ISー王になれたかもしれない少年は何をみるか   作:nica

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夜勤明けの日にPCと睨めっこして、漸く投稿出来る形になった。
本当、文章が中々浮かんでくれなくて困るよ……

さて、今回の話にて千冬がアレンの事を名前で呼んでおりますが、これは稟くんがIS学園に入る前に束が千冬に連絡し、その時にアレンの呼称に関してを話し合った結果、彼女の事は名前で呼ぶ事が決定した経緯―という名の思いつき―の為です。
そうなるまでに束とアレンの間で醜い言い争いが起こり、千冬がキレたりしてます。
もうここの束とアレンはダメだ~ね。


第十三話:授業中のハプニングと代表就任会

 時は流れて翌日。

 稟が訓練機で専用機持ちであるセシリアを翻弄していた事で、彼を良く思わなかった少女達もその態度を改めていた。元々一組に稟をよく思わなかった生徒はいなかったが、他のクラスや学年の女子達はあの試験での稟の行動をよく思わなかった。しかし、その試験の結果であっさりと態度を百八十度変えるというのも如何なものか。

 それはさておいて、朝のSHR時。

「では、クラス代表は織斑一夏君に決定しました。一繋がりでいい感じですね!」

 そう嬉々として言っているのは副担任である山田真耶。彼女の言葉にセシリアと箒とアレン以外のクラスメイトである少女達がはしゃいだ声を上げている。

「あの、先生、質問です」

 そんな周りとは裏腹に、一夏は戸惑った顔で声を上げる。

「はい、何ですか?織斑くん」

「俺は昨日の試合で負けたんですが、なんでその俺がクラス代表になっているんでしょうか?」

「それはですね」

 一夏の疑問の言葉に、真耶はセシリアを一瞥する。それを受けたセシリアが立ち上がり、

「それは私が辞退したからですわ。勝負は貴方の負けですが、それは仕方のない事。訓練を積んだ人間とそうでない人間とでは差が出てしまいますもの」

 一夏の顔が一瞬悔しそうに歪むが、彼女の言葉も正しいので何も言えない。

「ですが、それでも織斑さんは私を追い詰めました。初心者の貴方がです。織斑さんの意外な成長性なら、戦っている間に成長して相手を負かす事もあるかもしれません。IS操縦には実践が何よりの糧となりますわ。クラス代表となれば戦いには事欠かないでしょう。最も、それで戦いに勝てるほど甘くはないので普段からの特訓ありきですが」

「うんうん。セシリアはよく分かってるね!」

「だね。世界で唯一の男の子がいるんだから持ち上げないとね~」

「私達は貴重な経験が出来て、他のクラスには情報が売れる。一粒で二度おいしいね!」

 セシリアの言葉に少女達はうんうんと頷く。それを呆れた顔で見ているアレンと、苦笑しながら見ている稟。一日経過して稟の体調も良くなっているようだ。

「それでですね」

 ちらりと稟を一瞥してから、

「私で良ければ、織斑さんにIS操縦を教えて差し上げたいのです。独学で学ぶのと、人に教えを乞うのとでは、やはり効率が違いますから。私も未熟な身ではありますが、貴方にクラス代表を譲渡するからには織斑さんの力になって差し上げたいのです」

 自分の考えを纏めるようにそう言った。

 それに一夏は何かを考えるように眼を閉じ、やがて考えが纏まったのか一つ頷いてセシリアに顔を向けるが、

「ふん、生憎だが一夏の教官は事足りている。『私』が、『直接』、一夏に頼まれたからな!」

 

 

 

 

――バン!

 

 

 

 

 と、机を叩いて立ち上がった箒がセシリアを睨みながらそう言った。やたらと『私』と『直接』を強調して。

 何やら殺気を感じないでもない視線であるが、セシリアはそれを意に介さず、

「でしたら、私と篠ノ之さんで教えて差し上げればよろしいのでは?教官役が二人いても問題はないでしょう?」

「いいや、駄目だ。私は一夏に頼まれたがお前は頼まれてはいないだろう。そんな奴にしゃしゃり出られても迷惑だ」

 箒の言葉にセシリアは眉を顰める。流石にここまで言われる筋合いはない為、彼女の眼も段々と箒を睨んでいくように変化していく。

 ここから激しい口論が展開されるのかと、クラスの空気が緊張しようとする中。

「無駄口を叩いてないで大人しく座れ、馬鹿共。そんな話は後でにしろ」

 いつの間にかセシリアと箒の下へと近付いていた千冬が、二人の頭を軽く出席簿出叩く。

 いきなり叩かれた二人は頭を抑えながら、涙目で千冬を見る。

「クラスの為にやる気があるのは結構な事だが、今は私の管轄時間だ。くだらん言い争いは止めろ」

 それをバッサリと切り捨てる千冬。

「さて、クラス代表は織斑一夏。異存のある者は?」

 鋭い目付きでクラスを見渡す千冬。

 それに異を唱える者などいる筈もなく。

 肯定の意を確認した千冬は頷いた。

 こうして一年一組のクラス代表は織斑一夏に決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の最初の授業はISの実技。稟と一夏はISスーツに着替える為に使用されていない第二アリーナ、その更衣室に来ていた。途中数多の女子生徒に襲撃され、稟が顔を引き攣らせて青褪めるというハプニングが起こったりしたが。

「は~、やっと着いたな。早いところ男子用の更衣室を用意してほしいよな~。着替えるのに一々空いているアリーナまで行くのは面倒だしさ」

 アリーナに着いて早々にぼやく一夏。一夏のその気持ちは理解できるので稟は苦笑する。

「でも、それは仕方ないだろ。元々女子しかいなかった此処に俺達が来てしまったんだから」

「それはそうだけ、ど……」

 一夏とてその程度の事は理解しているが、ぼやきたくなるのは仕方ない事だろう。

 ISスーツに着替えつつ、何となく稟の方へ振り返った一夏は驚愕して不自然に言葉を切ってしまった。

 ISスーツに着替える為に上着を脱いでいた稟。普通ならば別に驚愕するような状況ではないだろう。だが、稟の身体には……

「……稟、お前……その、身体…………」

 何とか振り絞って出された一夏の声。その声は震えていて。

 何故一夏の声が震えているのか。訝しく思った稟は一夏へ振り返り、彼の視線の先を見て理解した。

 一夏が眼を見開いて凝視していたのは稟の身体。言葉にしたら一夏が変態に見えてしまうが、稟の身体を見ればそうとも言えなくなるだろう。

 何故なら、稟の身体には夥しい程の傷痕があるのだから。彼等の年代位の少年ならば、傷痕があるのは別に珍しくもない。だが、稟に刻まれた傷痕の数は、普通に過ごしていればありえない程のものだった。彼の命を奪おうとする為に刻まれたと分かる傷痕が、無数にあった。正直、眼を背けたくなる程の傷痕が。

「……あぁ、IS学園(ここ)に来るまでは不良によく絡まれてさ。朝昼晩と喧嘩が絶えない毎日だったんだ。おかげで生傷の絶えない日々でさ」

 嘘ではない。真実をありのまま言っていないだけで、実際に喧嘩が絶えない日々だったのは事実。

 楓に嘘を吐いたあの時から。桜と幹夫を除く光陽町の住人に敵意を向けられ、絡まれ、暴力を振るわれ続けてきた。それこそ、常人ならば自殺していてもおかしくない程の暴力を。肉体的、精神的に、ありとあらゆる、人が考えられるであろうあらん限りの暴力を振るわれ続けてきたのだから。

 あれにはまいったねと、困った顔で呟く稟。その稟が浮かべている、全てを諦めてしまったかのような力のない笑み。それを見た一夏は、胸の奥から何かが込み上げてくるような感覚を覚えた。

「………………そんな、そんな簡単に、笑みを浮かべて言える傷じゃないだろ!喧嘩で出来るような傷でもないだろ!明らかに刃物で刺された傷痕が多いじゃないか!?」

 一夏の叫びが更衣室に響き渡る。

 稟とて先の言葉で納得させれると思ってはいなかったが、事実をありのまま伝える訳にもいかない。所詮は自業自得なのだ。それを他人に気遣わせてはいけない。

 稟は一夏の叫びに何も返さずに着替えを済ませ、

「さっさと行こう。でないと、織斑先生の出席簿が炸裂するぞ?」

 一夏に退室を促すように、彼から逃げるように先に更衣室を出ようとする。

 一夏は何かを言おうと口を開きかけるが、稟の言う事も尤もだったので彼に従う事にして更衣室を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。代表して織斑、オルコット。試しに飛んで見せろ。専用機はすぐに展開ができるからな」

 集まる生徒を見渡し、千冬がそう指示を出す。

 セシリアはすぐに展開を終えていたが、一夏はまだ展開を終えていない。

「さっさとしろ織斑。熟練した操縦者ならば展開には一秒とかけん」

 千冬に急かされた一夏は意識を集中させ心の中で呟く。

 瞬間。

 一夏の身体が輝いたかと思うと、彼はその身に白式を身に纏っていた。

 それを確認した千冬は頷き、

「では飛べ」

 再び指示を出す。

 それを聞いたセシリアの行動は早く、すぐさま急上昇して遥か上空で静止した。慌てて一夏も急上昇するが、その速度はセシリアよりかなり遅かった。

「ほえ~、セッシーは速いけどオリムーは遅いね~」

「それは仕方がないだろう。セシリアは代表候補生でISの訓練を積んできているのに対し、一夏はISに触れて日が浅いんだ。差が出るのは当然さ。まぁ、出力は白式の方が上みたいだけど」

「分かるの?」

 それを見ていた本音がのほほんと呟き、その呟きが聞こえた稟がそう返す。

 周囲の皆が一夏とセシリアの方へ視線を向けている中、本音と稟は互いに顔を見合わせていた。

 ちなみに余談だが、本音は稟の横にいて彼の腕を抱いていたりする。

 何故彼女は稟の腕を抱いているのか。朝起きて教室へ向かう時から彼女に腕を取られているのだが、理由が分からない。いや、恐らくは昨日の事が原因であるのだろうが、今日は体調も悪くない。彼女が心配する必要はないのだが。

 更に余談ではあるが、本音に腕を抱かれている姿を多くの生徒に見られ、本音に羨ましそうな視線が集中したり、教室に着いた時にセシリアとアレンから凄まじい視線を向けられたりしていた。

「スペックカタログを見せてもらったからな。一夏はあんま読んでなかったみたいだけど」

 授業中に話していれば千冬の出席簿が飛んでくるのだが、彼女は今、真耶のインカムを奪って何やら怒鳴っている箒に出席簿アタックをかましていたようだ。

 それを横目で見て苦笑する稟。稟の視線を追った本音は呆れた顔をしていたが。

「…………ん?」

 稟が再び上空に視線を向けた時、彼の表情が微かに歪む。それに本音が疑問を挟む間もなく。

「いかん!織斑の下にいる生徒はすぐに避難しろ!」

 千冬から慌てた指示が飛んでくる。

 本音がそれに上空を見ると、一夏が速度を出しすぎ、その速度を制御出来ずにこちらへと落ちてきているのが分かった。

 近くの生徒が慌てて避難する中、突然の事態に呆然とする本音。そのままで動こうとしない本音を、

「本音!」

「え?…………きゃっ!?」

 彼女の腕を軽く振りほどいた稟が、お姫様抱っこで彼女を抱いてその場から離脱を図る。

 そのまま本音の腕を引いて走ればよかったかもしれないが、そうした場合彼女がこけてしまう可能性が高かった。そう判断した稟は失礼を承知で彼女を抱える事を選択したのだ。

 稟や他の生徒が避難して数瞬。

 

 

 

 

――ズドォォンッ!!!

 

 

 

 

 彼等が元いた場所に一夏が墜落した。

 彼が墜落した場所からは石やら何やらが勢いよく飛んできている。それらの飛来物を、少女達はわーきゃー!と叫びながら避けている。

 そのうちの一つである拳大程の石が稟と本音に迫り、

「――っ!?」

 それを察知した稟が顔を横にずらすと、彼の顔のすぐ側を石が飛び過ぎていく。

 それと同時に稟の眉尻に熱が奔り、そこから流れた血が本音の顔に落ちる。

「……?…………つ、つっちー!?」

 その事で意識を取り戻した本音が稟に顔を向けると、彼の眉尻から血が流れていた事に気付いた。

「……っ、怪我はないか?本音」

「え?あぁ、私は大丈夫だよ~、じゃなくて!つっちーの方が怪我してるんだよ!?」

 心配気に本音を見つめてくる稟に思わずそう返す本音だが、すぐさま我に返り稟を心配する。どうやら流れている血が眼に入ったらしく、稟は左眼を閉じていた。

 そんな彼等の下に、数名の女子―相川清香、鷹月静寐、谷本癒子-と千冬が駆け寄って来る。

 それを確認した稟は、

「先生、怪我人はいませんか?」

 自身の事を無視してそう宣った。

「いや、幸い怪我人はいない。土見、お前を除いてな」

 それにホッと表情を緩める稟だが、彼女達はそういう訳にもいかない。眼の前に怪我人がいるのだから。

「土見、お前は医務室へ向かえ」

「別に俺は……」

「大丈夫な訳があるか。傷は浅いのかもしれんが血が流れ過ぎている。その状態では周りにいらん心配をかけてしまう」

 稟が反論する前にバッサリと切り捨てる千冬。それに苦笑する稟。

「一人で行かせてはきちんと行きそうにないな。仕方ない。布仏、お前が土見を医務室まで連れて行ってくれ」

「私が、ですか?」

「あぁ、誰かがいれば土見も大人しく行くだろう」

「なら、私よりあっちーの方が……」

「あっちー?あぁ、アングレカムの事か。奴なら今は……」

 そう言って一夏が墜落した方向へ千冬が視線を向けると、そこには凄まじい形相のアレンが墜落したままの一夏に何かを言っていた。

 アレンの雰囲気に気圧されているのか、他の生徒は彼女と一夏の側に近寄れず、副担任である真耶は泣きそうな顔でオロオロと一夏とアレンの顔を見比べていた。

「あの通りでな。故にお前に頼んだ」

 千冬は米神を押さえながら、溜息混じりにそう言った。

「分かり、ました」

 納得した本音は頷き、そこでふと自分の体勢を思い出した。今の自分の体勢。それは、稟にお姫様抱っこされている状態。それを脳が理解した瞬間、彼女の顔が朱に染まる。

 急に恥ずかしくなった本音は稟の袖を軽くクイクイっと引っ張る。それが下ろしての合図だと気付いた稟は本音を地面に下ろし、

「そ、それじゃ、医務室に行こうかつっちー」

 下ろされた本音は稟の腕を軽く掴み、その場から逃げるように彼を医務室に引っ張って行こうとするのだった。

「先生……」

「逃げずに医務室へ向かえよ」

 稟の言葉を遮りって千冬はそう言った。先回りされた稟は乾いた笑みを浮かべ、大人しく本音に連行されていくのだった。

 二人が医務室へ向かうのを確認した千冬は手をパンパンと大きく叩き、

「さて、全員注目!」

 授業を再開させるべく声を出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで!織斑くん、クラス代表決定おめでとう!」

『おめでとう!』

「ヒャッハー!おめでとう!」

 授業中に思わぬ事故(アクシデント)があったが、稟の傷も深くなく無事に次の授業に顔を出した翌日。

 一年寮の食堂にて、織斑一夏クラス代表就任パーティーが開かれていた。

 食堂を貸し切って、というか占拠してのパーティーである。テーブルの上には高級ホテル並みとは言わないが、それでも学生の身にとっては豪華とも言えるべき料理の数々が並び、一組の生徒は飲み物や料理を手にわいわいと盛り上がっていた。

 そのパーティーの主役である一夏は飲み物を片手に、憂鬱だと言わんばかりに溜息を吐いていたりするが。

「いや~、これでクラス代表戦も盛り上がりますな~」

『ほんとほんと』

「織斑くんと同じクラスになれてラッキーだったね~」

『ほんとほんと』

 何やら一組だけでなく―相槌を打っているのは二組の少女―、他のクラスも数名混ざっているようだが、誰も気にする様子がなかった。

「随分と人気者だな、一夏」

「……そう見えるか?」

 溜息を吐く一夏に箒が近付き、不機嫌そうな顔でそう溢す。

 一夏はジト眼で箒に返すが、彼女はふんと鼻を鳴らして顔を背けるのだった。

「おんや~?主役が随分と辛気臭い顔をしていますね~」

「今日の主役がそんなんじゃいけないよ~?」

「ヒャッハー!この料理を食べてそんな不景気な表情は吹き飛ばせ~!」

 そんな一夏達に近寄る数名の女子。一人、何やら変なテンションの女子がいたりするが誰も気にしていなかった。

「いや、そうは言ってもな……」

 クラス代表になってしまった事を納得していない一夏としては、この状況を素直に喜べない。

 顔を顰める一夏に少女達は顔を見合わせ、

「まぁ、取り敢えずはこれでも食べて」

 そう言って、一夏の前にカルボナーラを突きつける。

「いや、俺は……」

「納得いってなくても、折角のパーティーなんだしさ。楽しまないと損だよ?だから、ね」

 そう笑顔で言ってくるクラスメイトを邪険にも扱えず、一夏は渋々といった感じでカルボナーラを受け取る。

「篠ノ之さんもね」

 箒にも同じように料理―こちらはナポリタンのようだ―が渡される。

 一夏と箒は互いに顔を見合わせ、仕方ないかと頷き合って料理を口に含む事にした。そして。

「……う、うめぇ」

「……美味しいな」

 眼を見開いてそう溢した。

 それに少女達は笑い合い。

「でしょでしょ?美味しいでしょう?これはしっかり味わって食べないと損でしょう」

「……だな。でも、食堂の料理ってこんなに美味かったか?パスタ系はまだ食べた事なかったし、美味かった事は美味かったけど。ここまでの味は……」

 言い方を考えつつそう言う一夏に、少女達も同じ事を思っていたのか苦笑して、

「あ~、この料理ね。これって食堂の人が作ったんじゃなくて……」

「実は土見くんが作った料理なんだよね~」

『………………はああ!!?』

 一夏と箒の口から驚愕の声が漏れる。

「こ、この料理を作ったのが稟だって!?」

「土見が、この料理を……?」

「その料理だけじゃなく……」

「ここに用意されている料理全部……」

「土見くんが作ったものなんだよね~……」

『……………………………………は?』

 衝撃(?)の事実を口にする少女達。

 その事実に呆けた声を漏らす一夏と箒。暫く固まっていた一夏だが、

「こ、この料理の数を、稟が……?」

 掠れたような声でそう言う一夏。

 そう言って一夏が指を指した先には、到底一人では一日という短時間で作れない料理の数々があった。

 とてもではないが信じられない。一夏の顔はそう語っていた。無論箒もだ。

 彼女達もその気持ちが理解できるのか苦笑しており、しかしはっきりと頷いて肯定したのだった。

 その肯定に言葉を失う一夏と箒を誰が責められようか。

 彼等の間に微妙に重たいような空気が流れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女達は、織斑一夏の近くに行かなくてよかったのですか?」

 一夏達とは離れた場所にいて彼等を遠巻きに見つめていたアレンは、彼女の側にいる少女達にそう声をかけた。

「別に構いませんわ。ここの方が落ち着きますし」

「私も~」

 アレンの言葉にそう答えたのは、セシリアと本音だった。

 ほとんどの生徒達が一夏の側に行っているのに対し、この二人はアレンの、正確には稟の側にいた。

 二人以外にも稟に近付こうとする少女達はいるのだが、この三人の雰囲気に当てられて近付けないでいたりした。

「…………ふむ」

 二人の返答に、何やら考える仕草をするアレン。

 普段ならばここで稟が何かしら口を挟むのだが、彼は口を挟めるような状況ではなかった。

 彼は今、短時間に多くの料理を作るという荒業を完遂した代償に眠りについていたのだった。用意された椅子に深く腰を掛け、穏やかな寝顔を浮かべながら。

 その寝顔を見た何人かの少女は顔を赤く染めたり、鼻から赤い液体を流して撃沈していたりする。

 普段は凛々しい顔つきの稟だが、寝ている今は年相応の、というか見た目相応の愛らしい寝顔だ。普段の表情とのギャップが激しすぎる。その破壊力は耐性のない者を一撃で沈め、耐性のあるアレンでさえ表情をだらしなくさせる程である。それを特等席である稟の横で見られるセシリアと本音も顔を朱に染めていた。

「貴女達は……」

 セシリアはほぼ確定だろう。アレンの中の警報器(レーダー)がビンビンに反応している。本音は、よく分からない。黒のように感じる時もあるが、今のところはグレーだ。

 確信が欲しいアレンは二人に問いかけようとして、口を閉じた。

 一夏の側に、ボイスレコーダーを片手に持った上級生らしき少女が迫っていたのを見たからだ。

 彼女は少しの間一夏と話をした後、何かを探すようにキョロキョロとしだす。そして探し物が見つかったのか、稟達の方へ視線を向けるとにんまりとした笑みを浮かべて近付いて来る。

 その笑みに、アレンは警戒する。アレは絶対、何か良からぬ事を企んでいる顔だ。悪だくみをする時の束がしていた顔によく似ている。

 警戒するアレンをよそに、その少女は近付いてきて。

「どもども~、新聞部で~す!話題の新入生である織斑一夏くんに特別インタビューしに来たんだけど、彼は全然駄目だったのでこっちに来てみました~」

そう言って名刺を差し出してくる少女。それを受け取って確認するアレン。少女の名前は黛薫子というらしい。

「ではでは~、代表候補生であるセシリアちゃんと、もう一人の有名人である土見くんにコメントをもらいたいと思いま~す!」

 そんな薫子の言葉に周囲の女子達はキャーキャー!と楽しそうに騒ぎ出す。先程まで撃沈していたのに一瞬で復活しているとは。怖ろしきは女子高校生のバイタリティーである。

「さぁさぁ!早速だけど何かコメントちょうだい、セシリアちゃん」

 ずずいとボイスレコーダーをセシリアに差し出す薫子。

「私、こういったコメントはあまり好きではありませんが」

 そう言いつつも、その表情は満更ではなさそうなセシリア。コホン、と咳払いをして、いざ口を開こうとしたら。

「やっぱいいや。何か長くなりそうだし。適当に捏造しておくから写真だけちょうだい」

「んな!?捏造って貴女ねぇ!」

「そうだな~……よし!土見くんに一目惚れした事にしよう」

「なっ、な、なな、なっ…………!?」

 セシリアと稟の顔を交互に見つめてそう宣った薫子に、顔を一気に茹でタコ並に赤くするセシリア。

 その反応にアレンはセシリアを見据え、本音は笑顔でセシリアを見つめる。本音の口の端が若干引き攣ったように見えたのは目の錯覚だろう。きっと。多分。

「さてさて~。もう一人のえも、じゃなくてメインである土見く~ん。何かコメントを!」

 不穏な空気を一瞬見せたアレンと本音を無視して稟に迫る薫子。しかし、寝ている稟がそれに答えられる筈もなく。

「あ、あれ?土見く~ん?聞いてる~?」

 尚も稟に迫る薫子。彼女は稟が寝ている事に気付いていないのだろうか。周りにいる生徒がそう思った時。

「黛薫子」

「え?」

 背後から聞こえた声。それに薫子が振り返ると。

「稟様の眠りを妨げようとはいい度胸ですね?」

 そこにはいつの間にいたのか。

 満面の笑み―但し眼は笑っていない―を浮かべたアレンが彼女の背後にいた。

「ひゅ、ひゅい!?」

 思わず奇声を発する薫子を笑う者はいないだろう。ここにいる全員、アレンがいつ動いたのか分からなかったのだから。

「稟様は今、珍しくも安らかに眠っているのです。それを邪魔してはいけない。おーけー?」

「お、おーけー……」

 アレンの笑顔にガクガク震える薫子。

 周りの女子達が固唾を呑んで見守る中。最初に動いたのはアレンだった。

「分かってくれればいいのです」

 そう言って微笑むと、アレンは稟の背後に戻った。

 それに、は~、と安堵の息を吐く少女達。

 稟が絡んだ時のアレンが放つ重圧は、正直洒落にならない。穏便にすんでよかったと安心する一組一同だった。

「……な、なら、写真はどうですか?」

 少しどもりながら、せめて何かしらの収穫が欲しくてそう提案する薫子に、アレンはふむと頷き。

「……まぁ、写真位ならいいでしょう。但し、捏造したら……ね?」

 コクコクコクと必死で首を縦に振る薫子。

 少し脅しすぎたかと思うアレンだが、平然と捏造と口にした少女だ。稟に害を及ぼされる前に釘は刺さねばならないだろうと考えてあまり気にしない事にした。他の女子達にいらん心労を与えた事には申し訳なく思いながら。

「そ、それじゃあ、織斑くんも並んで三人の写真を撮ろうか。土見くんは動かせないから……織斑く~ん!」

 それでもめげずに頑張る薫子はいい根性をしている。

 彼女は何とか笑みを浮かべて一夏を呼ぶと、稟を中心に一夏とセシリアを並べ、どこからか取り出したデジカメを構える。

「それじゃあ撮るよ~。31×24÷15+66は~?」

「は?い、いきなりなんだそれ!?」

「……残念だったねぇ、時間切れ!正解は115.6でした~」

 一夏が呆気にとられている間にデジカメのシャッターが切られた瞬間。

「うお!い、いつの間に!?」

 恐るべき速度をもって、一組の全メンバー+αが彼等の周囲に集結していたのだ。

「あ、あ、貴女達!」

「ま~ま~、そう目くじら立てなさんな」

「そうそう。セシリアだけ抜け駆けはなしだよ?」

「クラスの思い出思い出」

「わ~い、つっちーとの写真だ~」

 一部クラス以外の生徒がいるが、クラスメイトからの言葉に苦い顔をするセシリア。それをにやにやと見つめるクラスメイト達。

 本音は最初こそ、稟の横からどかされて不満そうだったが、今は彼の背中に抱き着いて写真に写ったのでかなり満足らしい。非常にイイ笑顔をしていた。

 そこからもパーティーは続き、夜の十時過ぎまで続いた。

 途中で稟が起き、彼の起き抜けの行動に数名の女子が倒れる場面もあったが、一夏も最初の戸惑いはどこにいったのかそこそこに楽しめてパーティーは幕を閉じたのだった。

 




代表就任会で、稟くんが何故料理を作る事になったのか。
その経緯って書いたほうがいいですかね?
もし書いたほうがいいなら、今度加筆修正しておきます。

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