ISー王になれたかもしれない少年は何をみるか   作:nica

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 私の拙い文章を読んでくれている方々。
 私の作品をお気に入りしてくれている方々。
 感想を書いてくれている方々。
 誤字報告をしてくださる方々。
 皆様に感謝を。

 皆様に読んでもらえて、執筆意欲が凄く湧いてきています。
 これから本編に入るにあたり、原作設定の無視・改編などが続々と起きるでしょうが、それでも問題ない方は最後まで読んでいただけると幸いです。



 また、質問に答えてくださいました十六夜煉様、荒波に飲まれる者様、Nazuna.H様。
 ヒロイン枠の希望ありがとうございます。
 SHUFFLE!勢が本格的に絡むのは福音戦以降を予定しておりますが、ネタを煮詰めてご希望に添えるよう頑張っていきます。


 さて、それでは本編へどうぞ。



-追記-
ご指摘のもと、束とアレンの口論部分。
あと、その他も少し修正しました。
ここの文章は修正すべきという部分がありましたら、ご指摘していただけると幸いです。


第一章――旅立ち、IS学園へ
第八話:旅立ち


 季節は春。

 其れは、出会いと別れの季節。

 出会いがあるからこそ別れがあり、別れがあるからこそ新たな出会いがある。住んでいる世界が異なっても、それだけは変わらない。

 世界に拒絶され、新たな世界に立った稟。彼が平行世界へと訪れてから四年の月日が流れていた。未だ元の世界に帰る術は見つからず、次第に焦燥感が募っていく日々。最早、元の世界に帰る事は不可能なのだろうか。

 そんな、ある日の事。

 稟は夢を見ていた。

 最早、二度と戻る事はない幸せだった日々を。

 大切な幼馴染の少女二人と笑いあっていた日々を。

 取り戻したくて叶わなかった日々を。

 だが、そんな甘い夢もすぐに終わりを迎える。

 彼にとって、未だに胸に突き刺さっている言葉で。

「りんなんか……死んじゃえばいいんだっ!!」

 

 

「――ッ!?」

 ガバッ!と、勢いよく起き上がる稟。

 最早、聞く事が叶わない少女の声。

 助けたくて、また笑いあっていたかった少女の声。

 自分のエゴを押し付け、騙してしまった少女の声。

 優しかった少女に言わせてしまった、言葉の刃(りんのつみ)

「そう、だよな……」

 忘れる事は許さないと。

 己が犯した罪の重さを無視するなと。

 罪人が、のうのうと生きるなと言わんばかりの、夢の幕引き。

「忘れるなんてありえない。幸せに浸っていいわけがない」

 早まる鼓動、荒い息を落ち着ける為に稟は深呼吸をする。

 額に浮かんだ汗を手で拭い、稟は自嘲混じりに呟く。

「俺は、罪人なんだから……」

 

 ――コンコン

 

「稟様。朝食を作る時間になりました」

 ノックする音と同時、少女の声が聞こえた。

 その声に、稟は時計を確認すると。

「もうそんな時間か。着替えるから先に厨房に行って待っててくれ、クロエ」

「分かりました」

 少女―クロエにそう言って着替えはじめる。

 クロエと呼ばれた少女は返事をし、稟の部屋から離れていった。

 着替えはじめた稟はふと鏡を見て、そこに映っている自分の顔を一瞥し、

「……分かっているさ。自分の罪の重さは」

 あまりの酷い顔に、思わずそう溢していた。

 

 

 着替えを済ませ、厨房へと着いた稟。そこで待っていたのは一人の少女。流れるような銀髪に、常に閉じられた瞳。幼いその体躯は、どこか儚げな雰囲気を持っている。

 彼女は去年、稟達がフランスから戻ってきた数か月後に束が「ごめん、暫く留守にするから」と言って、稟が静止の声を上げるよりも素早くいなくなり、一月後に帰ってきた時に連れて来た少女。ビクビクしながら束の背に隠れ、こちらを窺うように見てきていた少女の頭を優しく撫でながら、「今日から新しい家族になるくーちゃんだよ。よろしくしてあげてね」と言ってきた束に、稟は思わず呆然とした声を漏らし、アレンは苦笑していた。

 そうしてクロエも稟達との生活に加わる事になったが、最初の頃は中々心を開いてくれずコミュニケーションが全く取れなかった。彼女は常に束の傍におり、稟やアレンが近づこうものなら束の背に隠れて稟達を拒絶していた。

 まぁそれも、彼女の生い立ちを束から聞いて納得した。彼女の生い立ちを聞いた稟は積極的にクロエに話しかけ続けた。どれだけ彼女に拒絶されようとも、逃げられようとも諦める事無く。

 その甲斐あってか彼女も徐々に心を開いていき、今では問題なく共に過ごしている。

「ところで、今日の朝食は何を作るのですか?」

「ん、そうだな……クロエは何か希望あるか?」

「稟様が作られる物ならば何でも」

「…………そう」

 作り手には一番困る返しに稟は苦笑する。

 嬉しい事には嬉しいのだが、何でもというのは本当に困る。作った後でこれがよかった、あれがよかったと言われないのは幸いであるのだが。

 稟は食材を確認しながら何を作るのかを考える。折角作るのだから、やはり笑顔になってほしいと考えながら。

 さて、何故稟とクロエが料理を作るのか。今までであれば稟一人で作っていたのだが、クロエが共に生活をするようになってからは彼女も料理を作るようになった。

 束に拾ってもらった恩を返したくて料理をし始めたクロエだが、最初の頃は酷かった。如何せん彼女には知識がなく、作る物は全てが名状し難きナニかだった。炭やゲル状の物体になれば幾分かましな方で、一体どういう化学変化を起こせばモザイクがかかったり腐臭を漂わす、おぞましいナニかが出来上がるというのか。

 束は気にすることなくそれらを口にしていたが、稟とアレンは戦慄の表情を浮かべてそれらを見ていた。勇気を振り絞って口にした時の反応は、まぁ、語る必要はあるまい。ただ、一つ言うのならば、美しい花畑が見えたとだけ。

 それからだ。稟がクロエに料理を教え、一緒に作るようになったのは。稟も独学で学んだ為に教える事に四苦八苦したが、その苦労もあってかクロエも人が食べて大丈夫な物を作れるようになった。ただ、時折ではあるが見た目はおぞましいが食べてみると意外と美味しい料理、見た目はいいのに味は一撃必殺☆な料理が出来上がるのはお約束と言うべきか何なのか。

 クロエに料理を教えるようになった時の事を思いだし、稟は苦笑したのだった。

 

 

 それから暫くして朝食を作り終えた稟とクロエはそれぞれ、束とアレンを呼びに彼女達の部屋へと向かう。食堂に四人が揃えば談笑しながら食事を摂る。それが彼等の日常風景だ。

「う~~ん!りっくんが作る料理は美味しいね♪」

「稟様の料理の腕もかなり上達しましたね。最初の頃は酷かったですが、今では稟様の料理なしは考えられません」

 束とアレンのそれぞれの言葉。身内贔屓しすぎではないか?と思わせる二人の言葉に苦笑しながらも、稟も箸を進める。よくここまで作れるようになったと思いながら。

「そんなに喜んでもらえるなら、頑張って料理を覚えた甲斐があるね」

 笑顔で料理を食べている三人を見つめながら、稟はそう呟く。

「稟様の手料理を頂いて喜ばないなどありえませんよ」

「あーちゃんに同意だね。りっくんの手料理は束さん達にとって至宝も同然」

「稟様の料理には、どこか温かいものが感じられます」

「……クロエも、わざわざ二人に合わさなくていいんだぞ?」

 べた褒めしすぎる二人の言葉をスルーして、クロエにそう言う稟。スルーされた二人はぶーぶーと不満の声を上げているが、それを悉くスルーする稟。相変わらずの光景である。

「別に束様達に合わせている訳ではありません。そう感じたから言ったのです」

「……そっか」

「……?」

 頬を搔きながら厨房へと引っ込む稟。クロエはそんな稟を不思議そうに見ながら首を傾げる。

「珍しく照れていますね」

「だね。それだけくーちゃんの言葉が効いたんだろうね」

 束とアレンは、稟の態度に面白そうに笑う。言葉だけで照れている稟は珍しいらしく、二人の表情はかなりにやけている。

 クロエは二人へ顔を向け、どういう意味かと問い掛ける。それを察した束とアレンは顔を見合わせてから頷くと、

「稟様はですね……」

「アレン、余計な事は言わなくてよろしい。クロエも気にしなくていいから」

 アレンの言葉を遮るように、人数分の紅茶を用意して稟が戻ってきた。

 彼女達の前に紅茶を置いた稟は、クロエの頭を優しく撫でながら束とアレンをジト眼で見つめる。一方の撫でられているクロエは気持ちよさそうにそれを受け、その頬を若干朱に染めていた。

 そのクロエの変化を目敏く見た束とアレンは、

(創造主。まさかとは思いますが、もしやクロエも?)

(う~ん?どうだろう。りっくんがくーちゃんにフラグを立たせた場面はなかったと思うけど……)

(ですが、相手は稟様です。天然人間磁石で、鈍感王で、朴念神の稟様ですよ?私達の知らぬ間にフラグの一つや二つ立てていてもおかしくありません)

(……否定できる要素が一切見つからないね。流石は歩けば棒に当たるならぬ、フラグが立つりっくんというべきなのかな?)

(現に、フラグを立てられている者が数名いますからね。この世界の住人ではありませんが、それでも忌々しき事態なのです。あまつさえ、あの少女の他にクロエにまで立てられているとなると……)

(くーちゃんは大事な家族だけど、それとこれとは話が別だし……)

 稟のジト眼もなんのその。稟のフラグ関係を二人はひそひそと話し合う。

ぶれない二人である。というか、かなり悪化していないだろうか?

 一体どうしてこうなったのか。稟と過ごしていた数年の間に何があったのか問い質したい。稟が絡むとどこまでも残念になる二人なのだった。

「……なんか、失礼な事考えてないか?」

 それを察したわけでもないだろうが、何か不快な電波でも感じたかのように稟が顔を顰めてぼやく。

「……りっくんがいけないんだよ」

「そうですそうです。フラグを乱立させる稟様がいけないんです」

「旗って……何を言ってるんだ。そんな覚えは一切ないぞ」

『えっ?』

「……え?」

『……なにそれ、こわい』

 思わずハモる二人。

 稟が無自覚・無意識でフラグを立てている事は二人とて理解している。理解しているが、改めて稟の口からそんな言葉を聞くと呆れずにはいられない。

 自身の容姿と言動に無自覚でフラグを立たせ、そのフラグに気付かない稟。立ったフラグの数は、一体いくつある事やら。流石は歩く旗製造機というべきなのだろうか。彼女達の受難は続きそうである。

 

 

 

 

 さて、そんな楽しい朝食の一時も終わり、それぞれがリラックスしていた時である。

「……りっくんにお願いがあるんだけど」

 束が神妙な顔でそう言ってきたのは。

 いつになく真剣な束の表情。それに何を感じたのか、稟は眼を細めて束を見つめ、

「……紅茶のお替り、いる?」

「…………お願いしていいかな?」

 重大な話であると予測した稟は、長くなるであろう話に喉を潤す物が必要だと考えるのだった。

 紅茶を用意し、改めて束の話を聞いた稟達。彼女のお願いを纏めると以下の通りになる。

 ①稟にはIS学園に通ってほしい。

 ②IS学園に入学する織斑一夏と、彼女の妹である篠ノ之箒を守ってほしい。

 それを聞いて稟は顔を顰める。特に、IS学園に入学という言葉を聞いてだ。

 学園。それは、稟にとって辛い思い出しかなかった場所。一人の少女を除いて、全てが彼の敵だった牢獄(せかい)。肉体的・精神的暴力が渦巻く、隔離された空間。

光陽学園とは違うと分かっていても、それでも……

「……本当はこんなタイミングで、こんなお願いをするなんて間違っている事は分かっている。もっとマシなタイミングはなかったのかって言われる事くらい、理解しているんだ。でも、それでも私は……」

 束とてそれは重々承知している。彼の過去を少なからず知っている束としては、こんなお願いをしたくはない。彼の心を抉る事なんてしたくはない。それでも、願わずにはいられない。頼らざるをいられない。

 それほどまでに。

「彼の、織斑一夏の存在は極めて重要、という訳ですか」

 今まで黙って話を聞いていたアレンが口を挟む。

「世界で唯一、ISを動かせる男の存在は」

 その表情は無表情で。

「その男を守る為ならば、稟様を、我等が『王』を身代わり(いけにえ)にしていいとでも?」

 その声には、怒気が宿っていた。

 いつもの巫山戯た雰囲気など微塵もなく。王を護る騎士のような雰囲気を身に纏い、人を射殺してしまえそうな程に鋭い眼光で自らの創造主を睨みつけている。

「『王』の過去を少なからず知る貴女が、『王』を想っている筈の貴女が……」

「あーちゃんの言いたい事は分かっている。私だって本当は、こんな時にこんなお願いをしたくない。りっくんの気持ちにゆとりが出来てからお願いしたかった。でも、それでもね」

 アレンの眼光から視線を逸らさず、辛そうな顔で見つめ返し、

「いっくんも、束さんにとって大事な存在なんだ。私の夢を聞いても、笑わないでくれた大事な人なんだ。いっくんも、りっくんも、私にとって大事な存在。それを、失いたくない」

 自身の想いを吐き出すように言葉にする束。

 稟と出逢うまでの束からは信じられない、彼女の言葉。

 彼女を知る者がこの言葉を聞けば、自分の耳を疑った事だろう。これがあの、篠ノ之束なのかと。

 睨みあう束とアレン。

 互いに譲れないものがある二人は、普段の関係が嘘のように対立している。

 重い空気に飲まれたクロエはオロオロと二人を見比べ、稟は黙したまま何も言わない。

「……それで、『王』の身に危険が迫る可能性があると理解していてもですか?」

「……その事は百も承知。危険が迫る上に、りっくんの気持ちを踏み躙る、馬鹿なお願いだって分かっている。それでも、いっくんを助けてほしい。このままだといっくんは、いずれ世界中から狙われてしまうから……」

「……確かに、いずれそうなるでしょうね。ですが、それは『王』にも言える事。『王』の存在が露見してしまえば、世界から狙われる」

「…………」

「『王』の存在が知れ渡れば、世界の悪意は『王』を逃がさないでしょう。悪意はありとあらゆる手段を以て、『王』を捕らえる為に動く。その比は、恐らく織斑一夏とは比べ物にならない」

 アレンの言葉に、束は顔を伏せてしまう。

確かにアレンの言うとおりだ。稟という存在が世界に露見してしまえば、彼にも危険が及ぶ。世界中の悪意が、稟に襲い掛かる。そんな事は束だって知っている。稟本人にそう告げたのは、他ならぬ自分なのだから。

だが。そうだとしても、織斑一夏を見捨てる事は彼女には出来ない。束にとって、彼もまた大事な存在なのだから。

土見稟と織斑一夏。束にとって二人は、天秤にかける事の出来ない存在。だが、現に彼女は今、稟を犠牲にする道を選んでしまっている。彼の味方で心を、抉る選択肢を選んでしまっている。そんな事、望んでいないのに。この選択が、二人を見捨てない道だと、失わない道だと、そう自分に言い訳をして。

時間をかけて考えれば、他にもっといい方法が浮かんだのかもしれない。いや、そもそもこんなお願いをしなければよかったのだ。

それでも、束にとっては……

「…………アレン、もういい」

重苦しい空気が漂う中、今まで黙っていた稟が唐突にそう呟いた。

「……『王』?」

「……りっくん?」

稟の呟きに、口論をしていた二人は揃って稟に視線を向ける。二人の視線を受けた稟は、真っ直ぐに束を見つめ。

「それが、束さんの願いなら……行くよ。IS学園に」

稟の言葉に束は驚き、アレンは表情を険しくする。

「本気ですか、『王』。創造主は、貴方を身代わりにしてでも織斑一夏を助けたいと言っているのですよ?貴方の心を抉ってでも」

「……そうだな。言葉通りに受け取れば、束さんはそう言っている。でも、アレンだって分かってるんだろ?束さんの気持ちは」

「…………」

 稟を諌めようとするアレンだが、彼の優しげな表情に見つめられては黙るしかない。それに、稟に言われるまでもなく束の想いは分かっているのだ。

 束とてアレンと同じように稟を想っているのだ。束が稟を身代わりにする事を望んでいない事くらい、アレンとて分かっている。稟と織斑一夏。この二人が、束にとって同じくらいに大切な存在である事は理解しているのだ。この二人を護る為にはどうすればいいのかを、必死で考えている事くらい分かっている。

しかし、アレンという存在にとっては『土見稟』こそが唯一の存在。彼を犠牲にしてまで他者を救うなどあってはならぬ事。それが例え、己の生みの親の願いであってもだ。

「アレンの気持ちは嬉しい。でも、アレンに辛い思いをさせると分かっていても、俺は束さんの力になりたい」

「…………」

「束さんは俺の恩人なんだ。世界から拒絶されたおれを救ってくれた。その恩を返したい。それに、俺の事で二人が言い合いをするのをこれ以上見たくない。だったら、俺が我慢すればいいんだ。心配しなくて大丈夫。我慢は俺の、唯一の特技だからさ」

微笑みながらそう言う稟に、アレンは顔を歪め、束は涙を溢しそうになる。

「……それでは、貴方が傷付くだけではないですか。心が、ボロボロになるだけではありませんか!どうして貴方が犠牲にならなければいけない!?創造主のお願いを聞いて貴方が傷付くなんて、おかしいでしょう!?」

「…………」

アレンの心からの叫びに、しかし稟は言葉を返さない。彼はただ、微笑んでアレンを見つめるだけ。だが、その瞳には強い意志が宿っており、その意志が雄弁に語っていた。

「ッ!?あな、たは……」

自分は大丈夫だからと。

苦しくないからと。

誰かが傷付くくらいならば、自分がと……

「貴方という人は、どうして……」

アレンの苦しげな呟きは、しかし稟には聞こえない。

彼女は涙を流しそうになるのを懸命に堪えながら、稟を説得する方法を考える。だが、説得が意味をなさないだろう事を彼女は知っている。この時の彼は、最後まで自分の意志を貫く通すと知っているから。かつてと、同じように。

「分かり、ました。『王』が、稟様がいいとおっしゃるのならば、私に否定する事はできません」

「……あーちゃん」

「ですが、条件として私も付いて行きます。稟様を護る事が私の使命なのですから。もっとも、初めからそのつもりだったのでしょう?」

「…………ごめんね」

「……分かっているんです。貴女の気持ちは。貴女も私と同じなんですから。ですが、それでも認める訳にはいかなかった。貴女にとって織斑一夏も篠ノ之箒も大事な存在なのでしょうが、私にとっては稟様こそが全て。その稟様が傷付く事を、私は許せない。ですが、その稟様が望むのならば……」

「……」

「護ってあげますよ、織斑一夏と貴女の妹の事は。稟様のついでですけどね。ですが、私の最優先対象は稟様です。それをお忘れなきよう」

「分かってるよ」

「ならば結構。貴女はしっかりとバックアップして下さいよ?IS学園に入学となると、色々とめんどくさそうですし」

 やれやれと溜息を吐きながらそうぼやくアレンに、束は申し訳なさそうに苦笑する。アレンは先程までの剣呑な雰囲気はどこへやらいつもの雰囲気に戻っていた。稟の意思に負け、不承不承折れたのだろう。

そんなアレンに感謝しつつ、稟は束に視線を向ける。

「そうなると、色々と準備しないとだね。束さん、IS学園への入学はいつになるのかな?」

「えっと、………………五日後だね」

「はぁ!?全然時間がないじゃないですか!やはり創造主は馬鹿です!なんで入学する日がお願いした日の五日後なんですか!?IS学園への入学は確定事項で、私達に拒否権はなかったと言いたいのですか!?この馬鹿創造主!!」

「そ、そういう訳では……」

「そうとしか捉えられないでしょう!?何を考えているのですか貴女は!」

「あ、あううぅぅぅ」

「大体貴女はいつもいつも!」

 先程までのシリアスな空気はどこへやら。急に束へ説教をしだすアレンと、涙目でアレンから逃げようとする束。

 まぁ、アレンの言い分はごもっともなので、束に助け船をだす事は出来ない。理由は何かしらあるのだろうが、これには流石の稟も困ったものだと肩を竦めるだけである。

二人がいつもの空気に戻った事に稟は笑いを噛み殺し、未だ呆然としているクロエの頭を撫でてやる。

 急に撫でられたクロエは不思議そうに稟を見つめる。それに稟は淡い笑みを浮かべ、

「……ありがとう。そして、ごめん」

それは、誰に対して言ったのか。

その言葉を聞き取れなかったクロエは、ただ首を傾げるだけ。

 

 

 

 

 束とアレンの言い合いも終わり、IS学園に編入する為の準備―束の天災的な行動により、試験は入編入前日に行われるのでそれ以外の準備―を終えたその日の夜。

「…………どうしてこうなっているんだろうか」

 げっそりとした表情で稟は溜息を吐いた。

 その理由は。

「どうしたの、りっくん?」

「……稟様、温かいです」

 稟の右腕に抱き着き、幸せそうな笑顔を浮かべている束と、左腕に抱き着き、稟の温もりに幸せそうに表情を緩めているクロエが原因だったりする。

 ちなみに稟の今の状態は束の部屋で、ベッドの上に腰を掛け美少女である束とクロエに挟まれている状態である。彼の両腕には二人の胸が押し付けられており、男が見れば嫉妬に狂ってもおかしくない状態なのである。あるのだが、稟の外見は美少女にしか見えない容姿なので、嫉妬に狂った輩が暴走するような事はないであろう。

 まぁ暴走する輩は一人いるのだが、彼女は現在、自分の部屋で涙を流しながら蹲っている。

「なんで俺は、二人に腕を抱き締められているのかな?」

「……りっくんは、束さん達に抱き締められるのは嫌?」

「…………」

「うぐ……」

 寂しげな声で上目遣いに見つめてくる束と、不安そうに見つめてくるクロエ。美少女二人の涙目上目遣いという、とんでもない破壊力を秘めた視線。その威力には稟も思わず唸ってしまう。

「……別に、嫌じゃ、ないけど……」

「だったらこのままでいいよね!」

 そう言うと束は顔を輝かせ、稟の腕を強く抱き締める。クロエもクロエで束に対抗するかの如く、遠慮がちに、けれどしっかりと稟の腕を抱き締める。その際に、二人の胸がより強く押し付けられる訳だが。

(……なんでこうなったんだか)

 腕に当たっている柔らかい感触を極力意識しないようにして、稟はこうなった原因を思い返す。

 稟が束とクロエに腕を抱き締められている原因。これには、海よりも深い、深~い理由が、当然だがある筈もない。というか、しょうもない理由である。

 ざっくりと述べるなら、りっくんエネルギー(束命名)の充填の為だとか。稟がIS学園に行くという事は、長い間彼に会えないという事。それを承知でお願いしたのだが、やはり寂しいものは寂しい訳で。

 図々しいと、身勝手だと分かっていても。せめて稟がIS学園に行くまでは一緒にいさせてほしいと束が弱々しく主張。その主張にアレンは眉を吊り上げるが、彼女が口を開く前に稟が了承。文句を言いたそうなアレンを何とか説得して今に至るのだった。

(あの時のアレンは危なかったな……)

 稟の説得により何とか折れたアレンだが、納得はしていない。あの時の涙を流しながら呪詛を紡ぐかのようなアレンの表情は、稟の顔を引き攣らせるには十分な威力を有していた。IS学園に行ってから、アレンが暴走しない事を祈るばかりである。

 稟は溜息を吐きながら、幸せそうにしている二人を盗み見る。束はいつもの事だからほぼ諦めているが、そう言えばなんでクロエまで便乗しているのだろうと内心首を傾げつつ。

「……ふぁ」

 唐突に、クロエが欠伸を漏らした。

「眠くなったか?」

「いえ……まだ、大丈夫、です……」

 クロエはそう言うものの、うつらうつらと頭を揺らしていた。いつもならば寝ている時間なので、ここまでよく耐えたものだ。

「そろそろ寝ようか?」

「そうだね。くーちゃんも限界のようだし」

時計を確認すれば、時刻が既に十時を過ぎている。

束は稟の腕から漸く離れ、ベッドから立ち上がると。

「………………りっくん」

彼に背を向けた状態で、声を震わせながら彼の渾名を呟く。それに何を感じたのか。

「…………何?」

問い掛けの短い言葉は、静かで、あまりにも優しい響きを持っていた。

「……今日は我儘な事を言ってごめんね」

謝っても、赦される事ではないと分かっている。

彼の心を抉る行為をしたのは変えられない現実。

彼を犠牲にする道を選んでしまったのは、他ならぬ自分自身。

どれだけ言い繕っても、その現には覆らない。

なのに、稟は束を責める事はしない。

ふざけるなと、罵詈雑言を吐かない。

人によっては、精神に重症を負い、心が壊れてもおかしくないのに。発狂してもおかしくないのに。

彼は……

「束さんが謝る必要はない。これは、俺が選んだ選択肢でもあるから」

どうして、優しい言葉で包み込もうとするのか。

「だから、大丈夫」

そんな事、ある筈ないのに。

大丈夫は筈が、ないのに。

どうしてそこまで、気丈に振る舞えるのか。

自分が傷付く事を承知で、他者を庇う行動に出るのか。

束はそっと、彼の顔を見る。

「……っ!?」

彼は笑顔を浮かべて束を見つめていたが、その笑顔はあまりにも儚く、今にも壊れてしまいそうなほどに弱々しいもので……

舟を漕いでいるクロエをそっとベッドに横にさせた稟は、視線を逸らせば消えてしまいそうだと、束の瞳には映った……

 

 

 

 

 時が過ぎるのは早いもので、いよいよIS学園入学の前日。

 今日この日をもって、稟はIS学園へと旅立つ。

「うぅぅぅぅ、どうして時間が経つのがこんなに早いんだよおおぉぉぉぉ」

 新天地へ旅立つのに相応しく空は快晴なのだが、如何せん一人のせいで台無しになっていた。その人物は、血涙を流しながらアレンを妬ましそうに睨んでいた。

「おほほほほほほ!何事も諦めが肝心ですよ、創造主?稟様の門出なのですから女々しく泣くのは止めなさい!」

 睨まれているアレンは物凄い優越感に浸っていた。物凄い、ご満悦な表情でこれ見よがしに。

 とてもではないが、前日までは獣のような唸り声を上げていた人物には見えない。何なのだろうか。この二人の変貌ぶりは。何時も通りの残念さとは言えるのだが。

まぁ、それが演技である事は稟も理解している。表情がいつもより硬い稟の事を想い、二人は彼の緊張感を解そうといつも通りの残念ぶりを演じているのだ。

そんな二人とは対照的に静かに、けれど寂しげな表情で稟の腕を掴んでいるクロエ。

 稟はそんな三人に苦笑しながら、最早癖になってしまったのかクロエの頭を優しく撫でる。クロエはそれでも寂しげだったが、その手に込められている感情に何を思ったのかそっと手を放す。

 稟はそれに微笑んでから束に視線を送り、

「束さん」

 優しい声音で声をかける。

 それに言い争いをしていた二人はピタリと止まり、彼の方へ顔を向ける。

「いってきます」

「…………」

 その言葉に、何を感じたのか。

 束は瞳を僅かに揺らし、

「……いって、らっしゃい」

 何かを堪えるかのように、囁くように言った。

 稟はそれに頷き、束が用意した人参型のロケット(ステルス迷彩機能付き)に乗り込む。それを黙って見つめる束とクロエにアレンは近付き、

「稟様の身は私が必ず。貴女達は、バックアップを」

「りっくんの事は頼んだよ。束さん達は」

「稟様に手を出す不届き者がいないように」

 頷き合う三人。

 彼女達の想いは決して揺らがない。彼女達の行動は、全て稟の為に。

「学園での稟様の動画と画像は必ず送信しますのでご安心を」

 アレンはそう言ってからロケットに乗り込もうとし、

「あーちゃん」

 束に止められる。

 アレンが振り返ると、束はアレンの手に何かを握らせる。

「……これは?」

「あーちゃんがISだとばれない為の物。当然だけど、学園の授業ではISを使う事がある。その時にあーちゃんがISを使わないとなれば周りからは不審がられる。でも、これがあれば周りからはあーちゃんがISに乗っているようにも見える」

「……」

「けど、どこまで誤魔化せるかは分からない。ちーちゃんには事情を説明してるけど」

「分かりました。ありがたく使わせてもらいます。最悪、私がISだと露見した時は……」

束とアレンは真剣な表情で頷き合い、

「では」

 今度こそ、アレンはロケットに乗り込む。

 アレンがロケットに乗ると同時。ロケットは発射体制に入り。

 数分後には、ステルス機能を起動させて飛び立った。

「りっくん、あーちゃん……」

「…………」

 後には眼を細めて彼等の名を呟く束と、祈るように空を見上げたクロエが残された。

 

 

 

 

 稟とアレンがロケットに乗り込んで数時間。彼等はIS学園に着くまでの間談笑をしていた。

 アレンがロケットに乗り込むまで、束達と話し合っていたのを窓から見ていた稟だが、その内容を詮索するような事はしなかった。彼女達が稟を除いて話す内容といったら、自ずと分かってしまうからだ。

『当機はまもなく、目的地点へ到達。着陸態勢へと移行します。着陸時の振動にご注意ください』

「どうやらもう着くようですね。見てください、稟様。IS学園が見えてきました」

 不意に上のスピーカーから機械音声が流れ、アレンが窓から外を見るように促す。

 促された稟は窓から外を覗き見、

「……あれが、IS学園」

 見えてきた学園の姿に、思わずそう漏らしていた。

 

 

 着陸にちょうどよさそうな公園へと着いたロケット。ステルス機能は当然起動したままで、稟とアレンはロケットから降りる。

「さて、無事に着きましたね。此処からならば徒歩でもそう時間はかからないでしょう」

「学園で教師の人が待ってくれているんだよな?時間は?」

「大丈夫です。試験の時間には充分に間に合いますよ」

「あちらには苦労させるな」

「創造主ですからね。一体どう脅迫(せっとく)したのかは知りませんが、この試験はあってないような物です。あちらの苦労と苦悩が簡単に目に浮かびますね」

 これから受ける試験に気負いは一切なく、自由すぎる束に呆れてしまう稟とアレンだった。

 稟としては、お詫びの品を持って行きたいところではあったが、残念ながらそんな時間はなかった。せめて、束の関係者としてお詫びの言葉を述べねばと考えつつ学園へ向けて歩く。

「稟様も律儀ですね」

 稟の考えが大体分かるアレンは、稟を見て肩を竦めるのだった。

 

 

 数十分程歩き、漸くIS学園の門が見えてきた。その門には一人の女性が立っており、稟とアレンが目前まで来るのを確認すると、

「来たか。お前達が束が言っていた者達だな?」

 そう言ってきた。

 稟とアレンは女性の言葉に頷き、女性を見つめる。

 黒のスーツとタイトスカートを身につけた、鋭い吊り眼をした長身の女性。適度に鍛えられたボディラインは、宛ら武人と思わせる。

 その女性の名は織斑千冬。稟がIS学園へと入学する切っ掛けとなった織斑一夏の姉。束の親友でもある女性だ。

 千冬はじろりと稟を見つめ、

「束からは聞いていたが、お前は……男、の筈だな?」

 その言葉に稟は顔を顰め、アレンは笑いを噛み殺す。

何故、千冬は性別を確認してきたのか。それは、稟の見た目が問題なのだろう。彼は今、当然だが男物の服を着ている。しかし、数年前と比べて男らしく成長してきているとはいえ、男装をしている麗人と見間違えられる事が多い容姿の稟である。彼の性別を聞いていても確認せざるをえなかったのだろう。

「こんな見た目でも、俺は男ですよ」

「……そうか、すまなかったな」

 何かを諦めたかのような稟の表情に、言ってはいけないことかと悟った千冬は申し訳なさそうな顔をして謝罪の言葉を口にする。

アレンはそんな二人を苦笑しながら見つめ、千冬がそう言ってしまうのも無理はないと思ってしまう。

「まぁいい。取り敢えず、意味はあまりないがお前には試験を受けてもらう」

何やら流れ出した妙な空気を断ち切るように、千冬は表情を改めて稟にそう言う。この試験に意味がないとぶっちゃけるのは如何なものかと思うが。

 あっさりと自分の苦悩を流された稟は物申したい気持であったが、千冬が米神を抑え、頭痛を堪えるかのような表情だったものだから何とか耐えた。

「その、束さんが色々とすいません」

 寧ろ、束に代わり謝罪をしてしまった。

 彼女も稟と同じように、束に色々と振り回されてきたのだろう。今現在も振り回されているし。

 労わる様な稟の視線に、

「お前に愚痴を溢したところで、アレは変わらんだろう」

 千冬は溜息を吐きながらぼやいた。

 全くもっての正論過ぎて、稟とアレンは乾いた笑みしか浮かべれなかった。流石は天災(たばね)である。彼女の自由(フリーダム)っぷりには誰もが振り回されてしまう。

「試験時間は二時間だ。その間、私はクラスに行かなければならないので他の先生に監督は頼んである」

「分かりました」

「試験が終わり次第採点も行う。早ければ一時間以内には採点も終わるだろう。採点が終わるまでは試験を受けた教室で待機しろ」

「はい」

「よし、ではついて来い」

 千冬は案内する為に先に歩き、稟とアレンも遅れないように彼女について行く。

 試験を受ける教室へ向かう道中、千冬から簡単な学園の説明事項を聞く稟。相槌を打ちつつ、疑問に思ったところには質問を挟みながら。

 そうして歩くうち。不意に千冬が立ち止まる。つられて止まる稟とアレン。

「ここがお前が試験を受ける教室だ。中には既に、担当の教師がいる。その教師の指示に従え」

「はい」

「では、私はこれで失礼する」

 言う事を言い終えると、千冬は踵を返しこの場を去って行く。

 千冬の姿が見えなくなるまで見送った後、稟は一度深呼吸をして扉をノックする。

 中から入室を促す声が帰ってきた。稟はアレンに顔を向けると、彼女は頷く。

「失礼します」

 今日この時を以って、稟は新天地の扉をくぐる。

 新たな舞台の幕は開かれたのだ。

 此処から紡がれる物語は、凍てついた稟の心を癒やせるのだろうか。

 それはまだ、誰にも分からない。

 


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