艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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第九話「MISSION02_ガダルカナル島近海攻略-03」

「チィッ!」

 

 思わず大きな舌打ちが漏れる。正直、私は劣勢だった。

 

 一体一体ならそう辛い相手ではなかったと思う。しかし、二体の『へんなの』はまるで最初からそう設計されていたように絶妙なコンビネーションで襲い掛かってきた。片方の『へんなの』が大型バトルライフルと体当たりで近接攻撃を仕掛け、それを躱すと待ち構えていたかのようにもう一方の支援型がレーザーキャノンを放ってくる。しかもご丁寧にしっかり二次ロックをかけてだ。ハイブーストを多用する訳にもいかず、今までに無い蛇行運転を繰り返している。新しい強化人間の体でなかったら三半規管をやられていたかもしれない。

 

「せめて足場があれば…」

 

――ブーストドライブで躱せるのにッ、と蛇行時のGで頭を揺らしながら思う。

 

 この時代に造り出された『ブルーマグノリア』は海面でグライドブーストできる程度には――それが財団のお節介か艦船の工廠から建造されたからかは不明だが――水上適正が備わっていた。

 しかし基本的に凹凸の無い水面上では得意とする立体機動が出来ない。必然的に『へんなの』の体当たりを避けるにはハイブーストを使用するしかなく、それがエネルギー消費に拍車をかけていた。レーザーライフル『Au-L-K29』を主砲とするこのACにとって致命的に不利な状況である。

 

「……言い訳ね、そんなの」

 

 マギーはその事実を切って捨てる。

 

 不利な状況なのはわかった。だがそれがなんだ!?『彼』は……『黒い鳥』の傭兵はどんな困難な状況も焼き尽くしてきたじゃないか!!操縦桿を強く握り締めて気を持ち直す。そしてスキャンモードで冷静に敵を分析する。

 

 バトルライフルを装備してる近接型の『へんなの』は、回避行動をとりながら放っていたヒートマシンガンとヒートミサイルによってだいぶAPが減っていた。

 

(これならやれる)

 

 止めを刺してやろうと戦闘モードに切り替え、右腕のレーザーライフルにエネルギーを送る。レーザーライフルの先端に青白いスパークが灯り、その圧倒的熱量が周囲の空間を歪ませる。

 

―――あと少しでフルチャージが完了する、その刹那だった。

 

 私のとった行動が過ちだったことを知る。

 

 『へんなの』が突如として回転を始め、体当たりをしてきた。今までと同じようにハイブーストで避けようとするが、ペダルを踏み込んでもACが想像通りの機動をとることは無かった。

 単純な話だ。

 レーザーライフルにエネルギーを取られ、その残量がハイブーストを吹かすのにギリギリ足りなかったのだ。

 

【挿絵表示】

 

――こんな初歩的なミスを犯すなんて……

 

 冷静になっていたつもりで内心焦っていた自分に腹が立つ。だがそんなことはお構い無しに、大質量の鉄塊がACに食い込んだ。

 

「ぐうッッ!!」

 

 操縦席にも伝わってくる凄まじい衝撃がACを駆け巡る。内部フレームまで歪ませかねない衝撃は容易にシリンダーが吸収できる許容値を超え、ACが硬直する。その時間は僅かだが、後方に控えていた支援型の『へんなの』――『To-605D』――が私にレーザーキャノンを浴びせるには十分だ。

 

(まだよッ、まだこんなところで終わるわけにはッ!!)

 

 極限にまで高まった集中力が時の流れを遅く感じさせる。何か打つ手がないか、硬直して動かないACの中で敵をつぶさに観察する。そして鳥や雲のものとは違う影が『へんなの』に映りこんでいることに気付いた。

 

「あれは……!?」

 

「ここは譲れません」

 

 二体の『へんなの』に上と横から惜しげもなく魚雷と爆弾が叩きつけられる。影の正体は加賀の艦載機だった。

 爆撃が直撃する前に気付いた二体はマギーに止めを刺すよりも回避を優先し、カエルのように飛び跳ねる。しかし、それに合わせて今度は艦載機がまるでミサイルのように特攻して追撃を開始する。

 

(逃がしはしません……)

 

 かつての仲間の仇が、今の仲間をも奪おうとしていた。

 

(もうやらせはしないッ)

 

 先ほどの戦闘で金剛から「旗艦はCOOLに」と言われていたが、こんな光景を目にしてそれは無理な話だった。

 

(プロペラ機などいくらでもあげましょう、だから……)

「あなたたちにはここで果ててもらうわ……ッ」

 

 艦爆・艦攻機は最早陣形を成しておらず、加賀の殺意を具現化した特攻兵器と化して蜂の群れのように『へんなの』へと襲い掛かる。跳躍している『へんなの』は各々備えている武装でそれを迎撃するが、加賀の艦載機はお構い無しに突撃した。

 そしてバトルライフルを備えている『へんなの』――『To-605A』――に何機もの艦載機が突き刺さり、その爆熱によって装甲がひしゃげバランスを崩す。

 この絶好の狩り時をマギーは見逃すことは無かった。

 

 バランスを崩した『へんなの』が着水すると同時に、青白い光がその頭部を穿つ。先ほどまでACのライフルにチャージされていたものを解き放っていた。加賀の爆撃によって赤熱化していた装甲にそのエネルギーを防ぐ力は無く、内部まで突き刺さったエネルギーは今までの鬱憤を晴らすように爆散する。抉り取られたかのように頭部を失った『へんなの』はピクリとも動かなくなり、静かに海へと沈んでいった。

 

「やりました…」

 

「ええ、…でももう一体はまだ元気なようね」

 

 もう一体の『へんなの』――『To-605D』――が発射するレーザーキャノンの攻撃範囲は広く、艦載機の特攻が『To-605A』よりも防がれていた。しかも後方に居たためマギーもこちらにはほとんど攻撃をしていなかったこともあり、いまだにAPはたっぷりあったのだ。

 

「加賀、艦載機はまだ残ってる?」

 

「ごめんなさい、今のでほとんど……」

 

「そう…、私も悪い知らせがあるのだけど。スキャンによると私とアイツは相性最悪でね、私の攻撃はほとんど通らない」

 

「……」

 

 これは本当のことだった。レーザーキャノンを装備している『To-650D』はその特性上冷却装置が備えられており、装甲も放熱に重きを置いたものになっている。それゆえか、TE・CE属性の防御に特化したものとなっており、その二つの攻撃属性しか持たないAC『ブルーマグノリア』の武装では分が悪かった。

 

「……ただ代わりに砲撃に対する防御は紙よ。艦隊の砲撃なら有効打を与えられるはず。まあ当たれば、の話だけど……」

 

「なら問題はないわ、あなたがいるもの。もうすぐ金剛達が砲撃有効射程内に入ってきます……。マギーは戦艦棲姫をスポットしつつ、こちらの指定の位置まで誘導して」

 

「了解…っと!!」

 

 言うと同時にブーストを吹かし、敵から放たれていたレーザーキャノンを躱すと、マギーはそのまま『へんなの』に近づき、まるで「鬼さんこちら」と言っているかのようにヒートマシンガンを浴びせ始めた。敵がそれに食いついたことを確認すると、コックピット画面に大きく『A』と映っているポイントまで徐々に戦線を下げていく。

 

(冷静に、落ち着いて……)

 

 マギーは――かつての相棒に言うように――自分に言い聞かせる。先ほどのような失敗はもうこりごりだった。蛇行を繰り返し敵の二次ロックを振り切りながら、無いよりはマシと残りの武装を浴びせていく。

 『へんなの』を操っている深海棲艦に感情があるかは不明だが、あれば確実に腹を立てていただろうと思ってしまうくらいに、『へんなの』は必死に『ブルーマグノリア』を追っていた。そのため狩場に誘い込まれていたことに気付くことはなかった。

 

「誘導おつかれ~」

 

 本当に戦場にいるのかわからないような気の抜けた声がACのコックピット内に響く。しかし、その声の主――北上――はその声のトーンとは裏腹にしっかりと仕事をこなしていた。

 突如として『へんなの』の足元から水柱があがり、左足の半分が砕け散る。海中に息を潜めていた甲標的の魚雷が命中していたのだ。そして、それは獲物をこの場に縫い付けるトラバサミでもあった。

 

「スポット情報、各艦へリンク完了…。金剛、砲撃の合図を……」

 

「OK!まかせなヨー!皆さん、準備はOKですカー!?」

 

「はいッ、金剛お姉さま!!」

 

「おう、いつでもいけるぜ!!」

 

「まあ…うん、わびさび程度にはね~」

 

「早く撃ちたいっぽい!!」

 

「Year!!じゃあいきますヨー!Burning Love!!」

 

 単縦陣の艦隊から一斉に轟音が鳴り響く。同時に発射された砲弾は鋼鉄の雨となって『へんなの』へと降り注いだ。『へんなの』は必死に避けようとするも、左足を失い得意の跳躍もすることは叶わず、ただその場でバランスを崩すだけに終わる。鋼鉄の雨はACのスポットにより驚異的な命中精度で突き刺さっていき、『へんなの』をただの鉄塊へと変形させていく。雨が降り止むころには『へんなの』の砲門は潰れ、装甲は剥げ落ち、正に虫の息となっていた。

 

「なかなかしつこいわね、でもこれで終わりよ…」

 

 止めを刺すべく、『ブルーマグノリア』はグライドブースを吹かして急接近していく。そしてそのままハイブーストを重ねて吹かし、ACの一番装甲の厚い左足で『へんなの』の頭部を思い切り蹴り上げた。ACの限界速度から繰り出されるブーストチャージは戦艦の主砲をも越える巨大な弾丸と化し、その頭部を寄生していた深海棲艦ごと粉砕する。

 今度こそただの鉄塊と成り果て、『へんなの』は海へと沈んでいった。

その場に佇む『ブルーマグノリア』へ加賀から通信が入る。

 

「…戦艦棲姫の撃破を確認。周囲の索敵完了、他の敵影はないわ…。作戦目標達成、私達の完全勝利です……お疲れ様、マギー。帰投しましょう、鎮守府へ……」

 

「…ええ、わかったわ。ブルーマグノリア、これより帰艦する」

 

 蒼いACは朝日を浴びながら青の空母へと飛んでいった。

 

◇ ◇ ◇

 

「HEY!正に快勝でしたネ!!提督もきっと喜んでくれマース!提督ぅ、褒めてくれるかナー♪」

 

「…はあ、金剛、気持ちはわかるけど少し静かにできないかしら…?まだここは戦闘海域内なのだけど」

 

「Oh!Sorry~」

 

 と言いつつ全く会話を止めようとしない戦艦に加賀は頭を抱えた。他の第一艦隊のメンバーも咎めるどころか一緒になって会話に花を咲かせている。

 

(まあ、無理もないか……)

 

 今回の相手は本来であれば大破が出るどころか、下手すれば轟沈してしまうものがいてもおかしくはなかった。しかし結果は私が艦載機を八割ほど喪失、『ブルーマグノリア』が中破といったところ。そして艦隊はほぼ無傷で敵勢力を全滅。金剛の言葉を借りれば、正に快勝といえる。気分が高揚しても仕方ない。

 

「こちら叢雲、今のところ敵影はないわよ。引き続き警戒を続けるわ」

 

「…了解、お願いするわ」

 

 それに今回は一緒に帰投している支援艦隊の子達が警戒してくれている。特に先ほど定時連絡をくれた叢雲と、一緒に支援艦隊にいる綾波は真面目な上、遠征でこうしたことには慣れている。帰り道に敵潜水艦に撃たれる、ということも無いだろう。

 空にもかろうじて残った艦載機を飛ばし警戒に当てているが、見つかるのは他の艦娘の偵察機や帰投している味方艦隊のみ。

 

(どうやら私達だけでなく、他の鎮守府も勝利を刻んできたようね……)

 

 それは制海権の奪取を意味し、ある程度の安全が確保できたことがわかる。ならば少しばかりこの勝利の余韻に浸ってもバチはあるまいと思い、味方の雑談には目を瞑ることにした。

 

「やっぱり今回のMVPはマギーですネ!すごい活躍でしたヨー!」

 

「あれ、でもマギーさんって艦載機っぽい。艦載機ってMVP貰えるの?」

 

「おや、マギーさんがもらえないならもしかしてこの北上さまがまたMVPかな~?なんたって南方棲戦鬼の止めさしたし、戦艦棲姫にも大ダメージ与えたしね~。いやー、報酬の間宮券、なんに使おうかなー?」

 

「おいおい、なに勝手言ってんだよ北上!お前今回はマギーのおこぼれ貰っただけじゃねーかッ!大体、順当に考えりゃ艦載機の手柄は加賀の手柄だろー」

 

「Oh!じゃあマギーは後で加賀に何か奢ってもらうといいですネー!間宮のアイスなんかオススメだヨ!Good tasteネ!」

 

「………」

 

「ン?マギー、どうしたんですカ?」

 

「…え?…ああ、ごめん…、少しぼうっとしてた……」

 

「そうでしたカ…まあ無理もないデス、マギーは今日とっても頑張ってましタ!帰投は私達に任せて、マギーは大船に乗ったつもりでゆっくりしてるといいデース!」

 

「大船にだったらもう載ってるっぽい?」

 

「ははッ、確かにな!」

 

「……そうね、そうさせてもらうわ」

 

 そう伝えるとマギーは通信を切り、仲間達の会話からはずれた。そこには普段と違う彼女らしくない弱々しさがあったように感じ、心配になった私はプライベートチャンネルで彼女に呼びかけた。

 

「マギー、どうしたの?」

 

「…なんでもないわ、大丈夫よ、加賀…」

 

「……嘘言わないで。付き合いはまだ短いけど、あなたは私の艦載機よ…それぐらいはわかります」

 

「………情け無いと思ってた。私は提督に“負けはしない”と言ったのに…私一人では勝てなかったかもしれない…」

 

「…提督は“私たちとの連携で勝て”と言っていたはずよ…、そしてその通り私たちは勝ったわ、何も恥じることは無いと思うけれど……。マギー、なぜそんなに一人で勝つことにこだわるの?」

 

 これは演習の時も、戦艦棲姫に向かって行ってしまったときにも思ったことだった。ACが強すぎるのもあるのかもしれないが、それ以上に彼女自身になにかくくりがあるように感じた。

 

「……私はこの時代に造られる前、あなたたちで言う『前世』で“ある傭兵”に負けた…。その傭兵は同じ相手に一人で勝っていたわ…」

 

「戦艦棲姫二体を一人で?そんな馬鹿な……」

 

 戦艦棲姫は二体もいれば並みの艦隊では太刀打ちすることはできない。本来ならば元帥クラスの司令官率いる精鋭が出張ってくる相手だ。

 それを相手に時間稼ぎしていた『ブルーマグノリア』ですら圧倒的だと思っていたのに……。私からしたらもはやそんなのはオカルトの域であり、恐怖を感じてしまう。

 

「これは本当の話よ。何もかもを焼き尽くす、死を告げる鳥…。『黒い鳥』と呼ばれた彼だったら…きっと……」

 

 思い出を語るようにゆっくりと発したその言葉には、明らかな羨望の感情が込められていた。そうか、だから彼女は一人で勝利しようとしていたのか……。

 

「あなたはその傭兵の様になりたかったの…?」

 

「…そうだったのかもね。でも私は“選ばれなかった”。…彼に負けて燃え墜ちているときは“これでいい”と思っていのに…。心の底から……なのに…。今日の戦闘で確信したわ…私はまだ“敗北に呑まれたままだ”」

 

 それを聞いて、私はあるセリフを思い出す。彼女と初めて会ったときの、あの言葉……。

 

『――負けないわ、何にも、誰にも』

 

 私は…あれが彼女が自身に言い聞かせていた言葉だと理解した。

 

 提督がマギーに感じていた『恐ろしいなにか』、それは彼女自身でも抑えられない闘争への欲求。そして……敗北に呑まれたままの自分を赦すことができない、憤怒のような感情なのではないかと思う……。きっとそれは敗北を払拭しない限り自身を焦がし続けるのだろう……。

 ならば――

 

「ねえ、マギー…確かにあなたは“選ばれなかった”のかもしれない…。でも、私達となら『黒い鳥と呼ばれた傭兵』と同じ戦果を出せたのも事実よ。……戦艦棲姫は、私の…前の鎮守府の仲間の仇でした。あなたがいたから…その雪辱を晴らすことができたわ…。私には…あなたが必要よ、マギー…。それと一緒で、私があなたの“必要”となれないかしら……。あなたの“敗北”を拭い去るその日まで……」

 

「加賀……」

 

「…そういえばこの空母、改造前は煙突の関係で『焼き鳥製造機』なんて言われていたらしいわ。あなたを『黒い鳥』にするにはうってつけだと思うけど…」

 

「フッ…フフフフフ。……以外ね、あなたがそんな冗談も言えたなんて知らなかった。…ありがとう、ちょっとだけ…考えさせて……」

 

 そう言ってから、鎮守府に帰投するまで彼女は一言も喋らなかった。ただ、母港に着いた時に見た彼女の表情は、気のせいでなければ少し和らいでいたように見えた……。

 

◇ ◇ ◇

 

「倉井様、これが偵察機の映像です…」

 

「これは…ACか」

 

「はい、……彼らは一体どこでこれを…?まさか『企業』が…?」

 

「いや、それは無いだろう。奴等の実験と我々の計画…、その思惑は一致している。わざわざこんな不確定要素を入れる必要は無い。何より、やり方が奴等らしくない…。恐らくだが、『企業』に似たナニカの手引きだろう」

 

「あの『企業』に似たものが存在するのですか!?」

 

「……翔鶴、それは大したことではない。重要なのはこのACが『秩序を破壊するもの』かどうかだ。…No.2、No.8、このAC…どう感じる?」

 

「この映像だけではなんとも言えんな…ただ……良く訓練されている、やや蛮勇に過ぎるが」

 

「俺も同意見だ…倉井、このACが我々の新しい敵か?」

 

「…今は保留だな。しかし、こいつが我々のイレギュラーであればプログラムを修正せねばならない…それも私の仕事だ」

 

――すべては理想のため、復活のために……

 

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