立春も過ぎた2月14日。暦の上ではもう春だが、まだまだ魔法の森は雪真っ盛り。春の息吹を愛でるには少し時間がかかりそうだ。
「ふう。寒い、寒い」
そんな雪の森に、一人の少女が舞い降りた。少女の名前は『霧雨魔理沙』。魔法の森の一角に居を構える人間の魔法使いである。箒を持っていない方の手でスカートに付いた雪の粉を払いつつ。魔理沙は目的の店に足を運ぶ。
「にしし。香霖のやつ、吃驚するだろうなあ」
ポーチから取りだしたモノを確認しつつ、魔理沙は想い(と言う名の妄想)を巡らせる。
「まさかそのまま……つ、付き合っちゃう……とか…………」
自分で言いつつ顔を赤くする辺りはまだまだ恋に夢見る少女。普段霊夢やアリスに接する時の態度とは随分と様相が違う。もし今二人に見られたら、今後1か月は揶揄われるだろう。
「えへ。えへへへ――ん?」
だが、その妄想を引き裂く者が眼の前に現れた。正確には、眼の前の店、『香霖堂』から出てきた。
「あら。珍しいわね」
「そりゃこっちの台詞だぜ。花の妖怪のお前さんが、雪の古道具屋に何の用があるんだ?」
現れたのは『風見幽香』。花を操る程度の能力という、何とも華やかな能力を持つが、彼女の正体は泣く子も黙る大妖怪である(幽香の知人曰く、意外と可愛らしくて優しいらしいが)。
「あら、知らないの? 冬には冬の花があるのよ?」
「へえ。知らなかったぜ」
「魔法使いの癖に勉強不足ね。まあ、魔術に役立つかは分からないけどね」
幽香は「それじゃあね」と魔理沙の脇を通りすぎる。その瞬間、魔理沙のレーダーに何かが引っかかった。
「待てよ、幽香」
「……何よ? こう見えて私忙しいの――」
「お前何しに香霖堂に行ったんだ? 菓子何か持って」
――ピクッ――
幽香の足が止まる。やはりな、と魔理沙は先を越された悔しさで口を尖らせる。
「あら? 何で私が店主さんにチョコを渡したと思ったの?」
「誰もチョコとは言ってないぜ?」
「……っ!?」
幽香が忌々しそうに舌を打つ。菓子云々は魔理沙のハッタリ。現に香霖堂から出てきた幽香は自前の日傘以外は鞄の類すら持っていなかった。だが、魔理沙の鼻は誤魔化せなかったようだ。
「……彼、よく読書してるじゃない? だから偶には買い物のついでに甘いものでも差し入れようと思ったわけよ」
「買ったものを持って帰らずにか?」
「大きいからね。後で運んで貰う事にしたの」
「お前並の妖怪より力あるだろうが」
二人の間にバチバチと見えない火花が飛び散る。並の妖怪はおろかある程度名の知れた妖怪ですらこの状況を見たら一目散に逃げだすだろう。
「ま、せいぜい頑張ることね」
先に顔を背けたのは幽香だった。しかし別に魔理沙の視線に耐えきれなくなったわけではないようだ。寧ろ振り返る瞬間の顔は、余裕すら見られた。
「ふん。そっちこそ後で吠え面かかないか心配しとくんだな」
「それは此方の台詞よ」
幽香はそれだけ言うと香霖堂から離れていく。魔理沙は「べー」と舌を出すと、直ぐに表情を引き締め、香霖堂に歩みを進める。
「(ふん。自分がスタイル良いからって……今に見てろよ。私だってそのうち……)」
自分の胸に手をやりつつブツブツと呪詛の様に呟く魔理沙。確かに年相応の体系な魔理沙からしたら、幽香のプロポーションはかなりの脅威である。実際人里だと妖怪と知りつつ大抵の男たちが幽香に見惚れている。主に胸やら尻やらに熱い視線を向けて。
と、そんなことを言ってるうちに、目的の香霖堂のドアの前まで着く。が、ここで魔理沙は立ち止まってしまった。
「(沈まれ、沈まれ私の心臓!)」
ある意味中二病くさい言葉だが、魔理沙の心臓は今にもその控えめな胸から飛び出さんばかりに動いていた。まさに破裂寸前である。
「ふー……ふー……」
数回深呼吸をして、「よし!」と頬を一叩き。覚悟を決めた。
「よう! 香霖暇か?」
「やあ魔理沙。出口は後だよ」
「じゃあ上がらせてもらうぜ」
ドアの正面に位置する机に居る店主『森近霖之助』との、いつも通りの他愛ないやり取り。だが今回は、魔理沙は気を抜くと変に上ずった声がでそうで気が気でなかった。
「僕は読書で忙しいんだ。邪魔するなら帰ってくれないか?」
「つれないこと言うなよ。私と香霖の仲だろ?」
「僕と君の仲だから言ってるんだ」
「私は客だぜ? 『お客様は神様』だろ?」
「それは店側の心構えであって客が傍若無人に振る舞う為の免罪符じゃないよ。それに、客ならまず買う物を決めるものだし、支払いをツケで済ませることはしないよ」
「だから、死ぬ前に払うって言ってるだろ」
「どうだか」
魔理沙と会話しつつも、霖之助は本の頁を捲るのを止めようとはしない。普段は煩わしいが、今の魔理沙には有難かった。
「(よし。ここまでは順調。後はコイツを渡す――)」
ここに来て魔理沙はあることに気がついた、それは机の脇に置いてある箱。昨日来た時にはなかったものだ。
「なあ香霖、これ何だ?」
「ああ、それかい? それは『チョコレート』だよ」
――バン――
チョコと聞いた瞬間、魔理沙が両手で机を力一杯叩き付ける。
「魔理沙。頼むからいい加減店内で暴れるのは――」
「誰だ?! 誰に貰った?! 幽香か? 慧音か? それとも――」
熊をも殺さん限りの剣幕で魔理沙は霖之助に詰め寄る。霖之助も普段とは違う魔理沙の態度にかなり驚いているようだ。
「ま、魔理沙少し落ち着くんだ」
「これが落ち着いていられるか! いいから誰に貰ったか薄情しろ!」
魔理沙はミニ八卦炉を構え、魔力を込める。本気でマスタースパークを撃とうとする魔理沙に、霖之助は慌てて首を横にする。
「ち、違う! これは幽香君や慧音にも、ましてや誰かに貰ったものじゃない!」
「じゃあ何なんだよこの箱いっぱいのチョコは?」
「売り物だよ!」
「……へ?」
ミニ八卦炉から魔力が霧散する。霖之助は「やれやれ」と冷や汗を拭い、眼鏡を掛け直した。
「これは売り物だよ。この後人里に行って売ってもらうつもりなんだ」
「売るって。何でお前がチョコ何かを?」
「ああ。今日は外の世界だとバレンタインデーという日だそうだね。何でも、女性が男性にチョコを贈る日だとか」
「な、何で香霖がそんなこと知ってんだ?!」
朴念仁の究極系とも言えるこの男(霖之助)が、バレンタインデーを知ってるのを、魔理沙は信じられなかった。
「先日早苗に聞いてね。興味深かったから自分で調べてみたんだ」
「へ、へえ……(早苗の奴、余計な事を!)」
魔理沙はここに居ない早苗に心でマスパを撃った。元々自他の恋愛の機微に疎い霖之助だ。そんな奴がバレンタインデーの話を聞いたら商魂に火がつかないわけがない。いや、それだけならいいのだが……
「そもそも、バレンタインデーの由来にもなった聖バレンタイン司祭の殉職。正式にはヴァレンティヌスと呼ぶらしいけど。その逸話が宗教に利用された可能性があるね。外の世界にあったローマ帝国、今はイタリアと言うらしいが、では兵士の結婚を禁止していたらしいんだ。だがヴァレンティヌス司祭はこれを不憫に思い、兵士を秘密裏に結婚させていた。それが帝国の怒りを買い、2月14日に処刑された。バレンタインデーはそれに由来しているらしい。けどこれはキリスト教と呼ばれる外の世界での説話で、これ自体キリスト教が異教の風習を自らの風習に改竄するためにバレンタイン司祭の殉職を利用したきらいがある。何故そうしたかと言うと当時のローマ帝国では――」
魔理沙はもう霖之助の話を聞いてはいなかった。魔理沙が一番恐れたのは、霖之助が調べた知識をひけらかすこと、即ち蘊蓄を語ることだ。魔理沙も魔術関係なら興味を持って聞けるが、いくらバレンタインの知識とは言え歴史蘊蓄は専門外だ。それ以前に霖之助の蘊蓄話に耐えれる者が殆どいない。
「店主さーん。裏の雪かき、終わりましたあ……」
と、そこに頭や肩に雪を積もらせ入って来たのは、半人半霊の剣客少女、『魂魄妖夢』だ。
「ご苦労様。じゃあ、次の仕事だけど……」
「まだあるんですか!?」
妖夢が絶望の叫びを上げる。彼女は今朝から寒いなから香霖堂の周りを雪かきしていたのだ。もう体力の限界だった。その上これ以上仕事を押し付けられたら倒れるかもしれない。
「大丈夫。今日は次で最後だから」
「そうは言っても……もう身体が冷え切ってしまって。お腹も減ったし」
「そう言うと思って風呂を沸かしてあるから入るといい。着替えはもう適当に見繕って脱衣所に置いてあるからそれを着てくれ。あと、台所に雑煮を用意してあるから適当に食べてくれたらいい」
「あ、ありがとうございます!」
妖夢は涙を浮かべながら、足早に店の奥に引っ込んで行った。途中魔理沙とすれ違ったが、風呂と雑煮に気を取られ、全く気がついていなかった。
「……何で妖夢がここで働いてるんだ?」
「この間彼女が買い物に来た時、三妖精の悪戯に引っかかったようでね。店の賞品を幾つか壊されたからその代償さ」
「ふーん……にしては風呂炊いてやったり飯食わせたり随分優遇してるな?」
「彼女は『誰かさん』たちとは違ってきちんとお金を払ってくれるし、なりより真面目に働いてくれているからね。いくら弁償のための労働とはいえ、それくらいの対価は払うよ」
「へえ。アイツも物好きだな」
「……」
霖之助は魔理沙への当てつけも込めて言ったのだが、当の本人はどこ吹く風。いい意味でも悪い意味でもマイペースである。
「それで、結局今日は何の用だい?」
「え? それは……」
ここに来て本題に戻される。今までの会話で妙な緊張は解れたはずだが、いざその時になると、やはり尻込みしてしまう。
「それは?」
「そ……そんな事より! さっき幽香が来てたろ? アイツ何しに来たんだ?」
結局、決めたはずの覚悟もどこへやら。話題を変えて時間を稼ぐ。
「幽香君かい? それなら……」
霖之助は机の引き出しをゴソゴソと漁り、
「これを渡しに来たようだ」
綺麗に包装された、薄い直方体の箱を取りだした。
「やっぱり貰ってんじゃねえかああああああ!!!!」
「だから八卦炉を構えるのを止めろー!」
どうにか魔理沙を宥め、本日2回目の八卦炉暴発を回避。店内でマスタースパークを撃たれたら、それこそ妖夢がやらかした以上の損害である。その上魔理沙は弁償する気も一切ないのでタチが悪い。
「まったく。一体何を考えているんだ?」
「だって、チョコ貰ってるし……」
すっかり臍を曲げてしまった魔理沙。霖之助は「やれやれ」と溜め息。
「魔理沙、君が何を思ってるのかしらないが」
「……」
「これは恐らく『義理チョコ』だよ」
「……は?」
そんなはずはない。先程幽香は魔理沙に宣戦布告したばかりなのだ。そんな幽香が義理チョコを渡すわけがない。だとすれば……
「幽香君がこれを渡した時、『日頃の感謝』と言っていたからね。幽香君は上客だからお礼を言いたいのはこっちだったんだが」
「(幽香……ドンマイ)」
魔理沙は心の中で幽香に敬礼を送る。幽香が義理チョコを贈っていないとしたら、それは霖之助の勘違いに他ない。まさしく朴念仁ここに極まれり。
「(いや、これはチャンスか?)」
幽香のチョコの真意が霖之助に伝わっていない。とすれば自分がキチンと伝えれば――
「……」
「どうしたんだい? そんなに睨んで」
自分の気持ちを伝えれば、もしかしたらさっきの妄想が現実になるかもしれない。そう思うと、魔理沙の顔は上気し、心臓の鼓動が再び激しくなった。
「こ、香霖。あのさ……」
「さっきから何だい? 用があるなら早くしてくれないか?」
「こ、こ、こ……」
「こ?」
魔理沙が意を決して渡そうとした、その瞬間――
「店主さん。準備出来ましたって魔理沙さんもいらっしゃい」
「!!!????」
店の奥から着替えた妖夢が戻って来た。風呂に浸かったせいか、頬が薄らと赤く染まっている。いきなりの出来事で酷く驚いたが、魔理沙は妖夢が『いらっしゃい』の言葉で一瞬で我に返った。
「もういいのかい?」
「はい。すっかり温まりました。あ、お雑煮ごちそうさまでした」
「お粗末さま。まあ正月の残りの餅だけどね。君の方が料理も上手いだろうし」
「そんなことありませんよ。とても美味しかったですよ」
「ありがとう」
楽しそうに妖夢と会話をする霖之助。そんな姿を見ていると、とても切なく、やるせなくまってきた。
「あ、そうだ」
妖夢が方からかけていたポシェットから小箱を取りだす。幽香が霖之助に渡したのと同じ、薄い直方体の箱だ。
「これ、バレンタインデーのチョコレートです」
「いいのかい?」
「はい。店主さんには日頃お世話になってますし」
「そうか。では有難く頂戴するよ」
「どういたしまして」
嬉しそうに微笑む妖夢に、微笑み返す霖之助。その姿はまるで……。
「しかし、最近よくチョコを貰うな」
「そうなんですか?」
「ああ。さっきも幽香君に貰ったし、昨日は慧音にも貰ったよ」
「へえ。モテモテですね」
「そうだといいんだがね」
自然な、ごく自然な会話。まるで長年連れ添ってきたような。
「それで、次のお仕事は?」
「ああ。そこの箱の中身を人里で売って来てほしい。なるべく女性にね」
「分かりました。あ、裏の荷車使っても良いですか?」
「構わないよ」
「では、行ってきます」と妖夢は大量のチョコレートの入った箱を抱えて店を出た。途端、店の中を静寂が包む。
「……」
「……」
気まずい雰囲気が漂う。魔理沙はキュッと口を一文字に結び、霖之助は再び本に目を落とす。
「……じゃ、また来るぜ」
魔理沙は帽子のつばをグッと引くと、踵を返し帰ろうとする。
「魔理沙」
霖之助が魔理沙の背に向けて呼びかける。魔理沙は一瞬立ち止まるが、また一歩出口に向かう。
「魔理沙、僕に渡したいものがあるんじゃないのか?」
「!!」
首が捻じ曲がらんばかりの勢いで振り返る。霖之助はまだ本に眼を向けたままだった。
「な、なんで……?」
「おや。当たっていたのかい? まあそんなことだろうとは思っていたけど」
「か、カマかけやがったな!」
嵌められたことに赤面する魔理沙。しかし霖之助は謝る様子は一切ない。
「いつも君たちには迷惑をかけられっぱなしだからね。これくらいの仕返ししてもバチは当たらないだろう?」
「ぐぬぬ……けど、何で私が香霖に何か渡したいって思ったんだ?」
「ずっとソワソワして落ち着きがなかったし、時々ポーチの留め具に手を掛けては離していたからね。大方何かを取りだそうとしてその都度躊躇っていたってことは直ぐにわかったよ」
淡々と説明していく霖之助。魔理沙の方を殆ど見ていなかったはずなのに、鋭い洞察力である。
「それに、幽香くんの話をした時や、妖夢と話している時は無意識だろうけどスカートの裾を握っていたし、時々拳に力が篭ってたようにも見えたよ。君が何かを我慢している時の癖だ」
「そんなとこまで……」
「別にこれくらい意識しなくても分かるよ。一体何年君の世話をしてきたと思ってるんだい?」
霖之助の態度は、決して魔理沙を意識しているとは思えなかった。けど、それは意識していないのではなく、『意識するまでも』なかったのだ。それほどまで、霖之助は魔理沙のことを理解していた。少なくとも、本人はそのつもりだった。
「それで、一体僕に何を渡したかったんだい?」
「え? あ、それは……」
「それは?」
ここまで来ては、もう後に引けない。散々覚悟が固まっては霧散してきたが、ここが年貢の納め時、潮時である。
「ほ……ほらよ!」
魔理沙はポーチから取りだしたソレを力一杯霖之助に向けて投げつけた。
「っ!? 危ないな……」
顔に当たる寸前で何とかキャッチ。投げつけられたのは、幽香や妖夢から貰ったのとほぼ同型の箱だった。
「これは?」
「バ、バレンタインのチョコだよ!」
耳まで真っ赤にして怒鳴る魔理沙。霖之助は「ふっ」っと悟ったように微笑む。
「魔理沙……」
「な、何だよ?」
「僕で魔法薬の実験をするのは止めてくれないか?」
魔理沙の箒の柄が霖之助の額に突き刺さる。霖之助の首はその勢いで直角に曲がり、「グキッ」という嫌な音がした。
「ぐおおおおっ!!! 首がっ! 首がああああっ!!!!」
「香霖の大馬鹿野郎おおおおお!!!」
魔理沙は霖之助に怒鳴り散らすと、一目散に店から出ようとする。
――ポフ――
と、そこで魔理沙の帽子に何かが当たる。足元を見ると、小さな袋が落ちていた。
「痛たた……少しは手加減をしたらどうなんだい? 僕は君らとは違って身体が弱いんだ」
「半分妖怪のクセによく言うぜ。んで、これは何だ?」
「僕からバレンタインの贈り物だよ」
「………………へ?」
たっぷり間を置いて、出てきたのは素っ頓狂な言葉。予想外のことだから仕方ないとはいえ、後で思い返すととても間抜けな事だ。
「さっきバレンタインの説話をしたろ? アレが作り話の可能性が高いように、バレンタインに女性がチョコを贈る文化も作られたものだ。と言うより、外の世界でも日本だけらしい」
「そうなのか?」
「ああ。寧ろ外国だとただ単に『恋愛を祝う日』だそうだ。だから男性から女性、同性同士でも贈り物をするし、贈るしなもチョコとは限らない。だから――」
――それは僕から君へのプレゼントだよ。
「…………………………(ぼっ!)」
長い硬直の後、魔理沙の顔から湯気が立つ。まさか霖之助が自分にプレゼントをくれるとは、夢にも思っていなかった。それこそ天変地異でも起きない限り。
「こ、こ……私……に?」
「だからそう言ってるだろ」
「あ……開けても、いいか?」
「どうぞ」
魔理沙は恐る恐る包みを開ける。そこには、一対の星形のイヤリングが入っていた。金細工で出来た五芒星の縁取りで、中央の五角形部分には紅い宝石が埋め込まれていた。
「魔術的には紅玉(ルビー)の方が良かったんだろうけど、生憎と持ち合わせがなくてね。柘榴石(ガーネット)で我慢してくれるかい?」
「寧ろ宝石なんてどうでもいいぜ……これ、本当にくれるのか?」
「さっきから何度も言っているだろう。それは君へのプレゼントだよ」
「……とか言って慧音たちにも渡したんじゃ?」
「……君だけだよ」
「え?」
霖之助は、顔を少し顰めながら眼鏡の位置を直す。
「そのイヤリングは、君の為に拵えたものだ。だから、それを渡すのは君だけだよ」
霖之助は照れくさそうに頭を掻くと、逃げる様に読書に戻る。魔理沙は、もうそんな霖之助には目もくれず、ただ呆けた顔で手の中のイヤリングを見つめていた。
「……私の、私だけのイヤリング」
愛おしそうに両手で包み込む。自然と、口元が緩みそうになるのを必死でおさえる。
「ぷくくく……なんだよ。らしくないぞ香霖?」
「……文句があるなら返してもらおうか?」
「嫌だね。これはもう私んだ。死んだって返してやんねえよ!」
足取り軽く、魔理沙は店から勢いよく飛び出す。
「じゃあな香霖! また来てやるよ!」
「今度来るときはツケを払ってくれよ」
「気が向いたらな!」
箒に跨り、蒼天を翔ける魔理沙。それはまるで、夜空を流れる流星のようだった。
「……まったく。本当に僕らしくないな」
魔理沙が飛びたった後、霖之助は一人になった店内でポツリとぼやく。
「けど、それは君もだろう?」
魔理沙はバレンタインの事が頭に一杯で霖之助の『能力』を忘れていた。霖之助の能力。それは、『道具の名前と用途が分かる程度の能力』。例えそれが食べ物だとしても、『何かの為』にそれが作られたのであれば、霖之助にはソレが分かってしまう。
「『自分の気持ちを素直に伝える為のモノ』、か。相変わらず素直じゃないな、魔理沙は」
霖之助が箱を開けると。中には本の形をした厚めの板チョコが入っていた。中央にはハートマークが飾れている。
――カリッ――
一口齧る。口の中にチョコレート特有の苦みと甘味、それと隠し味で洋酒を入れたのか、ほんのりアルコールの香りがした。
「……さて。ホワイトデーには何を要求されるやら」
1か月後のことを考えると、少し憂鬱になりながらも楽しみにしている自分がいる。だが、その矛盾もまた心地よいと思う霖之助であった。
――バレンタイン。それは贈り物を触媒にし、愛情を言の葉に籠めて紡ぐ、コイイロノマホウ
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