意外と文章が浮かんできて思いの外進んだよ。
さて、今更ではありますが、当物語の稟くんは原作以上に過去に囚われており、悉くネガティブ思考に陥りやすいです。なので、鬱陶しいと思われる場面が多々あることでしょう。
ですが、徐々に改善させていきます。
今はまだ、この稟くんを見守っていただければ幸いです。
本当に今更ではありますが。
取りあえず第十四話、読んでいただけると幸いです。
しかし、後半部分。
妄想の赴くままに指を動かせたが……
どうなんだろうね、この展開は……
就任パーティーも問題なく終わった翌日。
稟と一夏がIS学園へと入学してから早数週間が経っていた。
学園生活を送る事に最初こそ恐怖や戸惑いがあった稟。しかし、アレンのフォローや一夏やセシリア、本音達により一日一日を無事に過ごし、少しずつではあるが学園生活に慣れてきていたある日。
いつものように本音に腕にしがみつかれて教室に入った時。クラスメイトの女子に話しかけられた。
「おっはよ~土見君! ねぇねぇ? 転校生の噂って聞いた? 聞いた?」
「転校生? 学校が始まってまだ数週間しか経っていないのに?」
今はまだ四月である。それならば転入ではなく、何故最初から入学しなかったのかという疑問が浮かぶ。まぁ、かく言う稟も少し遅れてから入学したのでどうこう言える立場ではないが。
そしてこのIS学園。ISという世界最強とも言うべき兵器を扱っているが故に転入条件はかなり厳しい。試験は当然の事、国の推薦が必要になってくる。となれば、転入生というのは。
「どこかの代表候補生、という事か?」
「らしいよ? 何でも中国の代表候補生だって」
当然そうなるであろう。
さて、この時期に代表候補生の転入。偶然か、はたまた……
「稟さんと同じように、何かしらの理由で入学が遅れたのでしょうか?」
いつの間に稟の後ろにいたのか。しれっと会話に混ざってくるセシリア。
「代表候補生か……どんな奴なんだろうな」
「このクラスに転入するかも定かではないのだろう? そこまで気にする必要があるのか?」
更には一夏と箒まで。
「篠ノ之箒の言う通りそこまで気にする必要はないでしょう。織斑一夏が気にしなければならないのは、来月に行われるクラス対抗戦では?」
おまけとばかりにアレンまで追加。
気が付けば稟の周りには、彼が行動を共にする面子に囲まれていた。
「そうですわね。確かにアレンさんの仰る通りですわ。織斑さん。今日から早速、より実戦的な訓練をしていきましょう。訓練の相手は私、セシリア・オルコットが務めさせていただきますし、アドバイザーとして稟さんも訓練に参加してくださいますわ」
セシリアはそう言って稟に視線を送る。
一夏は「そうなのか?」と視線で稟に問い掛け、稟は頷く事でセシリアの言葉を肯定する。
「……まぁ、セシリアと違ってそこまで役に立てるかは分からないからあんまり当てにはしないでくれ」
「二人が力を貸してくれるなら、まぁやるだけやってみるか」
肩を竦めてそう言ってくる稟に、一夏は内心微かに期待していた。
試験ではセシリアに負けてしまったが、訓練機でありながら終始専用機持ちのセシリアを翻弄していた稟。高い技術を要する個別連続瞬時加速や、代表候補生と同等、もしくはそれ以上の操縦技術を魅せた稟がアドバイザーとして訓練に参加してくれるのだ。同じ唯一の男性操縦者として、彼の技術や実力に対して妬ましい等の感情も確かにあるが、そんなのは些細な事だ。千冬や真耶を驚かせていたその技術を少しでもモノに出来るならと。
「やるだけやってみるなどと、男たるものそんな弱気でどうする」
「そうですわね。私や稟さんが共に訓練するのですから、いい結果は残してもらいませんと」
「稟様の時間を奪うのです。無様を晒したらその時は……」
「そんな情けない態度じゃ駄目だよ~おりむー」
しかし、そんな一夏の内心をよそに少女達は彼をフルボッコ。アレンに至っては危険な言葉を言っているが、アレン故致し方なしとクラス全員が共通認識を持っているので誰も特に咎める様子はなかったりする。一月も経たない内にアレンの性格は把握されたようだ。
「お前等……」
そんな少女達に頭を抱える一夏。稟は一夏に対し、心の中で十字を切るのだった。
「そうそう。織斑くんが勝つとクラス皆が幸せになれるんだよ?」
「目指すは優勝のみ!」
「フリーパスの為にも勝つのです!」
「獅子奮迅の働きを期待する」
「専用機持ちのクラス代表は一組と四組だけだし楽勝だよ!」
そして気が付けば集まってきていたクラスの少女達。彼女達はキャイキャイ楽しそうに騒ぎながら稟達を囲むように集まっていた。先程まで離れていたところで話していた少女達もいたがいつの間に集まってきていたのだろうか。
気配に敏感な稟でさえ気付かなかった事に首を傾げていた時。
「その情報、古いよ」
教室の入り口から声が聞こえてきた。
このクラスの少女達のものとは異なる声が。
全員がその方向へ顔を向けると。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったのよ。そう簡単には優勝させないから」
ツインテールが特徴的な小柄な少女が、腕を組んで片膝を立ててドアに凭れていた。
誰だと全員が訝しむ中。
「鈴? ……お前、鈴か?」
一夏が驚いた顔でそう溢した。
りんという名にクラスの少女達が揃って稟の方へ顔を向けるが、彼とアレンは「いやいやいや」と首を横に振っていた。確かに響きは同じだが違うからと。
それはさておき。
一夏と鈴という少女の会話は続く。
「そうよ。久しぶりね一夏。そしてアンタ達にははじめまして。中国代表候補生、凰鈴音。専用機持ちで二組の代表よ。そんな私が一組に宣戦布告しにきたわ」
挑発的な笑みを浮かべて一夏に言い放つ鈴音。だが一夏は呆れたような表情で、
「何格好つけてるんだよ。全然似合ってないぞ?」
「なっ!? なんてこと言ってくれるのよアンタは!」
一夏の言葉に、どこか作ったような、気取ったような口調が崩れる。こちらの方が彼女の素なのだろう。
それから何やら言い合いをする一夏と鈴音だが、二人は気付いているのだろうか。鈴音の後ろに、一人の鬼が出現している事に。
「…………おい」
「なによ!?」
一人の鬼――千冬の言葉に声を荒げて聞き返した鈴音の頭に、
――バシンッ!
と、出席簿の一撃が振り下ろされるのだった。
「SHRの時間だ。凰、お前は二組の筈だ。教室に戻れ」
「……ち、千冬さん」
「織斑先生だ。さっさと教室に戻れ。邪魔だ」
「す、すみません」
今の鈴音の状態は蛇に睨まれた蛙状態。先程までの威勢はすっかりなりを潜めていた。
「い、一夏! また後で来るからね! 逃げるんじゃないわよ!」
「さっさと戻れ。三度は言わんぞ」
「は、はい!」
鈴音は自分のクラスへと猛ダッシュしていく。余程千冬が怖ろしかったのだろう。その姿はあっという間に見えなくなった。
「……そうか。アイツも代表候補生になったのか」
ふと、そう溢した一夏。
稟はちらりと一夏を一瞥しただけで特に反応を示さなかったが、その言葉に反応した者がいた。
「……一夏、今のは誰だ。知り合いか? 随分と親しそうにしていたが」
一夏に恋心を抱いている箒だ。
表情にこそ出していないが、自身の想い人である一夏が見ず知らずの少女と親しげにしていたのを見て心中穏やかではいられないのだろう。その声音は不機嫌そうであった。
「織斑くん織斑くん。さっきの子は誰? どういう関係!?」
「ま、ま、まさか恋人だったりしないよね!?」
それに便乗するかのように騒ぎ出す他の少女達。
目の前に千冬がいるというのに何という愚かな事を。先に席に着いた稟に続いて席に着いたアレンは呆れたように溜息を吐きながら内心でそう思う。
セシリアと本音も稟達と同様にさっさと席に着き、一夏と箒に憐みの眼差しを向ける。
――バシンバシンバシンバシン!
勇敢と蛮勇を履き違えた哀れな者達の頭上には、千冬の
頭を押さえて蹲る生徒達。それをオロオロと見つめる
「まったく……さっさと席に着かんか、馬鹿共」
我等が織斑千冬は、腕を組んで呆れたようにそう言うのだった。
授業中。
先程の少女と一夏の事が余程気になっているのか、授業に集中できなかった箒は真耶に何度か注意をされ、千冬の出席簿アタックを数回喰らうという目にあっていた。
そんな箒を呆れた眼差しで見つめながら授業を受ける稟とアレン。箒が千冬に叩かれる以外は何の問題もなく授業は進み。
「お前のせいだ!」
昼休みになって開口一番。
一夏の席に向かった箒が一夏に対してそう叫んでいた。
「なんでさ……」
呆れたように表情でそう返す一夏を誰が責められようか。箒の言葉は理不尽であった。
「まぁ、話なら飯を喰いながらでも聞くからさ、取り敢えず学食に行かないか?」
「む……。まぁ、そう言うなら仕方ないだろう」
「よし。稟達も行くだろ?」
それでも、それが一夏と箒の当たり前なのかもしれない。一夏は言葉でこそげんなりとしてみせるが、態度はそれとは真逆の方向性を見せている。
「…………ん、そうだな」
稟達の方へ振り向いてそう言ってくる一夏に、稟はアレン、セシリア、本音に視線でどうするかを問い掛ける。彼女達は頷く事で一夏の提案に肯定の意を示す。
「分かった。行こうか」
箒が若干表情を顰めた事に敢えて気付かないフリをして、稟は席を立って一夏に従う事にした。
一夏と箒を先頭に学食へ向かう稟達。
ついでに他のクラスメイトも数名付いて来たりしていたが。
一夏、箒、セシリアは券売機で今日食べる昼食を選んでいる。
一方で稟、アレン、本音は弁当(稟お手製)だ。今まで稟が弁当を持ってきていた事はなかったが、今日に限って何故か用意していた。アレンがその事を稟に聞くと、なんでも本音に強請られて作ったのだとか。その事でアレンが本音に凄まじい視線を向けたが、アレン用に用意された弁当を稟から渡されてご満悦な表情を浮かべた一面もあった。
それはともかく。
六人分の席を確保した稟達は話しながら一夏達を待っていた。
「待ってたわよ一夏!」
「……ん?」
唐突に声が響き渡る。
何事かと稟達が声のした方へ顔を向けるとそこには、
「そこ退いてくれよ。食券出せないし皆の邪魔になってるぞ」
「う、うるさいわね。分かってるわよ」
噂になっていた転入生の少女がいた。
一夏に言われて気まずそうな顔をしてからその場を退く鈴音。
「しかし久しぶりだな。もう、一年ぶりくらいになるのか? 元気にしてたか?」
「げ、元気にしてたわよ。そういうアンタは……って聞くまでもないわね」
「おいおい。そりゃどういう意味だよ」
仲睦まじげに話す一夏と鈴音。その二人を睨み付けている箒と、彼女の背を擦って落ち着かせようとしているセシリア。一夏と鈴音、箒とセシリアとの間で温度差が凄い事になっている気がする。一夏はその事に気付いていないのか平然としているが。
「っと、稟達が席を確保してくれてるし、その席に着いてから話の続きをしようか」
「りん…………?」
その名前の響きは自分が呼ばれる時のもの。だが、自分とは別の誰かを呼ぶかのような違和感を覚えた鈴音は首を傾げる。それに気付いた一夏はああと頷き、
「お前の渾名と同じ名前の奴がいるんだ。ほら、あそこ」
そう言って鈴音を連れて稟達の席に向かう。
「よっ、お待たせ」
「ん」
鈴音達を連れた一夏は席に着くと稟に声をかけ、彼等の向かい側の椅子に座る。セシリアと箒、鈴音も同じように稟達の向かい側に座った。
そして全員が揃ったところで昼食を食べ始め、
「そう言えば鈴、お前いつ日本に帰ってきたんだ? 全然連絡もなかったし。それにおじさんやおばさんも元気にやってるのか? あと、いつ代表候補生になったんだよ」
「いっぺんに聞くんじゃないわよ。そういうアンタこそなにIS動かしてんのよ。ニュースで見た時ご飯を吹きそうになったわよ」
質問を一気にしてくる一夏に対して呆れたように答えつつ、どこか嬉しげな表情で返す鈴音。どこか余人が入れそうにない空気になりそうなところで。
「んん。一夏、そろそろそいつとどういう関係なのかの説明が欲しいのだが?」
「そうですわね。いい加減蚊帳の外にされるのは心外ですし」
「織斑くん、その子と付き合ってるの?」
箒が咳払いをしてそう訊ね、セシリアや他のクラスメイトも訊いてくる。
「んな!? べ、べべ、別に、こいつと付き合っている訳じゃ……」
「そうだぞ。別に鈴とは付き合っていないし、こいつはただの幼馴染さ」
『幼馴染』。
その言葉に稟はピタリと動きを止め、微かに表情が変わった。しかしすぐさまいつもの表情に戻った為、その変化に気付いた者はいないだろう。アレンと本音を除いては。
「幼馴染、だと……?」
その事に気付かなかった一夏達の会話は続いていく。
「えっと……箒が引っ越したのが小四の終わり頃だったよな? 鈴が転校してきたのは小五の頭だったから、二人が面識ないのも仕方ない。で、中二の終わり頃に鈴が中国へ帰ったから、鈴と会うのは大体一年ぶり位になるか?」
「そうね。大体その位でしょ」
「でだ。こっちが箒。確か前に話しただろ? 小学校からの幼馴染で、俺が通ってた剣道場の娘って」
「ふ~ん? アンタがそうなんだ」
じろじろと箒を見る鈴音。
負けじと同じ眼で鈴音を見る箒。
何やら二人の視線の間で火花が散っているような光景を幻視した一同である。
「そんで鈴。こっちがセシリア。イギリスの代表候補生だ」
「イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットですわ。宜しくお願い致しますわ、凰・鈴音さん」
「……そ、宜しく」
セシリアをじっとみつめていた鈴音だが、暫くすると興味を無くしたように視線を外す。それに眉を顰めるセシリアだが、鈴音の視線の先を理解すると成程と軽く頷いた。
鈴音の視線の先。そこには箒がいた。
勘のいい者はそれで理解した事だろう。この凰・鈴音という少女は、織斑一夏に恋心を抱いていると。そして、箒が恋敵であると認識したという事を。
「そう言えばさ、一夏」
「ん? なんだ?」
取り敢えずの自己紹介も終え、食事をほとんど食べ終えた頃。鈴音が一夏に何事かを問い掛ける。
「アンタ、もう一人の男性操縦者の事なんか知らない? 国の方からそいつがどんな奴か見て来いって言われてんのよ」
その問い掛けに苦笑を溢す一夏と、周りの女子達一同。唯一稟だけが米神を押さえているという違う行動に出ている。
「なによ? 全員揃って苦笑なんかして」
「あぁ、鈴。そのもう一人の男性操縦者なんだが……お前の前にいる」
「…………は?」
「そこでこめかみ押さえてる奴がそうだ」
「……………………はあっ!?」
一夏の言葉に、思わず叫んで立ち上がる鈴音。その気持ちが解る一夏達はただただ苦笑するのみだった。アレンは稟の肩を叩いて彼を励ましていたが。
鈴音は稟の事を不思議に思っていたのだが、男装が趣味の麗人と思っていたので敢えて彼の事をスルーしていたのだ。
一夏と同じように男性用の制服を着ている稟だが、世の中にはまぁ、そういう趣味の方も大勢いるので、鈴音は彼がその手の人だと思っていた。というか、そう思っていたかったのかもしれない。
「……お前の気持ちも解る。この見た目だから俺も最初は女性かと思ったし。正直生まれる性別間違ってるだろって何回も思ったからな」
「おい……」
思わず一夏を睨み付ける稟だが、彼は仕方ないだろと言わんばかりに肩を竦める。周りの生徒達も一夏と同意見らしく、うんうんと頷いている。
周りの反応にガックリと肩を落とす稟。
自身でも今の姿は性別を間違ってしまっていると思わないでもないが、こればかりは仕方ないだろうと言いたい気持にもなる。彼が髪を切ろうとすると同室の本音や、どうやって感知したのかアレンやセシリアまでさえ稟達の部屋に来てその髪を切るなんてとんでもない!勿体ない!等々の言葉で、彼が髪を切るのを阻止するのだ。更には変な電波でも受信したのか、束やクロエの悲しそうな声と顔が脳裏に浮かんでくるというおまけ付きである。正直稟としてはげんなりしてしまうが、彼女達の悲しそうな表情を見ると髪を切る事を躊躇ってしまい、結果切らずに今のままでいる。別に彼女達の言葉を無視して切ってもいいのだが、彼女達の事を考えると何故か戸惑ってしまう。
それにこの反応も今更であるしと、どこか自分を誤魔化すように諦めている稟。何年経っても変わらない現実だしと。それでも心にダメージを負ってしまうのはお約束というべきか。
稟が現実逃避気味に顔を俯かせていると、何やら一夏達の話は進んでいたらしく鈴音と箒が言い合いをしていた。
置いてけぼりだった稟が隣の本音に訊くと、彼女は苦笑を浮かべて――周りから見ればのほほんとした笑みだが――鈴音がこの状況を誤魔化すように一夏にISの操縦を見てあげようかと言い、それに反応した箒との間で何故か二人の言い合いが起きたのだと教えてくれた。
その答えに何やってるんだかと、稟が呆れた表情を浮かべた時。
「一夏、当然だが特訓が優先だ。分かっているな?」
「クラス対抗戦まで、あまりのんびりできませんしね」
鈴音が食堂を去った後に箒が立ち上がって一夏にそう言い、セシリアは優雅に食後の紅茶を飲みながらそう溢した。
セシリアのその姿は絵になるなと、稟がどこか現実逃避気味にそう思った時。昼休み終了の鐘が鳴るのだった。
一日の授業が終わった放課後。
第三アリーナで一夏の特訓が始まろとしていた時だった。
いつも通りにセシリアが一夏にISの操縦を教えようとしていた時、『打鉄』を展開した箒が現れた。
「箒……?」
「む、なんだその顔は?私が此処にいるのがおかしいと言うのか?」
「あ、いや、別におかしいって訳じゃ……」
「ならば何も気にする事はないだろう。それに近接戦闘の訓練が足りていないようではないか」
戸惑いを浮かべる一夏に淡々と返していく箒。今までも箒は特訓に参加していたが、ISを身に纏っていなかった。それがいきなりISを装着して現れた為に一夏は驚いていたのだ。
「お話はそこまでにして特訓を始めましょう。時間も無限ではありませんし、近接格闘の訓練が足りていないのも事実ですし」
二人のやり取りを黙って聞いていたセシリアは口を挟む。口を挟まれた箒は若干眉を顰めるが、セシリアはそれを気にせずに稟に視線を向けた。
セシリアの視線を受けた稟は顔を横に振って、彼女の無言の問い掛けに答える。その答えにセシリアは内心で残念がるが、しょうがないかと諦める事にする。
セシリアは当初、稟にもISの戦闘訓練を、お願いしていた。彼女との試験で見せた稟の操縦技術。それを一夏が少しでもモノに出来れば、彼の力量は格段に向上するだろうと見込んで。
しかし、稟はそのお願いを拒否。顔を悲しげに歪ませて戦闘訓練の参加を拒絶した。その時の稟の表情にセシリアは困惑しつつも、何度もお願いしてみたのだが結果は変わらず。
どうするか悩んだセシリアは、ならばアドバイザーとして特訓に参加してくれないかとお願いしてみた。そして、時々でもいいから、操縦技術を見せてあげてくれないかと。
稟はそのお願いに暫く思考し、それならばと特訓の参加を受諾。自分に出来る限りのアドバイスはするが、戦闘訓練の実演だけには参加しないと、そう言って。
今回箒がISを纏って参加したので、出来れば参加してくれないかと駄目もとで問い掛けててみたのだが、結果はやはり否だった。
何故彼が頑なに戦闘訓練だけは拒否するのかは知らないが、彼が拒むのならば無理強いは出来ないかと諦めるセシリア。
「では、さっさと特訓を始めようか。一夏、刀を抜け」
「いきなりですか。確かに時間はあまりありませんが…………仕方ありませんわね。織斑さん、準備を」
「お、おう……」
刀を抜いて構える箒に呆れながら、その箒に若干気圧されている一夏に声をかけるセシリア。
今回の特訓はスムーズに行くのかと内心で疑問に思いながら、少し離れた所でセシリア達を見ている稟、アレン、本音を視界の端に捉えた。彼等は談笑しつつこちらを見ている。
「では、始めましょう」
セシリアの号令の元、特訓は開始された。
近接戦闘は箒が担当。遠距離戦闘はセシリアが担当し、主に一対一での訓練。時にはニ対一での訓練だ。セシリアと箒を交互に相手にし、時には同時に相手をする。その中で良かった点や悪かった点を稟とアレンが指摘し、その改善方法を伝える。そしてその改善方法を意識しながら訓練を繰り返していく。
一夏としては正直疲労感が半端ないが、自分の為に訓練してくれている皆に少しは感謝している。正直クラス代表などやりたくもないが、任命され、こうして訓練に付き合ってもらっている以上放り投げる気はない。
一夏は真剣な眼差しで訓練に励むのだった。
アリーナ使用時間限界まで訓練を行った後。
その場で解散した稟達はそれぞれの部屋に戻っていた。解散する間際に何故か鈴音が現れ、彼女が何やら一夏に言い募っていたのをスルーして。
夕食の時間も終わり、後は寝るだけの時間帯。
その時間に稟は、何故か風呂上がりの本音を自身の膝に乗せ、彼女の濡れた髪に櫛を通しながら乾かせていた。
女性を膝に乗せてその身に触れている。今の世の中では確実にセクハラで訴えられるだろう。弁解の余地もなく。
何故そんな状況になっているのか。それは、風呂上がりの本音がニコニコと笑顔を浮かべながら、手に持ったドライヤーと櫛を持って稟に髪を乾かしてとお願いしてきたからだ。いつもの動物の着ぐるみ姿ではなく、女性らしい寝着姿で。
そのお願いに稟は間の抜けた声を漏らした。なんでそんなお願いを異性である自分にお願いするのか訳が分からなかったからだ。束やアレン、クロエにもそういうお願いはされた事があるが、彼女達は家族だからそういうお願いもするのだろうと思ってきた。だが本音は家族でもなく、IS学園に来てから知り合った人物。一応友人の
訳も分からずに固まる稟をよそに、本音は彼の側に歩み寄ってその膝に乗る。彼女は呆然としている稟にドライヤーと櫛を渡すと、稟の胸に凭れかかった。
女性特有の柔らかさと、仄かに香るシャンプーの香り。そのダブルパンチに赤面する稟。慌てて本音を退かそうとする稟だが、本音は気にした素振りをまったく見せない。どころか、「何となくだから気にしない気にしない」と宣う始末である。
そんな彼女にこれ以上の抵抗は無駄であると悟り、というか諦めの表情を浮かべ、彼女の髪を乾かすという
湧き上がる煩悩を抑える為に素数を数え、般若心経を唱え、自身を鼓舞しながら本音の髪を乾かしていく稟。
お互いに黙ったまま、けれど居心地はそこまで悪くない空気が流れる。
そうして、もうすぐで本音の髪が乾こうとしていた時だ。
「ねぇ、つっちー……」
本音が、口を開いたのは。
稟は動かしている手を止めず、無言で続きを促す。
それを気配から感じた本音は少し間を置き、気になった事を口にした。
「つっちーって、幼馴染がいたの……?」
その言葉に。
稟の手がピタリと止まった。それと同時に、彼の雰囲気もどこか固くなった事を気配から悟る本音。
虚しく響くドライヤーの音。妙に喧しく聞こえるドライヤーを切り、
「……どうして、そんな事を?」
稟が言葉を返す。
その声音はいつも通りのものではあるが、本音には分かった。それが、何かを堪えるかのようにして出されたものだと。
「おりむーがりんりんの事を幼馴染って言った時に、つっちーの顔が強張ってたから」
彼女が思い出すのはあの時の彼の表情。ほんの一瞬ではあったが、彼はあの時、辛そうな表情を浮かべていた。まるで、自分が犯した罪に耐えるかのようなそんな顔を。
自分のそんな些細は変化に気付かれていた事に、稟は表情にこそ出さないが驚いていた。あの時の自分の変化は、彼と相当親しい者でも気付くかどうかの些細なものだった。それを、ルームメイトであるといえ付き合いが短い彼女が気付いたのだ。
稟が彼女にどう返すか悩んでいると、
「つっちーが私達とある程度距離を離しているのも、それが原因なの?」
今度こそ、彼の表情が驚愕に染められた。
顔を上げ自分を見つめてくる本音に、何も言えない稟。彼女の瞳を見つめ返すが、口を開く事が出来なかった。
身体もまるで、自分の物ではないかのように重く感じ、思考もままならない。背中には嫌な汗が流れ、鼓動が速くなる。
「な、ん……で………………」
辛うじて出せた声は、かなり掠れていた。
「他の皆の眼にはどう映っていたのかは分からないけど、私の眼には、つっちーが距離を置いているように見えたの。ある程度までは受け入れてたけど、ここぞというラインからは入らせない。そんな風に」
いつから気付かれていたというのか。
何故気付かれていたというのか。
確かに彼は、クラスメイト達とはある程度の距離を置いていた。親しく接しこそすれ、無条件に全てを許すような事はしなかった。自分で受け入れるべき、許せるべきラインを定め、そこから先を決して越えないようにしていた。
それは、彼の過去が原因。
楓に嘘を吐き、自ら孤独の道を選んだ過去が、自身の心を守る為に編み出した防護策。己の感情に蓋をし、己の気持ちを偽る為に、全てに耐える為に編み出した防護策。そうして予め距離を置いておけば、もし万が一の事があっても、
自分が浮かべていた表情は、雰囲気は問題なかった筈。現に、一夏やセシリア達は気付いていなかったのだから。クラスメイト達とも普通に話し、良好な関係を築いていた。誰をも魅了するような笑顔で、クラスの輪に溶け込んでいた。到底壁を作っているようには見えない程自然に。
だが、その笑顔こそ。その自然さこそ。本音が距離を置いていると感じたものだった。自然なように見せかけた、無理に作られたその笑顔が。
彼と一緒にいるうちに、その笑顔の歪さに徐々に気付いた本音。彼の事をよく見なければ気付けないようなその歪さは、本音の心をどこかざわめかせるようなものだった。その笑顔を浮かべている時の稟は、此処にいながらにして何処にもいない。心が、どこか遠くへ行っているように感じる程の儚さで。触れたら消えてしまいそうな程に、弱々しいもので。そう感じてしまう程、脆い印象を彼女に与えていた。
本音は身体を動かし、稟と抱き合うような体勢になる。そして徐に彼の腰に手を回し、彼の胸に顔を寄せる。彼の鼓動が、聞こえるように。
「ほ、ほん……ね…………?」
掠れた声で問い掛けてくる稟に何も返さない本音。
彼の胸に耳を当て、その鼓動を聞くだけ。彼女の問い掛けによって速められた、その鼓動を。
別に彼女は、稟を責め立てている訳でも、彼の過去を詮索するつもりでもなかった。ただ彼の歪さが気になっていたから、一夏の一言に対する彼の反応で今まで思っていた疑問が強くなったから、本音は思わず訊いてしまったのだ。稟がここまで過剰に反応するとは思わず。
崩れた仮面を元に戻すのは至難の業。長い時間をかけて作られた仮面は強固な筈でありながら、実は脆いと言う矛盾を孕んでいた。
仮面に罅を入れられた稟は何とか崩壊を抑えようとする。ここで仮面が完璧に壊れてしまえば、彼の心も壊れてしまうから。今まで耐えてきた意味が、水泡に帰すから。
だから、彼女の言葉は的外れだと笑い飛ばさなければいけない。動揺してしまった為に無理があるかもしれないが、それでも彼女が悲しそうな表情をする必要はないと伝えなければいけない。
稟は何とか仮面を着けなおした。
他者を気遣い、自身を蔑ろにする稟。他者を気遣うのは、自分も気遣われたいから。
しかし、そうとは悟られないように笑顔の仮面で隠す。自然なように見えて、どこか継ぎ接ぎだらけな、歪なその仮面で。全てを諦めてしまっているかのような、弱々しい、その仮面で……
「……ごめんね、つっちー」
ポツリと漏れた、謝罪の言葉。
それは……
「無神経に、過去を詮索するような事を言って……」
普段の彼女からは想像もつかない程悲しみに彩られていた。
興味がなかった訳ではない。どのような経緯を辿れば歪な仮面を生成してしまうのか、気にならないと言えば嘘になってしまう。
しかし、だからと言って、彼を苦しませてまで明かしたい事ではない。
自身の発した無神経な言葉を悔やみ、本音は悲しげに瞳を揺らす。
稟と一緒にいると、どこか安心した気持ちになれた。同年代とは思えない程に落ち着いた稟の雰囲気は、彼女が今まで見てきた人達とは違い、不思議と心が安らいだ。彼の笑顔は歪ではあったが、どこか惹かれるものがあり、自然な笑顔を見てみたいと思った。
教室で笑顔を浮かべている稟。
本音に腕を取られ、どこか困ったような表情を浮かべながらも彼女の好きにさせる稟。
飛行操縦の授業の際、迫り来る危険から身を挺して庇ってくれた稟。
様々な稟の表情が浮かぶ。その顔を、自然なままで、在りのままの稟で見たかった。そう思ったが故に、彼女は、彼の心に土足で踏み込んでしまった。
本音の悲しげな顔を見ているうち、徐々にではあるが稟の精神も落ち着き始めた。
本音にクラスメイト達と距離を置いていると言われた時は激しく動揺してしまったが、彼女が興味本位だけで訊いてきたのではないと分かって少しずつ心が落ち着いていく。
どう言葉を返すか暫し悩む稟だが、過去の事を伝える気は起きなかった。自身を想って訊いてきた本音には悪いが、これは自分の問題である。関係のない人間を巻き込むつもりはない。自業自得な出来事を、他人に語る様な事でもない。
稟は言葉の代わりに、本音の頭を優しく撫でる。
「……つっ、ちー?」
見上げてくる本音に笑みを返し、
「…………ごめん、本音」
それだけを言う。
その言葉に何を感じたのか、本音はじっと稟の顔を見つめ、やがて首を横に振る。そして再び背中を稟の胸に委ね。
「…………私こそ、ごめんね」
俯いてそう呟く。
稟はそれには返さず、彼女の髪を櫛で優しく梳く。今までの事をなかったかのようにするかの如く。
本音も何も言わず、黙ってそれを受け入れた。
暫く無言の時が流れる。
二人は何も語る事なく、櫛を通す音が微かにするだけ。沈黙に耐えかねた本音が口を開きかけた時。稟の手がピタリと止まった。
「……つっちー?」
見上げて訊いてくる本音には何も返さず、稟はドアの方へ視線を向けていた。つられて本音もドアへ視線を向ける。
しかし、誰かが入ってくる様子はない。
それに首を傾げる本音だが、
「…………本音」
稟に名を呼ばれ、彼の方へ顔を向ける。すると彼は、いつの間にか本音を見つめており。
稟の瞳を見続け、やがて本音は稟の膝から降りる。
自分の意図に気付いてくれた本音に穏やかな笑みを浮かべ、稟はドアへと近付く。そしてドアを開けると、そこには。
「…………君は」
「…………アンタは」
瞳に涙を溜めて、ドアの前で蹲っている鈴音がいた。