「ありがとうございました」
「AP0」と表示されているコックピットの中で、吹雪は『No.2』『No. 8』へ向けて通信した。
(……強かったな。でも、だからこそ、学ぶことも多かった)
先程の言葉は相手への素直な気持ちだった。二人の連携は以前戦った死神部隊よりも高く、マギーとの訓練では得られない一対多数の経験として非常に上質なものだったからだ。
演習が始まる前は、吹雪は正直なところ相手を嫌っていた。それもそのはずである。間接的とはいえ倉井元帥には仲間共々殺されかけたのだ。しかも結果として自らの半身とも言えた駆逐艦『吹雪』を失った。例え無事でもACに乗り換えてはいただろうが、それでもあの船には様々なものが詰まっていたのだ。それを失う切っ掛けを作った相手に好意など持てようがなかった。
しかし、目の前にいる二機はそんなことを忘れさせてしまうほど――というよりそんなことを思う暇も与えないほど、という方が正確か――それほどの強さを誇っていた。だからこそ多くのものを学べ、自分の目指す最強の“傭兵”のイメージにまた一歩近づけた実感があり、それについて敬意は払うべきだ、との思いから吹雪は先ほどの言葉を口にしていた。
(まあ、そんな風だから勝てないのかもだけど……)
結局これが演習だと、命の危険は無いと心の奥底で思ってしまっているから極限状態には至れないのだと項垂れる。敬意とは別に、負けたことへの悔しさはあった。
―――ヴィィィィ!!
「うわっ!?」
突如としてコックピットに撃墜された時と同じアラームが鳴り響く。一体なんだ?と吹雪が事態を把握する前に『No. 8』から通信が入った。
「どうやら試合に負けたのはこちらのようだな」
『No. 8』の言葉を聴き、それを確かめようメインモニターを観る。すると確かに<mission complete>と表示がされていた。それはこのフラッグ戦においてマギーが倉井元帥に勝ったことを意味していた。
(そっか、良かった……)
自身が負けてしまった悔しさが後引くものの、マギーが勝ってくれたことが素直に嬉しかった。加賀程の不安は抱いていなかったが、万が一マギーが負けることがあれば何か悪影響があるとは思っていたからだ。それが杞憂に終わり、吹雪は胸を撫で下ろしながらコックピットのシートに体を深く預けた。
「状況は終了した。翔鶴、回収を頼む」
一息ついている吹雪を無視するように『No. 2』は翔鶴に通信を入れる。程なくして戦闘を中継するために上空に待機していた翔鶴の大型ヘリが『No. 2』と『No. 8』にラックを接続し、二機を上空へと吊り上げていく。
「……もうちょっと何かあってもいいんじゃないかなー……」
先程までの激戦がまるで嘘のように淡々と撤収していく二機を見上げながら、吹雪は小言を溢す。一応互いにぶつかり合ったのだから一言二言ぐらい言葉の応酬とかがあってもいいのでは?と思っていたから出た愚痴だった。
とはいえこのまま突っ立っている訳にもいかないか……と、演習後の呆気なさになにか物足りなさを感じながらも吹雪は加賀に通信を繋ぐ。
「こちら『吹雪弐式』、作戦終了しました。これより正規空母『加賀』へ帰艦します」
しかしその通信に返信はない。いつもであればすぐに加賀らしい形式ばった返事が来るのだか、それが聞こえてこない。
「こちら吹雪、加賀さん聞こえてますか!?加賀さんッ!」
いくら叫んでも返事は無く、吹雪の中で不安が膨らんでいく。
「加賀さんッ……」
吹雪はブースターのフットペダルを強く踏み込み、『吹雪弐式』を『加賀』に向けて駆けさせた。
◇ ◇ ◇
演習場所の上空では倉井元帥の『フォール・レイヴン』と『No. 2』『No. 8』を運んでいるヘリが装甲空母『翔鶴』へ向かいながら合流していた。
「驚いたぞ、倉井。まさか貴様が負けるとはな」
「まさか手加減したわけではあるまいな?」
『No. 8』と『No. 2』が驚嘆と怒気を顕に倉井元帥に話しかける。
「全力だったさ、紛れもなく。その上で奴が、……いや、“奴等”が強かった。ただそれだけだ。そちらはどうだったんだ?」
倉井元帥はこともなく事実を二人に告げ、そしてもうひとつの不確定要素について言及する。それに対し『No. 8』が答えた。
「報告書ほどの戦闘能力は確認できなかった……が、紛れもなく“例外”だ。戦いながら成長していた。……まるで初めて貴様と対峙した時を思い出す。次はどうなるかわからん」
「なるほど……、イレギュラーは二つか。なかなか骨が折れる」
「だが倉井。相手がなんであれ、我々は我々のミッションを遂行するだけだ」
「……その通りだな、No. 2。それに次のミッションに限っては頼もしい限りではある、か。……もう少しだ。もう少しお前たちには付き合って貰うぞ……」
その会話はACを運ぶヘリのプロペラ音と共に空へ霧散していった。
◇ ◇ ◇
正規空母『加賀』の中にある居室のドアを叩く音が響く。
「加賀、入るわよ」
マギーは一言伝えると返事も待たずに部屋の中に入った。その手には小包を抱えている。
「はい、これ。携帯食糧と水」
「……ありがとう」
演習終了後、加賀は『Next』 の副作用による極度の疲労感に襲われていた。ACに初めて乗った時の吹雪の様に気絶こそしなかったものの、吹雪からの通信に答えようとするとその拍子に胃の中のものが逆流してしまいそうなほど気分が悪く、心配したマギーと吹雪が乗り込んで来るまで操縦席から動けなかったほどだった。
二人に介抱され喋れる程度に落ち着いてから事情を話すと吹雪からは涙を浮かべながら怒気を含んだ目で睨み付けられた。
「無茶しすぎです!!もし加賀さんに万が一のことがあればどうなるか……。わかっていないわけないですよね!?」
そのまま加賀は――同罪だということでマギーも並べられながら――吹雪から説教をくらっていた。二人が黙って説教を聞いたのは吹雪が真剣に自分達の身を案じているのを理解しているのと、言ってしまえばたかが演習で再起不能に成りかねない行為をしたことに幾ばくか罪悪感があったからだった。
そして文句を出しきった吹雪は「加賀さんの回復のため今日はここで宿泊、帰るのは明日にしましょう」と提案する。流石に艦を動かすだけなら、と加賀は反論しようとするも、吹雪の「駄目です!これはもう決定ですから!」という言葉に遮られその余地はなかった。
「じゃあ司令官にそう通信しておきますね。マギーさんは引き続き加賀さんの看病をお願いします」
吹雪はそう言い残してそそくさと居室を後にする。そして残されたマギーは言われたとおり(言われなくてもやるのだが)加賀の看病をしていた。
加賀はマギーが差し出した小包を受け取るとそれを荷ほどき、中からラムネ菓子の様なものを取り出し口に含む。それはAMSにより脳を酷使する艦娘用に作られたブドウ糖を固めた物である。唾液を吸ったブドウ糖はホロホロ崩れながら溶けだし口の中に甘味が広がった。そして水をゆっくりと含み口の中に残ったブドウ糖を溶かしきって飲み込むと、体にそれが染み渡っていく感覚がする。そのお陰か先程までの疲労感が幾分か和らいでいた。
その一連の動作を見ながらマギーは加賀の隣に座る。二人の体重が局所的にかかり、椅子代わりにされていたベッドの軋む音が部屋に響いた後だった。
「ありがとう、加賀……」
先程までの視線を部屋の床に移し、それでも確かに加賀に向けてマギーは言った。加賀はそんなマギーを横目で見ながら返事をする。
「正直、怒られると思っていたわ……」
「吹雪が同罪だって言ってたでしょ?私にそんな権利は無いわ。そもそも怒ってないし……。それともまだ説教されたいの?」
マギーは皮肉めいた笑顔を加賀に向けた。
「ふふッ、そう……ね。それはもうお腹一杯よ……」
『――余計なお世話だった』
そう言われるのを恐れていたが、そうでないことが分かり加賀は内心安堵する。そしてあることを確信していた。
マギーは加賀を見つめながら再び同じ言葉を紡ぐ。
「本当にありがとう、加賀。貴女のお陰で……あの瞬間、届いた気がしたの、“彼”にまで……」
「……ねえ、マギー。貴女を縛るものは無くなったかしら?」
「そうね……。どうなのかしら?でも、何て言えばいいか……“取り戻せた”気がするの。あの時、左腕を失った時に一緒に無くしてしまったものを……」
負けた時に失ったもの。戦場を駆けていたあの頃を。強さという支柱を、自由でいられる権利を、そうでありたい自分自身を……。
「そのお陰かしらね。スッキリしたわ。あのクソ元帥にも一泡吹かせることができたしッ」
マギーは腕を上げて背伸びをした。そして体を伸ばしきり腕を下ろしながら「ふうっ」と息を吐く。その顔は憑き物が落ちたように晴々としていた。
(ああ、やっぱり……。強くなったのね、あなたは)
マギーが素直に感謝した理由、それは『ブルーマグノリア』だけでなくマギー自身が先程の演習で“殻を破っていた”からだった。マギーはきっと、無意識にそれを理解しているからこそ晴々としているのだと加賀は確信していた。
今までのマギーにはどこか“危うさ”があった。常になにか急いているような、強いられているような、そんな“危うさ”が……。きっと敗北に囚われている自分への憤怒が、マギーの中の『恐ろしいなにか』がそうさせていたのだろう。だけど――先程の言葉を借りれば――『黒い鳥の傭兵』の領域まで手が届き、自分を取り戻せたことでその“危うさ”が無くなったのだ。『恐ろしいなにか』に縛られるのではなく、飼い慣らすことができたからこそ……ACだけでなくマギー自身が次の段階に進めたのだろう。
それは同時に私の誓いが果たせたことを意味していた。マギーを縛る『黒い鳥の幻想』を打ち払い、そして私が彼女の“必要”に成れたことの……。それが嬉しくて、胸に熱いものが込み上げてくる。
「どうしたの、加賀?大丈夫?」
感慨に耽っている加賀の顔をマギーがのぞき込んだ。
「なんでもないわ。大丈夫よ」
「そう。ああ、なにかほしい物あれば取ってくるけど?」
「欲しい物……そうね」
加賀は少々いたずらっぽい笑みを浮かべ、マギーの肩に頭を預ける。
「疲れていたの、忘れてたわ。このまま肩を貸してほしいのだけど」
「疲れてるなら横に……いや…」
それは野暮か、というようにマギーはその先を言うのをやめた。自分のパートーナーが珍しく甘えてきているのだからその通りにしてあげようとマギーは考える。
「……こんな肩でよければいくらでも」
「ありがとう……」
二人は目を閉じ会話もやめた。自身に伝わるものは相手の体温と波の音だけだ。
――それは静かな産声。二人で一羽の
これってガールズラブのタグつけた方がいいんでしょうかね?
ちなみに私的二人のイメージ
加賀:惚れ込んだ相手に一途でガチ(性別問わず)
マギー:ビッチじゃないけどおおらか(両刀、過去のパートナーのジェシカと経験がありそう)
あくまで私の勝手なイメージですのであしからず。