ISー王になれたかもしれない少年は何をみるか   作:nica

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第一章が終わる前に断章を更新。
本当は一章が終わってから更新する予定でしたが、形になったので先に更新。
内容は、稟くんがISの世界に行ってからの楓と桜の状況。
Ⅰという事は、当然ⅡもⅢもある訳で。
次の独白は、一体誰だろうか。


其ノ弐:少女達ノ独白Ⅰ

 楓が稟を突き落としてから早くも五年の歳月が経過していた。

 楓が稟を河に突き落としたあの日。あの日から稟が見つかる事はなかった。稟が河に呑み込まれて数日が経ち、数週間が経ち、数ヶ月が経ち、数年経った今でも、彼の姿が発見される事はついになかった。

 あの日から行方不明となってしまった稟。しかし、光陽町でその事がニュースになる事はなく。それどころか、町の住人達は稟がいなくなった事に対し、数名の例外を除いてほとんどが晴々とした表情を浮かべていた。

 人が行方不明になったというのに、それを心配するどころか喜ぶ町の住人達(げんじつ)に、楓と幹夫は恐怖を覚えた。人というのは、自身が正しいと思い込んでいればここまで残酷になれるのかと。人を奈落の底に突き落とす事を一切躊躇わず、それを成したら喜ぶのかと。

 しかし、二人がその悪夢(げんじつ)に抗議できる筈もない。何故なら、そうなってしまった現実を生み出したのは、他ならぬ自分達のせいなのだから。

 自分達の罪を見せつけられながら、それでも、稟が行方不明になるまでの自分達を演じ続ける楓と幹夫。稟がいなくなってどうして笑っていられるんだと叫びたかったが、稟に甘え続け、彼に全てを背負わせてきてしまった自分達が今更何を言えるのかという罪悪感に包まれてその言葉を呑み込み、今までと変わらない日常を過ごしていった。それが稟の望んだ事だと、今の自分達がすべき事だと、自らを誤魔化しながら……

 真実を知り、稟を失い、自らの所業の結果を見せつけられた楓は一時期自殺をしようとした事もあった。稟を苦しめ続け、助けられていた身でありながらその恩を仇で返した自分は生きる資格がないと、死んで稟に詫びなければと思って。

 だがそれは、桜と幹夫によって止められた。

『稟くんは、自分を犠牲にしてまで楓ちゃんを助けようとしていた。それが例え、自分勝手な想いからきたものだとしても、それでも楓ちゃんに笑っていてほしいと、笑顔で生きていてほしいと願って耐え続けてきた。もし楓ちゃんが稟くんのその想いを踏み躙る真似をしたら、私は楓ちゃんを軽蔑する。例え生まれ変わって再び巡り逢ったとしても、絶対に楓ちゃんを許す事はしない』

『私もお前の事を言える立場ではないが……稟くんに救ってもらった命を無駄にするのだけは止めなさい。そんな事をしてしまえば、稟くんの今までが無駄になる。稟くんの想いが無駄になる。稟くんが耐えてきた日々が、意味を成さなくなる。それだけは、しないでくれ……』

 桜の突き刺すような言葉に、父の懇願するかのような言葉に、楓は自殺する事を思い留まった。稟の想いを無駄にするなという、その言葉に。楓も幹夫も虫が良すぎると思うが、その言葉に縋るようにして自分達を支えていた……

 

 

 

 

 

 

 それぞれの想いを胸に光陽学園を卒業した楓と桜は、新設されたバーベナ学園へと進学する事を決めた。

 バーベナ学園。

 十年前に開門と呼ばれる出来事が起こり、神族、魔族と呼ばれる異種族達が住まう世界と繋がった事件。彼等は「魔法」と呼ばれる、御伽噺にしか存在しなかった力によって支配された世界の住人達。その世界の住人達との、三世界・三種族共存という平和的な道を歩む為に造られた学び舎。それぞれの世界のには各々の思惑もあるだろうが、人間、神族、魔族が多く住まう光陽町に設立された、未来の希望ともいうべき学び舎。それがバーベナ学園である。

 

 

 

 

 

 

 

 

—―side 芙蓉楓

 

 

 

 

 

 

 あの日から五年が経ちました。

 あの日。私が自らの罪に眼を背き続けて、稟くんを河に突き落としてから。

 稟くんを河に突き落としたあの日。私はあの時の真実を知りました。いえ、本当は気付きかけていたんです。だって、稟くんがお母さんを殺してしまっていたのなら、何故稟くんの両親までいなくなっているのでしょう。

 そう。稟くんの嘘には無理があったんです。でも、あの時の私はその嘘に縋る以外の道がなくて。そんな筈はないと稟くんの嘘に縋りついて自分を正当化させ、彼に消せない傷痕を残し続けてきました。

 そうして、真実を否定しながら彼を傷付けてきた報いが返ってきたんです。

 私は自殺をしようとしました。私達の恩人である稟くんを傷付け続け、彼からの恩を仇で返してしまった私に生きる資格はないと思い、死のうと思ったんです。

 でも、そんな私を止めたのはお父さんと、桜ちゃんでした。

 お父さんの言葉はそうですが、桜ちゃんの言葉は私の胸を深く突き刺しました。

 本当は私を責めたかったのでしょう。

 私の頬を引っ叩きたかったのでしょう。

 罵りたかったのでしょう。

 ですが桜ちゃんはそんな事をせず、ただ言葉を紡ぐだけでした。その言葉は私を苛みましたが、私以上に桜ちゃん自身が自分の言った言葉に苦しんでいたと思います。だって、あの時の桜ちゃんは、あの時の桜ちゃんの声音は、こちらが泣きたくなる程の哀しみの色を宿していたのですから。

 あの翌日。お父さんは稟くんを探しに隣町まで行きました。この町は私のせいで、住人の全てが稟くんの敵となっていたので警察も取り合ってくれませんでしたから。

 ですが、隣町まで足を運んでも稟くんは見つからなかったそうです。その日の内に帰ってきたお父さんの顔は悲痛に歪んでいました。勿論、その一回だけで諦めるお父さんではありませんでした。お父さんがいける範囲の場所は隈なく探し続けていました。しかし、結果は変わらず。

 私達の胸を絶望が包みました。

 何を今更と言われるかもしれませんが、それでも私は、私達は……

 そんな中でも、桜ちゃんだけは絶望に押し潰されないように気丈に振る舞い続けていました。

 桜ちゃんは、必ず稟くんは無事でいると私達を叱咤しました。必ず生きて、私達と再会できると。

 それは、現実を認めたくない愚か者の叫びと嘲笑われるでしょう。

 現実を理解しようともしない、可哀相な人と嗤われるものだったでしょう。

 私も赤の他人だったら、そう思っていたかもしれません。だけど、桜ちゃんの瞳は、声は、決して自分を誤魔化すようなものではなかったように感じたんです。

 それは、私の知らない稟くんと桜ちゃんの繋がりがそうさせていたのかもしれません。

 そう、桜ちゃんの左手薬指に嵌められている、玩具の指輪という絆が。

 あれを私は知っています。桜ちゃんが嬉しそうに語ってくれましたから。

 あれこそが、桜ちゃんを強く在り続けさせられている稟くんとの絆の一つなのでしょう。

 正直羨ましいです。妬ましいと思ってしまいます。しかし、私がそんな感情を持ってはいけないんです。

 と、話が逸れましたね。

 兎も角。桜ちゃんの言葉に励まされながら、私達は絶望と戦い続けてきました。

 そうして光陽学園を卒業し、私と桜ちゃんはバーベナ学園という学園に進学しました。

 バーベナ学園では『魔法』というものを学ぶ事ができます。御伽噺の中にしか存在しなかった不思議な力。その力があれば、もしかすれば稟くんを探し出す事ができるのかもしれない。そんな希望を抱いて。

 一年目は、まだ無理でした。

 バーベナ学園に入って一年で稟くんを見つけられたら、この五年で見つけられていたでしょうからそこまで残念ではありませんでした。きっと、本番はここから。

 二年生に進級して初の授業初日。

 私は朝起きて、この五年で習慣になった事をします。

 それは、稟くんの部屋を訪れて挨拶する事。

 今はいない、無人となってしまった部屋。

 あの時からそのままにしているベッドと、ボロボロになってしまっている教科書等の勉強道具の類だけが、ここに人がいたという証でした。

 元々汚れていなかったのと、そこまで散らかっていなかったのが相まって本当に人がいたのかと疑問に思う程の状態でした。

 その部屋に入って、私は稟くんの名を呟きます。当然返事などありません。でも私は、それに構う事なく彼の名を呟き、心の中で懺悔を繰り返します。

 自己満足でしかない懺悔を繰り返すんです。

 数十分そうし続け、稟くんの部屋から出る前に鏡を見ます。そこに映るのは、あの日から髪を伸ばした私の姿。肩まであった髪は、今は腰まで伸びています。これは桜ちゃんと同様、稟くんが見つかりますという願掛けです。彼が見つかるまで、私達は髪を切らないでしょう。

 それから稟くんの部屋を後にし、朝御飯を作ってからお父さんと一緒に食べます。御飯を食べた後は片付けをして、学園へと向かう。

 それが、私の日常。

 あの日から繰り返される、私の日常。

 今日もいつもと同じように、変わる事なく終わるのだろうと朝までの私はそう思っていました。

 ですが、今日この日をもって。

 あの日を境に止まってしまった私達の時間は。

 再び動き出す事になるのでした。

 今日来る魔界と神界からの転校生によって、私達の時は再び動き出すのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

—―side 八重桜

 

 

 

 

 

 

 稟くんが行方不明になってから五年。

 あの日から私は自分を誤魔化し続けながら生きてきた。

 楓ちゃんと幹夫おじさまには色々と言ってきたが、あれも全ては現実を受け入れられない自分の八つ当たりだ。あの二人だけの責任ではないのに、自分の事を棚に上げて二人に八つ当たりをしてしまった。

 それでも楓ちゃんもおじさまも何も言わなかった。二人は悲しそうに目を伏せ、言われるがままだった。そこで何か言い返してくれれば、私も感情的になって泣き叫ぶ事ができたのかもしれない。

 けれど、二人は黙って私の八つ当たりを受け止め続けただけだった。それが罰であるかのように、ただ黙って受け止め続けた。

「稟くん……貴方は今、何処で何をしていますか? 無事でいれくれていますか?」

 鏡に映る自分を見ながら、私は意味のない言葉を呟く。

 この言葉に応えてくれる人は、私の前でいなくなってしまったのに。

 鏡に映る私は泣き笑いの表情を浮かべている。楓ちゃんとおじさまの前では気丈に振る舞っているけれど、いざ一人になればいつもこの表情になってしまう。

「稟くん……」

 私は、稟くんが見つかるまで切らないと決めた髪にそっと触れる。それから左の薬指に視線を向ける。

 そこには、小さな、安っぽい指輪があった。

 その指輪は、稟くんとの絆の一つ。私と稟くんだけとの、楓ちゃんを含まない二人だけの絆の一つ。

 幼い時分。

 隣町で縁日があった。本当なら楓ちゃんと稟くんとの三人で行く筈だったそれは、楓ちゃんが熱を出してしまった事で稟くんと二人きりで行く事になった。楓ちゃんを残して行くのを躊躇った私達だが、当の楓ちゃんとおじさま達に説得されて行く事に。

 正直後ろ髪が引かれる思いだったけど、楓ちゃんのその想いを無駄にするのも躊躇われたので結局行く事にした。

 隣町の縁日は、光陽町でやる祭りよりも少しだけ規模が大きかった。人も多く、下手をすれば稟くんとはぐれてしまう。だから私は稟くんと手を繋いではぐれないようにした。

 普段は楓ちゃんも一緒で特に気にする事はなかったが、こうして二人っきりで手を繋ぐと否が応でも稟くんを意識してしまったのを覚えている。想い人である稟くんと二人っきり。自分の顔が赤くなっていないか、それを稟くんに気付かれていないかと心配した事もあった。まぁ、稟くんに気付かれる事はなかったけど。楓ちゃんの分も、思いっきり楽しもうと微笑んでくれたっけ。それにまた胸が高鳴ったけど。

 相変わらずな稟くんにちょっとがっかりしたけど、それが稟くんだから仕方ない。そんな稟くんだから好きになった訳だし。

 それから二人で楽しんで周った。思う存分遊び倒した。

 稟くんとの時間を心の底から楽しみ、もう少しでこの時間も終わってしまうとなった時。私の眼に、ふとある出店が留まった。そこは、アクセサリー類が売ってある出店だ。

 ぞのお店の数あるアクセサリーの中で私の眼を特に引いたのが、私が今している指輪だった。別段特別な意匠をこらされた指輪ではない、ちっぽけな何処にでも売ってあるような指輪。それがどうしてか気になって……

「いらっしゃい、小さなお嬢さんに少年」

 そのお店を開いていたお姉さんに声をかけられた。

 なんでも、このお店のアクセサリー類は全てお姉さんの手作りらしい。そこから私とお姉さんは会話を弾ませた。やっぱり、女の子ならアクセサリーには興味がある訳だし、どうしてそれを手作りするようになったのか気になったのでお姉さんに質問攻めをしたのも、今となってはいい思い出だ。

 そうして話していて、このお店の商品にはそれぞれ想いを籠めて作ったとお姉さんは語った。

 そして、この指輪に籠められた想いは『絆』。

 例え離れ離れになったとしても、この指輪が作った『縁』で所有者達を繋ぎ止め、再び巡り会わせるもの。

 何があっても所有者を引き離させない、所有者の想いを支え、その想いを現実とさせる為のもの。

 それを聞いて、私はこの指輪を買う事を決めた。

 稟くんは私の眼をじっと見つめた後に頷いて、この指輪を買ってくれた。

 そんな色々な想いがある指輪。

 稟くんがいなくなった後も、私を私でいさせてくれている指輪。

 その指輪の『絆』に縋って、私は自分の『夢』を保留した。夢である、人形職人の道を一時保留して、このバーベナ学園に入学した。

 この、『魔法』というものを学べるバーベナ学園へ。

 稟くんと再び逢える、恐らくは最後の希望であるだろう場所へ。

「稟くん……」

 私の心は、そろそろ限界だろう。

 どこか他人事みたいにそう思ってしまった。

 もし、この希望が断たれれば、私は私でいられる自信がなくなる。

 だから、どうかお願いします。

 稟くんと、再び……

 

 

 

 

—―桜……

 

 

 

 

「え……?」

 それは、私の弱い心が聞かせた幻聴なのかもしれない。

 諦めの悪い私に、せめてもの情けと神様か悪魔かどっちか分らない存在が聞かせた悪戯なのかもしれない。

 だけど、確かに私は聞いたんだ。

 

 

 

 

—―ありがとう……

 

 

 

 稟くんの、声を……

 私の瞳から、涙が零れる。

 今まで我慢していたものがどんどん溢れてくる。

 例えこれが幻聴だとしても構わない。

 だって、確かに私は聞いたんだ。

 稟くんの声を!

 稟くんは生きている!

 それだけで、私の胸が満たされる気持ちになる!

「稟くん。私は……」

 そして、私達の、私の止まってしまっていた時間は……

 ここから再び動き出す。

 それは、この指輪が紡いでくれた奇跡なのだろうか……

 


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