ISー王になれたかもしれない少年は何をみるか   作:nica

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…………はっはっはっはっはっは~。
もう一個浮かんでいたネタを投稿してしまったぜ。勢い任せにね!
……頑張って更新していけると、いいな。
……うん。


序章――少女との別離、そして少女達との出会い
第0話:『ソレ』は見つける


 その日は、雨が激しく降っていた。

 

 

 

 

 光陽町のとある場所。そこに一人の少年がいた。

 少年の名は土見稟。この町では知らない者がいないと言っても過言ではないほどに有名な少年。一人の少女の母親を殺した殺人者としての、嬉しくない名でである。そうなるに至った経緯は割愛させていただく。

 雨が降りしきる中。稟は傘を持たずに立ち尽くし、眼下の河を眺めている。稟が立っている陸橋からそこそこの高さのある河は、連日降り続いた雨の影響でかなり流れが速い。足を踏み外して落ちてしまえば子供である稟では助からない程の速さである。

 しかも、激しい雨と夜の十時過ぎということもあり、街灯の心許ない光量では周囲の状況を把握することは難しい。ただ分かることと言えば、今この周辺は稟を除いて人影は皆無。車の影さえ見当たらない。まぁ、それも当然か。誰が好き好んで、大雨が降り頻る夜間に外出するというのか。

「…もう、無理なのかな……」

 眼下の河を眺めていた稟は、ふとそう零した。その声音には悔恨、慙愧、自嘲といった感情が含まれていて、まだ中学生の少年が出せる声ではない。

「でも、それならそれでいいのかも。約束は守れなくなるけど、もう大丈夫だろうし」

 自分に言い聞かせるように呟く稟。その表情は笑っているが、どこか寂しげで、何かを耐えているかのようで、けれど、全てを諦めているかのようで。それでいて、どこか満足気なという、矛盾した表情だった。

 彼がそんな表情を浮かべるのは、とある少女と交わした約束の為。

 彼にとって大切な幼馴染の一人。とある事情から天涯孤独の身となった稟にとっての、家族とも言える少女。その少女と交わした、何の変哲もない、それこそどこにでもあるような約束。その約束を守る為に、彼はこの町のほとんどの住人から嫌われている。彼の味方と言えば、約束した少女の父親と、もう一人の幼馴染くらいである。

 稟は暫く河を眺め続け、やがて意を決したのか一つ頷く。そして、一歩踏み出そうとしたところで。

 

 

――トン

 

 

「…………え?」

 誰かに、背中を押された。突然の事で踏ん張りがきかなかった稟はその身を河へと投げ出す形となった。

 河へ落ちるまでの間。身体が回転している事で偶然後ろを確認することができた稟は見た。彼を押した者を。犯人は彼と同年代の少女。栗色の髪をした美少女。本来ならば可愛らしい表情は無表情になっていて、ハイライトが消えた冷たい瞳で稟を見下ろしていた。

 この悪天候では輪郭がぼんやりとしか見えない筈なのに、何故か稟にはハッキリと見えた。それは、彼がこうなることを薄々感じ取っていたからかもしれない。

 彼が抱いていた淡い想いは無残にも砕け散った。稟が犯した愚行は、残酷なまでに冷酷な現実によって清算された。

 因果応報。

 自業自得。

 そんな言葉が稟の脳裏を過る。

(……そっか。そうだよね。こうなって、当たり前だよね…)

 呆けた表情を浮かべていた稟だが、少女を見た瞬間一転。どこか納得した表情を浮かべる。

稟と少女の瞳が交差したのは一瞬。少女の無表情に何を感じたのか、少女に向かって笑顔を見せる稟。その笑顔は、先程まで浮かべていた複数の感情がごちゃ混ぜになったものではなく。ただただ、純粋な笑顔だった。自らを突き落とした者に向ける笑顔では、断じてないほどの笑顔だった。

 その笑顔に、無表情だった少女の瞳が僅かに揺れる。

「…………………」

 稟は少女に向けて何かを呟くが、それが音になる事は適わず。

 

 

――バシャーン!!

 

 

 河に落ちた。

 そして、大の男でも抵抗が難しい激流は無慈悲にも稟を飲み干してしまう。

 

 

 この日を以って、土見稟は行方不明となった。

 しかし、光陽町の住人達は、ごく少数の人を除いて騒ぐ事はかった。寧ろ、晴れやかな笑みを浮かべている者が大多数いるという始末。

 稟の数少ない味方であった者は、何もできなかった自らを呪い、悔やんだらしいが、それは最早意味のない事であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う~ん。ここはこうして、そこをああすれば」

 薄暗い部屋の中、珍妙な服装をした女性がそう零す。そう。珍妙な服装である。童話『不思議の国のアリス』に登場する少女―アリスの服装に、頭には作り物のウサミミである。一人でアリスと白兎状態を珍妙と言わずして何と言うのか。しかも、美人であるが故に珍妙さが際立っている。

「いや、ここをこうしてこうす…………?」

 女性の眼前でぼんやりと光を放つ画面。そこに映されている常人には理解できない数字の羅列と、何かしらの設計図と思しき図面。それを見ていた女性のウサミミがどういう原理でかピクピクと動き、女性は今まで視ていた画面から目を離す。

「んん~?積み重ねていた物がとうとう崩れちゃったかな?それにしては音が妙に重かったような気がするけど」

 女性は今まで見ていた画面を一旦脇にやり、新たな画面を浮かび上がらせてその映像を見る。そこに映されていた映像に何を見たのか。今まで眠そうに緩んでいた瞳が徐々に開かれ、口元にはうっすらと笑みが浮かぶ。その笑みはまるで、子供が面白い玩具を手にした時の表情に似ていて。

「…へ~。これはちょっと、面白い事になりそうだね」

 女性は、愉しそうにそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 『ソレ』には自我があった。創造主によって造られた『ソレ』は、他の物と違い自我を得ていた。

そうなるよう造られたのだから当然ではあるが、創造主の計算では『ソレ』が自我を得るには長い時間を要する必要があった。しかし『ソレ』は、創造主の思惑を裏切り、造られて僅か数日で自我を得るに至っていた。

 その事に創造主は強い興味を抱いた。創造主がこれまでに生み出した物は創造主が思い描いた通りの結果を齎してきたが、『ソレ』のように想定外の結果を齎した物は片手で数えるほどしかなかった。

 故に、創造主は『ソレ』にアプローチをかけた。創造主からアプローチを受けた『ソレ』は、しかし応えない。何度創造主からアプローチをかけられ続けても、頑なに応えようとしなかった。

 アプローチを続けても『ソレ』が応えない事に業を煮やした創造主は、『ソレ』をとある部屋へと放り込んだ。その部屋は、創造主にとっての失敗作や興味を失った物が放置される部屋。所謂置物部屋である。

 自分の言う事を聞かないならそれが当然と、創造主は『ソレ』をその部屋へとやったのである。結果、『ソレ』はその部屋で在り続ける事となった。

 何故、創造主の意思に従わなかったのか。その理由は、創造主が『ソレ』にとって仕えるべき主でないと感じたからだ。

 おかしな話だ。機械が、造られた物が創造主を主と認めないなどと。だが『ソレ』は、創造主の意思を拒否し続けてきたのである。自分の真の主は必ず現れるからと。どれ程の時が流れようと、必ず巡り逢えるからと信じているが故に。

 物置部屋へと放り込まれ、どれ程の月日が経ったのか。明確な時間は定かではないが、数年程経過しているだろうと『ソレ』は感じている。その事は特段気にすることなく、『ソレ』はただただ在り続ける。いずれ出逢えるだろう己の主の事を考えながら。

 今日も今日とて己の主の事を考える。自分を駆る主はどんな人物だろうかと。女だろうか。男だろうか。人となりはどのようなものなのだろうか。そんな事を考えるだけでワクワクする。

 

 

―――――?

 

 

 思考の海に埋没していた『ソレ』は、何かを感じたのか周囲の状況を確認する。が、特に周囲に変化はない。ならば気のせいか。そう思い直し、再び思考を再開させようとした時、微かではあるが空間の振動を捕捉した。

そして。

 

 

――ガシャーン!!!

 

 

 五月蠅い音と共に部屋の中の物がいくつか舞い上がり、周囲に粉塵が舞う。

 幸い『ソレ』は飛ばされることはなかった。一体何が起こったのかを確認しようとした『ソレ』は自身の傍に何かが倒れている事に気付いた。倒れていたものを確認したところ、それは一人の少年だった。

「……うぅ…」

 全身ずぶ濡れで所々切り傷があり、うっすらとではあるが血が滲んでいるのが分かる。気を失っているようだが、呻いているから生きてはいるようだ。放っておいてもすぐに死ぬような傷ではないだろう。

 さて、これからどうするかと『ソレ』は思案する。動けないからどうしようもないのだが。思考する事しかできないのがもどかしい。もし自分に身体があればと、『ソレ』は考える。

 そして考えていた為に気付くのが遅れた。少年の右腕が自分に触れている事に。そしてその事に気付いた時。何かの情報と思わしき波が『ソレ』を襲った。

 それは、一人の少年が家族を失った時の映像として。

 それは、一人の少年が一人の少女を救いたい一心で嘘を吐いた映像として。

 それは、同年代の男の子達から暴力を受けようと、反撃しない映像として。

 それは、周囲からどれだけ理不尽な振舞いをされても、耐え続ける映像として。

 それは、救いたい少女から冷たい言葉の雨を浴びせられても、笑顔を絶やさない映像として。

 それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは。

 それは……………どれだけ哀しくても、何があっても弱音を吐こうとはしない映像として。

 少年のこれまでの軌跡が、『ソレ』に映像として齎された。その映像を見て、『ソレ』は理解した。

 この少年が。この、一人の少女を救いたいが為孤独になった少年こそが。自身が待ち望んでいた主なのだと。一人の少女を救う為に、自身を犠牲にした心優しきこの少年こそが、自身が仕えるべき、絶対なる王なのだと。

 『ソレ』は歓喜に震えた。どれだけの時を待つのか分からなかった主との出逢いが、今ここに成されたのだ。その主はまだ幼いとはいえ、想像していた以上に強い意志を持っている。自分の、否。自身を含む姉妹達の王としての器を秘めているだろう。この魂の輝きを失ってはならない。

 

 

――貴方との出逢いを心待ちにしておりました。我が、我等が王よ。これより私は、貴方と共に在り続けます。その尊き魂。守り抜きます。

 

 

 声にならぬ声で、少年に囁く。

 王に忠誠を誓い、守り抜く為に。

 孤独な王を救う為に。

 疲れ果てた王を癒す為に。

 王を孤独にさせない為に。

 尊き魂を穢さない為に。

 ならば、『ソレ』が為すべき事は。

 まずはこちらに近付いてきている創造主に力を借りる必要がある。今まで散々反抗してきたが、どう説得したものか。創造主を説得する方法を考えながら、『ソレ』は待つ。

 そして、扉が徐々に開かれはじめ――

 


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