艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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この話のヒロインは加賀さんなのです。
やっとタイトルどおりな感じに・・・


第三十話「空母の決意」

 加賀とマギーの部屋、そこから静かにペンを走らせる音が聞こえる。その音の主は加賀だった。

 

 趣味であり日課である日記を書き終え、ペンを置く。時刻は0100を過ぎていた。まだマギーは部屋に帰って来ていない。ACの整備の後、吹雪の様子を見てくると言っていたが、それにしては遅すぎる。この時間までとなると……恐らく食堂で呑兵衛達に捕まったと考えるのが妥当だろう。

 別に私がマギーを待って起きている必要はない。今日みたいにマギーが部屋に戻るのが遅い日は珍しくないし、私が先に就寝していることもそうだ。

 しかし、今日はマギーを待っていたかった。今日のマギーは不安定で、危なっかしくて……彼女のことを確認してからでないと、寝付けが悪い感じがした。

 呑兵衛達にも仕事はある。だから遅くても流石に帰ってくる頃だ。暫くするとドアを叩く音がする。

 

「おい、加賀、起きてるか?」

 

 マギーとは違う凛々しい声。なぜだか那智が来ていた。彼女はいきなり深夜に訪ねてくるような不粋なまねをする人物ではないし、緊急時ならばもうドアを空けて入っている。なんというか、私が起きていたら僥倖というような雰囲気だった。

 

「起きてるわ。今開けるからちょっと待って」

 

 疑問を抱きながらドアへと駆け寄る。そしてドアを開けると疑問は解けた。那智が酔い潰れているマギーを背負って部屋まで運んできてくれていたのだ。

 

「失礼するぞ」

 

 那智はマギーを背負いながら部屋へと入り、敷いてある布団の上にマギーを寝かせた。ちなみにその布団は私のなのだが……そんなことはどうでもいい。

 

「マギー、お酒に強かったはずよね。いったいどれだけ呑んだのかしら…?」

 

 半ば飽きれ気味に言う。マギーに対してだけじゃない、止めなかった那智達に対してもだ。マギーの様子がおかしいのは彼女達だってわかるはずだ。できたらこうなる前に止めて欲しかった。

 

「そんな眼で見るな。一応言っておくが大した量は飲んでないし、止める暇もなかったんだ」

 

「じゃあどうしたらこうなるの?」

 

「……マギーのやつ、あろうことかスピリタス一瓶を一気飲みしたんだ。そんなことできる酒じゃないんだが……」

 

「すぴりたす?」

 

「あー、その……度数93%の酒だ」

 

 それはもはや酒ではなくてただのメチルアルコール的なものでは?というより……

 

「そんなもの飲んで大丈夫なの!?」

 

「一応処置はしておいた。吐かせもしたしな。ただこいつ空きっ腹で呑んでたらしい。固形物が無かったからな。多分一日使い物にならんぞ……」

 

 全く心配をかけさせる。マギーが酔い潰れたことなんて無かったから少々取り乱してしまった。

 

「加賀、出撃はあるのか?」

 

「私たちは無いわ。秘書艦の仕事も……大丈夫ね」

 

「ならいい。……にしても、足柄が地雷踏み抜いたとはいえ今日のこいつはおかしいぞ」

 

「……足柄はなんて?」

 

「吹雪にMVPを取られたのが悔しいのだろう、とな。そしたらこの様だ」

 

「ああ……」

 

 確かに今のマギーには効果絶大だ。とはいえ、ここまで前後不覚になってしまうのは、やはり今日のマギーがおかしいからだろうけど……。

 

「マギーが起きたら伝えておいてくれないか?足柄が本当に済まなかったと言っていたとな」

 

「分かったわ。ただ悪気がなかったのはマギーも分かっているはずよ。そんなに気にしないでと言っておいて……。貴女達は明日は哨戒任務でしょう?もう寝たほうがいいわ」

 

「ああ、そうさせてもらう。マギーのこと、頼んだぞ」

 

「言われなくても…。彼女を運んできてくれて有難う。おやすみなさい……」

 

 那智はそれに返事をして自室へと戻っていった。後ろを振り返ると、マギーは相変わらず私の布団でぐったりとしている。マギーが鎮守府に着任してから三ヶ月ほど経つが、ここまで弱々しい彼女を見たのは初めてだ。

 マギーの傍に寄り、腰を下ろす。そして静かに彼女の頭を私の膝に乗せる。

 

「………マギー」

 

 彼女の名前を呟き、頬に手を添えた。私は悲しかった。マギーのこの姿は、私がマギーの"必要"になれていないことの証明とも言えるからだ。

 マギーは覚えているだろうか?私達の初陣の帰り、私の言ったことを……。

 

―――私にはあなたが必要よ、マギー。それと一緒で、私があなたの“必要”となれないかしら……。あなたの“敗北”を拭い去るその日まで―――

 

 あの時の敵は、前の鎮守府の仲間達の、私の最愛だった人の仇だった。そして恐怖の対象だった……。でも貴女のお陰でそれに打ち勝つ事ができた。前に進むことが出来たのだ。

 あの時、甲板に降り立つ『ブルーマグノリア』を見て……貴女とだったら、もうなににも誰にも敗けはしないと……、そう思った。貴女は私の希望、だから私には貴女が必要だ。心から、そう……。

 だから……私は貴女の"必要"になりたかった。

 

「知らないでしょうね……マギー、私がどれほど貴女に救われているか……」

 

 彼女の頬を軽く撫でる。知らないのだろうな、横の机にある私の日記には、貴女の事が沢山書いてあることを……。

 今の鎮守府になってから遠征要員となった吹雪の代わりに私が秘書艦となった。その業務の多忙さと自身の性格も相まって、私は鎮守府で孤立気味だった。けっして仲間と不仲だったわけではないが、そもそも喧嘩するほど近い者がいなかったのだ。前の鎮守府から付き合いのある吹雪や、一悶着あって親しくなれた天龍と龍田はいつも遠征に出ていたため余計に寂しく感じていた。

 だがそれもマギーのお陰でなくなった。彼女は艦載機扱いなので出撃は私と一緒であり、また秘書艦補佐として日々の仕事の手伝いもしてくれている。お陰で横を見るといつも貴女がいてくれた。寂しさを感じることは無くなっていた。

 仕事にも余裕が出来たので瑞鶴に十分な指導をすることが出来たし、マギーからの繋がりで、先の那智のように仲が深まった艦娘達もいる。

 彼女が来てから、前の鎮守府で様々なものを失い真っ白だった私の日常に彩りが戻った。もはや、マギーは私にとって欠かせない存在となっていた。

 

「……マギー、どうしたら私は貴女に"返せる"のかしら……」

 

 返答の期待できない、ただの独り言。それが虚しくなって、天井を仰ぎ見る。するとマギーの頬に添えている手から、頬が動いてる感触がした。

 

「……たしは、自由に…なりた…かった…だけ、なのに……」

 

 小さく途切れ途切れの声が聞こえる。マギーの寝言だ。何か昔の夢でも見ているのだろうか?「自由になりたい」、その弱々しい声とは裏腹にその言葉に強い意思を感じ、思わず聞き返してしまう。

 

「今の貴女は不自由なの?」

 

 きっと聞こえていないだろう。つい言ってしまったものの、返事は期待していなかった。しかし以外にもそれが聞こえていたのか、マギーは反応を示す。相変わらず声は掠れて弱々しいが、私は一言一句逃さないよう全神経を集中させた。

 

「……わからない。嫌じゃないはずなのに……。でも……」

 

 まるで迷子の子供が泣きじゃくっているような、そんな印象だった。不安に襲われ、しかしどうすればいいのか分からなくて……ずっと彷徨い続けている子供……。

 

「苦しい…の……」

 

 彼女の目から涙が零れる。『恐ろしい何か』に捕らわれ、それから逃げようと足掻いてもがいて……それでもそれは叶わなくて……。今の一言はきっと、そんな彼女の奥底にある本音だろう。

 貴女を助けたい。手を差しのべたい。どうしたら貴女に手が届くの?どうしたら貴女は手をとってくれる?貴女を救う為なら、私はどんなこともしてみせる……。

 

 彼女の涙を優しく拭う。彼女が愛しかった。そして許せなかった、彼女を縛る存在が……。

 ―――そうだ、吹雪も言っていたじゃないか。怖いものは消してしまえばいい。

 

「そう……なら――――」

 

 ならば私のやるべき事は一つだ。私は決意する。

 

 

「殺すわ、黒い鳥を……」

 

 

 もちろんそれは吹雪のことではない。マギーの中にある黒い鳥の幻想……『恐ろしいなにか』、それを殺す、殺してみせる……。そして証明してみせる。"私達"なら、もうなににも、誰にも、敗けはしないと。私は貴女の"必要"になりたいから……。

 

「マギー……」

 

 もしそれが叶ったら、貴女は私を見てくれる?戦場だけを見てないで、道端に咲く花を見つけるように……私をちゃんと見てほしい。

 

―――彼女に顔を近づける。

 

 私はこの日、誓いを立てた。それが独りよがりの歪んだ物なのは分かっている。それでも、マギーが戦場に惹かれるのと同じくらい……いや、それ以上の狂おしい何かが私を突き動かす。

 

「マギー、私には貴女が必要よ……。貴女は私の、私だけの"一航戦"なのだから……」

 

【挿絵表示】

 

 

 


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