完全で瀟洒な従者の兄+紅魔館の(非)日常   作:新幹線刈り上げ

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過去編:幼き日のヴィシュラヴァス(Ⅰ)

神が林檎を創造したのなら、僕と咲夜は『悲劇』という名の林檎を運命に宿して産まれてきたのだろう―――――

 

 人間は弱くて憎い。僕にはそんなことは幼き頃から分かっていた。吸血鬼を駆逐する仕事を一生懸命にこなす人だった父は普通の母と普通に結婚して普通に僕たちは産まれてきた。それは偶然とか奇跡とかそんなくだらない言葉で語れる事ものではない程に限りなく低い確率を望んでもいないのに当たったということだった。

 

 僕が産まれた四年後の新月の夜、朔夜(さくや)が産まれてきた。

 

 母は「これからは貴方がこの娘のお兄ちゃんになるのよ」。それはとても暖かくて優しい言葉だった。その時は、とても嬉しかった。生命の尊さや愛おしささえも感じた。

 そして、僕はそれを義務でもあるし使命とも感じた。僕たちは他の子達よりも蝶よ花よと育てられてきたと思っていた。

 

 母と父が忙しくて家に居ないときには僕が朔夜を見守ってきたし、保育園とでも呼ばれるとこでいじめを受けていたら病院送りにしてしまうほど殴って殴って殴りまくった。その時は父と先生だけではなく朔夜にも少し怒られてしまった。

 

 僕は命を賭してでも父と母の血筋を共に宿した唯一の妹である朔夜を守らなければならないし心配をかけてはいけなかった。

 けど、ある日父が如何なる人間だったのかを知ってしまった。いわゆるパンドラの箱と呼ばれる知らざるべき真実だった。

 

 父は寝室で母では無く、見たことの無いもう一人の女と一緒に寝ていた。それがもし人間であるのなら大人の弱さを身にしみていただけでいたのだが、おかしいのだ。

 

 とても人間とは思えない程冷たい眼光、太陽の日を当てたことが無いのではなかろうか、と感じるほどに白い肌をしていて背中からは蝙蝠の羽と酷似していて黒く月に禍々しく照らされて光る羽を生やしていた。

 

 前々から父には吸血鬼とはどういうものなのかを本や父が狩った吸血鬼の裸体などを見たことがあったから人目で気づいた。そいつが・・・―――――

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・―――――吸血鬼だと

 

 

 僕は「待ってくれ」と「これは誤解だ」という言葉を発しながら必死に弁解をしようと追いかけてくる父から逃げて逃げて逃げまくった。そして、僕には父が分からなくなってしまった。

 

 父は本当に強くて逞しく、尊敬できる人だった。誰にでも恥じ無く誇れる父だった。

 

 しかし、大きな玄関の大広間で父ではなく吸血鬼が扉の前に立ち塞がる。吸血鬼は不気味な笑みを浮かべていた。その顔は恐らく美人という部類だ。妖しげな美しさは男を狂わすだろう。今すぐにでも朔夜とこの家から出て行きたかったが、まずは吸血鬼を殺さなければ生きることはできない。

 

 僕は、父に教わったナイフの投げ方を一から思い出し、それを行動に移そうとする。

思い出す度に涙が零れ、父の言葉を思い出す。優しくも勇気があり正義を貫く勇敢なヴァンパイアハンターだった。

 

 だけど…僕は父も母も目の前ににいる吸血鬼をも殺して朔夜と生きていかなければならない。

 吸血鬼は僕を目掛けて玄関から飛翔してくる。その爪で首を掻き切るためだろうか?

 僕は釘と同じ成分をふくむ特殊ナイフを右手に持ちながら振り上げ、心臓目掛けて投げる。

 そして、それは綺麗に心臓のあるだろう胸の真ん中に突き刺さり、そこから血が吹き出る。しかし、吸血鬼は何とも痛みが無いのか突進を止めない。タフなのか、当たってないのか分からない。

 

 僕は、致命傷を避けるために上へと飛ぶが判断力が良いのか、吸血鬼に足を掴まれてそのまま壁へと投げつけられる。壁に当たり、地面に叩きつけられると同時に肺から血と酸素が出てきた。

 痛い。意識が遠退きそうだ。手に付いた血を見て、背中がゾッとした。父はこんな化け物相手に何百匹をも殺してきたのだろうか? 父みたいに強くなりたい。自分だけの正義を貫きたい。朔夜を幸せにするんだ…朔夜を…

 

 懐に後何本ナイフが残っているだろう…後4本か。いける。殺せる。僕は念のために父特性の『にんにく入り聖水』をナイフと傷つくと致命傷になる所に塗った。父が考えた吸血鬼にとって、最悪の素材で作られたものだ。にんにくのせいか体がとても臭い。できるだけ早くナイフを投げたい。

 

 吸血鬼は僕に向かってゆっくりと歩き始めた。

 

 駄目だ…足が震えて動かない。吸血鬼はわざと揺ら揺ら揺れながらこっちに来る。握れ。父の誇る、僕の誇るナイフを強く握れ。例え帰って来なくても良い。日常が壊れてしまっても良い。

 構えろ…ナイフに殺意を込めながら振り上げるんだ…。僕ならできる。

 

 まだだ…まだその時じゃない。吸血鬼が一瞬でも油断したときだ。

 

 3…2…1…今だ…ッ!!

 

 肩が外れそうになった。だけど、ナイフは左にずれたが命中した。吸血鬼は、刺さっても止まずに歩いてくる。僕は同様をするが、痛む肩に鞭を打ってナイフを投げる。

 

 二本…ッ! 一本…ッ! 

 

 四本もナイフを刺しているが中々倒れない。吸血鬼は当等僕の首を掴んで持ち上げる。

 苦しい。意識がまたも遠退きそうだ。僕は零に近い意識の中で最後にナイフを握り、綺麗な黒髪目掛けてナイフをぶッ刺した。

 

 首に入る力が抜けて僕は地面に落ちる。思わず咳が出てきて止まらない。酸素を求めて大きな深呼吸を試みようとするが、肺が苦しくてできない。

 

 吸血鬼はどうやら死んだようで、ナイフで抜いてまた刺してもピクリともしない。

 

 そういや父はどうしたのだろうか…?朔夜は大丈夫だろうか…。あぁ、朔夜だ。今は朔夜が心配だ…いつも見たいに寝室で幸せそうに寝ていられているだろうか…。

 

 僕は重い足を引きずって無駄に広い家の中一人で寝室に向かっていた。父が探しているのだろうか、僕を呼ぶ声が聞こえるが気にしない。父も母も良い。信用などしない。吸血鬼を狩るものが吸血鬼と居るなんておかしい。信用できない。

 

 見つけた…。僕は大きな寝室の中、寝巻きを着て寝ている朔夜の寝顔を見て安心した。全く、兄の事情も知らないで幸せそうに寝ている。

 

 「朔夜…僕だ…」

 「むぅ…お兄ちゃん…?」

 

 起きてくれた。朔夜は大きな欠伸をして、細く小さな目を見開く。さっきまで、夢を見ていたのだろう。何だか申し訳ない。

 

 「事情が、あってね。今から僕たちは家から出て行かないといけないんだ」

 「何で? 嫌だよぉ。ママは…? パパ…?」

 

 涙を浮かべて朔夜は僕の手を握る。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

 「ママがもう僕たちのこと要らないって。だから、もう居ないよ」

 「嫌だ嫌だ。もう、我侭言わないから…もう、何も欲しいって言わないから…」

 

 泣き出してしまった。まだ産まれて四歳ぐらいだろうか…。何故、こんなことになったのだ。何故、朔夜が泣いたのだ。言い方が悪かったか。それもあるだろう。だけど憎い、父が、母が。誇れる父が、愛おしい母が憎い。こんな状況、こんな環境を作り、朔夜を泣かせた母と父が憎い。

 

 「…僕もだよ。パパとママが好きだったよ…。でもパパとママのためなんだよ。また、帰ってくるから、ね?」

 「…本当?」

 「あぁ、約束する。」

 

 帰ってこないだろう、いつもの日々は。朔夜も何だかんだでベッドから降りてくれた。まるでお人形さんのようだ。

 

 「行こう…」

 「うん…」

 

 僕達は階段を降りて玄関の近くまで来た。そこで、吸血鬼の死体がある事を思い出して僕は朔夜の目を塞いだ。

 

 「どうしたの…?」

 「朔夜はどこに行きたい…? ぜひ、そこまで送ってあげるよ。しかし、その代わりに行くまでは目を隠してもらうよ」

 

 適当な嘘を吐いた僕は、玄関を覗き、死体以外、誰も居ないことを確認した。

 

 「う~んとね。夢の世界が良いな。綺麗なお花畑があって、大くて広い湖や大くて広い家があって、そこに色んな人が居て、皆とお話したりしたい。」

 「あぁ、いいな。そんな世界があるならばきっとそこは楽園だろう。ぜひ、そこまで送ってあげるよ」

 

 勿論無理な話だ。そんな幻想的な世界は無いだろう。後で謝ろう。そして僕はそこでも嘘を吐くのだろう。朔夜が悲しまないための嘘を。

 僕は、朔夜を誘導させながら隠れつつも玄関の扉を開けようとした。

 

 「どこに行く気だ…?」

 「お父様。」

 

 最悪だ。やっとの思いで吸血鬼を殺し、この無駄に大きな家から出られると思っていたのに。

 

 「朔夜と、こんな夜中にどこへ行く気だ…。ん、まさか…お前がコイツを…!?」

 「そうだ、と言えばどうすると言うのです?」

 「信じられん…ッ! 才能があると思っていたがここまでとは…」

 

 才能? 人間は、生命の危険の中で進化するものだ。まぁ、努力の賜物かと言われれば、そうではないのも確かだが。

 どうする?父ならこの距離を一瞬で詰めることは容易いか…? いや、父の強さは知らない。名の知れた、ハンターなのは知っているがどこまで強いかまでは知らない。

 

 「朔夜と出て行きます。父には感謝をしています。それでは。」

 「え? パパ? そこに居るの?」

 

 僕は朔夜を離してしまった。父は、笑顔でしゃがんで抱っこでもするのだろうか? いや、もしその可能性が1%でもあるならば僕は朔夜を追いかけないだろう。そこから動かなかっただろう。

 父はしゃがみながら、懐に手を入れている。最悪だ。気づいてしまった。それが、必ずしも人を殺せる凶器だと、ナイフだと。

 時間がゆっくりに動く。まるでコマ送りで再生しているみたいにゆっくりだ。あぁ、止まれ。朔夜、止まってくれ。父よ、止まってくれ! 

 駄目だ、どれだけ、手を伸ばして叫んでも朔夜は止まってくれないし父も懐からナイフを見せている。ならば、もう神しかいない。神よ! 世界よ!! どうか! 一瞬でもいい!! 

 

 

 

 

 

 

 

 「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 

 またも、おかしい事が起こった。世界が止まってくれた。そう思うべきか。『ヴィーンチッチッチッチ』という時計が止まったかの様な音と共に僕の体を中心として波動が出てきて世界が止まっていくのを感じた。

 

 神が哀れんだのか。いや、今はそんなことは関係ない。手のひらを開いては握って。自分は動けるみたいだ。どうしたものか、何時まで止まっていられるのか分からない。今は、理解するよりも行動が大事そうだ。

 

 まずは、朔夜だ。朔夜を移動させよう。しかし、動くのか…? 僕は、朔夜を持ち上げる。動く。固まったままだが動いてくれた。

 

 よし、一安心だがどうしよう…。どうやって戻すのか分からない。段々疲れてくるのを感じる。この能力らしきものは体力を使うのだろうか? なら、乱用するべきものじゃないな。

 

 しかし、父はどうしよう。行き残しておくべきか。だが、時間が止まっている中、父は笑顔で懐からナイフを数本片手で取り出そうとしているのが見える。まぁ、信用なら無い。もし、今時間が動き出して、さっきみたいに「誤解だ」と言われても殺意しか沸かない。

 

 そうだ、実験をしてみよう。僕は、吸血鬼からナイフを抜いて床にも落ちてるナイフを拾った。まぁ、残酷なことだが仕方無い。再び父の前まで、歩いて立つ。顔の前で手を振っても反応が無い。それは、そうだろう。なんせ時間が止まっているのだから。

 

 拾ったナイフと抜いたナイフを足して五本集まった。充分だろう。僕はナイフを父の腹に投げてみた。勿論、躊躇は無い。すると、刺さると思っていたナイフは寸前で止まった。動き出したらその場で落ちるのだろうか? それだと使いにくいな。

 

 取りあえず、父の頭上からナイフを落としてみよう。まぁ、予想通りナイフは寸前で止まる。まぁ、良い。致命傷にはなるだろう。母が他の男を連れずに帰ってきてこの惨状を見て、尚助けたら幸運ってことで。

 

 約一分半経った。しかし、尚時間は止まっている。僕たちは母と父の財布とナイフと父の研究書を持ちきれるだけ盗って、袋に詰めて今はもう外に居る。ナイフは別のとこだが。

 

 一生ここに帰ってくることはないだろう。今思えば、本当に気味の悪い紅い屋敷だ。父が「赤色は正義の色」と言っていたが、今では血の色にも見えてくる。

 

 三分。僕は、体力が尽いて家から少し離れた山の奥にて体力の限界を向かえて、世界が動き始めた。

 

 「パパッ!!…あれ…ここは?」

 

 当然、そうなるだろう。朔夜は見慣れない場所だからだろうか、周りをキョロキョロしながら最後には後ろにいる僕に視線が止まってすぐに抱きついてきた。

 

 

 


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