「え、私とマギーさんで演習ですか?」
食堂の隅で元駆逐艦娘が声をあげる。その声は大きいものではないものの軽く裏返っており、驚いてる様子であった。
私と吹雪は約束通り食堂で落ち合っていた。朝食時と同じ様に夕食を受け取るカウンターで会ったのでそのまま一緒に食事を取り、今はお互い食後のお茶を啜りながら話をしているところだ。
ちなみにマギーの食事は足柄が部屋まで届けてくれている。足柄がマギーの食事を持っている私を見かけ、「それ私が持っていってあげるわ。マギーに謝りたいこともあるしね」となかば強引に引き受けてくれたからだ。吹雪を待たせてしまうのも悪かったので有り難いといえば有り難いが。
謝りたいというのは酒の席で「吹雪に MVP 取られたのが悔しいのだろう」とマギーの地雷を踏んでしまったことだろう。これに関してはタイミングが悪かったとしか言いようがなく、マギーも恐らく反省しているはずだ。マギーの体調も良くなってきているだろうし、今頃は二人で軽い談笑でもしているだろう。それに混ざってみたい気持ちもないではないが、こちらはこちらで解決しなければいけない事がある。
私は早速、舞い込んできた面倒事の話を吹雪に伝えていた。他にも聞きたい事はあるが、先ずは倉井元帥から伝えられた演習をどうするかを早急に決めなければならないからだ。何せ演習の形式を決めるまでに三日しか猶予はない。
「吹雪、どうやったらマギーは貴女に勝てるかしら ? 言っておくけれど……」
「八百長は無し、ですよね。大丈夫です、わかってますよ。……そんなことしたら後が怖すぎます」
吹雪が身震いする。マギーはそういうのに鋭いし、絶対に許したりはしない。吹雪にとってマギーは厳しい師匠であり、きっと折檻を受けるとでも思っているのだろう。
私としては八百長なんてすれば今以上にマギーの誇りを傷付け、下手に負けるよりも酷いことになる気がしてたまらないのだが……とりあえず吹雪にその気が無いみたいなので認識の差違は捨て置くことにする。
「それで、どうなのかしら……?」
「どうもこうも……今の私とマギーさんなら普通にマギーさんが勝ちますよ?」
「……どういうこと?」
「マギーさんにも言いましたけど……私はまだ『傭兵』の力を使いこなていないんですよ」
―――吹雪の話はこうだった。
『黒い鳥の傭兵』の戦闘記録が記憶として馴染んだおかげで今まで以上にムラなくACの操縦ができるようになった……のは良いものの、『黒い鳥』の持つ力の一つである周りの時間が遅く感じる力、一種の超感覚とでも言えばいいのだろうか?それをまだ自由に引き出すことができないらしい。
先日の『死神艦隊』との戦闘時の力は極限状態による“火事場の馬鹿力”だったようで、無理矢理力を引き出したせいで医務室へ運び込まれる羽目になったとのことだ。
なので普段の吹雪はいつもシミュレーターでマギーと戦っていた時より若干強くなった程度、というのが本人談である。
確かに言われてみれば当たり前のような気がする“知っていること”と“できること”は違うのだ。
艦娘だって生み出された時からオリジナルの艦船の戦闘記録を持っており、どんな戦い方をすればいいかは知っている。しかしそれは大人数で動かしていたオリジナルの艦船の知識であって、AMSの力で一人で艦船を動かす艦娘のそれではない。強くなるにはひたすら経験を積み、自分に合わせて艦の改修を繰り返し、地道に自分の艦船と自分自身を馴染ませていくしかない。そうやって砲撃精度や艦載機の操縦技術、同時に扱える武装数を上げていくのだ。
吹雪の場合は内面ばかりが急成長してしまい、外面、つまり肉体面がそれに追いつけていないようだ。これの解決方法はただ一つ、ひたすら時間をかけて馴染ませるしかしかない。
「おかげでマギーさんを落胆させてしまいました……」
吹雪が申し訳なさそうに言う。
「昨日マギーに話したことってこの事なの?」
「……はい、そうです」
―――なるほど。マギーの失態の原因が何となくわかった。
マギーとしては、やはり『黒い鳥』と再戦を望む気持ちがあっただろう。それは今までの態度で明らかだ。しかし吹雪がこれではそれは叶わない。とびきりのエサを前にして「待て」を強制されているようなものだ。その我慢が限界に達する前に酒に一時避難した、というのがマギーの二日酔いに至るまでの道程だろう。
このままだといくら強化人間であれ体に悪いのでガス抜きの方法は別にして欲しいものだけれど……とりあえずACの演習については問題無さそうだ。目下の問題がどうにかなりそうで安堵する。
しかし吹雪はそんな私とは対称的に思い詰めた表情を色濃くしていた。
「……加賀さん。私はできる限り早く、マギーさんの望む領域まで強くなるつもりです」
「吹雪、なにを焦っているの?貴女も無理をしては―――」
「今の状況は似ているんです。『前世』で、マギーさんが『傭兵』と袂を別けた状況と……。だから怖いんです、このままだと"また"マギーさんがいなくなってしまいそうで……」
「どういうこと……?」
「マギーさんは『傭兵』と一緒にいた時、過去の敗北により戦えない体でした。でもその過去を払拭するために『財団』の元へ行き、人間の体を捨ててまでして……『傭兵』の前に立ちはだかったんです」
マギーが時々漏らす過去の話から何となく彼女が『傭兵』と敵対することになったのは察していたが、まさか人をやめてまでだとは思っていなかった。彼女が秘めているものは私が思っている以上に根が深いようだ。
「『傭兵』は止めなかったの?」
「"好きなように生き、好きなように死ぬ"、それが『傭兵』の哲学であり"答え"でしたから。だから『傭兵』はマギーさんの"答え"を尊重したんです……」
私が言葉を失っている間に、吹雪は冷めてしまったお茶を口に含み喉を潤す。そして話を続けた。
「マギーさんの"答え"を成就するには、やはり『黒い鳥』を……そうなった私を倒すのが一番だと思います。きっとマギーさんもそう思っているはずです。……ですが……少なくとも今は訓練で力を引き出せません。なので……」
吹雪は口をつぐんだ。たがこの子が言わんとしていることは分かる。マギーは『黒い鳥』を引きずり出すために敵になるかもしれない、ということだろう。過去と同じ様に………。
「加賀さん、これもマギーさんには言ったんですが……私は『傭兵』とは違います。私の"答え"は仲間を守ること。だから例えマギーさんが望まないにしても、敵対なんてしたくありません。……そしてその鍵は加賀さんだと思っています。今マギーさんを繋ぎ止めてるのはきっと加賀さんなんです」
吹雪は真っ直ぐに私を見つめる。
「だから……私が言えた義理では無いと思いますが……私が"本物"になれるまでマギーさんをお願いします。そしてその時がきたら、『
実に珍妙な、そして真剣そのものな依頼だった。「自分を倒す手伝いをしてくれ」、私が最初に振った話ではあるが、改めて本人から聞かされるとおかしな話だ。
しかし『
「当然よ。マギーは私の一航戦だもの。……それにしても、貴女、成長した自分に随分自信があるのね。さっきから普通にやったら自分が勝つこと前提で話すのですもの」
「うぐっ」
吹雪の顔が崩れ、いつもの可愛らしい少女の表情に戻る。やはり吹雪には深刻な顔よりもこちらのほうが似合う。
「そ、それは加賀さんが最初にそういう前提で話してきたからじゃないですかー!そうやって気分が良くなると毒吐くの、加賀さんの悪い癖ですよ!」
「うっ」
どうやらバレていたか。流石に付き合いが長いだけはある。お互い軽く顔を見合わせたあと、二人して「フフフッ」とと吹き出してしまった。深刻そうに話すのはもうお終いでいいだろう。
「よかったら今後の参考に聞かせて貰いたいものだわ、貴女の倒し方を」
「はい!喜んで」
吹雪から吹雪の倒し方を教わるという珍妙な講義は終始和やかな雰囲気であった。
◇ ◇ ◇
吹雪との談義を終え部屋に戻ると中はもぬけの殻だった。机に書き置きがある。
「……那智たちに昨日のこと謝りに行ってるわ。お酒は飲まないから安心して、マギーより……」
どうやらマギーは夕食を届けてくれた足柄と一緒にいつもの飲兵衛ズのところへ行ったようだ。たぶん食堂だろうから、どこかで入れ違いになってしまったのだろう。
とりあえず回復してくれてよかったというべきか。明日からまた一緒に仕事ができることが素直に嬉しかった。
(それじゃあ、私は私でやるべきことをしましょう)
私は手持ちのメモ帳を広げる。普段から様々なことを記入しているもので、広げたページには先程吹雪から教わった吹雪の倒し方がびっちりと書かれていた。といってもメモされている内容は具体的な案とは言いづらい抽象的なものばかりだ。吹雪が「これをされたら嫌だ」という程度の話の羅列である。だからこそ情報を精査するのだ。私に一体何ができるか、どう行動を起こしていけばいいかの指針を決めなければならない。
吹雪から聞いた『ブルーマグノリア』が『吹雪弐式』に勝つために考えられる方法は主に三つ。『アセンブル』『地形』『数』。
ただそのうち『アセンブル』についてはお勧めできないと吹雪は言っていた。現状私たちが保有しているACのパーツ数では数が少なすぎる、ということらしい。
私は初めて知ったことだが、ACは武器だけでなく体のパーツ、内装に至るまで統一規格で造られており互換性があるのだとか。そして戦い方や相手によって『アセンブル』を変更することで戦闘を有利に進めることができるのらしく、『傭兵』も『吹雪弐式』の元になったAC『ストレイド』以外のACも保有していたようだ。
吹雪は「詳しく話すと夜が明けてしまうので、とりあえずじゃんけんをイメージしてくれれば結構です」と言っていた。そして『吹雪弐式』をグーとすると、『ブルーマグノリア』はやや弱いグー、『UNACちゃん(龍驤のAC)』はチョキ、になるらしい。これを『アセンブル』によりパーにすればいいのだが、現在うちの鎮守府で保有しているACパーツのみでそれを組み上げるには『吹雪弐式』と『ブルーマグノリア』両方をバラして組直す必要があるようだ。これは吹雪とマギーにしてみれば「感覚的には加賀さんと瑞鶴さんが戦艦と駆逐艦に乗り換えて戦うようなものですよ?」ということに等しいらしい。ついでに言えばやはりお互い自分のACには愛着があるらしく、容易にバラすなどはしたくないという気持ちもあるようだ。やはり『アセンブル』は選択肢として外しておいたほうがいいだろう。
次に『地形』。いつもの活躍で忘れてしまいそうになるが、ACは本来陸戦兵器だ。そしてマギーが最も得意とするのは入り組んだ地形での戦闘だ。以前『深海鉄騎』を相手にしていた時、基地型深海棲艦の飛行場姫の残骸をうまく利用して一方的な攻防をマギーは行っていた。恐らくあれがマギーの得意とする戦法なのだろう。逆に海面のような開けた場所だとどうしても火力と装甲が高いACのほうが有利になってしまうようで、これが『ブルーマグノリア』がやや弱いグーになる理由だ。『吹雪弐式』……元『ストレイド』と『ブルーマグノリア』はどちらもマギーが組んだACであり、『ストレイド』は『ブルーマグノリア』の装甲強化版のような性能をしている。そのため二機が戦う地形は機動性が生かし切れる入り組んだ土地でないと『ブルーマグノリア』が不利となる。
(とりあえず特別演習の場所は鎮守府近海の小島でいいか……)
あそこなら凹凸も激しい場所なのでマギーも得意とする所だろう。……しかし、普通の吹雪相手ならまだしも『黒い鳥』相手にそれだけでは不十分な気もする。吹雪はマギーから師事を受けている。つまりは吹雪も入り組んだ地形が得意である可能性がある。少なくとも苦手ではないだろう。機体の特性的にやや弱いグーが、ただのグーになるだけだ。あくまで『地形』の適切な選択はその程度の恩恵しかない。決定打にはなりえないだろう。
(とすれば……やはり『数』か………)
AC戦に限らずすべての戦闘における基本。“数で勝る”、実質的にこれしか選択肢はなさそうだ。実際にその時がきたら今回の特別演習のようにあくまで演習で戦うことになるだろう。二人に殺し合いをさせるわけにはいかないから当然だ。その演習を艦隊戦にしてしまえば私も戦闘に加わることができる。吹雪から聞いたマギーと『傭兵』との戦闘は一対一の決闘形式であったのでマギーからしたら少々抵抗があるかもしれないが、演習とは想定される戦場を模して戦うものだ。艦隊戦にすること自体は自然だろう。その中でAC同士の戦いに介入することは卑怯でもなんでもない、はずだ。……とはいえ、どうやって介入すればいいものか。普通の艦載機ではAC、特に強力な機関砲を持っている『吹雪弐式』にとっては蚊トンボ同然だ。砲撃も吹雪の機動力相手には効果が薄いだろう。敵の艦隊を抑えつつマギーに加勢できなければ地の利が生かせない分むしろマギーが不利になってしまう。可能性があるとしたらせいぜい龍驤の『UNACちゃん』ぐらいだろうか。こうなってくると自分の力の無さが歯がゆい……。
(……せめて深海鉄騎を回収していた、あの装甲ヘリでもあれば……)
ないものねだりしても仕方ないとはいえ、そんなことを思ってしまう。入手方法が皆目見当つかないのに……。工廠にある装置で造れるのであれば大本営から報告があるはずだ。それがないとすれば、あれもACと同じ『例外』なのだろう。恐らく所有しているのは倉井元帥だけだ。とはいえ、龍驤のUNACを細工して関係者を抹殺しようとした人物に頼るなど論外だ。渡してくれるわけもないだろうし……。
「とにかく私自身が強くなる、その必要があるわね……。正攻法ではないでしょうけど。」
マギーを直接支援できるほどの力、それの模索が今後の私の指針になりそうだ。明日は特別演習に向けて明石や夕張、やない整備長と打ち合わせがある。その時に何かないか相談してみることにしよう。あの三人は龍驤のUNACの整備も行っており、マギー、吹雪に次いでACに詳しいはずだ。もしかしたら妙案か、変な発明品か……なにかあるかもしれない。
わずかながらの期待を胸にメモを閉じる。そして今度は日課にしている日記を開き、今日のことを綴りながらマギーの帰りを待つことにした。