為に手間をかけていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 紅茶の用意が終わり、二人の会話がちょうどよく途切れたタイミングを見計らってキッチンから出てくる稟。本音と鈴音の視線が稟に向き、

「紅茶を淹れたから、一息吐くといい」

 彼女達の視線に微笑み返して紅茶を置いていく稟。紅茶の芳醇な香りが彼女達の鼻腔を擽っていく。

「…………ありがと、頂くわ」

 その香りに鈴音ははうっ、と声を漏らし、礼を言ってから紅茶を飲む。紅茶を一口飲んだ鈴音は、ティーバッグの物――稟は茶葉をいくらか所持しているのでそこから抽出したものを出している――とは思えない美味しさに眼を見開き、

「…………美味しい」

 そう溢す。

「ありがとう」

 そんな鈴音に対し笑顔を浮かべ、稟はお礼を述べる。自分が用意した者を美味しいと言ってもらえれば、やはり嬉しいものがある。それで笑顔になってもらえれば尚更だ。料理や紅茶の淹れ方を覚えていて良かったと思う稟。

 一方でジャスミンティーの効能を知っている本音はその美味しさに頬を綻ばせてはいるが、その効能が最も必要なのは稟だろうにとジト眼で稟を見ていたりする。その視線に気付いたのか、稟が若干頬を引き攣らせたが。

「…………まったく、つっちーってば」

 本音の溜息混じりのその一言に、稟は何も返せないのだった。

 

 

 

 

 

 

 紅茶を飲みながら軽く談笑する三人。稟も本音も、鈴音が何故自分達の部屋の前で涙目で蹲っていたのかの理由も訊かずに世間話に花を咲かせたり、鈴音が稟の事に関してを聞いていたりしていた。紅茶を飲み終わって暫くした後。紅茶の効能と稟達の気遣いによって鈴音は気持ちを多少落ち着ける事ができたようで、初めて彼女を見た時の勝気な笑みを浮かべていた。

「紅茶ありがとね。美味しかったわ」

「口に合った様で何より」

 使用済みのカップを持って再びキッチンに入り、それを洗いながら鈴音に返す稟。部屋にはカップを洗う音のみが響く。

 カップを洗う稟の背中をぼんやりと見つめる鈴音。

 暫く沈黙が流れるが、その沈黙に耐えかねたのか鈴音が口を開いた。

「……ねぇ、土見…………」

「……何かな、凰さん」

 動きを止めず、振り返らずに返す稟。ともすれば冷たいと取られる反応だが、彼の声音にはどこか優しさが含まれているように感じられた。

 言葉を発しようとして、途中で口を閉じる鈴音。

 自分は今、何を言うとしたのだろうかと考える鈴音。今彼女は、今日会ったばかりの赤の他人に、彼女の中ではとっても大切な、彼女がこの学園に来るきっかけともなったある事を言おうとしていた。

 その事に鈴音は驚いたが、どこか納得する部分もあった。彼とはまだ会ったばかりで少ししか話していないが、自分を気遣うような彼の行動、言葉の節々から感じられる優しさ、そして、黒曜石のように美しく感じるその瞳に、嗚呼、彼ならと。だがこれは、自分と一夏の問題だ。それを赤の他人に言う気にはなれなかったが。

「……別に、言いたくない事があるなら無理に言わなくてもいい」

 鈴音が何か悩んでいる気配を感じ取った稟は、そう前置きをして言葉を紡ぐ。

「ただ、無理に自分を抑え込む必要はない。吐き出したい事があれば吐き出せばいい。丁度ここには、何も知らない第三者がいるんだ。鬱憤を、ストレスを、悲しみを吐き出した方が楽になる時もある」

 まるで鈴音の心情を見透かしているのかのようなその言葉に、彼女の表情が固まる。

 彼は知っていたというのだろうか。鈴音が泣いていた理由を。

 鈴音は少しの間固まっていたが、そんな事はないと首を横に振る。ただそういう風に感じただけなのだろうと。

 暫し顔を俯かせて悩んだ鈴音だが、彼の言う通り抑え込むのもよくはない。ならばいっその事、自身を気遣ってくれている第三者にでも感情をぶちまけてしまうのもアリなのかもしれない。自身のこの感情は当人達で解決すべきものだが、第三者からの意見はどうなのかと、落ち着き始めた思考でそう考える。

 鈴音が顔を上げた時、カップを洗い終えた稟が彼女の対面に座り、彼の右横に本音が座っていた。いつの間に本音が自分の横から移動していたのかは分からないが、そんな事はさして重要でもないので気にせず。

「………………ちょっと、私の話を聞いてくれる?」

 彼女は口を開く。

 そこから語られた彼女の感情。本音は時折相槌を打ちながら聞き、稟は表情を変えずに聞いていた。

 その話を聞き終え、

「……あ~、それは、おりむーが悪いね~」

「でしょ!? アンタもそう思うでしょう!? ホントにあの一夏(バカ)は女の子との約束を何だと思ってるのかしら!」

「だよね~、折角りんりんが勇気を振り絞って告白したのにね~」

「ぶっ!? こ、告白って、アンタ……!?」

「え~? 違うの~?」

「え……いや、べ、別に……違うく……ない、けど……」

 顔を朱に染めて俯く鈴音。

 それを微笑ましそうに見つめる本音。

 鈴音の漏らした言葉を聞いた本音がそう溢したのが、この会話の始まりだった。

 鈴音が涙を流していた理由は複雑なものではなく凄く単純な事であった。鈴音が家庭の事情で中国に帰る事が決まった時、その別れの前日に一夏と交わしたとある約束。その約束の内容を一夏が勘違いして覚えていたのが原因だった。

『料理の腕が上達したら、毎日私の作った酢豚を食べてくれる?』

 それが一夏と交わした、彼女にとってはとても大切な約束。

 この『酢豚』が『味噌汁』であれば、日本ではわりとよく耳にする、誰もが知るであろう告白の言葉の一種である。

 まぁ、幼い時分に交わした約束であれば、本気ではなく冗談で言った言葉として受け止める事はあるだろう。だが一夏は、それをどう勘違いしたのか奢ってくれると脳内変換をして覚えていたらしい。

 それを聞いた鈴音は怒りと悲しさに震えて一夏に怒鳴り、涙を拭う事もせずにその場で一夏の頬を叩き、逃げるように去ったと語った。

 それに本音は呆れたような表情を浮かべ、稟が表情一つ変える事無く無言でいた。

「確かに、あたしも回りくどく言わずに直球(ストレート)に言えばよかったのかもしれないけどさ……だからって、女の子の精一杯の言葉をそんな風に受け止めるなんて……」

 鈴音とて、自分に非がまったくないとは思っていない。だが、こればかりはどうしようもないと思うのも仕方ないだろう。感情とはそういうものなのだから。

「だよね~。私も、これはちょっと~」

 鈴音の気持ちが分かるのだろう。

 本音は顔を僅かに顰めて鈴音の言葉に頷いている。

 女の子としては理由がどうあれ、大切な約束をとんでもない方向に誤解された事は許せるものではない。

 鈴音も感情の赴くままに一夏を叩いてしまった事を後悔し、謝ろうかとも思ったが、どうしても素直に謝る気にもなれずにいた。

「別に、許さなくてもいいんじゃないか……」

「……え?」

「……つっちー?」

 今まで黙っていた稟がふいに溢した言葉。

 それに鈴音は呆けた声を漏らし、本音はいつもと変わらない、しかし、何かが決定的に違うかのような声音に違和感を覚える。

「だって、大切な約束だったんだろ? その想いを糧にIS学園(ココ)入学する(くる)程に」

「それは……」

「だったら許すな。例えそれが自分勝手で理不尽なものだとしても許すな。自分の感情に蓋をして偽っても、いい結果にはならない。ならばいっその事、その想いを一夏にぶつけてやれ。キミの気持ちを、ぶつけてやれ」

 稟の真直ぐな視線に、鈴音は知らず呑み込まれる。黒曜石の如く美しい瞳に、魅入られそうになる。

 だが、ふと我に返って首を軽く振る鈴音。自分には一夏がいるのだから、他の男に見惚れる訳にはいかないとばかりに。

「……いいのかな、それで」

 どこか弱々しく呟く鈴音。それに稟は、

「その想いは、キミにとって何よりも大事な物なんだろ? 譲れない想いなんだろ? だったらそれでいいじゃないか。言葉にしても分かり合えない事は多くある。それでも、言葉にしないと、形にしないと何も始まらない」

 淡々と言葉を紡ぐ。

 彼は今、どんな想いで言っているのか。

 それは、誰にも分からない。

「…………そっか」

 複雑な表情で稟を見ている本音とは別に、鈴音は心のつっかえが取れたような表情を浮かべていた。

 彼女は笑みを浮かべ、

「ありがと、土見。おかげで少しスッキリしたわ」

「別に、お礼なんて。俺はただ、話を聞いただけさ」

「それでも、よ。そのおかげであたしは少しばかり楽になれた。感謝は素直に貰っておきなさい。でないと失礼よ」

「……そう、か。なら、ありがたく頂いておくよ」

「そうしときなさい。……じゃ、あたしはこれでお暇させてもらうわね。本音もありがと」

 鈴音はそう言って立ち上がると、言葉通り部屋を出て行こうとする。その表情から、彼女はもう大丈夫だろうと判断し、

「あぁ、そうだ」

 ふと思い出したように、稟は呟いた。

 ドアに手をかけて振り向いた鈴音に笑顔を向けた稟は、

「俺の事は稟って呼んでくれ。キミと同じ渾名で言い難いかもしれないが、親しい人には名前で呼んでもらっているから」

 その言葉に鈴音は一瞬眼を瞬かせるが、それも束の間。

「なら、あたしの事も名前で呼びなさい。あたしだけ名字で呼ばれるのは対等(フェア)じゃないもの」

 勝気な笑みを見せると、今度こそ彼女は去って行った。

 鈴音が去って再び二人きりとなった稟と本音。

 稟が穏やかな笑顔を浮かべているが、それが無理矢理に浮かべられたものであると本音は何となく察していた。先程彼の仮面に罅を入れてしまったばかりで迂闊な事は言えないが、普段通りを取り繕っている事くらいは感じ取れる。本音はどうしようか悩んでしまった。

 鈴音の何が彼の心を揺らしたのかは分からない。ただ、『幼馴染』と『約束』という言葉が、稟の心を揺らしているという事しか分からなかった。

 どうしてその言葉に反応しているのかと疑問が沸くが、ここでさらに詮索するような言葉を発してはいけない。彼は普段通りにいてくれようとしているのだ。その気持ちを無駄にしてはいけない。

 だから本音は。

「おりむーも酷いよね~。これはりんりんに、是非とも頑張ってもらわないとだよ~」

「……そうだな。彼女には頑張ってほしいよ」

 その声に、込み上げる『何か』を抑えようとしている感情に気付いたとしても、敢えて何も言わなかった。だってそれは、彼の事を知らない第三者が何を言ってもどうしようもないから。

「夜も遅いし、寝よっか~?」

 彼の過去を知る者が言わなければ、恐らく意味はないから。

 だから彼女は、何も言わなかった。

 だから何も言わず、稟と同じように普段通りに振る舞う事を選択した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから更に数週間の時が流れて五月。

 織斑一夏は戸惑っていた。

 あの日から鈴音の機嫌は元に戻るどころか、より悪くなっていた。一夏に会いに来る事はなく、廊下や食堂などで擦れ違っても顔を見合わせようとしない。更には周囲に不機嫌オーラを放っている。それだけならばよかった、いや、よくはないのだが、中学時代も似たような事はあった為深く悩む必要もなかった。

 問題は稟である。彼の一夏を見る視線に、どこか険しいものが感じられる時があるのだ。話す時は別に普段通りの態度ではあるのだが、固い雰囲気を放つ時もあるように感じてしまう。それに前まではわりと頻繁にセシリアとの特訓を見てくれていたのだが、ここ数週間のうちに稟が特訓の場に現れる回数が極端に減っていた。それでも特訓を見に来てくれた時にはアドバイスをくれるのだが、そのアドバイスの回数も少ない。

 明らかに自分を避けている稟の態度に、自分は彼に何か言ってしまったのかと自問自答する一夏だが、彼に対して何か問題になる事を言ったりした事――寧ろそういう事があったらアレンが黙っていないのだが――はない。

 放課後。稟と本音を除いた面々で一夏の特訓の為に第三アリーナに向かっていた時、不意にアレンが一夏に訊ねてきた。

「織斑一夏。本当に稟様に何も言っていないのですね?」

「だから、言ってるじゃないか。俺は稟に何も言っていないって」

 一夏でも戸惑った稟の変化。それをアレンが見逃している筈もなく。彼女は底冷えのする視線で一夏に問い掛けていた。

 本来ならば一夏の事は放っておいて稟の側にいる筈のアレンだが、稟から去り際に一夏の特訓を見ていてやってくれといわれたばかりに、仕方なくこうして一夏の特訓に付き合っていた。正直その言葉を無視して稟の側にいたかったが、あの時の、何かを堪えるような瞳をした稟を見てしまってはアレンとしても従わざるをえなかった。

「しかし、だとしたら何故稟さんは?」

「寧ろ俺が教えてほしいぜ。稟の奴、どうしたんだよ……」

 付き合いが浅くとも、稟の変化に気付いていたセシリアもそう呟くが、一夏はうんざりとした表情で返した。

 一夏自身がそれを教えてほしいのだ。いい加減自分に訊くのは止めてほしいと思う。

「今いない奴の事を考えても時間の無駄だろう。それに、来週にはクラス対抗戦が始まるのだ。アリーナは試合用の設定に変更されてしまうから、特訓は実質今日が最後だろう」

 特訓よりも稟の態度が気がかりな三人に対して箒は呆れ気味にそう言うのだが、

「箒……」

「篠ノ之さん……貴女」

「篠ノ之箒……」

「む、な、なんだその眼は……」

 三人のどこか非難するような眼差しに少し気圧されてしまうのだった。

 彼女の態度は兎も角、言っている事はまぁ分かるので一夏は気を取り直すように、

「まぁ、時間がないのも確かだしな。仕方ない、特訓を始めるか」

 そう言ってAピットのドアセンサーに手を触れる。指紋・静脈認証による解放許可が下り、ドアが音を立てて開く。

 一夏達がピットの中に入ると、

「遅かったじゃない。待ってたわよ、一夏!」

 何故か知らないが、鈴音がドアの近くで待ち構えていた。

 前日までは怒り心頭の様子だったが、どういう心境の変化があったのか、腕を組んで不敵な笑みを浮かべて。

「貴様、何故此処に……」

「別にあたしがどこにいようとアンタには関係ないでしょ。それに、あたしが用があるのはアンタじゃなくて一夏なの。さっさと用件を済ませたいから邪魔しないで」

「なっ!?」

 いきなり現れた鈴音を睨み付ける箒だが、鈴音は煩わしそうに箒を邪険に扱う。それに激昂しかける箒だが、後ろからセシリアとアレンに抑えられていた。

 鈴音はそんな箒を気にも留めず、

「……ねぇ、一夏。少しは反省した?」

「は? 何がだよ?」

「何がって……だから、その……あたしを怒らせて、申し訳なかったとか、謝ろうかなとか、思ったりしなかったのかって……」

「そうは言われてもな……大体、鈴が俺を避けてたじゃないか」

「そ、それはそうかもしれないけど…………じゃあ、何? アンタは、女の子が放っておいてって言ったらそのまま放っておくって訳?」

「ああ。放っておいてほしいならそうするぜ。それって変な事か?」

 俺、おかしな事言ってるか? と言いたげに首を傾げる一夏。

「変って、アンタ……ああ、もう!」

 それに一瞬唖然とするも、すぐに我に返った鈴音は苛立たしげに声を荒げ、頭を搔く。

「兎に角謝りなさいよ!」

「なんでさ。約束は覚えていたから別にいいだろ」

「その約束の意味を間違って覚えてたら意味がないのよ!」

「意味を間違ってたらって、じゃあどういう意味だったんだよ。説明してくれたら分かるし、納得したら謝ってやるよ」

「ぅ……そんなの、言える筈ないでしょ! ……察しなさいよ!」

「無茶言うなよ! 理不尽にも程があるだろ!」

 自覚はあったのだろう。

 一夏の理不尽という言葉にバツの悪そうな表情を浮かべる鈴音。

 だが、彼女は弓を引いてしまった以上後には退けない。何より、自分の背中を押してくれた人がいるから。

「だったら、こうしましょう。来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が、負けた方に一つ言う事を聞かせるって!」

「ああ、いいぜ。俺が勝ったら意味を教えてもらうからな!」

「…………説明は、その」

「なんだ、嫌なのか? だったら止めてもいいんだぜ?」

 一夏としては親切心のつもりで言ったつもりだったのだろう。だが、その言葉はどう聞いても逆効果以外の何物でもなくて。

 売り言葉に買い言葉。

 だが、最早止められない。

「いいわよ、やってやろうじゃない。アンタこそ、今のうちに謝罪の練習をしておく事ね!」

「はん、言ってろ馬鹿」

「何が馬鹿よ何が! この唐変木! 朴念仁! 間抜け! アホ! 女の敵!」

「何でそこまで言われないといけないんだよ、この貧乳!」

 瞬間。

 空気が凍り付いたような錯覚を覚えた。

 だが、一夏がヤバいと感じた時には遅く。

 

 

 

 

――ドガァァンッ!!!

 

 

 

 

 凄まじい爆発音。そして激しい衝撃にピット全体が微かに揺れたように感じた。

 一夏が恐る恐る鈴音に顔を向けると、彼女の右腕にISが部分展開されていた。

「……………………言ってはならない事を、言ったわね」

 そして、一夏が今まで聞いた事もない程の冷めきった声と、見た事もない程の鋭い視線で一夏を睨み付けていた。

「……………………いいわよ。クラス対抗戦を楽しみにしておきなさい。全力で、叩きのめして、あげるから」

 先程まで声を荒げていた人物とは思えない程に静かな声でそう言い、鈴音はピットを去って行った。

 鈴音がピットを去った後。

 暫く誰も口を開かなかった。何か重い空気が流れる中、その気まずさを誤魔化すように一夏は口を開いた。

「……たく、鈴も困った奴だな。それはそうと、特訓を始め、よう……ぜ?」

 が、不自然に途切れてしまう。

 というのも、彼を見つめる三人の視線が、

「一夏、お前という奴は……」

「織斑さん、紳士の風上にもおけませんわね……」

「織斑一夏。貴方にデリカシーというものはないのですか?」

 絶対零度の瞳だったから。

 その圧倒的な視線に一夏の背中に嫌な汗が流れ、彼は思わず後退ってしまう。

 だが、逃げられる筈もなく。

「一夏。お前のその性根、叩き直してやる」

「織斑さんには、紳士としての振舞いを教えてさしあげましょう」

「最早言葉は不要です。理由はお分かりですね?」

 一夏は三人の鬼に捕獲され、死刑宣告をされ、アリーナ使用時間限界ギリギリまで扱かれた。セシリアと箒に物理的にフルボッコに、アレンには絶対零度の言刃で滅多刺しにされ、一夏は心身共にボロボロにされるのだった。部屋に戻ったら、動くのが億劫になる程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三アリーナを去った鈴音。

 彼女は涙こそ流していなかったら、その顔は今にも泣きそうに歪んでいた。

 そんな彼女を待っていたかのように、鈴音の前に二つの人影が現れる。

「…………稟、本音…………」

 それは、一夏の特訓に参加していなかった稟と本音だった。

 二人は何も言わず鈴音を見つめている。鈴音もまた、何も言わずに見つめ返す。

 だが、耐えれなくなったのだろう。鈴音は顔をくしゃりと歪め、本音の胸に飛び込むように抱き着く鈴音。

 そんな鈴音を受け止め、彼女の背中に回した手で優しく鈴音の背中を叩いてあげる本音。その優しさに甘え、本音の身体に強くしがみつく鈴音。涙だけは決して流さず。

 稟は何も言わず鈴音の背中を見つめる。

 本来ならば一夏の特訓に付き合っている筈の稟だが、鈴音の話を聞いたあの夜以降。彼は一夏との関わり合いを極力減らしていた。普段通りの態度を取り繕いつつ、一夏とある程度の距離を取っていたのだ。別に一夏がわる……くない訳ではないが、彼と一緒にいたら、きっと自分の感情が抑えられなくなるだろうからと。

 その事は既にアレンに言っている為、アレンは稟の思うままに任せている。詳しい事は言っていないが、彼のその時の表情に何かを察したのだろう。彼女は悲しげに眼を細めて、「ご無理はなさらず」と、そう告げた。

 アレンには申し訳ないと思いつつも、鈴音の事をどうしても放っておけなかったのだ。元気な姿を取り繕っている彼女を、どうしてもそのままにしておく事が出来ず、自分に出来る範囲で支えてやろうと思ったのだ。

 これは一夏と鈴音の問題である。稟がでしゃばる事態ではない。まして、稟が一夏に対して怒るのはお門違いだし、理不尽な事だ。自分勝手だ。それは稟自身理解している。

 だとしても、一夏に対して負の感情が沸き上がってしまう事を抑えられない。鈴音を放っておく事も出来ない。彼が全部悪い訳ではないのに、どうしても負の感情が込み上げてきてしまう。まるで、嘗ての自分を見るようで。

 鈴音と一夏。幼馴染であるという二人。そんな二人が交わした『約束』。鈴音にとっては何よりも大切な『約束』。その『約束』を胸に秘め、今まで頑張っていた鈴音。

それが、稟と【彼女】が交わした約束と重なってしまったから。

 約束のニュアンスは違っているが、その『約束』の真意は、きっと同じものだったから。【彼女】と交わした約束と同じものだと感じたから。だから、鈴音と一夏に、自分と【幼馴染(かのじょ)】を重ねてしまって……

 鈴音に、【護りたかった幼馴染(かえで)】を重ねてしまった。

 【彼女】と鈴音は、全然似てもいないのに。

 容姿も正確も、全然似ていないというのに。

 何故か、【彼女】と重ねて。

 鈴音と一夏は、まだ手遅れではない。自分と【彼女】のように、全てが終わった訳ではないのだ。誰かが間に入れば、ここからでも挽回は出来る。溝を埋める事は出来るのだ。その関係が破綻する事はなくなる。

 故に稟は、鈴音の背中を押す為に一夏から距離を置いた。湧き上がる負の感情を抑え込みながら、鈴音を気にかけるようにした。

 彼女の為にも。

 一夏の為にも。

 自分にも辿り着けたかもしれない、未来の為にも。

 結局のところ、それは自分自身の為。

 弱った心を誤魔化す為に、彼女達を利用しているのだ。

 彼女達の関係を修復する事で、自分の感情を偽る為に。

(自分勝手だな、俺ってやつは……)

 決して表情(おもて)身勝手な感情(しんじょう)を出さず、稟は内心で愚かな自分を嘲笑う。

 どこかで、何かが罅割れるような音が響いた気がした……

 


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