艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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なかなか戦闘シーンに入れない…難しいなぁ~


第三十四話「MISSION05_AC特別演習-04」

「え!?演習の相手変わるかもしれないんですか!?」

 

 アスファルトで舗装された道路を走る一台の車の中に、すっとんきょうな声が響く。

 助手席に座っていた銀爺大将がどうしたことだと後ろを振り向き、その声の主である吹雪が「済みません……」と顔を赤面させながら謝った。

 

「そんなに驚かすつもりはなかったのだけれど……」

 

 加賀の声は車内であることを考慮してかいつもよりもボリュームが小さめである。吹雪もそれに合わせて声を小さくした。

 

「済みません。てっきりマギーさんとやるものばかりだと思っていて、つい……。ずっと有効なパーツが何か考えてました……」

 

 ちなみにこの「有効な」は『吹雪弐式』が『ブルーマグノリア』に、ではなくその逆にである。

 吹雪は今回の報酬がAC用のパーツであることを聞いて、『ブルーマグノリア』が自身の『黒い鳥』に勝つ手段として没にしていたアセンブル案の再検討をしていた。調整が間に合えば特別演習でマギーに使用してもらい、感覚を掴んでもらおうと思っていたぐらいである。その段取りを相談するつもりで加賀に付いてきてほしそうな視線を向けていたのだが、その予定が瓦解してしまい吹雪は先程の声をあげてしまっていた。

 

「仕方ないわ。その提案が挙がったのは今朝だし、まだ返答待ちの未決定案だもの。と言っても、恐らく確定でしょうけど」

 

 提督の言う通りであれば演習を提案してきたのは倉井元帥側でありながら倉井元帥に不信を抱いた連中である。白鳥鎮守府のACが最悪の場合の抑止力として成り立つかを知りたい彼らにとってみればマギーの提案は渡りに船だ。もしかしたらあちら側の陣営であるがゆえに言えなかった提案なのかもしれないが、こちらから提案すれば話は別となる。

 演習は倉井元帥のAC、『No,2』『No.8』と呼ばれる物たちとの戦闘になる可能性が非常に高かった。

 

「加賀さん、ちなみにそれ……当然負けるのは無しですよね」

 

「……そうね。負けたら命に関わる訳ではないけれど、多分演習を提案してきた人たちには見限られるでしょう。そうすると今後が不利になるのは明白だわ」

 

「はあ、じゃあ『ブルーマグノリア』のアセン見直しは先送りですね……。折角加賀さんが付いてきて来てくれたのに……」

 

 だから自分に付いてきてほしそうな目をしていたのか、と加賀は納得しつつ浮かんだ疑問を吹雪にぶつける。

 

「なんでアセンブルが先送りになるの?『ブルーマグノリア』が強くなるのなら、そのまま行えばいいんじゃ……?」

 

「あー……、ACはパーツを組み替えても単純に強くなるということはないんです。前も言いましたけど、グーがパーになるように性質が変わるだけなので……。もし相手が話に聞いていた通りのACなら今のアセンブルで問題ありません。新しい装備は馴れるのにも時間がかかりますし……」

 

 元々吹雪が考えていたアセン変更案も、演習までの時間を利用しマギーが練習してくれることを見越しての案である。そして想定対戦相手は"普段の吹雪"だ。死神部隊以上と思われる相手は想定していない。

 全く特性の違うACでもあっという間に乗りこなせるマルチドライバー能力はあくまで"例外"である『黒い鳥』ならではのものであり、"特別"な傭兵のマギーでも大きなアセン変更はそれなりのリスクがあった。

 だからこそ吹雪は馴れる時間を確保するためにパーツ入手を急いでいたのだが、対戦相手の変更にその意味が無くなってしまっていたのだ。

 

「なかなか複雑なのね」

 

「そうですね……。ACの性能を底上げできる方法があれば一番いいんですけど……」

 

 無論そんなものは無い。吹雪は知っていてそう答えた。

 ACは10メートルにも満たないサイズに極限と言っていいほどの戦闘能力が濃縮されている。これ以上の性能を望むのであれば、それこそ『傭兵』の記録に残っている『N-WGⅨ/v』ほどのサイズアップや謎粒子を使用しない限り不可能なことであった。

 困った表情を浮かべる吹雪を見て、加賀も察する。

 

「……それもやはり難しいのね。でも吹雪、それじゃあ報酬の件はどうするの?」

 

「急ぐ意味も無くなりましたしゆっくり決めますよ。どうであれ、何があるのか見てみないと分からないですし」

 

「そう……」

 

「話の腰を折るようで悪いがお嬢さん方。こっちにも使えるものは残してくれよ」

 

 二人の話に聞き耳を立てていた銀爺大将から釘が刺される。ACのパーツは陸軍の物であり、最優先すべきは彼らの戦力増強だ。あくまで報酬は"その上で余ったパーツ"からの話である。

 

「「し、失礼しました」」

 

 吹雪も加賀もその事を忘れたつもりはない。しかしあまりにも露骨に報酬のことについて話していたため自分達がはしたなく写っていたことを反省した。

 

「はっはっはっは、真面目だのう。お……、ほうら、着いたぞ」

 

 銀爺大将に促され二人は車の窓から外を見る。すると二人の警備兵が立ち並んでいる基地の入り口が見えてきた。敬礼をしながら微動だにしない警備兵を尻目に車は中へと入っていく。警備兵どころかすれ違う兵士が次々と同じように車に向けて敬礼していることから、改めて銀爺大将はやはり大将なのだと二人は実感する。

 そして車は基地内のある倉庫の前で停車した。

 

「こっちだ」

 

 二人は促されるがまま車から降り、倉庫の中へと入っていく。するとそこには予想だにもしない光景が――少なくとも吹雪には――広がっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 誘われたまま倉庫の中にはいると、待っていましたとばかりにライトアップされた五機のACが立ち並んでいた。

 『ブルーマグノリア』と同じ脚部形状のACや、『吹雪弐式』『UNACちゃん』と似た特徴の脚部を持つAC、キャタピラ脚のものや初めて見る四つ足のものもある。素人目で見ても、これら全てのACが違うコンセプトで組まれていることは明確だった。

 ただそれと相反するようにどのACにも共通していることがある。それはどの機体も白を基調としたカラーリングをしており、そして……その肩には深海鉄騎と同じ『黒い鳥のエンブレム』が刻まれていた。

 

「あ………、ああ~~~ッ!!」

 

 横にいた吹雪が大きな声をあげながらACへと駆け寄って行く。エンブレムから察するに、もしかしたらこれらのACは『黒い鳥の傭兵』と関係があるものなのかもしれない。ならば『傭兵』の記憶を持っている吹雪の反応にも納得がいく。

 すでに吹雪は近くにいた整備兵に許可を貰って四つ足のACに乗り込んでいた。操縦席のハッチを開けたまま、何かを確かめるようにコンソールを弄っている。

 

(邪魔をしないほうが良さそうね……)

 

 一体どうしたのか尋ねようとしたものの、微かに覗くことができた吹雪の表情は作業に没頭している様子だった。

 何をしているのかさっぱり分からないが、どうせ聞いたところでACに疎い私には理解できないことだろう。ならば落ち着くまで作業に集中させてあげたほうが良さそうね、というのが私の結論だった。

 

 しかし、そうすると一つ困ったことがある。やることがない私はハッキリ言って暇なのだ。ACを眺めているのも嫌いではないが、パーツの性能が分からない私が観察していても実りは無い。

 一応、提督からは男所帯の陸軍で吹雪にちょっかいをかけてくる輩がいないか確かめるよう暗に頼まれていたが、ハッキリ言ってそんなのは取り越し苦労だ。

 

 吹雪は見た目こそ幼いが、産み出されてから実際に生きている時間だけを見ればうちの鎮守府で最年長である。あの子は深海棲艦との戦争が始まった初期につくられた世代の艦娘であり、内面は見た目よりずっと大人でしっかりしているのだ。

 それに加え『傭兵』の記憶まで持つようになったあの子はマギーに似た頼もしさまで身に付け始めていた。

 なので万が一何かされるような事があっても吹雪なら充分に対処できるだろう、というのが私の見解である。つまり提督の頼みはただ親馬鹿を拗らせただけのものだ。そんなものを律儀にこなす必要などない。

 まあそれでも報告はしなければならないし、念には念をと回りの兵士を見回してみる。中にはこちらに好奇の目を向ける者やひそひそ話をしている者がいるが、比較的普通の反応だろう。私に――特に胸部に――向けられる視線も鎮守府の整備兵の人たちと同じようなものだ。つまりはここの人たちも私たちが普段から接する男性となんら変わらない。私たちの鎮守府で特に問題らしい問題は起きていないのだから、ここでも問題はないだろう。やはり提督の心配し過ぎだ。

 

 その確認が済むといよいよやることが無くなってしまう。吹雪も今だACのコンソールを弄っているようで動く気配がない。

 さてどうしたものかと目を閉じて腕を組み思案の海に潜ろうとした、その時だった。視覚情報が遮断され、それにより研ぎ澄まされた聴覚が変わった音を拾う。

 

(これは……歌かしら?)

 

 壊れたラジオから流れるようにノイズがかかっているが……歌だ、歌が聴こえる。その印象通り調子の悪いラジオでもつけているのかと思ったが何故だかそれが気になって仕方ない。中々頭から離れない変わったフレーズだった。

 気付くとその歌が聴こえて来る方へ私は歩みを進めていた。まるでその歌に呼ばれているように……。

 

(……どうせ暇なのだし、いいか)

 

 私は歌が聴こえてくる薄暗い倉庫の奥へと歩み続けていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 倉庫の奥にはACの物と思われる武装や機体のパーツがバラバラに置いてあった。あまり組み合わせを気にしなければあと数機分のACを作れそうな量だが、きっと組み方が分からないから放置しているのだろう。そんなパーツを尻目に私はさらに倉庫の奥へと進んでいく。

 

「Hi,you say "how low?" 」

(落ち込んでいるのか?だって?)

 

 その歌の歌詞がはっきりと聴こえる。どうやら大分近づいているようだ。私の足取りは自然と早くなっていた。不思議と気分が高揚している。

 そしてついに、少し進んだその先に歌を流している"それ"を見つけた。

 

「これは……」

 

 "それ"は見たことある兵器だった。かつてガダルカナル島で倉井元帥の艦娘、翔鶴が操っていた物と同じもの……。

 ACを軽々と運搬できる力を持った艦載機『装甲ヘリ』がその場に鎮座していた。歌はそのパイロット席から流れている。

 

 私はそのヘリから目が離すことができなかった。全体が錆びてくすんでいてもなお放たれる力強さ、そしてそんな状態にも関わらずしぶとく機体に残っているコウノトリのエンブレムに惹かれていた。

 

「Bye, this world gave dry 」

(おさらばしたいね、この世界は退屈だ)

 

 歌詞がそのままこのヘリの意思のように思えた。「俺にはここは窮屈すぎる」、まるでそう訴えているようだ。

 

「……貴方はまだ飛べるの?」

(――もし飛べるというのなら……私の力になってくれる?)

 

 私は心の中でヘリに問いただしていた。妙な確信があったのだ。きっと"これ"は私に必要だと……。

 

「飛べますよ、きっと」

 

 後ろから声がする。振り返ると吹雪が私の後ろに立っていた。

 

「驚きましたよ、気付いたらフラフラ倉庫の奥にいっちゃってるんですもん。加賀さん」

 

 そう言いながら吹雪は私の横に並び立ち、装甲ヘリを見上げる。

 

「もしかしてあなたが呼んだの?"ファットマン"」

 

「ファットマン?」

 

 吹雪が聞き覚えのない名前を口にした。その表情に、かつて工廠の奥で蒼龍、飛龍の艦載機を見つけた時の自分が重なる。まるで戦友と再開できたような、懐かしさと嬉しさが混ざったものだった。

 多分、今私の横にいるのは吹雪だけれども吹雪でないものなのだろう。『傭兵』の記憶が吹雪にインストールされてから、たまにそれが"顔を出す"ことがあった。しかしそれは極限状態であったり、相手に強い敵意を持っていたりする時だけだ。

 それが今表れているということは、『傭兵』にとってこのヘリは……"ファットマン"はそれほどまでに大切なもののようだ。さっきの黒い鳥のエンブレムが描かれたACたちといいどうやらここには彼と縁のあるものがそろっているらしい。

 

 吹雪は私よりもさらに一歩ヘリに近づく。

 

「AC乗れないんだから、『傭兵(わたし)』のものなんか売り払ってくれてもよかったのに……。本当、どこまでもお人好しですね、あなたは」

 

 一歩前に出てるため吹雪の顔を覗くことはできないが、きっと微笑んでいるだろうと予想できた。その様子からもしかしたら私の希望が通るかも、と淡い期待が胸に宿る。

 

「……吹雪。報酬の件だけれど、このヘリにすることはできないかしら。ACのパーツも重要なのは承知しているけれど……きっとこれは私たちの力になってくれるわ。だから…その……駄目かしら?」

 

 「その根拠は?」と言われると「勘だ」としか答えられないため言葉の最後が弱くなってしまう。しかしそれでもと、吹雪の後ろ姿を見据えた。

 

「フ、フフフフッ」

 

「な、なにかおかしなこと言ったかしら」

 

「いえ、すいません。さっきは冗談のつもりでしたが、もしかしたら本当にファットマンが加賀さんを呼んだのかなって……」

 

 吹雪は私の方に振り返る。

 

「加賀さん。このヘリのパイロットは……ファットマンは、かつて『傭兵』の"翼"でいてくれた人で………そしてマギーさんを救おうとした人だったんです。だからきっと、加賀さんにこのヘリを使って欲しいのかもしれません。「これでマギーを手伝ってやってくれ」って……。なんて、ちょっとロマンチックに考え過ぎですかね、あはは………加賀さん?」

 

 私は再びヘリのエンブレムを見上げていた。

 なんて私は艦載機に恵まれているのだろうと思う。航空戦力が私だけしかいなかった時も、蒼龍、飛龍の忘れ形見、『天山一二型』『彗星』が力を貸してくれた。二人が「私たちもいるよ」、そう励ましてくれた。それと同じだ。マギーを救いたい、その為の力が欲しい。その願いにこのヘリは、ファットマンは力を貸してくれるという。都合のよい解釈かもしれないが私にはそう思えて仕方なかった。

 気付くと吹雪が優しい眼で私を見ている。

 

「……ふふ、加賀さん。早速ヘリのこと、銀爺大将に相談してきますね」

 

「いいの?吹雪……」

 

「勿論ですよ!むしろこれを持ち帰らなかったらマギーさんにどやされちゃいます」

 

 そう言うと、吹雪は上機嫌そうにヘリから流れていた曲と同じ鼻歌を歌いながらACのある倉庫へと向かっていく。しかし何かを思い出したかのように立ち止まり、再び私の方に顔を向けた。

 

「あ、すいませんが鎮守府に戻ったら司令官とマギーさんに伝言お願いできませんか?演習直前まで私はこっちに残りますって。どうもAC部隊の編成と基本戦術の確立だけで結構かかってしまいそうで……」

 

「それは構わないけれど……ヘリの扱いはどうすればいいの?」

 

 ここにあるものは『傭兵』の元持ち物らしいのでてっきり吹雪が教えてくれるものだと思っていた。通常の艦載機ならいざ知らず、空母の戦闘オペレーションに記録されていないヘリの扱いは流石に分からない。

 艦載機はAIの補助で飛ばすため必ずしも自身が操縦できる必要はないが、どう戦うのか、どこまで動けるか分からなければ十分に運用することはできないのだ。

 なのでこればかりは私でも師事を受ける必要があるが、秘書艦の仕事もあるため吹雪の様にここに残るわけにもいかない。

 

「それならマギーさんに教われば問題ありませんよ。なにせマギーさんもそれに乗ってたんですから」

 

「マギーも!?」

 

 なるほど、これはマギーの思い出の品でもあるようだ。持ち帰った時のマギーの顔が楽しみになる。流石にマギーもヘリを持ち帰るとは想像だにもしていないだろう。彼女の珍しい顔が拝めるかもしれない。

 

「それじゃあ加賀さん、あとは宜しくお願いしますね」

 

 吹雪は鼻歌を再開し、倉庫の入口へと向かっていった。

 

 あとはトントン拍子で話が進んだ。銀爺大将はヘリの受け渡しを快諾してくださり、その日のうちに――吹雪が「大変危険なのでこちらで管理します」と言っていた謎の兵器とともに――トレーラーに積まれて鎮守府へと搬送された。

 私は一緒にトレーラーに乗せてもらいながら、帰り道の間ずっとヘリのエンブレムを眺めていた。ヘリのコックピットから再び歌が流れる。

 

「なんだかな~ぁ~」

 

「そんなこと言わないで……。これから宜しく、ファットマン」

 


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