「なあ、そろそろ説明してくれないか? バルバラ」
ムツは、前を歩くバルバラの背に問いかけた。
辺りは荒野で、所々に石や岩が転がっている。他には申し訳程度に雑草が散見されるだけだ。荒れ果てた土地。舗装された道があるわけでもないが、通る者が多い部分からは歩行に邪魔な物は取り除かれており、踏み固められ、原始的な通り道となっている。
つい先程。マナト達との合同作戦から五日ぶりにダムローに向かおうと、街の北口をムツが出ると、そこにはバルバラが待ち構えていた。バルバラは挨拶するムツに応じることなく、「仲間捜しに協力して欲しくば、付いてきなさい」と言い放つと、返事を待たずに歩き出してしまったのだ。
それから無言の10分。バルバラが、ムツの問いに足を止め、振り返った。素敵な笑顔だった。青筋を立てていなければ、云う事無しだった。
「パメラが世話になったわね」
「どう云う報告を受けているかは知らんが、何もしていないぞ」
四日前の夜。そう。泥酔したパメラを宿に放り込んだ後は、速やかに撤収したのだ。丁寧に介抱するにも、こちらも酒が入っていたし、間違いがあってはいけない。半分寝ているパメラに水と薬を飲ませ、最低限の看護をしてベッドへ潜り込ませた後は、すぐに部屋を出たのだ。
その後、鍵をパメラの手元においたまま、部屋を施錠しなければならなかったので、店主に協力して貰わねばならなかった。
だから選ぶ宿は信用できる店主が経営している必要があり、つまり、そこそこのグレードの宿である必要があった。当然、金がかかった。具体的には軽く銀貨が飛んだ。
そこまでしたのだ。初対面に近いとは云え、好意と信用を向けてくれる女性に対し、良い格好をしたかったというのは、正直あったが、実に紳士的な対応だったと我ながら思う。
それ以降、全く姿を見なかったので、心配していたのだ。
「手を出してないと云うのは判ってる。でもあれは、果たして何もしていないと云えるのかしらね・・・・・・」
バルバラは、頭痛を抑える様にこめかみを抑えた。
「で、そのパメラは大丈夫だったのか? どうしてる?」
「特製のお仕置き中よ」おい、四日も前の話だぞ。何をされているんだ。
「ギルドのか」情報漏洩はやはり拙かったか。
「だから、特製の、よ。部下の教育も仕事の内なの」
粛正という訳ではなさそうなのは安心だが・・・・・・それは・・・・・・大変そうだ。
「ま、パメラの話は置いておきましょう」それが良い。きっと触れない方が良い。
「本題だな」
バルバラは、歩き進めていた方向をすっと指さした。
「あっち。何があるかは知ってるかしら」
「オークの支配地域だと聞いている」
「そう。デッドヘッド監視砦。オークの前線拠点がある。ここからなら、もう見え易いはず」
確かに目をこらすと、砦らしきものがうっすら見えた。だが、あと5キロぐらいはありそうだ。そして砦の手前には、いくつも櫓がある点在しているのも確認できた。
「ここから先には、オークが散見される。ムツには、オークを3体討伐して戦利品を獲得してもらう。それが、紹介の条件」
「主旨は判った。だが、バルバラがこんな事をする理由がさっぱり判らない」
バルバラは腕を組むのみで、答えを返さなかった。やるのか、やらないのか、と目が語っている。
「達成すれば、パメラをパーティーに加えることを許してくれると?」
「ムツとパメラがそれを望むなら。他にも、狩人や神官。他の職でも、うちの伝手で紹介してあげる。勿論、できるのはそこまでで、交渉自体は自分でしてもらう必要があるけれど」
悪い話じゃない。有り難い。
武闘家の道を進むのか、辞めるのか、停滞を許容するのか。答えが見つかった訳じゃない。だから、修行が一区切りついた今日も答えを保留したまま、ソロでダムローに向かっていた。しかし、もし一緒に行動してくれる仲間が一人見つかったというのなら、保留を継続するにしても選択肢は広がる。“そこそこ危険だけれど二人なら、一人ダムローで狩りをするのと同程度”の危険度の場所で狩をするという選択肢を得られる。昨日の神官の女性ではないが、首にする分にはいつでもできるのだ。自分勝手な話だが。
しかし、返答するにはまだ訊いていないことがある。
「もしも、失敗したら?」
「
ノーリスクな訳がないとは思っていたが、いよいよ本気で取りに来たって事か。
「条件だけど、一応、これは護衛演習とする。あたしが一度でも攻撃を受けたら、そこで失敗。勿論、わざと当たりに行ったりはしない」
「オーク3体を殺して戦利品を奪うまで、バルバラを護衛する。失敗したら盗賊ギルドへ転職か」
「どうする? ムツの戦力、難易度、報酬。かなり公平だと思うけれど」
「本当に、随分高く評価してくれたものだな」
この挑戦の公平性だけの話ではない。バルバラにしろ、クヌギにしろ、必要とされる事は純粋に嬉しい。
義勇兵は、オークを倒して一人前とされる。見た事もないオークが、実際どれくらいの強さなのかは、判らない。だが、バルバラは無理な事は云ってこない。パメラの報告を受け、打倒可能だと認識したからこその挑戦なのだろう。ならば、武闘家を続けたいという心が自分にあるのなら。ここで受けないのは嘘だ。超えられる壁は越えていかなければ、高みにはきっと手は届かない。
それに、バルバラには他にもこんな仕掛けをしてきた理由がある気がする。具体的な根拠は無い。直感だ。だが、この感覚は、よく当たる。少なくとも、ここグリムガルに来てから3週間。外れはない。
ムツは深く頷いた。
「謹んで」
バルバラの護衛試練の開始。ムツが先頭となり、歩を進める。一番近い櫓まで2キロ程か。だが、まだオークの姿は見えない。
「あれは、テントか?」
櫓の根本に何かがある。確証は持てないが、それがいくつかある気もする。そうすると、最悪そこそこの人数がいる可能性がある。あそこを襲撃するのはリスクが高い。
どうする。コレだけ見晴らしが良いと、昼間は気付かれずに近づくのは大変だ。
落ち着いて、周りを再度見回す。
踏み固められて若干色の違う道。脇には荒野が広がり、石と岩がゴロゴロしている。時々雑草と・・・・・・。
「ん? なんだ?」
道の脇に、赤い何かが落ちている。道を逸れ近づいてみる。
「ミタタビの実ね。近くに群生地でもあるのかしら」
親指の爪程度大きさで、小さなつるつるとした細長く丸い赤い実だ。軽く力を入れてみるも、潰れない。なかなか硬い。
「何かに使えるのか?」
「一応食用ね。かなり酸っぱいから、加熱して加工しないと食べれたもんじゃないけど、栄養豊富だから煎って強壮薬として
指を弾いてミタタビの実をバルバラに飛ばすと、手の甲で跳ね上げ、緩やかに落ちてきた所をそのまま口でキャッチして食べてしまった。
「酸っぱい」と下舐めづりをするバルバラから目を逸(そ)らす。こんな所で呑まれる訳にはいかない。余裕のある時なら歓迎なのだが・・・・・・。
周りを良く見渡すと、大きな岩陰に草が群生しており、そこに赤色が見えた。
「あれか。近づいてみよう」
「良いお散歩日和だしね」と、バルバラは言葉に反して近場の岩陰に身を隠した。
「行かないの――」ムツは瞬間的に可能な限り身を屈めながら、すぐさまバルバラの隠れた岩陰に身体を滑り込ませた。見つかったか。
静かに顔を覗かせると、オークが一匹、ミタタビの実の群生地と思しき草むらに歩いてきていた。少しタイミングが違ったらそこで鉢合わせるところだった。道を通らず、櫓から最短距離で来たらしく、こんなに近づかれるまで気が付かなかった。
こちらに気が付いている様子はない。
オークは、皮鎧を着ている。胸や肩など、要所要所に鱗のようなものを貼り付けており、いかにも硬そうだ。兜は着けておらず、くすんだ黄色の髪が腰まで伸びている。でかい。身長こそムツと同程度だろうが、鎧と手に持った鉈を合わせれば、200キロに達していても不思議ではない。鎧の隙間からは緑の肉がはみ出ており、かなりの肥満を思わせる。そして、その脂肪の下には分厚い筋肉も感じさせる。一歩一歩にも重さと圧力が伝わってくる。一般的なオークを見た事はないが、これはどう見たって普通のサイズじゃない。だが、単独だ。
草むらまでは全力で走れば5秒。タイミングによっては十分不意打ちも可能だ。
オークはこちらに背を向けて草むらに座り込んで、ミタタビの実を摘み始めた。その緑色の太い指で丁寧に実を取ると、腰の袋へと入れていく。
「おぐっ。おぐっ。おー、おー」
歌だ。下手だが、オークにとってはどうなのだろうか。これから襲われるとは思っていない、無防備で、無邪気な背中。奴も生きている。
ムツの脳裏に、今まで殺したゴブリンの死に顔が浮かんだ。
当たり前に殺してきたそれらは、生きるのに必要だった。だが、今この瞬間、あのオークを絶望の淵に落とすのは本当に必要な事なのか・・・・・・? 仕方の無い事なのか・・・・・・?
バルバラが、ムツを至近で見つめていた。目と目の距離は、20㎝もない。迷いを見抜かれた気がした。言葉無く、やらないのか、どうするのか、と問われた気がした。
やるさ。正しいのか、正しくないのかは判らない。世の中、本当に判らないことだらけだ。だが、今は行動する。
静かに、岩陰から出て、オークに忍び寄っていく。バルバラがついてくる気配は無い。
見つかったら、走る。振り向くな。そのまま、あと20秒は。
ジャリっとムツの足下が鳴り、オークが驚愕の表情で振り向いた。大きな顔に対してかなり小さな窪んだ目を、命一杯に見開いて、腰の鉈に手をかけながら立ち上がる。反対側の腰に下げた大きな貝がカツンと鳴った。ムツは走った。抜かせるか。
「セオッ!」
手首を狙ったつもりが、少しずれて腕に当たってしまった。身体もでかければ、腕も太い。
「この、化け物め」
ムツは避けたが、鉈の軌跡に首が残っていたら、確実に胴を離れていた。それに、思いの外、正確だ。パワーはホブゴブリン以上。正確さは鎧を着たゴブリン以上。防御力は未知の頑丈さ。
――強い。
ムツは、
オークは鉈を両手で持ち直した。身体のサイズに対して、鉈は恐らく人間用で、柄が指の肉で埋まってしまって窮屈そうだ。大きく振り上げられる。
ムツは、振り下ろされた一撃を半身で踏み込みながら回避した。抱きつく様に、姿勢低く懐に入る。オークの生臭い息を感じる距離。大きな顔の割に、丸く小さな目と、目線がかち合う。流石に、ここまで至近だとできる技は少ない。
「潰れろ!」頭突き。顎狙いで、下から額を衝突させた。
オークは低いうなり声を上げながら左手を伸ばしてくる。捕まれてはいけない。転がって避け、オークの背後に回り込んだ。立ち上がりながらの、ハイキック。
右足は、焦って振り返りつつあったオークの顔面に直撃した。
「ぐおおおお!」
オークは、小さな目を白黒させながら、鉈を振り回した。鼻血。血は赤いらしい。緑の体表によく目立つ。ムツは、一度距離を取った。
いける。勝てる。確かにパワーは凄いが、避けられるし、肉の防御力は凄まじいが、頭部ならばダメージは入る。このままじっくり、焦らず、着実にダメージを積み重ねて、
しかし、次の瞬間、ムツは絶叫した。
「私のこと、忘れてない?」
「馬鹿な! 近づくな、バルバラ!」
バルバラが悠々と歩いてきていた。オークが、突然現れたバルバラを標的として見定めたのが判った。ビッビッと鉈を振り、威嚇した後、バルバラが歩みを止めないのを確認すると、大きく振りかぶった。先程と同じだ。あの攻撃力。当たれば終わりだ。だが、バルバラに回避するそぶりはない。間合いの中に入ってしまう。
「糞ッ! 間に合え!」
この隙に、ムツはバルバラの腕を掴むと、オークの間合いを離脱した。
「何のつもりだ!」
「護衛対象から目を離す方が悪いわ。完全にあのオークの事しか頭になかったでしょ」
たしかに、そうかもしれない。一応、護衛演習という形式を取っている以上、正論ではある。
「だが、死ぬぞ! 一撃喰らえば晴れて挑戦は失敗かもしれんが、無事で済む訳がないだろう!」
「別に、そんなせこい事は考えてないわ。あんまりチンタラやってるから、このままじゃ夜になってしまう。だから、少し手伝ってあげようと思って」
そう、バルバラは
オークの腰にあったものだ。あの一瞬で、スリ取っていたらしい。驚きの手癖の悪さだ。だが、それは、何だ・・・・・・? 猛烈に嫌な予感がする。
「それを――」
ムツが伸ばす手をバルバラはするりと躱すと、その貝に口を付け、ブウォオオ、と吹いた。低く、遠くまで響いただろう。
「さ。これで、急がないとね」とバルバラは貝笛を捨てた。
斥候、貝笛、増援、櫓。様々な情報が頭を駆け巡る。
「やってくれたな」
「いくらでも止める機会はあったわ。警戒していない方が悪いのよ。盗賊として、最初の教訓になるかしら?」
オークは、いつの間にかスリ取られていた事と、バルバラの行動に困惑している様だった。
ムツは恨みがましくバルバラを睨むも、飄々と風に揺れる柳の様だ。頑張って守ってね、と云う激励も、実に白々しい。
だが、これで本当に時間がない。増援が一体でも来た瞬間、逃げるしかない。無理なものは無理だ。単なる自殺は避けなければならない。
ムツは、左手の手甲を外してバルバラに渡した。
「これは?」
「どうせあの膂力だ。こんな手甲程度じゃ焼け石に水。なら、少しでも攻撃力を上げる」
「あら。早速来るみたいよ。5分ってところかしら」
櫓からオークが2体、走ってきている。まだ2体で済んだのは、僥倖と云えるだろうか。
こんな時こそ、落ち着かなければならない。現状の彼我の戦力はどうだ。敵はだいぶダメージが積まれている。だが、まだ太刀筋は鋭い。対してこちらは、
ムツは、真っ正面からオークに突っ込んだ。オークが迎え撃つ。
オークは、鉈を細かく振るった。今までにない攻撃だ。手甲を付けておいた方が良かったか。あるいは、外すのを見た上での変化か。オークにそんな対応力は無いと決めかかっていた。猛省しなければならない。だが、もう遅い。このまま何とかするしかない。
ムツは、攻撃をせずにオークの横を走り抜けた。そのまま、ぐるりとオークの周りを周回する。オークは虚を突かれ、一瞬、ムツの姿を見失った。その瞬間をムツは見逃さなかった。真横から、オークの膝を踏み抜いた。重い打撃音と同時に、めちっと音がした。
「ごおおあああああああ!!」オークの絶叫。倒れるわけにはいかず、踏みとどまっているが、激痛が奔っているのは確実だ。ムツはもう一撃、不自然に体勢を低くしながら、ローキックを痛めた膝へ打ち込んだ。
オークはたまらず膝をつき、自重で更なるダメージを受けていた。
好機。ムツは、
「お見事。回し蹴り三連ってところかしら」
身体に異常はない。
脱兎の如く一度逃げて、時間を稼いでからあの2体のオークに挑むか。それほど時間は稼げるか? 怪しい。それに、背中を見せるのは危険だ。
加えて、護衛者であるバルバラがこの逃走に協力してくれるとは限らない。先に走ってくれなければ、敵は後ろを走るバルバラを攻撃してしまうだろう。それは駄目だ。
なら、はったりをかましてみよう。駄目なら諦めて、バルバラを逃がして時間を稼ごう。すんなり引いてくれれば、自分も逃げられる。こちらの方が成功率は高いはず。
「そう思うなら、少し協力してくれ。いつもみたいに、偉そうに腕を組んで、鷹揚に“許す”と頷くだけでいい」
「何をするつもり? 面白そうね。いいわ。やってみなさい」
バルバラが指示に従ってくれる。なら、やれる。
ムツは、オークの増援の到着を、悠然と待った。
到着したオークの顔色は悪い。鎧を着たまま、武器を抱えて押っ取り刀で駆けつけたのが見て取れる。肩で息をしているのは疲れからだろうが、顔色の悪さは別の要因だ。
二体のオークは、やはり太い。だが、最初のオークに比べれば、小さい。身長は女性にしては大きめのバルバラ程度しかないし、体重もムツと同じぐらいあるかどうか、という所だ。鎧こそ巨漢のオークより重厚だが、オークにしては強い方ではなく、実戦経験も少なく見える。巨漢のオークの死体を見て、震えている。
巨漢のオークは、顔面が酷く潰れ、窪んだ目からは血の涙を流し、折れた猪の様な牙が頬に突き刺さっている。周辺の地面には、卵の様に割れた頭蓋から溢れた血と脳が溢れ、削られた地面に血だまりを作っていた。
巨漢のオークは、強かった。その無残な死体は、強烈な衝撃を二体のオークに与えていた。
ムツは、オークを無視して、バルバラの元で膝を突いて頭を下げた。跪いた。
「バルバラ、手を出したいのは山々でしょうが、なにとぞ、あの二匹の豚も私に処理させては頂けないでしょうか?」
「許す。存分に蹂躙し、血と臓物を我に捧げよ」
バルバラは、強者の威圧を振りまきながら、ノリノリで答えてくれた。見えないが、衣擦れがした事から、ジェスチャーも加えてくれたらしい。
ムツは、「有り難う存じます」と立ち上がり、オークに歯を剝いて笑いかけた。
オークに言葉は通じていない。だからこそ、敏感になる。
オークにとって、眼前にいる男は、巨漢のオークを蹂躙した張本人。しかし、女の方はさらにその上位者だ。実際、上位者特有の余裕と迫力は、それを疑わせない。男一人でも拙いのに、それでは勝ち目など無い。
オークは顔を見合わせ、逃げ出した。
逃走するときも、敵に背を見せるなら最上の警戒をしなければならない。・・・・・・危険だから。
ムツは狂笑しながら飛びかかり、それを証明した。一方的な蹂躙だった。
「おめでとう。合格ね。それに
及第点? 何の評価だ? 三体の死体を前に、ムツは両手の血を道着で拭いながら冷静になった。道着は黒色なれど、ここまで返り血で汚れると、流石に目立つ。多少汚れが増えたところで、同じ事だ。
バルバラの目的。本当の目的は何だった? 盗賊ギルドに入れること? 勿論、失敗したら容赦はしなかっただろう。だが、本気で失敗させようとはしていなかった。まるで何かを教えるかの様ではなかったか。バルバラは、何を教えたかった? 何に及第点を取った? バルバラは、何をしていた?
笛の奪取、増援の呼び込み。ちがう、これはパフォーマンスだ。
バルバラの忠告は――。
「――護衛対象から、目を離すな、か」
バルバラが片眉を上げた。そうか。そういう事か。
「パーティーメンバーの紹介という報酬。バルバラはかつて武闘家と組んでいた。だから、武闘家の特性を知っていた。多くのメンバーとは組み難い事情は、承知のことだった。なら、護衛対象とは何か? 未来の仲間の事だ。仲間を守りながら戦えるのか? 使い捨てにしたりはせず、正しく
「ムツ、あんたは美学ってものが判ってない。口に出すべきもの、内にしまうべきものをよくよく選択なさいな」
バルバラが、面白くなさそうに口角を押し上げた。
ムツは、霧が晴れていく感覚を覚えた。何から何まで、バルバラには頭が上がらない。
「また頼むよ、兄ちゃん!」
武器屋の親父の、愛想良い声を背に店を出た。何度も世話になっている店だ。特別買い取り価格が良い訳ではないが、武器屋らしからぬ小柄で細い身体に元気を詰め込んだ親父に惹かれて通っている。同じ様な義勇兵は多いらしく、なかなかに繁盛していた。
ここではオーク3匹の武器防具と小物をまとめて買い取ってもらった。それらを一人で持ち帰るのはなかなかに大変なのだが、武器は兎も角、鎧の買い取り価格はその重量に比例してくれない。オークの鎧をそのまま着たいと思う者は少なく、そのままでは需要は低い。鱗の部分を再利用するらしいのだが、次回以降も、現場で剥がす技術も道具も持ち合わせていないので、そこだけ持って帰る事は出来ない。まとめて運ぶしかないだろう。
苦労する割には、小金にしかならない。だが、その小金こそが大事なので、持ち帰れるなら持ち帰ろうと思う。
防具の分はさておき、全体としては収支はなかなかだ。1ゴールドには届かなかったが、宝石や装具に良い値がついた。特に最初の巨漢のオークの身につけていた腕輪は金で、これだけで全体の収入の半分の値が付いた。
さて、バルバラは今、何処にいるのだろうか? 戦利品のはぎ取りをしている中、バルバラは先に帰っていると去ってしまったのだ。待ち合わせはブリトリーの酒場・・・・・・ではなく、事務所の前。場所が場所なだけに、さっそく、そう云う事なのだろう。時間はもう然程の余裕は無い。
腹も減ったし、金も入った。今日の夕餉は少し贅沢をしたい気分なのだ。それには、一度着替えに戻りたい。血だらけで鉄さび臭い道着を着替えて、身体を拭きたい。時間がないとはいっても、急げば十分可能だ。だが、それはバルバラに禁止されている。
なので、道場ではなく、事務所に足を向ける。
どんな奴を紹介されるのだろうか。盗賊、狩人、神官を希望しているが、盗賊のパメラはまだ無理らしい。理由は聞いていない。そうなると、狩人か神官か。全体として一人か、せいぜい二人までがかかえられる限界なので、ここで狩人が入ったなら、パメラとは組み難くなる。神官なら、可能性としては残るが、すぐにと云う訳にはいかなくなるだろう。それも、勧誘に成功して、長く組める事を前提にしているのだが。
しかし、この汚い格好。今日の戦闘を端的に伝えるための小道具だろうか? 弱い奴と組みたい義勇兵はそうそういないだろうから、判らなくはない。
それにしても、少人数パーティを許容してくれる可能性のある人間とは、どんな奴だろうか・・・・・・。あんまりまともではないのはほぼ確定だろうが・・・・・・。
引退したものの現場復帰を願った腕利きの狩人、とかなら最高だ。いや、それはそれで大変か。仲間が格上だと獲物探しに苦労する。単独ならオークには勝てる事が判った以上、頼れるベテランが入ったら多数戦じゃないと拙いかもしれない。オークの群れに突っ込む? 死ぬだろ。
そうなると、やはり同格かやや下ぐらいが丁度良い。それなら、一人入ったぐらいなら、オーク相手なら十分危機感を感じられそうだ。それが良い。今日の稼ぎも良かったし、オーク相手は実入りも含めて素晴らしい。
ああ、本当にどんな相手なのだろうか。不安で、楽しみで。戦闘とはまた違った緊張感だ。
「彼が?」
「そうよ。どんな人間か、どんな戦い方をするか。説明はしたけど、やっぱり実際に見て貰うのが手っ取り早いと思ってね」
腕を組み硬い表情の女性神官の疑問に、バルバラが答えた。
「ムツだ。よろしく」
握手に手を差し伸べるも、女性神官は反応を返さない。手は、血こそ拭っていたが、お世辞にも綺麗とは言い難かった。引っ込める。
「折角の紹介だけど・・・・・・」
「まあ、待ちなさい。今、他に入れるパーティーの候補がある訳じゃないのでしょう? ムツ、今日の実入りは?」
「87シルバーとちょっとだ」
「
女性神官が興味を示した。金の力、凄い。いや、大事だよね、金。
「オークを3匹だ」
「・・・・・・本当に、一人で?」
女性神官と初めて目線が合った。彼女の印象を一言で表すなら、根暗な超美人。それが、半信半疑で眉をひそめるものだから、取り調べを受けているような気分になる。
「間違いなく単独での撃破よ。私も一緒にいたけれど、当然、全く手を出していないわ。私を護衛して3匹オークを撃破するのが、紹介の条件だったの」
「もしパーティーに加入するなら、条件は・・・・・・?」
「暫くは二人でオークを狩りに行く。報酬は折半。戦闘は俺が担当。君は後方で増援警戒と、戦闘後の回復を任せたい。危ないと思ったら、いつでも逃げてくれて良い。ただし、その時は報酬は無しだ」
「二人でオーク? 正気?」
「今日は一人だった。明日からはもっと楽になると信じている」
戦闘そのものの難度は変わらないだろう。だが、“勝てば怪我を治してもらえる”のは途方もなく大きい。迂闊に傷を負えない、というソロ特有の“危機感”は感じ難くなってしまうかもしれないが、オーク相手に余裕の展開ばかりとは考えづらい。試してみて、この方法での成長速度を見てみたい。
試した結果やはり駄目なら、その時はまた一人に戻るか、今度はパメラと組めば良い。紹介は一度だけとは云わせない。パメラに限っては、言質を取っている。
「・・・・・・いいわ。ただ、神官としてはあるまじき事だけれど、こんな無茶な挑戦。危なくなったら、本当に逃げさせて貰うわ・・・・・・。メリイよ。とりあえず、明日、宜しく」
眉間にしわを作りながら、耐えるようにメリイは云った。物理的に、距離が遠い。歩み寄る気配は微塵も無い。
本当に、躊躇無く逃げそうだ。信用できない。武闘家の特性を考えれば、ある意味、丁度良いのか・・・・・・?
それにしても、この女性神官ことメリイとは、初対面ではない。パメラが酔い潰れた時の騒動主だ。その時確かに目が合っており、メリイもその事に気が付いているはずだったが、全く触れてこなかった。余計なことを話す気は無い、という事だろう。
ムツも多弁な方ではないが、友好に必要ならば最低限の会話はする。
メリイにはそれもなく、他人からどう思われ様が気にならない、好きに嫌ってくれ、とばかりに拒絶を隠さない。
折角の紹介だが、長続きはしないだろうな、とムツは思った。
不安は増大する一方だ。果たして、今日の教訓を活かせるだろうか。自信は全く無い。交渉の途中から一歩引いて傍観に徹していたバルバラの薄笑いが不気味だった。
追記
3/10 最後のメリイとのやりとりを修正予定です
→微修正しました。