Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
事件が発生してから丸一日弱。混乱に乗じて発生する火災も、道路上での事故を取り締まる法的機関の機能は完全に停止していた。機能を失ってもなお職務を全うしようとする者も少なくはない。しかしながら孤立無援に等しい状態での活動期間は長くはない。
アンブレラの上層部は早くも焦りを抱いていた。会社の社運を掛けたU.B.C.S.・U.S.S.両チームの投入。それらによる証拠の隠蔽が思うように進んでいない。今回の件はアンブレラは関与していない。アンブレラの目的はそれしかなかった。既に多くの生存者が街からの脱出を果たしていた。自力で脱出した者達にはついては、最早アンブレラの手の届かないこととなった。
今回の事件が世の明るみに出ることは避けようがない。しかし、そうであったとしても、証拠さえなければ世間はアンブレラとの関与を否定せざるえない。
U.S.S.の活動は決して遅いわけではない。ましてや停滞しているわけでもない。ただただ、アンブレラの上層部が過剰なまでに焦っているだけであった。
そして、この焦りから来る今後の不安から上層部は暴挙に出てしまう。それは奇しくも、前回の会議で方針が別れた株主側の意向に沿うものとなってしまうこととなった。
「『ラクーンシティ上空に到着しました』」
「よし......『B.O.Wハンター』を投下しろ」
アンブレラ社のマークが入ったヘリから次々と投下される1m強のカプセル型のコンテナ。コンテナの正面、僅かな隙間、ガラス越に中の光が漏れている。
ライトグリーンの明かり。コンテナの中は透明の液体で満たされており、その液体に全身が浸かった状態で、緑色の、人間とは思えない発達した鋭利な爪。背部のほとんどはワニのような鱗に覆われ、顔面は押し潰されたように平べったくなっている。
【B.O.W.TYPE_HUNTER】
コンテナにはそう記されていた。
投下された複数のコンテナは地上に落下すると、落下地点のアスファルトは砕かれ、砂埃が舞い、数秒間の間落下地点周辺の視界を遮断。
すると、粉塵の中からコンテナの一部が飛び出す。それは扉であり、近くの建物にぶつかる。それから遅れて影も飛び出してくる。
その影の持ち主は地面に着地すると周囲を見回すように首を動かす。
やがて影達は一目散にその場を後にした。草食動物を思わせる軽快な跳躍力と脚力。爬虫類に似た瞳は辺りを群がるゾンビを捉えている。
その内の一体が近くのゾンビの首を撥ね飛ばす。10m程離れた位置からの一瞬の出来事。
首を撥ね飛ばされたことに気付いていないゾンビは数歩歩いていたが、ようやく生命活動を終えたことに気付きその場に崩れる。
ゾンビを葬った個体は、おぞましい雄叫びを上げる。
ハンター。
その個体名が指す通り、獲物を狩る狩人の意味を持つ。アンブレラが誇る成功体であり、幾つもの品種改良型が存在する。
この個体は、T兵器の中でも成功体と呼ぶに相応しく、簡単な命令であれば、それを遂行するだけの知能を有している。
簡単であれば簡単なほど、ハンターのもたらす成果は絶大である。
そして、今回投入された個体は至極単純な命令が与えられていた。
『動くモノ。視界に入ったモノは全て攻撃せよ』
形振り構っていられなくなったアンブレラの焦りとも取れるこの命令。
しかし、ハンターはベースが人間とは言え命令に対する自己の思考は持ち合わせていない。
ただただ命令を遂行するだけのハンター。
ラクーンシティの生存者達は、これがまだ始まりに過ぎないことを知らない。真の絶望とは認知することが出来ない外側からひっそりとやってくるものである。
◆ ◆ ◆
AM08:00 Racoon mole
14時間前。
ラクーンモールに逃げ込んだU.B.C.S.の隊員の一人は同じく逃げおおせていた市民の看護の元、次第に回復していた。
隊員は感謝の気持ちで一杯である。あのまま一人きりであったのならば、隊員は確実にこの世にはいないであろう。
幸いにもここはモール。医薬品や食料は充実しており、警備員用のシャワールームも完備されており、衛生的にも万全であった。
そんな隊員の元に食事が配られてくる。生存者達は全員協力的であり、隊員にも分け隔てることなく接している。
続々と家具販売ブースに入ってくる生存者達。皆、朝食を待ちどうしかったようだ。
「お腹空いたー」
ブース内を子供達が駆ける。少数ながら子供の生存者もいる。
それぞれ、椅子や空いたスペースに腰を下ろす。程なくして配膳が始まる。
スープが入ったカップを受け取ると隊員は無言で啜る。青果コーナーに並べられていたトマトを煮込んだトマトスープ。
今作戦において、U.B.C.S.はまともに食料と水を用意していない。当初の予定ではこのような結果になるはずではなかったのだ。
「味はどう?」
「......最高だ」
あっという間にスープを飲み干す隊員。思えばこうして一息つくのは作戦が始まって以来初のことかもしれない。落ち着く暇もなく次から次へと絶え間なく迫り来るゾンビ。
逃げた先でまた逃げてと繰り返すばかり。セーフティーゾーンにたどり着けただけ、彼は幸運。
他の隊員はこのような一時の安らぎを得れてはいない。それは一般市民も同様。
「それは良かった」
調理を担当する女性は優しく微笑む。その笑顔からは女性が持つ特有の包容力を感じ取ることができると言えよう。
程好く付いた肉。少し前まで少女であった女性。垢が抜け年相応の落ち着きを得たことが見て取れる。セミロングのストロベリーブロンドの髪をまくる仕草を一つをするにしても、少女時代とは違った印象を他者に与える。
「女の色気に鼻の下を伸ばしおって」
女性に目を奪われる生存者達と隊員だが、この老人だけはそんな素振りを見せることはなく、清々とした態度を崩さない。
頑固オヤジ。それが生存者グループ内に映る老人の姿。主にそれは男性陣だけであるが。
何かしらに付けて老人はこうした発言をすることがある。
独り暮らしの老人の気難しさは中々理解しがたいものである。
「ワシは自分の部屋に戻る」
スープ以外の食事、スクランブルエッグとトーストとサラダを早々に平らげると、老人はそれぞれに割り振られた、モールの店舗の生活ブースへと戻っていく。
老人も協力することはするのだが、こうした食事での団欒等の憩いの時間においては、単独行動することが多い。
これが平時ならば、恐らく老人は誰にも相手にはされないであろう。現にグループ内でも老人を放っておけという声も挙がっており、孤立化寸前なのだ。
しかしながら、全員が全員そうではないため、一部がそう言っていても、またもう一部が老人の面倒を献身的に見ようとする。
その都度年寄り扱いしないでくれと当の本人からはあしらわれる。
「悪く思わないで下さい。あの人実はここ数年で立て続けに家族を失っているんです。一人息子さんをベトナムで、奥さんを病気で、そして息子さんのご家族も今回のことで......」
老人の後ろ姿を見ながら女性はこの場にいる全員に聞こえるように語りだした。
女性は老人の家のご近所らしく、老人の家庭環境も深くはないが大まかに把握していたのである。女性曰く、老人があんな風になってしまったのもそれらが原因だと。
「本当は言わない方が良かったのかもしれないけど、この中でのあの人を見る皆の目が辛辣になっていくのが耐えられなかったのよ」
そう告げる女性。それによって、老人への不満を募らせていた生存者グループも、老人に対する認識が同情を含めた別のものへとなりつつあった。
心なしか、老人の後ろ姿も哀愁が漂うように見えてくる。
「ベトナム......」
あの老人も苦しんだのか。
隊員は更に別の思いがわいていた。同じベトナムの苦しみを持つ者同士。立場は違えど、あの戦争によって付いた傷は当人や親族で何ら変わりはない。
◆ ◆ ◆
同時刻
カーク率いる不良少年グループとU.B.C.S.C小隊A分隊の生存者一向は廃工場内を拠点とし、脱出に向けて準備をしていた。
「たったこれだけかよ?」
U.B.C.S.の隊員達がかき集めた工具や使えそうな部品を見て不満そうにする少年達。
少年達は車上荒らしや盗難等を平気でしてきたため、U.B.C.S.の隊員達よりも機会弄り、こと車両関係には詳しかった。
「ここにあるポンコツどもはスクラップを待つだけのガラクタなんだぜ? それを動かすってことは一から部品を作り直すようなもの。それをこれだけのモノでやれってか? むちゃ言うなよ」
集まったモノは大したものではない。一般的なモンキーやスパナといった工具に、一部拝借したバッテリー液、とオイルフィルターいったもののみ。
「旋盤もなければ溶接機もない。研磨するにもサンダーもない。ベアリングとカムとシャフトもイカれてる。シリンダーやバルブも使い物にならない。挙げ出したらキリがないぜ」
得意気に語る少年カーク。父親が整備士だけあって作業に明け暮れる父の背中を見て育った経歴を持つ。今や非行に走るようになってしまっているものの、幼少期から身近にあった機械関連。ただの不良少年も時と場合においては非常に頼りになるものだ。
「具体的には、あとどうすればいいのだ?」
一回りも下の少年達に下手に出る隊員達。大人のプライドを捨て、少年達の手足になって作業にあたる。
「......いいか? 俺達は今ここにいる。周辺での物資の確保は粗方済んじまった。足りない分は、ここから北東5km進んだ『ウォーマット』の店がある。そこに行けば大抵のものが手に入るはずだ」
「足りないもの全てか?」
「ウォーマットは盗難車から中々手に入らない裏ものまでありとあらゆるものを仕入れては商いをしている。俺達アウトサイダー御用達の店さ。表向きは単なる質屋だが、メインは地下に隠してある。だが、今回はメインではなく通常のブツなだけに、貸しコンテナの中にあるはずだ。どれに入ってるかはわからないけどな」
「そいつの店まで行って火事場泥棒をするわけだな」
「しょっぴくサツもいない上に、今やこの街全体は無法地帯。あんな化け物共さえいなければ大歓迎するのにな」
隊員達も少年達と同様のアウトサイダー。彼等の気持ちは誰よりもよくわかる。喧嘩早く、誰の手にも負えず、軍からも除け者にされた者。
少年達と隊員達とでは住む世界が違うが、本質的に同じ気質の人間同士が心を通わせるのは時間は掛からなかった。
「......良いだろう。一仕事してやる。サービス残業はとっくに始まってるからな」
「道案内にブレッドとジョージも行かせる」
「も?」
「当然俺も行くさ」
自ら案内人に名乗り出る青年。リーダーである彼が前に出ることに内心戸惑っていた。
「意外だな。てっきりここに残るものだと」
「ウォーマットとはダチなんだ。もし奴が生きていたらスムーズに事が進むだろ? 何より生きていたらウォーマットも連れて来てぇんだ」
「......わかったが、武器は渡せないぞ?」
「いらねぇ心配だな」
青年が顎を横に振ると、機械の上に乗っていた少年二人もカーク青年の横に立つ。その手に握られていたのは拳銃であった。
「どこで手にいれた?」
その内の一挺、トカレフTT-33が青年の手に渡される。
ここまで来る途中で銃器が手に入るような場所に立ち寄ってはおらず、青年達は何も所持してはいなかった。しかし、現に銃は握られていた。
「言ったろ? ウォーマットの店では何でも取り扱ってるてな。この街は銃の規制にうるさいからな。何かあった時のための護身用さ」
工作機をずらし、改造した床下から武器弾薬を取り出す。その一部を隊員達にも配る。
各州ごとによって銃の規制はまちまちであるが、どうやらラクーンシティでは許可された者以外は銃を手に入れることが難しいようだ。
「どういった風の吹き回しだ?」
手渡された弾薬を受け取る。残念なことに小銃用の弾薬はない。仕方なく隊員達は小銃の弾薬を弾倉から抜き取り、総数を数え、均等に弾を再配布する。
「いがみ合うのやめだ。共存といこうや。あんたらに死なれても困るし、俺達が死んでも困るだろ?」
「いいだろう」
成り行きで行動を共にしていた隊員と青年達。隙を見てどちらかを蹴落とそうとしていたのだが、どうやらもうその心配をする必要はないみたいだ。
「見ろよ! S&W M27 6インチモデルだぜ? おたくらの貧相な拳銃とは大違いだ!」
子供のように銃を手に取りはしゃぐブレッドと呼ばれた青年。しかし、所詮はチンピラ。トリガーガードに指が添えられた状態な上に、銃口で仲間や隊員達を切っている。銃の基本的な取り扱いを知らない青年達。
ここが軍隊ならば、彼らは鉄拳制裁の後に罰直が待っていたであろう。
「サタデーナイトスペシャルのほうがお似合いだな」
暴発や不時発射、ブルーオンブルーの不安が一気に頭を過る。だが、今は一人でも多くの人手が欲しいため、不安全であっても背に腹は変えられない。
「さっきまでは逃げるのに必死だったが、もう平気だ」
「一度人を撃ってみたかったんだ」
意気揚々とする二人の青年。
「ガキのお守りは苦手だぞ」
「オッサン共の相手は親やサツで慣れてる」
青年達もこの現場に慣れたのか、出会った当初のような必要以上の恐怖は感じられない。
はっきりと言えば少年達は足手まといでしかなく、宛にするつもりなどなかった。
車両を修理する者。物資の確保に出るもの。見張りを行うもの。自らの役割を一人一人が理解している。
隊員達は薄々であるが、そういう意味では青年達を高く評価していた。勇敢な青年達を自分達と同等の戦士として認めつつある。
作戦の内容を打ち合わせするブリーフィングが行われる。今回の行動の目的との確認。不測のが生起した場合はセーフティーエリアとして道中に確保したエリアにまで後退。様子見をし、行動可能な場合は再開。不可能な場合、又はメンバーの30%が喪失した場合は撤退。
物資は全て人力で運ばなければならない。それを数回往復する必要がある。そのため戦闘は極力避けなければならない。音でゾンビ達が寄ってくるのは判明済み。
そして万が一分断されてしまっても、設けたセーフティーエリアに合流する手筈になっている。
頭合わせを確実に行い、全員が全員内容を理解するまで説明を続ける。
ブリーフィングが終了すると、作戦に向けて各個人装備の最終確認を行う。
銃点検。銃本体の部品に異常と破損がないことを確認。その後銃の機能点検を行う。安全装置の確認、単発機能、連発機能が作動するかどうかを確かめる。
全ての確認がとれたところで、弾倉を挿入しチャージングハンドルを前進させ、薬室に弾を装填。その際に装填不良による不完全閉鎖が起きてないことも確認。
出撃の準備が整ったようだ。
「口だけでないことを祈ろう」
「そっちもしっかりとついてこいよ」
「善処しよう」
「あと、後ろから「ズドンッ!」だけは勘弁してくれ」
「安心しろ。殺すのは死んだ時だけにしてやる」
軽口を互いに叩きながら彼等は再び街へと姿を消していく。
だが、彼等はまだ知らない。いや、彼等だけではなく全ての生存者はここまでのことが序の口であることを、『バイオハザード』の本当の恐怖はここから始まることをまだ知らない。
そう、彼等の脅威はゾンビだけではないのだ。