壺中の天とグリムガル   作:カイメ

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1-4 相身互い

「にいちゃん、名前なんてーの?」

 オルタナの西部に広がるスラム街と、花街の境目。客引きも殆どいない、塞がれた井戸のある、この辺りの待ち合わせ場所のメッカ。通称「涸れ井戸」で、ムツは10歳程の少年に声をかけられた。

 人を待たせてしまっているムツだが、当然相手はこの少年ではない。少年の身なりは汚く、一目でスラムの子供だと判る。

「何だ?」

 周りを見渡しながら答える。約束の時間は「夕暮れ」だったのに、かなり暗くなってしまった。もう少しすると大通り以外を歩くのなら灯りが必要になるだろう。今日はダムローからの帰還がとある“詮方なき事情”で少し遅くなってしまった上に、神殿に二時間も寄る羽目になり、さらに着替えに一度道場へ戻らなければならなかったので、こんな時間になってしまった。

「きれーなねーちゃんから、伝言をあずかってる」

「ムツだ」

 バルバラ、色気と知性を併せ持つ美女。待ち合わせの相手。ここにいたはずの相手。

 少年が、右手を差し出した。小さな手。この手で、日頃のパンを稼いでいるのだろう。こちらを見る目も真っ直ぐとしている。ムツは、決して優し気な風貌ではない。気弱な客引きからは、目が合うと避けて道を空けられてしまうレベルの強面だ。しかし、少年の生意気な眼差しは、剃らすことなく、堂々と伝言の対価を要求していた。

 ムツは、その小さな手に腰の革袋から銅貨を取り出すと、じゃらじゃらと放ってやった。少年は、おっおっ、と両手で受け止めた。その小さな手のひらの銅貨に負けず劣らず、溢れんばかりの笑顔だ。

「気前いいな、にいちゃん。伝言は、“シェリーの酒場”だよ、にいちゃん!」

 シェリーの酒場? ここからそれほど遠くはない。だが、バルバラの趣味では無いはずだ。宿屋街にほど近く、飲み屋街の入り口という好立地にある、メジャーで大衆的な巨大な酒場だ。現役の義勇兵がいつも入り浸っているので、それ以外の者は何となく利用し辛い。実際、殆ど居ない。確かに料理は悪くないし、ビールは冷えていて安い。正規の義勇兵は割引さえ効く、良い店だ。しかし、何故・・・・・・?

「あー・・・・・・」

 下に目を向けると少年がまだ居た。銅貨はすっかりしまい込み、手ぶらだ。バツが悪そうな顔をしている。まだ欲しいというのか?

「にいちゃん、見かけによらずいい人っぽいから、いいにくいんだけど・・・・・・急いだ方がいいとおもう」

「何故?」当然、急ぐが。

「きれーなねーちゃん、にーちゃんの女だろ? だけど、おれに伝言残して、通りすがりの男といっちまったんだよね・・・・・・」

 俺の女とは恐れ多いが・・・・・・そうじゃない。なに? マジで? 遅れたから? 怒って? それはないだろ、それは!

 ムツがすぐさま走り出そうとすると、背後から追い打ちがかかった。

「腕組んでたし、けっこうヤバいかも」

 振り返る。腕? 一縷の望み、弟とかじゃなくて? 

「家族とかじゃ、ねーとおもうよ・・・・・・」

「――どんな男だった?」

「弱そうな義勇兵だった」

 今度こそ走り出す。血が足りない。まだ身体は全快にはほど遠く、重いが、優秀な神官の魔法とメティスの治療によって深刻な痛みはもう無い。転ばないように気をつけ、全力で足を動かす。後ろから少年の激励が聞こえた。

 

 

 件のシェリーの酒場は盛況だった。入る前から騒々しく、扉を開ければ人で溢れていた。店員を呼ぶ怒鳴り声と、酔っ払いの笑い声。所々怒声も混じっている。

 ムツが広い店内を見回りながら奥に進むと、最奥に近い暗めの壁際に、バルバラが背を向けて座っているのが見えた。男は二人いる。一人は意外な事にマナトだ。一人だけムツの方を向いているが、まだ気付いていない。バルバラともう一人の男をみて苦笑いしている。バルバラはもう一人の男、いや、多分あの後ろ姿はハルヒロだろう。ハルヒロと肩を組み、樽のジョッキを傾けていた。マナトとハルヒロは共に私服だが、ハルヒロの腰にはナイフが見える。ああ、成る程、盗賊繋がりか。

 近づくと、マナトが気が付いた。ハルヒロもバルバラを絡ませながら振り向いて、表情を強ばらせた。しかし、バルバラは振り返らない。不穏だ。

「遅れて済まなかった」

「いいわ。先に飲っていたし。座りなさい」

 バルバラがゆっくりと座り直し、真顔で云うと、場に緊張が走った。ムツはマナトの隣に腰かける。

「バ、バルバラ先生、俺たち、席外しましょうか?」

「なんで?」

「いや、何でって・・・・・・」

 ハルヒロがチラチラとこちらに視線を寄越しながら云った。

「気にするな、遅刻した俺が悪い。遅くなったが、むしろこちらが尋ねたい。同席して構わないだろうか」

「構わないよ、ね? ハルヒロ」

 ぎこちなく頷くハルヒロにとマナトに有り難う、と礼を云うと、ムツもビールを店員に注文した。

「随分素敵な香りね?」

 流石バルバラ。敏感だ。マナトとハルヒロも言葉に反応してこちらの包帯に目を向けた。特に隣に座るマナトは、包帯の下の浸透系の薬の臭いにも気が付いた様だった。嗅ぎ慣れているのか? それならばマナトは神官になったのか。確かに、マナトにはいかにも合いそうな職だ。

あっという間にビールが来る。控えめに口に含むと、抑えめの苦みと冷たく素晴らしいのどごしが胃を刺激した。これは酒の肴が進む。

「もう治してもらって怪我は無い。血が足りないのと、疲労回復に薬を塗ってもらっただけだ」

「それで? 随分覇気が無いように見えるけれど、死にかけて悟りでも開いちゃった?」

 悟り。流石にそれは言い過ぎだが、猛省したのは事実だ。

「そうかも知れない。調子に乗っていた」

 ムツが正直に答えると、マナトとハルヒロは、「えっ」と意外そうに目を丸くした。

 神殿にて魔法で傷を粗方治してもらい一息ついた後、メティスの治療を受けながらずっと考えていた。オルタナに来てから今日までの自分についてだ。冷静に振り返ると、酷いものだった。

 まずレンジとの一戦。いかにも強者のレンジ。奴との互角の戦闘は、昔のことを思い出せない不安定な心に強烈な自信を生まれさせた。酷い自惚れだ。あれは、「素手同士」という実戦では有り得ない条件で成り立ったものだったというのに。ゴブリンとの死闘を経験した今なら判る。武器の差は絶対だ。あれから一度だけ街で見たレンジは、遠目からでも判る両手剣を背負っていた。今、何でも有りのルールで奴と闘ったら、蹴りが届く間もなく一合で斬り殺されるだろう。

 次に昨日のホブゴブリンの撃破。確かにあれは上手くいった。そこは良い。だが、そこでまた自惚れを生んだ。街に戻ってから感じた、視線。その正体に帰還を迎えてくれたバルバラとの面談で気が付き、はっきり「気持ちよく」なった。さらに「稀少」な武闘家として注目を集め、自分を特別な人間だと錯覚していた事も挙げられる。この正体は、腐った「優越感」だ。本当に、一体何様だと云うのか。

 まるで自分が前人未踏の偉業を達成した英雄のように思ってはいなかったか。その驕りに、今日は殺されかけたと云っていい。

 自分が倒したのは最弱の亜人、ゴブリンに過ぎない。ホブゴブリンも身体が大きく力が強いだけで、所詮ゴブリンだ。あの程度、それぞれの持ち味を生かした上で闘えば、単独撃破できない奴の方がこのオルタナには少ないだろう。

 現実、今日はゴブリン数体に死を覚悟した。俺はまだまだ、弱いのだ。この傲慢は早急に治さないと死活問題となる。気をつけなければならない。

「ふうん。それで、盗賊になる決心はついた?」

 バルバラは答えが分かっているかのように気の抜けた問いに対し、ムツは首を横に振った。

「武闘家は続ける」

「じゃ、仲間の必要性を痛感したってことね。精々頑張って空いてるところを探しなさいな」

「いや、既存のパーティには入らない」

 仲間の必要性は感じた。だが、今の俺の目的は「気の神髄」に届くこと。それには武闘家として腕を磨かなければならない。この目的をブレさせないためにも、最終的な決定権は持ち続けたい。それに、やはり他人の命令に命を預けるのは、可能な限り避けたい。欲しいのは信用できるパーティーメンバーなのだ。

 正直に答えると、バルバラは「やっぱりね」と不味そうにビールを飲んだ。

「・・・・・・予言するわ。あんたがパーティを募集したところで、人は集まらないし、来ても長続きはしない」

「何故?」

「あんたは、“パーティーを組む”という事がどういう事か判っていない。リーダーとしての資質以前に、リーダーを務める準備が整っていない。それは、ハルヒロの話を聞くに、マナト君には最初から備わっていたもの。今のあんたが真似しようとしても、何人もあんたのせいで殺して終わりになるだけよ。あんた自身も含めてね」

「俺に無くて、マナトにはある、リーダーとして必要なもの? ――具体的に、なんだそれは?」

 マナトは、困惑した様子でハルヒロを流し見た。

「いや、何と聞かれても・・・・・・。無いよ、そんなもの。俺たちも頑張ってはいるけど、今日やっとゴブリンを1匹倒しただけで、俺はリーダーなのに、皆の力を引き出せなかった。はっきり言って、俺たちは六人、ムツは一人なのに、ムツの方が何倍も戦果を上げている訳で、どうすればもっと上手くやれるのか、こっちが聞きたいぐらいなんだけど・・・・・・」

「いや! それは違うよ、マナト!」

これまで無口だったハルヒロが強く云った。酒が入っているからか、思ったことがするりと口に出てきている様だった。普段主張をしない大人しいタイプに見えるが、熱いところもあるらしい。

「だってさ、マナトにおれたちは、凄く助かってるんだ。今日だって、マナトが活を入れてくれたから戦えた。おれなんか、ゴブリンを切りつけただけで手が震えてさ。みんなも、ビビってた。でもマナトがいたから、みんな動けたんだ。問題があるのはみんな自身であって、マナトのせいじゃないよ!」

 ハルヒロ、有り難う。とマナトは驚きながらも、嬉しそうだ。

「まあ、こういう所よ。広義で人徳と言い換えてもいいかもしれない」

 バルバラ、それはあんまりじゃないか。俺には人徳がないと? いや、確かにその通りかも知れないが。

 ムツはムッとしてバルバラを見る。文句をつけようと口を開きかけたところで、バルバラの言葉が先行した。

「だから、ムツ、あんた、マナトのパーティに同行させてもらいなさいな」

「何? だからパーティに入るつもりはないし、マナトのところは規定数に達しているだろう」

 パーティは6人を上限に組まれる。これには色々理由があるが、神官の強化魔法など、6人を上限とした魔法が多々あるからだ。この人数が最も活動に効率的なのだ。

 マナトのパーティは、マナト、ハルヒロ、ランタ、モグゾー、あと名前は忘れたが少女が二人で6人だ。入れる隙間などそもそも無い。

「別にずっと一緒にやりなさいなんて云ってる訳じゃないわよ。あくまで一度、お互いの戦い方を見ておくのは、きっと役立つって意味。二つのパーティの共同作戦ね。片方は一人だけれど」

 それは・・・・・・、どうなのだろうか。バルバラの提案にしては、メリットがなさ過ぎるような気がする。例えば相手がレンジのパーティならば兎も角、ゴブリン一匹討伐するのに苦労するパーティと組んで、得られるものなどあるのだろうか。マナトには悪いが、何を学べと?

「こっちは別に構わないっていうか、ムツの戦い方は見てみたいから、むしろ歓迎なんだけど・・・・・・」

 マナトも賛意を示しつつも、こちらの渋りを見透かして、しかめ面だ。

「そう。ハルヒロたちは、ムツから戦闘技術を見れば良いし、ムツはそうね、色々あるけれど、まずはマナト君の統率力でも見れば良いわ。

――それにね、才能の片鱗を感じ取れる様になりなさい。ここに居るハルヒロとあんた、今闘ったらあんたが圧勝でしょうけれど、先は判らない。あんまり舐めてると、この先、逆に置いて行かれるわよ」

 ハルヒロを見る。「ちょ、ちょっとバルバラ先生!?」と先程の熱さはどこへやら、すっかり動揺してしまっている。

 が、以前バルバラは確かに“凄い潜在能力を持った新人(ルーキー)の担当になった”と云っていた気がする。それが、ハルヒロの事だと? それは、確かに――。

「――面白い・・・・・・!」

 ムツも、バルバラも、マナトも笑った。それぞれ意味合いは異なっていたが。その中でハルヒロだけが顔面を蒼白にしていた。

 共同作戦は、一週間後、場所はダムロー。

 ムツは、心新たに一週間後に備えようと、その晩、その日どう失敗したのかを徹底的にバルバラに追求されつつも、酒を楽しみ、帰宅後こっぴどく飲酒をクラウディアに叱責された。

 

 

「モグゾー、兜を相手して。ユメ、周囲の警戒と、モグゾーのサポートを! ランタとハルヒロはもう一体の剣持ち! ムツ、一番大きいのを頼む! シホル、俺と一緒にムツのサポートにまわるよ」

 あれから一週間。ダムローでの、マナトの指揮で共同戦闘。午前中は単独や2体を狙っていたが、昼休憩を挟んでの午後、斥候のハルヒロが3体を発見し、襲撃することにしたのだ。

ムツは、指示された敵に向かう。

 ダムローはゴブリンのテリトリーと云っても、南東部は単独や、弱いゴブリンが多い地域だ。実際、どのゴブリンも碌な武装はしておらず、兜を被ったゴブリンは一体いるものの、それ以外は3体とも身体に纏っているのは布きれだけだ。また、全体的に小さめで、見るからに若い。ムツが相手取るリーダーらしきゴブリンが、精々標準サイズに手が届くか、と云った所だ。

 リーダーは両手で持った5キロはありそうなとげ付き棍棒を振り回す。だが、問題にならない。ゴブリンの体格にしては大きな武器だが、ホブゴブリンの巨大な棍棒とは比べるべくも無い。油断するわけではないが、ムツは鈍重な攻撃を避けながら、他のメンバーに目を向ける。

「ふむっ!」とモグゾーが両手剣を勢い良く振り下ろす。斬撃は当たらず、地面を叩いたが、ガツンという音にゴブリンは後退した。だが、そこにはユメがいる。「よいしょっ」と後ろからナイフを振るい、ゴブリンの腕を切りつけた。

 他方、ランタとハルヒロはもう戦闘を終わらせようとしていた。ランタが前に出て、メチャクチャに剣を振るう。ゴブリンは耐えつつ、反撃を試みるのだが、そのたびに横からハルヒロがゴブリンの手を狙っていき、剣を振らせないのだ。

 ランタに切り刻まれ、どんどんゴブリンの傷が増えていき、ハルヒロが深く手を抉った事で、ゴブリンは剣を取り落とした。

「よっしゃ! 憎悪斬(ヘイトレッド)ぉ!」

 ランタが勢いよく踏み込み、剣を振り下ろす。見事に頭を切り裂き、ゴブリンは崩れた。

悪徳(ヴァイス)ゲット! 本日5匹目ぇ! 絶好調ぉ!」

「ほら、まだ終わってないから。耳切り取るのは後にしろよ」ハルヒロの突っ込みにも、余裕がある。

「マリク・エム・パルク」「うぎゃっ」

 シホルが魔法を唱えると、拳大の光弾が飛んできて、眼前のゴブリンの頭部にぶつかった。思わず、ゴブリンが振り返る。かなり痛かったのかシホルを睨むが、その前にはマナトがショートスタッフを構えている。

「ダメだろ、こっちから目を逸らしちゃ」

 思わず溢れたムツの言葉に、ゴブリンは急いで構え直すも、もう遅い。

「セオッ」と前蹴りがゴブリンの首の下を蹴り飛ばした。循環気流(オーラ)を使うまでもなく、ゴブリンは吹き飛ぶ。マナトの足下だ。鎖骨を粉砕され、さらに気管も潰れたのか、じたばたと悶え、起き上がれない。

「ひっ」ゴブリンのあまりの苦しみ様に、シホルが声を漏らす。

「今、楽に」マナトがショートスタッフを頭に振り下ろすと、ゴブリンは沈黙した。

「よーーっし! 終わったな! 楽勝! 俺様、強すぎ!」

「別にお前だけじゃないだろ。まあ、確かに余裕だったけど」

「ゴブちん、3人は余裕やなあ」

「・・・・・・うん。4体でも、いける、かも」

 メンバーがそれぞれの戦利品を確認しつつ、声を掛け合う。ムツも棍棒ゴブリンの持っていた袋を覗くと、何かの牙が2本と綺麗な石が数個入っていた。のぞき込むシホルも、ショックから早々に立ち直っており、鎮魂の祈りを捧げるマナトをさりげなく横目で見ていた。

「それにしても、あの前蹴り、凄いね」

 戦利品のゴブリン袋と剣を片手に掲げたモグゾーだ。鼻息荒い気がする。戦闘の影響で興奮しているのだろうか。

「そやなあ。むっちゃんの、“せおっ”ゆってたキック、ゴブちん痛そうやったもんなあ」

「そう! 動きを目で追うのが精一杯だったし、あの威力は本当に凄い!」

「お、おう。モグゾー、お前勢いすげーな。びっくりさせんな」

 モグゾーが身を乗り出して話す。

確かに、その体躯に似合わず優しく控えめなイメージのあるモグゾーにしては珍しく思うが、もしかしたらそのイメージの方が間違った印象なのかも知れない。

「凄かったね。あれ、何てスキルなの?」

「スキルじゃない。ただの前蹴りだ。得意な技ではあるが、別段教えられたものではない」

「スキルじゃない!? ああ、確かに、ギルドに入る前のレンジとの時も使ってたか。ん? じゃあ、ムツのスキルは何?」

 マナトの質問に、ムツは視線が集まるのを感じた。隠すことでもない。

「武闘家のスキルは、循環気流(オーラ)と、覚えたての外繕気修(サーキュレーション)を使える」

「オーラとサーキュレーション? どんな技なの、それ?」ハルヒロが首を傾げた。

「ハルヒロやモグゾー、ランタの使うスキルとは違って、どちらかというと魔法に近い。武闘家は“気”っていう身体に流れている力を操る職で、そのスキルはどれも気を操ることで出来るスキルなんだ。

循環気流(オーラ)は身体強化、外繕気修(サーキュレーション)は回復速度を向上させてくれる」

「身体強化! それであの蹴りはあの威力なんだね!」納得した風なモグゾーに首を振る。

「いや、今日はまだどちらも使っていない」

 そう告げると、マナトを始め、ハルヒロ、モグゾーも顔を引きつらせるように笑った。

 それにしても、皆、初めて組んだと云うのに、随分慣れてくれている。気安く話しかけてくれるのは助かる。それも、朝からマナトが率先して軽く話しかけ続けてくれた事と、ユメが隔たり無く接してくれた事が大きいだろう。そのお陰で、特にシホルの警戒も少しずつだが薄まってきている。

「じゃあ、“セオッケリー”は誰でも使えるん?」

 ユメが、近くの元は門であったであろう石柱の上に上り、足をプラプラさせながら云った。

「セオッケリー?」なんだ、それは?

「むっちゃん、セオッケリー使うとき、ぜったい“せおっ”ゆーてるやねんかあ。こっちのほうがかわいい思うて」

「“せおっ”の蹴りで、“セオッケリー”って事か」意識して声出ししている訳じゃないのだが、確かに決まってそう口にしているかも知れない。少し気恥ずかしい。

「なんじゃ、そりゃ。スキルじゃないなら別に――」「それより、誰でも使えるの? それ」

 無意識なのだろうが、モグゾーが前に出たせいで、ランタは圧力に一歩引く形になった。ランタは「なんかこいつ今日つえーな・・・・・・」と呟いた。

「さあ、練習すれば誰でも使えると思う。実際、戦士みたいに重武装な装備でしっかり体重乗せれば、良い牽制になるんじゃないか? 当たれば相手と距離も取れるし」

 筋肉質なモグゾーの前蹴り。うん、あまり喰らいたくはない。

 モグゾーは、「練習してみようかな、セオッケリー」と笑顔だ。

「ちょっと話を戻すけど」とハルヒロが軽く挙手した。

外繕気修(サーキュレーション)ってのはどれぐらい効果があるの? マナトの癒し手(キュア)ぐらい?」

 痛い質問だ。答えるのが恥ずかしい。

「いや・・・・・・。自然治癒力が倍速になる程度だ」

「ん? つまり、軽く切っちゃって、普通止血に10分かかるものが、そのスキルを使っていれば5分で止まる、という事?」

「正しく、ハルヒロが云った通りの効果だ。しかも、循環気流(オーラ)との併用はできないし、反動もあるから実質安全地帯以外ではおいそれと使えない」

「なんだそれ、使えねーな」

「否定できない。一応、対象を自分に限定しないし、成長すればそこそこ頼もしくなるスキルではあるらしいのだが、今はまだ、正直使い物にならない」

「じゃあ、戦力として使えるスキルは循環気流(オーラ)ってスキルだけってことか。それも、まだ使って無いんだよね? それって――」

「出し惜しみすんなよ。雑魚ゴブ相手じゃ、使うまでもないってか? 本気でやれよ」

「――ランタ、そうじゃないと思う。それも“反動”ってのがあるんじゃない? 自由にばんばん使えるスキルじゃないから、温存している?」ハルヒロ、鋭い。

「そうだ。基本、10分に1回。しかも使った後は反動で、身体に強い疲労が残る。連続使用も出来なくはないが、どんどん効果は下がって、3回目は使っても普段通りまでも回復しない。もっとも、こんな使い方しかできないのは俺がまだ未熟だからだが」

「多用は出来ず、無駄に使えば逆にピンチを招くから、切り札として残している、か」

 ハルヒロの後ろ、少し距離を取っていたマナトが神妙に呟いた。

「そうだ。3回使った後は、捨てられる荷物は捨てても、歩くことさえキツイ状況だった。その後敵に会っていたら間違いなく勝てなかったし、今こうして生きているのは運が良かったからに過ぎない。だから、使うタイミングは厳正に選別しないといけない」

「じゃ、じゃあ、普段はスキルを全く使わないで、ただ素手で戦わなければならない・・・・・・ってこと? せめて、剣とかナイフとか、使った方が良い・・・・・・様に・・・・・・思う・・・・・・気も・・・・・・・」

 シホルが疑問を口にし、皆の注目を浴びたせいで尻すぼみになりつつも最後まで言い切った。

「武器。欲しいね。それがあれば攻撃だけじゃなくて防御にも使えて、もの凄く戦いやすくなる。だけど、ダメなんだ」

「なんで?」疑問を引き継いだハルヒロに向かって今度は話す。

「気っていうのは、金属と相性が悪い。無理に使うと気の能力が成長しなくなる。だから金属製の防具は基本着けられないし、使える武器も木製に限定される。さらに、この木製の武器も推奨はされない。攻撃力そのものも、木製の武器よりは循環気流(オーラ)で強化した拳の方が強力だし、気の能力は、素手で直接生物に触れた時に一番成長するらしいんだ。とにかく、武闘家は気の成長が命綱だから、それを最優先に戦わないと後々困った事になる」

「でも、手甲付けてるよね?」

 左手。確かに、ムツは前腕に鉄の手甲を付けている。なんども命を助けられている、防御の要だ。元々中古だったこともあるが、かなり傷が増えてきている。

「これも、本当は付けない方が良い。でも、本当に無手だと敵の攻撃を回避するしか選択肢がなくなって、攻撃どころじゃなくなってしまう。だから多少の成長率と気の効果を犠牲にしても、使っている。勿論、外せば強化率は上がるから、より強い強化ができるようになる。だからベテランの武闘家は使わないらしい。俺もなるべく早く卒業したい」

 実際、クヌギは完全に無手で、鬼のように強い。拳は岩を砕き、思い切り蹴ってもびくともしない。

「みんな、ゴブちん5人。まだ気付いてへんみたいやけど」

 そのとき、石柱の上のユメが警告を発した。狩人であるユメは目が良い。ハルヒロもユメの隣に上り、目を懲らした。

「先頭ナイフ1、剣2、斧1、短弓1。剣は一匹鎧を着てる。こいつがリーダーだ。距離150ぐらい」

 ハルヒロの正確な報告を受け、マナトはムツに向いた。

「ムツ、循環気流(オーラ)の使用を前提とするなら、どれくらい行ける?」

「正面からの矢は問題ない。一匹ならリーダーも受け持てる。弓相手に奇襲して一気に方もつけられるが、何れにしてもその後はサポートに回りたい」

「最初の陽動と、その後リーダーを頼む。近づいてきたらムツの陽動後ハルヒロが後ろから奇襲。ユメは弓でサポート。モグゾーは敵の気を引きつつ、斧を頼む。ランタはもう一匹の剣の時間を稼いで。俺はナイフを相手する。シホルは俺の近くで全員のサポート。ムツはリーダーを倒したらまずそうな所のサポートへ。大丈夫。落ち着いて戦えば、勝てる」

 マナトの提案に、反対意見は出ない。全員、自信と戦意に満ちている。ムツはモグゾーと共に力強く頷き、ランタは不敵に笑う。ハルヒロも引き締まった表情でナイフを抜き、ユメはほにゃっといつも通りに笑っている。シホルも緊張が覗きつつも、真っ直ぐにマナトを見つめている。全員で顔を見合わせ、静かに気合いを入れた。作戦開始だ。

 

 

「よお、ゴブ」「イイイ! オオオ!」

 ムツが物陰から姿を現すと、即座に先頭の斥候が全体に警告を発した。

「グオオ! オ! オ!」リーダーの鎧ゴブが剣をムツに向けると、最後尾の弓ゴブがその短弓を引いた。矢がムツを襲うが、ムツはひょいと避ける。弩よりずっと遅く、打ち払うまでもない。ムツは、姿勢を落とし拳を腰だめに構えると、気合いを放った。

「はあああああああああああッッ」

 突然の大声に、ゴブリン達は警戒を現にする。

「斥候は気にしないで!」「おおおおおおおおお!!!」「いよっっしゃあああ!!!」

そしてこれを合図に、マナトを先頭にモグゾーとランタが突っ込んでくる。ムツを追い越したマナトが斥候に一撃入れるのと同時に、ムツは他の二人と敵中央に突っ込んだ。ムツの標的は剣を持った鎧ゴブだ。つい先日の苦戦を思い出す。だが・・・・・・。

「一匹ならば、敵ではないッッ!」

 ムツは、鎧ゴブの突きを避け、左ジャブを顔面に2発入れると、距離を取った。鎧ゴブの剣は空を切る。ジャブとはいえ、突進しつつの一撃。深いダメージにはならずとも、鎧ゴブの鼻を折る事には成功し、口周りを血だらけにさせていた。

 後ろのマナトからは優勢の雰囲気。モグゾーは斧持ちを見事に押し、ランタもメチャクチャな攻勢に出ていた。最後尾では、弓を引いたゴブを後ろからハルヒロが襲っていた。背中に傷を負い、太ももにユメの矢を受けた弓ゴブが、悲痛と混乱の悲鳴を上げた。

「マリク・エム・パルク」

 背後にシホルの呪文と、一泊後に破裂音。そしてゴブの悲鳴。マナトとシホルのコンビネーションは上手くいっているらしい。振り返る必要もない。

「一気に決めるぞ! 循環気流(オーラ)!」

 ムツは、身体に気を循環させた。この優勢。一気に敵リーダーを狩る。

 鎧ゴブが斬り掛かってくる。なかなかの剣圧。当たれば、大変だ。しかし、循環気流(オーラ)に力を溢れさせた今のムツには、あまりに遅く、迂闊な一撃だった。ムツには敵との位置を調整する余裕すらあった。

「セオッ!」

循環気流(オーラ)で強化された前蹴りは、ドカンと鎧に守られた腹部に炸裂し、ゴブリンを宙に舞わせた。

「セオッケリー!」「す、凄っ」「うおおおおおお!?」「飛んだ!?」「嘘・・・・・・」「ムツ・・・」

 戦域を見守るユメとハルヒロ。中央で戦うランタ、モグゾー。背後からシホルとマナト。皆、余裕がある様でなによりだ。

 ゴブリンはランタが相手取っていた剣持ちゴブリンに衝突して、もんどり打った。

 間違いなく、過去最高の一撃。怖いくらい、気が重厚に筋肉の隅々まで行き渡っていた。ただ、これが当然という顔をしておく。驚いていては、決まらない。男は格好つけたがりな生き物なのだ。

「いよっしゃあああああああああああ! 悪徳(ヴァイス)二つゲットおおおおおおおおおお」

 ランタが倒れた二体に止めを刺している。

「よし、あと2体!」とマナト。

 弓持ちゴブリンも体中ずたずたで、矢を3本も刺さった死に体だ。そこに、ハルヒロが手を切りつける。弓ゴブリンは、とっくに弓は取り落としており、残っていた最後の武器のこれで小さなナイフも弾かれてしまった。途方に暮れて棒立ちになったところに、ユメの矢が頭に命中し、倒れた。

「最後! マリク・エム・パルク!」最後尾のシホルが呪文を唱えると、光弾がムツを通り越し、モグゾーの対する斧持ちの背中に当たった。

 斧ゴブリンはよろけ、とっさに後ろを振り返ってしまった。最悪手。

「どおおおおおおおおおおおおおおッッ」

 大上段に構えたモグゾーの、渾身の振り下ろし。斧持ちの対応は一瞬間に合わない。重いバスターソードが斧ゴブリンの頭に直撃し、剣は頭を両断し、首も半ばまで縦に切断したところで止まった。即死し、ずりずりと剣が抜けた所で、ようやく斧ゴブリンはドチャリと落ちた。

「完! 全! 勝利ィ!」ランタの勝どき。

「追加の敵さんもおらんよお!」いつの間にか木に登り、周囲の警戒をしていたユメも叫ぶ。

「ナイス一撃!」ムツはモグゾーに、ハルヒロと近づき、バチンと3人で円を組みハイタッチを交わした。手加減抜きで、いい音が鳴った。

 振り返ると、鎮魂を終えたマナトが拳を高く突き上げ、シホルも胸の前で手を合わせていた。どちらも満面の笑顔だ。――勝ったのだ!

 最高だ。背中を気にする事無く、増援を心配することなく、敵と1体1で戦える。もし怪我をしても直してもらえる安心感。それらを支える仲間への信頼感。どれもこれも、最高だ。

「これが、仲間・・・・・・!」

 欲しい。こんな仲間が、俺にも欲しい。こんなパーティで、戦いたい。マナトがあってこその、このパーティ。マナトが核だからこその・・・・・・!

 自分に足りないものを、見つけなければならない。

 勝利に沸き立つ6人を改めて見る。6人分の笑顔を見る。ムツは、己の腹の内からわき出てくる濃厚な感情の渦を、彼らと同じ笑顔で噛みしめた。

 

 


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