壺中の天とグリムガル   作:カイメ

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2-4 前編

 義勇兵の朝は早い。この人類拠点前線の町オルタナでは特にそうだ。

 かつて不死の王の侵攻により大幅に生存圏を失った人類だが、アラバキア王国は天竜山脈の険しい断絶により守られている。ただし、それは完全ではない。アラバキア王国へと至る道、地竜大動脈道と云う急所が存在する。かつて王国が天竜山脈に住む原住民に多大な対価を支払って掘ってもらった地下道で、唯一かつ最重要な補給路であり、最後の反撃の楔だ。それはまさにこのオルタナによって守護されている。つまり、オルタナが陥落すれば王国はここを通じて再侵攻の憂き目に遭うのだ。これは敗北を意味する。

 そんな重要拠点オルタナには当然、軍が配備され、彼らは防衛に務めている。しかし押し寄せる亜人への対処で手一杯であり、とても敵戦力の逓減にまでは手が回らず、まして拠点奪還案はリスクを冒す投資に見合わぬと、実行は限定的だった。唯一、オークの占拠するデッドヘッド監視塔だけは咽喉の地を侵す重大な脅威として定期的に攻め落としているが、すぐに押し寄せるオーク群に再奪還されるのが常となっている。

 では、人類に矛は無いのかと云えば、そうではない。そう、義勇兵だ。オルタナや前哨基地を拠点とする彼らは、その周辺の外敵を駆逐する事を生業としている。

 尤も、夜間はゾンビやスケルトン、夜行性の魔物の襲撃の危険が高まる。だから余程の事情が無い限り日を跨ぐ作戦は取られず、日帰りとなる。活動時間を逆算すると、どうしても朝早くならざるを得ないのだ。

「ん~~」

 パメラは大きく伸びをした。軽装の上に羽織られた外套が大きく揺れる。夏が過ぎ去って久しく、冬の足音も彼方に聞こえ始めている。一日の内で一番気温の低いこの時間、露出度の高い盗賊に好まれる軽装では少々肌寒く、パメラも去年購入した濃緑で一枚布の外套を今朝引っ張り出してきていた。それは正解だった。東の空は明らみかけてはいるがまだ日照には至らず、夜の帳に冷やされたこの石造りの町オルタナはまだ静かに眠っている。 

 オルタナに一日七回響き渡る鐘楼の音、目覚めを告げる一の鐘の待ち合わせ時刻まではまだ四半刻はあるだろう。正午を中心に午前と午後に各三回ずつ、一刻ごとに鳴らされるその音色はオルタナに住む人々の生活そのものだ。一の鐘が鳴るその瞬間までは、オルタナの町は静かな眠りに沈んでいる。その間ただ身震いしながら待つのは辛い。厚めの生地が頼もしい。

 約束は一般的な活動開始時間より十分に早く、待ち合わせ相手の貪欲な活動姿勢が伺える。だが、パメラはもう集合場所である武闘家道場前に余裕をもって訪れていた。

 “待ち合わせには相手よりも早く行く。”これは習慣だった。かつて母から伝えられた“淑女の儀礼”であり、相手を待たせては申し訳ない、という思いやりでもあり、物心ついた頃から当然の様に染みついたもの。その残滓だ。

 かつてパメラは、待ち人が先に来ていた自分を見つけた相手が小走りに近づいてくる様子が嬉しく、好きだった。大抵は親類や家人の子供で、待ち合わせ場所も屋敷の敷地内だったが、迎えに来てもらうよりも“お出かけをする”事を長く感じられる待ち合わせの方が、楽しかった。

 好き、楽しい、嬉しい。魂が震えるこの感覚を失ってから久しい。今はもう、記憶の中の記録だ。

 それでもパメラは“自分を見つける待ち合わせ相手の顔”を見るために早く訪れる。かつての自分なら、そうしただろうから。

 オルタナ北区市場域から東の高級住宅街にあって、城郭が低く手入れも限定的なせいで人気のない果ての区域。上品で優雅な者が多い魔法使いなどはギルドが近隣でありながら殆ど寄り付かない寂れた空白地に、それはあった。武闘家ギルド、兼道場だ。

 オルタナに珍しい木造家屋を塀で囲んでおり、古いながらも立派なものだ。均一にカットした石材を建築材料とするのが主流なオルタナにおいて、この塀は形の異なる石を組み、その隙間を小石で埋める事で土台を造っている。一見して崩れないか心配になる方法だが、がっちりと固定されており、破城槌でも持ち出さなければ壊せそうにない。

 漆喰の塀は高く、小柄なパメラの身長では中は屋根しか覗けない。その屋根も傾斜がある珍しい造りになっている。これは稀に見られる手法だが、確かに水はけや降雪には強いものの、作るのも維持するのもコストがかかるので、オルタナでは本当に数少ない。

 眼前のしっかり閉じられた木の門も立派なものだ。経年で茶黒くなってはいるが、作りの強靭さは疑う余地が無い。全てに金がかかっている。異質であろうと、高級住宅街(この東区)に相応しい雰囲気を纏っていた。もしかしたら不死の王の侵攻で滅ぼされた、あるいは交流の途絶えた他国の技術なのかもしれない。それならば、武闘家ギルドそのものの異質さにもある程度納得がいく。

 それにしても、暇だ。いくら何でも早く来過ぎたか。四半刻は機械時計式の言い方をすれば30分。ただ待つには長い。日中でも人通りの少ない通りにはこの時間人など歩いている訳もなく、それどころかミルミの影もなく、小鳥の声すら遠い。

 動くのは塀の内側から登る煮炊きの煙だけだ。元々朝早いのか、ムツに合わせているのか、朝餉の準備の小さな物音だけが家の石材や道路の石畳みに反響している。

 そういえば、昔は待ち合わせの時はどんなふうに時間つぶしをしていたのだったか。あまり暇で困ったという記憶はない。何かをしていた訳ではなかったはずだが。……ああ、そうだ。何を買おうかなとか、どんなお洋服で来るのかなとか、純粋にわくわくしていた。素敵な一日となることを、疑いもせずに。

 あまりに能天気で、同じ世界にある悪意、厳しい現実、蔓延する死を知る由もない幸せな時間の記憶。

 パメラはつい、と東の地平線に目を向ける。ギリギリ城郭に遮られる事無く伺える山脈の隙間から暖かな光が現れた。日の出だ。その時、木の引き戸を開く音が響き、砂利を踏む音が門の内側から聞こえてきた。早い。予想はしていたが、それよりも。

 準備をしなければならない。パメラは思考の速度を意識して加速させる。

 状況確認。ムツさんは、昨日のバルバラさんとの密談を(パメラ)が聞いていた事を知らない。表向き、私の派遣はムツさんの依頼。実のところムツさんの私へのパーティ参加要請は戦力不足の緩和とバルバラさんから依頼の受諾と併せ受動的なものに過ぎないが、()()()()()()()()()

 ならば作るべき表情は、誤解とはいえ頬を叩いてしまった謝意3割、嫌われてしまったのではないかと云う不安3割、そして、()()()()()()()()()()()()指名して来てくれたという溢れんばかりの喜びを隠した照れくささが4割。このブレンドでいく。複雑な感情の混合。難度は高いが、今は可能な技術だ。

 パメラは、正面の門から一歩下がり、うつむきがちに両手を軽く合わせた。

 客観的に見て、相当に可愛いはずだ。お母さん、可愛らしく生んでくれて有難う。

 ギイ、と木扉が開き、黒い道着の巨漢ムツが現れた。

「おは……」

 朝の挨拶に開かれた口唇が言葉を紡ぐことなく震える。絶句した。

 首に、そして道着に、血が付着している。道着は黒なので目立ち難いが、首や耳に残る飛沫は視線を引き寄せられずにはいられない。まるで首を掻っ切られた後、修復し、軽く顔を洗って出てきたかのようだ。

 それだけではない。右手の袖口の汚れはそれ以上に酷い。血で一杯の容器に手を差し入れて軽く絞っただけかのように、ぐっしょりとしている。

 総じて、猟奇殺人者とその被害者を一体化したかの様な姿だ。

「な……な……」

「お早う。待たせてしまったみたいだな。黒でもやはり汚れが目立つか? 一応軽く洗ったんだが。――昨日一着ズタボロにしてしまったせいで、もう替えが無いんだ」

「一体何をしたらそうなるんです? こんな朝から。いや、時間の問題じゃないか……ええと、兎に角、何事ですか?」

「修行だ。死ぬかと思ったし、殺してしまったかとも思った。笑えん。いや、笑えるか?」

「それは殺し合いと云うのでは?」

「殺意は……あったかもなぁ。瞬間的には。限界ギリギリだったから」

 ムツは酷く穏やかだった。日常の範囲内でこんな凶行を行っているのだとしたら、それはもう正気とは云えない。勧誘? とてもギルドで御しきれるとは思えない。バルバラであっても。混乱するパメラの胸中に応じる様に、強風が吹いた。外套がはためいた。

「じゃあ、今日から宜しく。パメラ」

 自分は何者だ? 盗賊。なら、盗賊らしくするべきだ。気圧されてはならない。これまでの人生を否定することになる。深呼吸一つ許されない。一瞬でも早く、立ち直る責務がある。

「こちらこそ。本当は最初に云うはずだったんだけど――この間はごめんなさい!」

「気にしないでくれ。あの後バルバラに会って、優秀な盗賊を借りられる事になったのは、その貸しがあったからだから。あの件はチャラにしよう」

 頭を下げて謝ると、僅かに照れた様子のムツの言葉が降ってきた。

 何故照れる? そうか。そうだった。あの時、混乱してしまっていたのだった。幼児退行というか、行動抑制のタガが外れるというか。刺激を受ると稀に突飛な言動をしてしまう事がある。酷い時には気を失ってしまう事もある死活問題。あの時は子供の初恋の様になってしまっていたはず。本当に大きな問題に発展しなくて良かった。まあ、この話題を続けて良いことは無い。流そう。感情の設定を心配と不安のブレンドに修正。

「それにしても、私を借りたいとムツさんが要請してきたと聞いて、私は嬉しかったですけど、その、……大丈夫なんですか? 軍資金」

 一呼吸おいてパメラは問い、ムツは掌に汚れが無いか確認をした後、親指で頬を掻いた。

「甘くはないし、余裕もないが、目論見が上手く行けば大丈夫だ」

「どんな策を? 私と二人でも最低銀貨20枚、3人になればムツさんの取り分をゼロにしても最低銀貨30枚は稼がないと日ごとに借金が嵩むことになるんですよ?」

「盗賊ギルド、バルバラに、な。このオルタナで一番金を借りちゃいけない相手だよなぁ……」

 ムツの嘆息の原因は単純な問題だ。パメラを盗賊ギルドから借りるには、報酬の補償金が必要。それだけの事だ。十分に稼げた場合、人数割りした金額がパメラへの報酬となる。しかし稼げなかった場合でも、設定した金額を支払う必要があり、それが出来ない場合はギルドへの借金となる。

 例えば、通常の5人パーティで最低保証額を3シルバーと設定する。実入りが15シルバーを切ると、リーダーの取り分を減らすか、他のメンバーで平等に負債を負担するかしてでも3シルバーは盗賊の為に確保しなければならない。後者(負債を共有できるパーティ)の場合でも、そもそも実入りが3シルバーを切ってしまえば他の全員の収入をゼロにしても足りない。

 一応、救済措置として借金の前歴などが無ければ、盗賊ギルドもすべての収入を奪い取ったりはしない。後払いにすることが出来る。

 しかし、当然同額を返済すれば良いというものではなく、貸付には規定の色を付ける必要がある。貸付額の累計が一定額に達したり、支払いの猶予が過ぎた場合、ヨロズ預かり商会と提携し取り立ては行われる。ヨロズ預かり商会に資金やアイテムを預けている場合容赦なく差し押さえられるし、それも無ければ身柄を拘束される。取り立ては確実に履行されるのだ。盗賊ギルドへの貸しを踏み倒すことは出来ない。ただ一つの例外、死なない限り。

 この最低保証額は盗賊の力量が高い程に高額になる。当然の話だ。ギルド加入から日が浅い盗賊の場合はまさに先の例(3シルバー)程度の金額だが、一流の盗賊の手助けにはそれにふさわしい金額が必要となる。駆け出しのパーティがバルバラの様な一流の盗賊の協力を仰ぐことは不可能なのだ。

 さて、パメラの保証額は20シルバー。

 見習い義勇兵としての入団資金が10シルバー、ギルド加入手数料は8シルバー。正式な義勇兵団証が20シルバー。

 1シルバーもあれば10日は慎ましく暮らしていける事を思えば、その高額さが判る。

 恐ろしい事に、この保証額は日額だ。全く実入りが無い日が5日続けば100シルバー。つまり1ゴールドもの貸しを盗賊ギルドに作ることになる。

 云うまでもなく、本来新人が利用できる金額ではない。というか明らかに吹っ掛けられている。パメラも腕に覚えがある盗賊として誇りと自信はあるものの、バルバラを始めとした最精鋭のレベルには達していない。よってこの金額は相場の倍以上という事になり、暴利だ。

 パメラにはその価値があるという名目である以上、そこはしっかりと成果は出す。スキルを活用することで戦闘効率を上げ、一流の盗賊の嗜み、参謀として赤字を出さない為の助言を行う。

 だがそれはそれとして、こんな暴利をはいそうですか、と受け入れてしまう経済観念の低さと、いかにバルバラの()が魅惑であっても条件交渉をしようともしない危機意識の無さは重大な欠点だ。もし自分が本当のパーティメンバーだったら財布のひもは握らせない。

 戦闘を見て、強烈に惹かれた。しかしそれは生き方、命の輝きに対してであり、ムツ個人へのものではない。パメラは平坦な心中を掻きまわす事象から、そう自己分析していた。

 

「借金しないで済むように頑張りましょう」

「……どうだろう。メリイへの分け前は削れないし、短期的に予想される不足分は俺の手出しになるから、貯金が尽きたら借りる事になるかもな」

「弱気ですね。どこか狩場を決めているんですか?」

「候補は。その狩場で達成したい目的も。とは云え消去法で選んだ狩場で、目的も思い付きでね。相談したい」

「勿論です。高いお金を貰う以上、ブレーンとしても役に立ちますよ!」

 悪くない話の流れ。リーダーには指針を自分で決めたがるタイプと、相談するタイプがいるけれど、やはりムツさんは後者。

 派遣盗賊のギルド内の評価は派遣パーティの成果で決まる。確かに成果が出なくてもギルドは固定額を得られ、金銭的には損はしない。しかし信用を失う。よって、派遣されて成果を出せなかった盗賊の評価は下がる。成果を出すには、アドバイスを聞いて貰える事が重要。ムツさんが相談するタイプであることは、非常に好都合……!

「じゃあ、まずはその狩場を当てて見せましょうか?」

「まだ何も話してないのに?」

「“消去法”で決めたのでしょう? なら判りますよ」

 ムツは興味深げに微笑んでいる。その笑いからは“無理だろうけれど、どんな答えが出てくるかは気になる”といった事を思っているのではないかと感じられた。

「ズバリ、サイリン鉱山」

「! ……ご名答。どうして判った?」

「まず、ムツさん、道場での修行時間、凄く長いですよね」

「そうだな。オルタナに居る時は食事と睡眠以外、大抵は道場に居る」 

「まずここで、道場で修業ができなくなる長期遠征は選択肢から外しました。正確には必要なのは道場と云うより指導者なんでしょうけど」

「確かに。武闘家の技術を教えてくれるのはオルタナにクヌギだけ。他の町にもあてはないからね。気の神髄を知りたいっていう大目標を達成するのにオルタナから離れるのは得策じゃない。少なくとも今は」

「拠点はオルタナ。少人数で野営はリスクが高いから、日帰りで行ける範囲が現実的。ここでもう候補は10か所程度に絞られました」

 ムツはうんうん、と首肯している。

「と云うか10ヵ所もあったんだね。後で教えて。次以降の候補にしたいから」

 サイリン鉱山に行くことは決まっている、と。もっと効率よく稼げる狩場の情報があるかもしれないのに。……拘る理由も決まりかな。

「この候補の中で、一般に知られているのは半数。すると結局はゴブリン、コボルド、オーク、サハギンに絞られ、安定性に欠くサハギンも除外すると結局はオルタナ近隣の3亜人になります」

「サハギン。魚人ってやつだね。オルタナ北東の自由都市ヴェーレまで行くと出るって聞いたことがある。でも遠いよね。オルタナ西の近海にも出るの?」

「居ますよ。でも海上戦闘は危険ですから、浜辺の上陸ポイントを張るんですが、空振りも多いのでやっぱり囮になる船が無いと効率は上がらないです」

「厳しいね」

「はい。で、残る3種族ですが、真っ先にオークは除外しました」

「ッ…………どうして?」

 ムツは息を呑んだ後、心配そうに先を促した。

「魔剣持ちのオークです。ムツさんの遭遇の後、情報は義勇兵事務所から軍本体へ報告が上げられました。盗賊ギルドからも人員を出し、デッドヘッドへの偵察を行い、存在を確認しています。軍からも威力偵察を行い、実際に交戦。魔剣の使用はされませんでしたが、実物を視認したそうです」

「威力偵察? 砦に接近したのか?」

「流石にそこまでは。偵察中に警戒中のオークと遭遇。増援に騎兵として現れたそうです。デッドヘッドのオークはゾラン・ゼッシュと云うオークを筆頭にゼッシュ氏族が中心となっていますが、騎兵は居ません。実際装備もゼッシュ氏族とは異なっており、この騎兵は単独ながら危険と判断。すぐさま撤退したものの、平野なのですぐに追いつかれ、6名中生存者は1名だけでした」

「騎兵相手に逃げ延びた? 分散逃走したのか?」

「いえ。別れて逃げる間もなく馬上槍の突撃で瞬殺だったそうです。生存者も傷を負ったのですが止めは刺されず、無言で魔剣を見せつけられ、見逃された、と」

「…………」

「懸念の通りと思われます。自分がここに居るぞというアピール。ムツさんは絶対に近づかない方が良いでしょう」

「この事、義勇兵への警告は?」

「近日中に。義勇兵の立場上オークと戦うなとは云えないでしょうが、危険性の周知は行われます。逆にこれでオーク狩りが行われずに敵の戦力逓減に支障が出る可能性を鑑みて、軍は辺境伯に高額な賞金を懸けることを奏上しているようですね」

 責任を感じているのか、ムツは深刻そうに押し黙った。

「亡くなった5名と云うのは……」

「それはムツさんが気にする事じゃないですよ。任務ですから。軍の外から――まあ、正確には義勇兵も軍組織の一部ですが――とやかく口出して良い事は皆無です」

「――そうだな。では続きを」

「後は簡単です。残るはゴブリンとコボルドですが、ある程度の安定収入を目指すのならゴブリンの方が大変です。森の泥ゴブリンやダムロー旧市街のゴブリンではよっぽどの数をこなさないと赤字です。ダムロー新市街のゴブリンならまとまったお金になるでしょうが、3人でのこのこ行ったら袋叩きです。対してサイリン鉱山なら上手く立ち回れば常に一定以下の接敵数にコントロールすることも可能ですから、殲滅効率によっては黒字を狙えます」

「お見事。よく――」

「さらに!」

 盗賊としての第一印象が決まるのは今。既に頼りになるブレーンとして及第点だろうが、評価を積み上げる。

「デッドスポット。サイリン鉱山の危険度を跳ね上げている、この賞金首の討伐も考えているのですよね? 極めて危険な相手ですし、本来3人で狩りに行くなど自殺行為ですが、ムツさんは武闘家として、挑戦せずにはいられない」

「確かに。可能な限り遭遇戦は避け、事前に発見確認後に交戦するかは決めたいところだけれど」

「それだけじゃない。ムツさん、あなたが妙にサイリン鉱山に拘っているのは次の理由。――神官。メリイさんでしょう? デッドスポットはメリイさんのかつての仲間の敵。仇討ち。それをメリイさんの為に、果たしたい。そうでしょう?」

「………………え? そうなの?」

「は?」

『…………』

 思わぬ反応。

「え? ムツさん知らなかったんですか?」

「知らないよ。メリイとそんな踏み込んだ話しないし。でも、そっか。それなら色々納得する事もある。一度メリイとちゃんと話をしないといけないな」

「あー……勝手に。不味い事話してしまいました?」

 これからのパーティ内の空気と云うか。わざわざ話してなかったことを勝手に話してしまったと云うか。でも、あれ?

「じゃあ、どうしてサイリン鉱山に固執していたんですか?」

「うん。サイリン鉱山、コボルドに占拠されているよね?」

 その通り。ダムロー陥落とほぼ同時期から支配されている。

「深層までコボルドだらけで、一つのコミュニティが出来ている。そうだよね?」

 頷く。補足することもない。

「そのサイリン鉱山、奪還しようと思ってるんだ」

「――――」

 ムツは、冗談と疑わせない真摯さでそう云った。

 本気で云っている。眩暈がする。盗賊として、否定より前に精査すべき。でもご免なさい、バルバラさん。一言だけ云わせてください。

「狂人ですか、貴方は」

 ムツはいたずらが成功した子供の様に、無垢に笑った。

「では、行こうか」

 それは許せない。待って、と口に出かけた言葉を飲み込んで、考える。既に一歩目を踏み出したムツをこのまま行かせてはならない。威信にかけて。サイリン鉱山奪還。採掘主導権の確保。利益は甚大。障害となるのは? コボルド。下層に行くほどに階級が上がり、賢く強くなる。奪還に必要な条件は? 方法論は? それに必要になるのは? 3人で全コボルドを皆殺しにする、なんて事は現実的ではない。ムツは()()()()だったと云った。ならば、キーワードは限られるはず。

 コボルド、鉱山、魔剣のオーク、義勇兵。……軍、デッドスポット、鉱石、オーク、ゴブリン、オルタナ、スラム。――スラム……? ゴブリンでもオークでもなく、コボルド! 武闘家、ムツ。奪還……!?

「……ッ!」

 不可能だろうか? 難しい。だが、可能性は無いと云い切れるだろうか?

「――コボルドの習性」

 ムツが振り返る。その顔は驚きに染まっている。

「この時間、ノーヒントで? 嘘だろ?」

「本気ですか? ある意味、普通に打倒するより難しい。危険すぎる。失敗、即、死のハードルがいくつあると? それに鉱山側の問題をクリアしたとして、オルタナ側の問題はどうするつもりなんですか?」

「そこは、ほら。高いお金を払う訳だし」

 高いお金って、まさか。

「そんな嫌そうな顔をしないでも。丸投げにはしないよ。そっちも多分、どうにかなる」そう云ってムツは足早に歩みを進めた。

 ギルドへの最低保証。ぼったくりなんてとんでもない。

 パメラは飛び蹴りをしたい気持ちを押さえて、その大きな背中を追った。

 しかし、しかし。本当に上手く行ったなら……? 心臓の高鳴りを覚えた。

 一瞬。輝く双眸に気付く者は居ない。

 


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