ISー王になれたかもしれない少年は何をみるか   作:nica

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文才をおおおおおぉぉぉ……
描写力をおおおおぉぉぉぉ……
誰か恵んで(涙)



戦闘描写に関してですが、私にはアレで精一杯でした。
頑張って書きはしたものの、想像力が欠如している私には無理だったよ。
誰かアドバイスか、勉強になる作品を教えてくださいorz




うん。ツッコミどころがあると思います。
描写に関してもそうですが、同調の部分に関して。
これに関しては、物語の展開が進むにつれて描写していきたいと思います。なので、今回はスルーしていただけると幸いかと(汗)


第十二話:試験(後編)

 向かい合う稟とセシリア。

 試合開始の合図はなっているが、二人はまだ動かない。

 稟はアサルトライフルを、セシリアはスターライトmkⅢを構えているがまだ動く気配を見せない。

 セシリアが何を考えて仕掛けてこないかは不明だが、稟としてはこの試験をさっさと終わらせたいと考えている。正直、ISを戦闘などに使いたくないのだが、こればかりはどうしようもない。世間を知らない青二才が喚いた所で世界は変わらないのだから。

 稟を見据えたまま動こうとしないセシリアを一瞥した稟は、全身から力を抜き、ISに己が身を全て委ねるかのように瞳を閉じる。

 それにざわつくアリーナに来ている全ての生徒達。彼の試験をチェックしに来ている教員達もざわついている。

 対戦相手の目の前で眼を閉じるなど、正直馬鹿げているし相手を馬鹿にしていると誰もが思う事。しかも、そうしているのが男であるのならば尚更だ。稟のクラスメイトである少女達はそれ程でもないが、彼とクラスが違う者、上級生の少女達の中には、まるで不快な物を見るかのような眼で稟を見ている者もいる。

 そんな中で、ざわつかずに冷静に稟を見ている者もいる。アレンと千冬、そして彼と対峙しているセシリアだ。

 アレンが驚かないのは言わずもがなである。束と共に稟と過ごしていた彼女にとっては当然の光景であるからだ。

 千冬は束にある程度稟の事を聞かされていたから。それが真実であるかどうかは判らないが、束が下らない嘘を吐くとも思えないが故に、この試験でその真偽を見定めるように見つめている。

 セシリアは稟の性格を考えて。彼の事を詳しく知っている訳ではないが、この一週間彼と接し、他人を馬鹿にするような人格の持ち主でない事ぐらい理解している。だから、眼を閉じているのにも何らかの理由があるのだろう。

 セシリアは稟を見据え、自身が取るべき行動を考える。

 これがいくら稟の試験とは言え、手を抜くつもりなどないし、彼を侮るつもりなどない。やるからには全力を持ってやる。力を抜くなど、やってはならぬ行為だ。

 相手が男だからと、侮ってはならない。彼は、セシリアの価値観を変えた男なのだから。

「手加減はしませんわよ。稟さん」

 セシリアのその言葉に、稟は口の端を歪める事で答える。

 二人は互いに宙に浮かび上がり、先に仕掛けたのは。

「さぁ、おいきなさい。ブルー・ティアーズ!」

 セシリアだった。

 彼女は四基の、フィン状のパーツに直接BTレーザーの銃口が開いた自立起動兵器―『ブルー・ティアーズ』をけしかけ、それの展開が終わるとスターライトmkⅢの引き金を引く。

 稟を四方向から囲むように展開された『ブルー・ティアーズ』―以下ビット―からレーザーが放たれ、スターライトmkⅢからもレーザーが放たれる。

 初見の者は当然だが、ある程度戦い慣れしている者でも全てのレーザーを避ける事が難しい攻撃の雨。微妙にタイミングをずらして放たれたレーザーの十字砲火は、目視していても避けるのが困難であろう。まして、眼を閉じていては避けられよう筈がない。戦いの才能に恵まれ、その手の訓練を積み、経験を重ね続けでもしない限りは。

 アリーナに観戦に来ていた皆が思っただろう。『あぁ、終わったな』と。巫山戯た真似をするからあっさりと終わるのだと。

 だが、稟はその常識を裏切る。

 まず初めに稟に襲い掛かった、稟の背後に展開されたビット。その背後からのレーザーを引き付け、半身を捩じる事でギリギリ避ける。次いで迫る左右からのレーザーは上昇する事で躱し、正面と、真下から放たれるレーザーは、ブースターを前方に吹かす事でバックするようにして真下からのレーザーを残ったブースターを上に吹かして下降する事で躱す。その際に、正面からのレーザーを避けるタイミングを読み違えたのか。レーザーが右腕に掠ってしまい僅かだがシールドエネルギーが削られる。

 レーザーの十字砲火を難なく避けた稟に観客達(ギャラリー)がどよめく。

 稟と相対しているセシリアも当然驚いている。稟が瞳を閉じている事には何かしら意味があるのだろうと考えていたが、まさかビットの存在を見もせずに避けられるとは誰が想像できようか。

 だが、驚いているのも束の間。セシリアはすぐさま表情を引き締め、更に苛烈な攻撃を仕掛ける。先程の攻撃は様子見も兼ねて一発ずつのレーザーだったが、ならば次からは可能な限り撃ち続けて避けきれない状況にすればいいだけの事。

ス ターライトmkⅢから、稟を囲むように展開されたビットから雨霰のようにレーザーが放たれ続ける。それらの攻撃を、機体を縦横無尽に駆り避けていく稟。当然避けきれない攻撃もあるが、それを何とか最小限のダメージに抑え続ける。

 いくらISのハイパーセンサーが優れていようと、何の訓練もしていない普通の人間がそれを活かし、代表候補性相手に粘りつづけるのは難しい。

 だが稟は。彼は。

 とても普通の学生が過ごすような、平凡な環境で今までを過ごしてきていた訳ではない。戦いという大それたものではないが、それに似た環境に、常に己が身を晒し続けてきていたのだ。

 襲撃なんて日常茶飯事。常に複数の人間に囲まれ、正面から、死角からの攻撃に晒され続けてきた。待ち伏せも当然あった。命が危なくなる場面だって幾度もあった。救いの手が差し伸べられる事など一切なく、敵しかいない、地獄のような日々を送り続けてきた。  

 彼の心が休まる日など、一日の中でどれ程あったのか。

 そんな日々を送り続けた経験が、今この場で活かされている。かつての所業の結果が、この場で活かされている。

 ビットに意識はない為に攻撃の意思を察知する事は出来ないが、それでも動く気配は読める。稟はビットの動く気配を読み、セシリアの攻撃の意思を読み、その攻撃を避け続けているのだ。

 だが、例え動きを読んでいてもレーザーを避けるのは至難の業だ。人の動きとレーザーの速度は違いすぎるのだから。その為のISでもあるが、それでも普通の人である稟がISの性能を十分に発揮する事など不可能だろう。

 しかし、ISと同調(シンクロ)出来る稟にとって、ISの性能を十分に発揮する事は難しい事ではない。彼女達ISと言葉を交わし、同調できる稟にとっては不可能ではない。

 彼女達を拒絶する事なく受け入れ、互いの意識を同調させる。お互いに意識を衝突させる事なく。特別な機械を使って、特別な状況に陥ってISコアと意識を通わせる訳でもなく、意図的に同調できる彼にとっては。

 ISとの同調に関して、束もアレンも詳しい事は分かっていない。何故人の身でそんな事が出来るのか。自分とは違う異物を受け入れられるのか。何の違和感も持たず、ごく自然にISに身を委ねられるのか。

 この事が、アレン達ISが稟を『王』と呼んでいる事に関係があるのだろうが、アレン達でさえ詳細を理解していないだろう。

 それはさておき。

 ラファール・リヴァイヴと同調している稟は、単純に考えて二人分の思考能力、情報処理能力を有している。それによって疾風から送られてくる人間には過剰な情報、自身が得る情報を処理し、対応してみせている。

 攻撃を悉く避けられていく度に、セシリアの焦りは募っていく。

 片や訓練を積み重ね続け、エリートともいうべき代表候補生の一人に選ばれた少女。片や今までISに関わった事がないであろう、どこにでもいるであろう少年。

 片や試作機であるが、イギリスの技術の粋を集めて造られた、限られた人間にしか扱えない最新鋭機。片や、誰にでも扱える量産機。

 侮っていた訳ではない。ないが、どこか油断はしていたのかもしれない。いくらセシリアの在り方を変えたと言えど、稟とセシリアではISの練度が違うからと。訓練を積み重ね続けてきた自分が、万一にも後れを取る筈がないと。

 しかし結果は、彼女を嘲笑うかのような現実を見せている。

 セシリアは己の油断を恥じ、思考をすぐさま切り替える。まだ試験は終わったわけではないのだ。ここからは一切油断せずに行動すればいいだけの事。

 確かに、彼の機動には驚くべきものがある。彼の駆るラファール・リヴァイヴは本当に訓練機なのかと疑いたくもなるし、今までISに触れた事がない人間がどうしてこうも上手く扱えるのかの疑問もある。

 それらの疑問に蓋をし、セシリアは思考する。包囲しても攻撃が避けられるならば、彼の進行方向を誘導し、こちらの攻撃が当たるようにすればいいと。

 なら、その為の行動は。

 セシリアは深呼吸をし、ビットに指示を与える。指示を与えられたビット達は包囲網を解き、稟の背後に回って半包囲網を敷く。上手くいけばこれで、稟は正面、セシリアの方向へしか回避できないだろう。ひょっとしたら再びとんでも機動を見せられ、正面以外に避けられる可能性もあるが。それでも悪い賭けではない筈だ。

 セシリアは稟の動向を確認する。

 セシリアの攻撃を避けた稟は態勢を立て直して宙に佇んでいる。彼女に向かって行く訳でもなく、手に持っているライフルを使用するのでもなく、ただその場に佇んでいる。

 攻撃の気配を見せない稟に訝しむセシリア。今が攻撃のチャンスの筈なのに何故攻撃しないのか。何かを企んでいるのだろうか。警戒心が高まるセシリアだが、考えすぎても泥沼に嵌るだけと判断。

 攻撃の手を弛めるわけにもいかないと、ビットに攻撃命令を再び下す。命令を受けたビットからのレーザーの一斉照射。セシリアの狙い通りに彼が動いてくれれば、彼の回避行動先は。

 果たして。稟はセシリアの狙い通りに動いてくれた。瞬時加速(イグニッション・ブースト)のおまけ付で。

 素人が使える技術ではないそれをしてきた稟に、セシリアは驚きを通り越して呆れてしまう。何なのだろうか、この少年はと。本当につい最近ISを動かしたのだろうかと。無茶苦茶すぎるのではないかと。

 だが、そんな感情には蓋をする。感情を晒した隙を突かれる訳にはいかない。

 セシリアに急接近する稟。彼女はそれに焦る事なく。

「ブルー・ティアーズは、六基ありましてよ!」

 セシリアの腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れ、今まで温存していた残り二基のビットを展開する。『蒼き雫』の唯一の実弾兵装である、二基のビットを。

 二基のビットから放たれたミサイル。距離的にも時間的にも、瞬時加速を使用した稟に避けられる術がない。これで決着かと、観客達の誰もが思っただろう。

 しかし。

 

 

――ドン!

 

 

 という、何かが爆発したらしき音が響いた瞬間。セシリアの正面には稟が健在していた。ラファール・リヴァイヴの装甲に、損傷らしい損傷を見せず。

 その状況に、一体何がと思考が固まるセシリア。瞬時加速中のタイミングに放たれたミサイル。それは普通ならば、必中の間合いだっただろう。回避できよう筈がない。ならば何故、彼は無傷なのか。

 その答えはすぐに分かった。

 稟が手に持っているライフル。今まで使用されなかったその銃口から、煙が出ていた。つまり稟は、そのライフルで迫り来るミサイルを撃ち落としたのだ。数秒後に被弾するミサイルを、瞬時の判断で迎撃したのだ。

「…………っ!?ぶ、ブルー・ティアーズ!」

 あまりの出来事に理解が追いつかなかったが、このままではマズイと直感的に感じたのか。セシリアは叫ぶようにしてビットへ命令を下す。背後のビットはレーザーの弾幕を、正面のビットはミサイルを再び放つ。セシリア本人も、その手に持つスターライトmkⅢで攻撃を行う。

 しかしその攻撃も。無駄であると言わんばかりに避けられる。個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)で。

「………………は?」

 セシリアは口から呆けた声を漏らす。

 瞬時加速よりも遥かに難易度の高い技術を目の前で見せられて。

 国家代表クラスか、それに準ずる力量を持つ者でもないと扱えない技術を見せられて。

 専用機を持っていても苦労するそれを、訓練機であっさりと実演され。

 セシリアが呆けたのは、時間にすれば僅か数秒の事。

 だが、その数秒の隙を稟は見逃さず。再度瞬時加速を行い、残り僅かとなっていたセシリアとの距離を一気に詰める。

「――ッ!」

 それに気付いたセシリアは、『蒼き雫』唯一の近接武器―インターセプターを呼び出す。ビットに命令しては間に合わないと判断したのだ。

 セシリアと稟が交差する刹那。

「――っ!?」

 

 

――王様!?

 

 

――稟様!?

 

 

 稟は激しい頭痛に見舞われ、眩暈を起こす。それによって疾風との同調が強制的に解除され、稟はバランスを崩してしまう。

 突然の事に慌てた声を出す疾風と『蒼き雫』だが、それに答えられる状況でもなく。

 同調が解除され慌てる疾風だが、稟はそれどころではなく機体の制御も儘ならない。錐揉み回転しながらセシリアにぶつかろうとしている。

 いきなり稟が姿勢を崩した事に驚くセシリアだが、その隙を逃す彼女でもない。

 セシリアと稟が擦れ違う瞬間。『蒼き雫』のインターセプターがラファール・リヴァイヴに直撃。今までのダメージと重なって。

 

 

 

『ラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーエンプティ。試験を終了してください』

 

 

 

 呆気なく決着がつき、試験終了のアナウンスが流れた。

 その終わり方に、試験終了の実感が沸かないセシリアは何とも言えない表情を浮かべている。今まで苦戦していたのに、あっさりと勝敗が決してしまった。まるで狐に化かされたような感覚である。その表情のまま、稟がいるであろう後ろへ振り向けば。

「……!?稟さん!」

 先程までセシリアを翻弄していた姿はどこへやら。機体の制御も儘ならず、今にも墜落しそうな稟の姿を見た。

 セシリアは急いで稟の下へ向かい、彼が墜落しないように支える。その時に見た稟の顔色は悪く、

「大丈夫ですか?稟さん」

 セシリアは心配そうに尋ねる。

 支えられた稟は頭痛に顔を顰めながら、セシリアへと顔を向ける。

 頭痛はまだ収まっていないが、眩暈は治っている。稟を気遣ってくれているセシリアに感謝と、申し訳ないという想いが浮かび、彼は心配させまいと無理矢理に笑顔を作る。

「……大丈夫だ。ありがとう、セシリア」

「……本当ですの?」

 疑わしげなセシリアの声に稟は苦笑する。本当は大丈夫とは言い難いが、セシリアに必要以上の心配を与えたくない稟はそう言うしかない。

彼女はこの後、織斑一夏との試合が控えているのだ。自分に構わず少しでも休ませなくてはいけない。

 稟は頭痛を堪えつつ深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。セシリアに支えられたおかげで機体の制御も無事に取戻し、彼は心配ないと言わんばかりの表情を浮かべる。

「心配してくれるのは嬉しい。でも、本当に大丈夫だから、な?」

「……まぁ、稟さんがそう仰るのなら」

 納得はしていないが渋々頷くセシリア。

 

 

――う~、でも、王様は自分で溜め込む性分だしな~。

 

 

――自分が苦しくとも我慢する方ですからね、稟様は。本当に大丈夫なのでしょうね?

 

 

 疾風と『蒼き雫』からの訝しげな言葉に稟は答えない。セシリアがいるから答えられないと言った方が正しいが、彼女がいなくてもその言葉には答えなかっただろう。疾風と『蒼き雫』の言う通り、稟は自分で抱え込む性分なのだ。

 ゆっくりと地面に降りていく稟とセシリア。

 降り立った稟とセシリアは互いに向き合い、

「次は、一夏との試合か。頑張れよ、セシリア」

「えぇ、頑張らせて貰いますわ。この試験で心構えも出来た事ですしね」

 互いに軽く微笑みながら言葉を交わす。

 そのまま数秒見つめ合った後。二人は同時に背を向け自分達がいたピットへと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ピットへと戻った稟は一夏とアレンから労いと称賛の言葉を貰っていた。千冬と箒からも素っ気ないものではあるが労いの言葉を貰った。

 それから暫く一夏と話していると、副担任である真耶が駆け足でピットに訪れ、一夏の専用機が届いたと報告した。

 一夏の専用機―白式。彼は白式を身に纏い、千冬と箒から激励の言葉をかけられて戦いの舞台へと向かって行った。それを、壁に背を預けていた稟は見守っていた。

 一夏は一体、その胸にどんな想いを宿して戦うのかと考えて。

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナ・ステージで向かい合っている一夏とセシリア。彼等は少し言葉を交わし合い、すぐさま戦いへと移行する。

 戦いの序盤は一夏が終始押されていた。それでも一夏は、稟とセシリアの戦いを見ていたので呆気なくやられるという事はなかったし、元々剣道をしていたというのもあるのだろう。セシリアに攻撃こそ当てる事は出来なかったが一方的に負けるような展開にはならなかった。それでも彼が不利ではあったが。

 その状況が変わったのは三十分程経った頃だろう。セシリアに追い込まれていた一夏は、土壇場での白式の一次移行(ファースト・シフト)によって窮地を脱する。あまりの出来事に戸惑うセシリア。

 そこから押しはじめる一夏。セシリアもすぐに我に返り一夏に攻撃を仕掛けるが、彼に懐に潜られてしまった。これは決まったかと誰もが結果を思った時。

 

 

 

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

 

 

 

 一夏の斬撃がセシリアに当たる直前、勝者を告げるアナウンスが流れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 稟と一夏との試合を終え自室に戻ったセシリアはシャワーを浴びていた。シャワーを浴びながら、今日の試合の事を振り返る。

 今日の試合で、彼女の脳裏には織斑一夏という存在が焼き付けられたが、それ以上に土見稟の存在が彼女の中に焼き付いている。

 彼との出会いは偶然だった。二年前、母ととある街に出かけ買い物をしている時。偶々母と離れたセシリア。そこで彼女は性質の悪いナンパに会った。必要以上に絡んでくるナンパに、彼女の限界が達しかけた時。現れたのが稟だった。

 彼は強引にセシリアを引っ張り、ナンパから助けてくれた。その事にお礼を言った後、女性と思っていた稟が実は男だと分かり、セシリアは過剰に反応したのだった。その反応から彼は、セシリアが女尊男卑の風潮に染まりそうになっていたのを察し、そこから色々と突っ込んで話してきた。

 そんな彼にセシリアは自分の想いを溢したのだが、今にして思えば何故そうしてしまったのだろうと思う。別にその事を後悔している訳ではない。寧ろそうしたおかげで今の自分があるのだからそこは喜ぶべきだ。

 しかし、いきなり現れた見ず知らずの少年に、何故自分の想いを溢したのか。勝手に彼女の中に入り込んできたのに、どうして拒絶しなかったのか。

それはきっと。彼の優しい声音と、透き通るような瞳に、無意識に惹かれたからだろう。同じ年の子供のものとは思えない、意思の強そうな瞳に。

 その瞳の色に、彼女の胸は高鳴った。初めての事に戸惑ったのを覚えているが、それは決して不快な気持ちにならなかった。寧ろ、心が安らぐような感覚さえあった。あの瞳を、あの声音を想うだけで、セシリアを不思議な気持ちが優しく包んだ。

 そうして彼女は稟の言葉を胸に秘め、両親と話し合う事にした。その結果、両親の想いを知り、彼女は幸福な一時を手にした。今まで見ていた世界が急に鮮やかになり、彼女の思考は変わった。男も、醜いだけの存在ではないと。父や、稟のような男もいるのだと。最も、その二人のような男はそうそういなかったのも現実なのだが。

 しかし、その幸福は長く続かなかった。稟と出逢ったその年の内。両親は事故で他界したのだ。それからはあっという間に時間が流れた。

 セシリアの手元には莫大な遺産が残り、それを金の亡者共から守る為に、彼女は様々な勉強をした。その一角で受けたIS適正テストで高い適性を叩き出し、イギリス政府からは様々な好条件が出された。政府にも色々な思惑があったのだろうが、セシリアは遺産を守るために即断。

 そこからも色々と苦難があったが、その度に両親の言葉と稟の事を思い出し、彼女は守り続けてきた。

 そうしてこの二年を過ごし、日本へとやってきた。そして、彼と再会した。もう、逢う事がないだろうと思っていた彼――土見稟と。

 再会した彼は、相変わらず少女と見紛う容姿をしていたが、その瞳の色は変わっていなかった。いや、寧ろより綺麗になっているように見えた。同年代とは思えない程に大人びていた。

 彼の姿を見た時、自身の鼓動が激しく高鳴るのを感じた。顔が、胸が熱くなるのを感じた。

「稟、さん……」

 彼を想う度、彼の名を口にする度に鼓動が早くなる。どうしようもなくドキドキする。彼の事を想えば想う程胸がいっぱいになり、不思議な気持ちで満たされる。甘く、切なく、熱く、そんな、不思議な気持ちに。

「私は……」

 あの時と同じだ。二年前に感じたあの感覚と。

自分の事なのに自分の気持ちが分からない。それは気持ちが悪い事の筈なのに、不思議と胸が温かさに満たされる感触。

 彼と一緒にいれば、この気持ちの正体が分かる日が訪れるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリアがシャワーを浴びているのと同時。

 稟は重い身体を引き摺りながら自室へと何とか辿り着いていた。

 時間が遅かったからか、皆自分の部屋にいるか、食堂で食事でも摂っているのだろう。此処に来るまで誰にも見られなかったのは幸いである。

 試験の終盤に突如頭痛に襲われ、その頭痛は収まるどころかより一層酷くなっていた。セシリアと疾風、『蒼き雫』には大丈夫と言っていたが、今では正直立っているのも辛い程だ。

 その辛さは表には出さずにいたので一夏達は気付いていなかったが、アレンにはバレバレだった。一夏達がピットを去った後、アレンは血相を変えて稟を心配して医務室へ連れて行こうとしたが稟はそれを拒絶。心配ないの一点張りで押し通した。彼女の気持ちは嬉しいが、こうなったのは自業自得。それに彼女を付き合わせる必要はない。

 アレンは無理にでも稟を医務室へ連れて行こうとしたが、こうなってしまった稟を動かす事が出来ない事は骨身に沁みて分かっていた。アレンは溜息を吐き、強情な稟に呆れていた。彼はどうしていつもこうなのだろうかと。

 アレンとのやりとりを思い出して苦笑した稟は、重い身体に鞭を打って部屋の扉に手を伸ばして開ける。

 既に本音が戻っていたのだろう。扉は何の抵抗もなく開いた。

「お~、お帰りつっちー……、ってどうしたの!?」

 ベッドの上で横になっていた本音がその身を起こし、普段ののほほんとした動きとは裏腹な速度―常人と比べるとそれでも遅いが―で稟の下へ駆け寄る。

 稟は何とか立っているが、その姿は今にも倒れそうな程だ。

「……なん、でも……ない、さ」

「何でもなくない訳ないよ!?と、取り敢えず横になろう!」

 本音を心配させないよう言った稟だったが、それは逆効果であった。そもそも、顔色が悪すぎるのになんでもない筈などある訳がない。

 本音は稟に肩を貸し、彼をなんとかベッドに寝かす。そこから本音は稟を看病する為に行動を移そうとするが、稟はやんわりとそれを制する。

「看病の、必要はないぞ。ちょっと……頭痛がする、だけだから、寝れば……よく、なるさ」

 とてもではないがそうは見えない稟。

 本音はそんな稟をジト眼で見つめ、

「とてもそうには見えないんだけど~?こういう時のつっちーって、自分で抱え込むし」

 呆れたようにそう言う。

 これには稟も苦笑を溢すだけで答えなかった。

 稟と同室になって約一週間。朧気ながらも本音は、稟の性格を捉え始めていた。

兎に角稟は、自分よりも他人を優先する性格であると。自分の事で他人を心配させる事を極端に嫌うと。そうなってしまうのならば、自分で抱え込んでしまうと。

彼は、それがより他人に心配させる行為だと気付いているのだろうか?他人の事を想ったその行動が、実はより他人を苦しめている行為だと気付いているのだろうか?

 それを指摘したところで稟は否定するだろう。苦笑するだけで改めようとしないだろう。こればかりは本人が自覚して治すしかない。

 本音は溜息を吐き、

「は~。仕方ない人だね~、つっちーは」

 その言葉に、稟は苦笑するだけだった。

 




……おや?セシリアのフラグのようすが……

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