艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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第十六話_番外編「汚れ役の唄」

 ガダルカナル島より少し離れた泊地、屈強な体躯をした軍人達が次の戦に向けて準備を進めている中を、ゴロゴロとドラム缶が転がっていた。転がしているのは何ともこの場に不釣り合いな少女二人である。

 

「ふう、これで半分くらいか」

 

 少女の一人、天龍は運んでいたドラム缶を仮設の倉庫に置くと額の汗を腕で拭った。

 

「この調子なら夕方になる前に終わりそうですね」

 

 続いて倉庫までドラム缶を運んできた少女、吹雪はそう答えながら天龍にタオルを差し出す。天龍は「ん、サンキュ」と礼を言いながら拭いきれなかった汗をタオルで拭き取った。

 加賀達をガダルカナル島近海まで送り届けた天龍と吹雪は現在もう一つの任務をこなしている最中である。深海鉄騎撃破後に再度ガダルカナル島に上陸する部隊、彼らへの物資輸送だ。彼らの待機している泊地までたどり着いた二人は、せっせと自分たちの艦から荷下ろしをしている最中であった。

 

 ちなみに艦娘の仕事は輸送までで、荷下ろしまでする必要は無い。しかし終わるまで手持ちぶさたなこともあって二人は自主的に手伝いをしていた。最初は陸軍兵士から「君たちじゃ危ないからいい」と止められたが、強化人間の体を持つ彼女達は見た目よりも遥かに頑強で膂力があり、物資を1/3も運び終わった頃にはそんな声は上がらなくなっていた。今ではすれ違い際に労いの言葉を掛けられるほどだ。

 そんな二人に一人の兵士が駆け寄る。

 

「お疲れ様です、天龍さん、吹雪さん。これ差し入れです、少しご休憩なさってください」

 

 そう言うと兵士は彼女達へ水筒と包みを差し出した。

 

「おう、サンキューな!吹雪、ちょっくら休憩にしようぜ」

 

 天龍はハキハキした声でそれを受けとると、吹雪に休憩を提案する。吹雪も「そうですね」と返答すると二人揃って兵士へ軽い敬礼をし、倉庫裏の日陰へと移動した。

 倉庫裏に着くと二人は立て掛けてあったジープの予備タイヤを横に倒し、それに腰を掛ける。そして差し入れを膝の上で荷ほどいた。包みの中身は海苔もついていないシンプルな握り飯だ。さっそく天龍は「いただきます」と手を合わせた後、その一つを頬張る。

 握り飯の中には刻まれた沢庵が入っており、その甘じょっぱさが身に染みた。いかにも男が握ったものといった感じだが、天龍はその大雑把さが嫌いではなかった。

 

【挿絵表示】

 

「そう言えば一年前も同じ差し入れ貰いましたね」

 

 天龍と同じように握り飯を頬張りながら吹雪は言った。

 

「ん、そうだったっけ?よく覚えてるな」

 

「覚えてますよ……、天龍さんと、あと龍田さんと初めて一緒に行った遠征のことですから」

 

「俺たちが着任してすぐの時か……最初に吹雪と会った時の印象が強すぎてそこら辺あんま覚えてねーな、はははッ」

 

「あ、あれはもう忘れてくださいッ!」

 

 吹雪は恥ずかしさで顔を真っ赤にする。天龍が吹雪を最初に見かけた時、吹雪は大泣きしていた。大泣きしながら加賀をマウントポジションで叩いていたのだ。その光景の印象が強すぎて天龍は任務の時のことを忘れかけていた。吹雪としては恥ずかしい思い出であり、それこそ忘れて欲しかったが……。

 

「そうか……にしても、もう一年も経ったのか……」

 

 天龍は今の鎮守府に着任した時の事を思い出した。

 

◇ ◇ ◇

 

「ここが新しい配属先か……」

 

 艦から降りて見渡した鎮守府の感想は『ボロボロだな……』だった。深海棲艦からの爆撃を食らったのか所々が崩れている。

 

「あら、随分綺麗なところね」

 

 いつの間にか俺の隣にいた龍田が正反対の感想を述べていた。

 

「龍田……それ皮肉か?確かに元いた所と比べりゃ綺麗だけどよ……」

 

 それを言ったら肥溜めだって絶景になっちまう、と思った。それほどまでに俺たちがいた鎮守府はひどい有り様だったのだ。

 

 人類が大敗し、鎮守府の再編を余儀なくされた『MI作戦』。この時の俺達は戦力外通知をくらい遠征に回されていた。当時の俺は必死に抗議したがそれが覆ることはなく、なんで『旧型艦』の艦娘なんだと愚痴っていたことを今でも覚えている。それでも意地はあったので「大量に資材を持ってきてビビらせてやるぜ!」と息巻いていたこともだ。

 

 しかしそれは徒労に終わった。

 

 俺達が遠征から帰投すると、鎮守府はもはや原型を留めていなかった。そこにあったのは焼け焦げた残骸や硝煙の残り香……。そして燃えたり潰れたり吹き飛んでいる肉、肉、肉、肉……。

 

「は……?なんだよこれ……?意味わかんねえ……」

 

 理解したくなかった。散らばっている肉塊が、数日前に挨拶をした人たちの物だと……。一緒の飯を食ってきた仲間の成れの果てだと思いたくなかった。

 

「ねえ、天龍ちゃん、ここ違うわよね?私達迷って違うとこに着いちゃっただけよね!?」

 

 珍しく龍田も狼狽してる。無理もない。俺も同じ気持ちだった。

 

「……とりあえず確認しようぜ」

 

 何を確認したかったのか、発言した自分もよくわかっていなかった。とりあえず突っ立ってるだけにもいかないだろ、との思いがあったに過ぎない。俺は龍田と一緒に鎮守府らしき場所の散策を開始した。

 力なく歩みながら目に入る光景は、まさに地獄だった。魚雷でも撃ち込まれたのかのように建物は焼き尽くされ、逃げようとしたやつらを狙ったのか至る所に機関砲が掃射された跡が残っている。原型を留めていない肉塊がその威力を物語っていた。

圧倒的な暴力によって虐殺が行われた光景がずっと……ずっと広がっている。

 

(まるで漫画の1シーンみたいだな……)

 

 駆逐のガキが読んでたロボット漫画の似たシーンを思い出しながら、それの何千倍もグロテスクな現実の中を歩み続ける。

 

(ここが俺たちの鎮守府なら、この先にデカイ時計台があるはずだ……)

 

 そんなものなければいい。心からそう思う。なければ“ここは違う”といえるからだ。しかし……やっぱり現実というものは非情らしく、歩を進めた先にそのシンボルは存在していた。しかも巨大な何かに袈裟懸けされたように斬り倒されて……。

 

「……もういいわ、天龍ちゃん。私疲れちゃった……」

 

 突き付けられた現実を前に、龍田は腰が抜けたようにその場に座り込む。

 

「……だな」

 

 俺もどうすればいいのかわからなくなり、龍田に寄り添うように座り込んだ。

 

――この後のことはよく覚えていない。

 

 龍田と共にぐったりとしていたところを大本営の調査隊だったかに回収され、気づけば今いる鎮守府へ配属が決まっていた。ひどい話、その間こちらの意思を確認するようなことは一切無かったが、その事に怒りは沸かなかった。

 

――どこでもいい、ただ戦えさえ出来れば……

 

 俺たちの仲間を、帰る場所を滅茶苦茶にしたやつらに一矢報いれられればいい。半ば自棄っぱちな思いだけが俺の中を占めていた。

 

(早く出撃命令が下されねえかな……)

 

 そう思いながら新しい港で迎えを待つ。しばらくするとここの関係者らしい男がこちらに近づいてきた。

 

「遠路はるばるお疲れ様です。軽巡洋艦の天龍さんと龍田さんですね?自分は当鎮守府の整備長を勤めます、やないといいます」

 

「よお、俺が天龍だ。んで、こっちの大人しそうなのが龍田。……にしても迎えに来るまで随分掛かったな。遅えな、ちゃっちゃとしろよ」

 

「す、すいません!なにぶん、どこもかしこも人手が足りないものでして……」

 

 『やない』という男は申し訳なさそうにしながら頭をかく。

 

「とにかく、提督から執務室まで案内するように言われています。どうぞ、付いてきてください」

 

 そう言われ俺たちは大人しくやないの後に続き執務室に向かっていった。途中でやないから、

 

「そう言えば……提督からお二人の艦の補給を急ぐように言われてるんですよ。もしかしたら直ぐに出撃命令があるかもしれません」

 

 と聞かされ少しだけ気分が高揚する。やないは「着任早々大変ですね」と苦笑いしていたが今の俺には都合がいい。執務室に着くとやないがドアをノックする。

 

「失礼します、提督。新規着任艦二名、お連れいたしました」

 

「おお来たか、入ってくれ」

 

 執務室から随分としゃがれた声が聞こえる。中に入ると50代後半ぐらいに見えるオッサンが座っていた。どうやらこいつが俺たちの新しい提督らしい。

 

「では自分はこれで」

 

「おお、あんがとさん。補給のほうもよろしくな」

 

 やないは「ハッ!」と敬礼を済まして執務室を出ていく。提督は俺達の経歴でも書かれているであろうプリントをチラ見しながら喋りだした。

 

「遠路はるばるご苦労だったな。俺がここの総指揮を行う白鳥太志だ。そっちの眼帯をしてるほうが天龍、そうじゃないのが龍田で相違ないな?」

 

「ああ」

 

「そうか。では早速で悪いが任務をお願いしたい。……本当は数日ぐらい休みをやりたいところだが、生憎ウチは余裕がなくてな……」

 

 そんなもったいつけなくていい。さっさと命令してほしかった。

 

『敵を撃滅しろ!』

『仲間の仇をうて!』

『その身尽きるまで戦ってこい!!』

 

 俺はその言葉を待っていた。しかし提督から発せられた言葉はそのどれとも違う、期待はずれもいいものだった。

 

「比較的被害の少ない桂島まで行って物資を受け取って来てくれ」

 

「は……?」

 

――そんな命令、俺は期待してない。

 

「ふっざけんな!!遠征任務じゃねーか、それ!そうじゃねーだろ!コテンパンにされたんだぞ!!俺達は!!仲間を……みんなみんな殺されたんだぞ!!!」

 

「わかっている……だからこの任務を頼むんだ」

 

 提督のなだめるような口調が逆に俺の神経を逆撫でした。俺は提督の襟元を掴み上げ睨み付ける。

 

「わかってねーよ!!だったら敵を殺してこいって言えよ!死ぬまで戦ってこいって言ってくれよッ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、提督は表情を豹変させ強い怒気を含んだ目付きで睨み返してきた。

 

「わかってねぇのはテメエだ糞ガキ!次死ぬとかふざけたことぬかしてみろ!ぶん殴るぞ!!」

 

「ッ……、やってみろよォッ!」

 

 俺はついかっとなり、右拳を提督の顔面向かって降り下ろそうとする。しかし後ろから龍田に止められた。

 

「おい龍田!離せッ!」

 

 右腕に力を込めながら怒鳴り散らす。しかし龍田は更に俺の右腕を強く掴み離そうとしない。

 

「嫌よ……私は天龍ちゃんまで失いたくないし、こんなことする天龍ちゃんなんて見たくないわ」

 

「龍田……」

 

 右腕の力を抜くと、龍田が震えているのが伝わってきた。目尻にも涙が溜まっている。そんな龍田の様子を見て俺の中の熱が急激に冷めていくのがわかった。

 俺は襟から手を離し、改めて提督の顔を見る。先程までの強い目力とは裏腹に、提督の眼下には濃いクマが出来ており頬もやつれていた。気苦労が絶えないのかまともに寝れていないのがありありと分かる。

 

(こんな人を殴ろうとしてたのか、俺は……)

 

 自分が随分と焼きが回っていたことにやっと自覚できた。俺は提督から少し離れ、深々と頭を下げる。

 

「その……悪かっ……大変失礼しました、提督……」

 

 上官に殴りかかったんだ、この程度で済むわけない。このまま拳骨を食らおうが何されようが文句は言えない。しかしけじめはけじめだ、どんなことでも甘んじて受けるつもりだった。だが提督は俺の頭に手をのせ、軽く撫でるだけで終わらせる。声も最初の時と同じトーンに戻っていた。

 

「元気はあるようで結構、結構。龍田、おまえも冷静だったな。いいコンビなんじゃないか?お前ら。こいつはアタリを引いたかな」

 

 がはは、と提督は笑って場を納めた。本当は提督自身、笑う元気も残っていないだろうに……。どうやらアタリを引いたのは俺達のようだ。

 提督は続けて喋る。

 

「……お前たちの気持ちはわかるつもりだ、痛いほどにな。だが、俺達は生き残っちまった。だから、“生きるため”に今できることをやるしかない……先に逝った奴らのことを無駄にしないためにも……。改めて言うが、遠征任務……頼めるな?」

 

「「…はい」」

 

 龍田と共に返事をする。自分の気持ちと完全に折り合いがとれた訳ではなかったが、結局これが今俺が出来る精一杯らしい。

なら前の時と同じ、精一杯やろう。そう自分に言い聞かせ、頬を叩いて気合いを入れる。

 

「よっしゃあ!行くぞ龍田!天龍水雷戦隊、抜錨だァ」

 

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

「んだよ提督!?せっかくノッてきたのに!」

 

「すまんすまん、大切なことを伝え忘れていてな。うちの駆逐艦を一人連れていってほしいんだ」

 

「駆逐艦?ここ他にも艦娘いるのか」

 

 秘書艦もいないし、ここに来るまでそれらしいのを見かけなかったので俺はてっきり誰もいないものだと思ってた。

 

「一応うちにはお前らを除いて吹雪という駆逐艦と加賀という正規空母の二人がいる。どちらも俺の鎮守府の生き残りだ」

 

「へえ、まともに生き残るなんてスゲーじゃん。さぞ優秀な艦なんだな」

 

 俺は軽い嫉妬から口調が皮肉気味だった。すると提督は苦笑いを浮かべる。

 

「いや、お前らと似たようなもんさ。吹雪ってのは旗艦から戦力外通知くらって途中退場、加賀ってのも損傷が激しくなって途中で戦線を離脱した、……だから生きてる。お陰で二人とも意気消沈、特に加賀が酷くてな。今は吹雪が看てくれている状態だ。このままじゃ吹雪も倒れちまいそうだがな」

 

「おい、まさか介護疲れの気分転換に遠征付き合わせるつもりじゃねーだろうな?遊びじゃねーんだぞ」

 

「わかっている、あくまで資材確保のためだ。気分転換はついでだよ」

 

「おいおい……」

 

「ははは、こういうときは他のことに没頭するに限る。というわけでだ、……そこの窓から寮っぽいの見えるだろ?そこの205合室に吹雪はいるはずだ。任務のこと自体はもう伝えてある。悪いが吹雪を迎えに行ってくれ。どうせ燃料補給までまだ時間はある、ついでに自分たちの部屋を探してくるといい。今なら選び放題だ」

 

「へいへい、そりゃ魅力的なこった……」

 

 俺は意気消沈しながら執務室を出た。あの提督、どうやら俺にガキのおもりまでやらせるつもりのようだ。はあ、と俺が溜め息をついてる横で龍田はクスクスと笑っていた。小声で何か呟いている。

 

「こういうときは他のことに没頭するに限る……ねえ……」

 

「……?なんだよ龍田?」

 

「あら、なんでもないわよ~。ただ天龍ちゃんって面倒見がいいから丁度良いかなって思ってただけ」

 

「は?なにが丁度良いんだよ?」

 

「さて、なんのことかしら~」

 

 龍田は早足で先に進んでいく。

 

「あ、ちょっと待てって、おい、龍田~」

 

 結局あいつがなんのことを言っているのかはわからなかった。ただ、龍田がいつもの調子に戻ってくれたのが俺には嬉しい限りだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 提督から言われた部屋に近づくと何やら話し声が聞こえてくる。恐らく吹雪と加賀のものだろう。

 

「……で…から、少しは何か口に入れてください……でないと元気出ないですよ、加賀さん」

 

「悪いけど……食欲ないわ」

 

「……そんなんじゃ赤城さんが悲しんじゃいますよ……」

 

「……ッ!あなたが赤城さんを語らないでッ!!私の気も知らないで勝手なこと言わないでちょうだい!!!!」

 

 加賀と呼ばれる空母の怒鳴り声の直後に人を押し倒すような物音が聞こえてくる。

 

「もしかして喧嘩か!?」

 

 俺が部屋に駆け寄りドアを開けると、やはり喧嘩が始まっていた。……いや、喧嘩と言っていいものかどうか……。駆逐艦の艦娘――吹雪が泣き叫びながら加賀に馬乗りになり、まるで駄々をこねる子供のように加賀を叩いていたのだ。加賀は無抵抗に……というより余程予想外だったのか呆気にとられたまま、ただ吹雪を見ている。どちらとも俺達には気づいておらず喧嘩は続行されていた。

 

「加賀さんだって……!!私の気も知らないで勝手なこと言わないで下さいよッ!!私だってあの場所に残りたかった!!でも私はそれすら許されなかった!!……きっとこの先も…ずっとずっと……戦える加賀さんとは違うんです……なのに…なのにッ……あなたがそんなこと言わないでッ!だったらあの空母を私にくださいよッ!!私だって、私だって力が欲しかった!!!みんなを守れる力が……ほし……かった……」

 

 そこまで言うと吹雪は加賀の胸に頭を埋め、今度は咽び泣き始めた。加賀はどうすればいいのかわからないのか無言のままだ。

 

(気まずいな……)

 

 俺は正直、見なかったことにしてこの場を去りたかった。しかしこのままでは吹雪をいつ連れ出せるかわからない以上、そうは問屋が卸すまい。意を決して二人に挨拶を仕掛ける。

 

「あ~……先輩方、気は済んだか?」

 

 そう言いながら二人の近くで屈み、吹雪の頭を軽く撫でる。吹雪が泣き顔を上げ尋ねてきた。

 

「あな…ズズッ……たたぢは?」

 

「提督から聞いてなかったか?今日からここで世話になる軽巡の天龍だ。後ろにいるのが妹の龍田な。提督がお前と一緒に遠征に行ってこいってさ。……にしてもヒデー面だな、おい。まだ時間あるし、ちょっと顔洗ってこいよ」

 

「……はい、……グスッ……」

 

 めそめそしながら吹雪は力無く立ち上がると、不安定な足取りで部屋出口に向かっていく。俺は龍田に「ついていってやれ」と目で合図をする。龍田は「わかってるわ~」と同じ様に目で返すと、吹雪の背中を擦ってあげながら一緒に部屋を後にした。

 

「さて……正規空母様よー。俺は詳しい事情とか知らねえけどさ……。駆逐のガキにあそこまで言わせちまうなんて、ちょいとダセェんじゃねえの?」

 

 加賀は横たわったまま力無く答える。

 

「……吹雪のあんな顔、初めて見ました……」

 

 どうやら加賀にとって吹雪の行動は本当に予想外だったようだ。吹雪は見た目からして真面目そうだし、きっとずっと溜め込んでいたのだろう。

 

「……俺はさ、あいつの気持ちが痛いほどわかるよ」

 

「……」

 

 加賀が未だに起きる気配を見せないので「もしかして寝てねーよな?」と思い横目で見ると、一応俺の話は聞いているようだった。なので話を続ける。

 

「俺達も戦力外をくらったクチでよ、ぶっちゃけそんなに強くねえ。好きなように戦うことも、自分の死地を決めることもできやしない。……仲間の仇を取りたくてもさ、たぶん駄目なんだ、俺達じゃ。だから本当は自分が戦いたくても……託すしかねーんだよ、あんたらみたいに強い奴等によ。なのに頼みの綱がそんなんじゃ、そりゃ泣きたくもなるぜ」

 

 そこまで聞いてやっと加賀は上半身を起こす。

 

「そんなに期待されても困るわ、私は肝心なところで損傷して逃げ帰るような艦よ……」

 

「でもおまえにゃ次の戦場があるだろ?俺たちと違ってな。次があるってんなら俺たちが資材でもなんでも調達してやるさ。それが今俺たちのできることだからな。……だからお前はお前の出来ることをしてくれよ、頼むぜ」

 

 これは切実な願いだった。俺だって艦娘の端くれだ、正規空母の強さってやつを知っている。だから――勝手だとは思うが――俺たちの悔しさも背負って欲しかった。こいつにはその力があるだろうから。

 

「……ここまで言われるなんて一航戦失格ね。でも、それでも何もしなかったら……それこそ赤城さん達に顔向け出来ない…か」

 

 加賀は気だるそうにしながらもゆっくりと立ち上がった。

 

「……挨拶がまだでしたね」

 

 加賀は右腕を上げて肘を前に出し、海軍式の敬礼をした。。

 

「正規空母、加賀です。軽巡洋艦天龍、及び龍田、あなた達を歓迎するわ。これからよろしく」

 

「おう、よろしくな」

 

 俺も同じく敬礼をとり挨拶を終えた頃、廊下から足音が聞こえてくる。どうやら龍田たちが戻ってきたようだ。あちらも龍田が上手くやってくれたのか、吹雪の顔つきがだいぶ良くなっていた。

 

「加賀さん!」

 

 起き上がっている加賀を見るなり吹雪は抱きつく。

 

「さっきはすいませんでした……その……叩いたり勝手なこと言ったりして……」

 

 加賀は、最初こそどうするべきか手を空中で遊ばせていたが、そっと吹雪の頭に手をのせ小動物でも愛でるように撫ではじめる。

 

「いいえ、謝るのはこちらです。すいませんでした、吹雪。……随分面倒を掛けましたね。もう、大丈夫よ」

 

 加賀は吹雪を撫でながら俺たちの方へ顔を向けた。

 

「すみません、天龍、龍田……吹雪をよろしくお願いします。私はあなた達がいつ戻ってきてもいいよう、今私のできることをしておくわ。……着任早々、手間を掛けさせてしまったわね」

 

「おう、全くだぜ」

 

「大丈夫ですよ~、天龍ちゃんは頼られるの大好きですから~」

 

「なに言ってんだよ龍田、んなわけねえから」

 

「そうかしら~、顔、いつもの天龍ちゃんに戻ってるわよ」

 

「はあ?なんだよそれ」

 

「お二人とも仲良いんですね」

 

 気付けば吹雪もこっちを向いてクスクス笑っていた。

 

「あ~もう、うるせえ!今度こそ天龍水雷戦隊抜錨だ!てめえら、ちゃっちゃと行くぞ!」

 

――これがこの鎮守府初日の出来事だった。

 吹雪みたく任務先でもらった差し入れのことなど流石に覚えていないが、このときのやり取りは一年たった今でも鮮明に覚えている。こんな面倒くさい出会いなど忘れようが無い。

 それに……今では誰も逆らうことが出来ない秘書艦様をいじれる貴重なエピソードの一つだ、忘れるなんてもったいないというものだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「天龍さん、天龍さん……どうしました?」

 

「ん、ああちょっと昔を思い出しててな」

 

 吹雪は俺の顔を覗き込み、きょとんとしていた。どうやら思っていたよりも長く、俺は物思いにふけっていたらしい。

 

「……にしてもこの一年、俺ら物運びしかしてねーなァ」

 

 振り返った思い出の中に戦場らしい戦場はなかった。まあそれも仕方ない。俺たちの後に配属されてきた艦娘たちは、みな「MI作戦」に参加して生き残った猛者ばかり。そんな奴等の中で俺たちが戦場に出張ることなど当然無く、演習の穴埋めが関の山。この結果は当然といえば当然だった。

 最近は「建造組み」の新人が増えてきたが、結局遠征の旗艦を任されるだけだ。やることはちっとも変わらない。

 

「そうですね」

 

 吹雪は屈託のなさそうな笑みを浮かべる。……感情を押し殺したような、上っ面だけの笑みを……。

 

(それも変わらず……か)

 

 ずっと一緒にいるせいで気付いてしまった、吹雪がたまに浮かべる乾いた笑み。多分、気付いているやつは鎮守府でも数人だけだろう。恐らく加賀も気付いていないその笑みが、俺は苦手だった。なんとかしてやりたくても俺にはどうしてやることも出来ない。こればかりは吹雪自身しか癒すことができないものだから……。

 

――吹雪の魂は、未だ戦場に惹かれている。

 

 これは俺と吹雪の決定的に違う点だった。俺は悪い言い方をすればもう戦場を諦めている。それは戦えるやつらに任す。だから代わりに俺はそいつらを精一杯支えよう。そいつらが何時でも万全で出撃できるように、この鉄粉まみれ油まみれの仕事をしよう。そう決意していたし、今ではこの仕事に誇りだって持っている。

 吹雪も無論、この仕事を軽んじているわけではない。むしろ一生懸命誠実にやっているほうだ。しかし、それでもどうしようもなく戦場に焦がれている部分が吹雪にはあり、それがあの乾いた笑みを作り出してしまうことを俺は知っていた。

 

 本来、吹雪の駆る特型駆逐艦は俺や龍田の旧型と違い非常に優秀な艦だ。普通なら第一線で活躍していてもおかしくない。現にうちの鎮守府にいる叢雲がそれを証明していた。あいつは夕立に並ぶうちのエースだ。だがこの吹雪は同じことができない。

 

『粗製』

 

 艦船を操作するのに必要な『AMS適性』。本来なら艦娘はそれを十全に備えて生まれてくるが、この吹雪だけはそれが極端に低いという障害を抱えていた。実は起動するのもギリギリらしい。そのため反応速度は最低で、戦闘での命中率も回避率も極端に悪かった。その上AMSへの負担が増す関係で、武装の増設などの改修も許されない。『最弱の艦娘』、それがこいつだった。

 それでも生き残ってこれたのは、AMS適性の代わりとでもいうように身に付けていた『危機察知能力』を持っていたからであるが……それも戦えなければ戦場では大した用をなさない。だから吹雪は俺たちとずっと一緒だった。ずっとずっと後方支援に徹していた。

 

(べつに悪いことじゃねえだろ……)

 

 俺はそう思う。実際、余計な武装などがない俺たちの艦は燃費も良いし遠征に適している。吹雪の能力だって安全なルートを進むのに一役買っている。適材適所ってやつだ。だから仲間も感謝してくれることはあれど、蔑むやつなんか一人もいない。

 

――しかし、それでも……吹雪は自分自身を赦せていないようだった。

 

 きっとこれは、この現状は、吹雪の望む生き方ではないのだろう。弱い自分がたまらなく嫌で、守られている自分が赦せない。なんでそんな脅迫概念のようなものを持っているかは俺は知らない。ただ、これがこの吹雪の性なのだろう。

 

――『最弱の身』にはあまりにも重い性だ。

 

 俺はそれが痛々しすぎて見るのが嫌だった。だからそれを紛らわすために鼻歌を奏でる。

 

(知らねえだろうな……この歌覚えたきっかけがおまえだったなんて)

 

 歌詞は自分用に替えてしまっているが、元は提督から教わった『汚れ役』とかいう題の歌だ。これでも提督の家に代々伝わっているものらしく、なんでも運送業にご利益があるらしい。音程がズレズレのふざけた歌だが、なかなかどうして気に入っている。吹雪も気に入っているのか、この歌を聞かせると笑みに少しばかり潤いが戻る。

 

「マギーさんは苦手みたいですけど……私は好きですよ、それ」

 

 そういうと一緒に歌を歌い始めた。

 

「よし、じゃあ腹も膨れたし、続きするか」

 

 差し入れを包んでいた袋や水筒を適当に片し、鼻歌を歌いながら自分達の艦へと戻っていく。吹雪を横目に見るといつもの様子に戻っていた。

 

(吹雪……いつおまえが自分を赦せるかは知らないけどさ……その時が来るまでは、横でまたこの歌を聞かせてやるよ)

 

「…?どうしました天龍さん?」

 

「いーや、なんでもねーよ」

 

――少女二人は、今日も歌いながら鉄と油にまみれていた。

 


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