Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
『被告に判決を言い渡す』
手錠を嵌められ法廷に立つ私に下される判決。
終身刑。当然と言えば当然。妥当な判決だ。それだけの事を私はしてきた。
極めて簡単な話だ。戦場帰りの帰還兵。祖国の為に命を削り懸命に戦い抜いてきた。何人もの同僚の死を看取り、何人ものゲリラや敵兵士を殺してきた。
後悔も罪悪感もない。兵士として当然の義務を果たしてきただけのこと。
義務を果たしてきた。ただそれだけのことなのに、帰国した私を待っていたのは勲章でも祝福でもなかった。
ある作戦中に、負傷し帰国した私を祖国は温かく迎えてはくれなかった。まるで腫れ物を、犯罪者を見るような目で国民たちから見られた。
謂れのない罵声。隣人達からは白い目で見られ、退役金もまともに貰えなかった。福利厚生の保険は半分以下にまでカット。年金の受給さえも減らされた。
作戦中に受けた傷が深く、一旦軍を離れリハビリをしてから復員する筈だった。
しかし、国は私を一方的に切り捨て、復員させてはくれなかった。
職も失い、家族も失った。再就職しようにも、何処にでも軍人としての名誉ではなく、汚名が付きまとった。まともな職にすらつけず、その日暮らしが何日も続いた。
その際、同じ苦しみを持つ同僚から"仕事"の誘いが来た。
私に選択する余裕はなかった。喜んで返事をした私に、次の日から仕事が回ってきた。
"粉"を捌くだけの簡単な仕事。邪魔者は消していった。
国も周りの人間も誰も助けてはくれなかった。一体今まで私は何のために、誰のために戦っていたのか。
いつしか、私の中に愛国心というものは無くなっていた。
入隊当時の私は金に思い入れなどなく、ただ、国の為に戦えればそれで良いと考えていた。
だが、年を重ねるにつれ、危険を重ねるにつれ、金の必要性を見出だしてきた。そのぐらいから家族も出来た。尚更金は必要になった。
私はボランティアなどではない。
私は売人ではない。ブツを仕入れ、それを売人に渡すだけだった。こそこそと嗅ぎ回る連中はその都度消した。
法廷で散々問われた。
『薬の被害にあった者たちへの罪悪感はあるのかと』
そんなことは私は知らん。強制的に薬を投与されたならまだしも、大半の人間が自らの欲のために、自ら選んだことだ。
考える脳を持ちながら自ら滅ぶ道を選んだ。私と違い、幾らでも道があるにも関わらず。そんな者達に思うことなど何もない。自業自得だ。
『命を落とした犠牲者に、残された遺族のことを考えたことはあるのか』
ならば私はどうなのだ? 誰か私の家族について考えたことはあったのか?
関係のない家族を巻き込み、私の家庭を滅茶苦茶にしたことを国や周りは少しでも考えたことはあるのか?
私が好きでこの道を選んだと思うのか? 軍への信頼は落ちた。しかし、その軍が私達に何をしてくれたのか。一方的に切り捨てておきながら、いざ、自分達に非難の矛先が向いた途端にこれか。
私にはもうこれしかなかった。離ればなれになった家族へ、子供達の養育費のためにも。国は何も動いてはくれなかった。
私だけではない。私以外の大勢の退役軍人達は苦しんでいる。何度訴えても世論、政治は動かなかった。
唯一後悔しているのは、離ればなれになった家族へ私の行いで更に苦しめてしまうことだ。
私は家族さえいてくれれば、幸せであってくれたらそれで良かった。聞けば、私と離れてからの家族は苦難の連続だった。苦しむ家族に対してなにもしてやれないのが我慢出来なかった。
その結果、更に家族を苦しめてしまった。
退役軍人達にも少なくとも迷惑をかけてしまうことは悪いとは思う。
私は獄中で家族宛に手紙を毎日書いた。謝罪と家族の様子を訪ねるものだった。
毎日送る手紙に、家族は定期的に返事を返してくれた。妻や子供の私を励ます言葉だ。
私は泣きながら手紙を読んでは、次の手紙に言葉を綴っていった。
服役について1年。始めは返事をくれた手紙も、いつしか返事が来なくなっていった。それでも私は手紙を書き続けた。
そして、ある日を境に、家族は手紙を受け取ってくれなくなった。
何通も何通も送っても手紙は私のところに戻ってきた。
刑を受けて3年目。家族との最後の繋がりが絶たれ、消沈する私に更なる追い討ちをかける事態が起きた。
妻が亡くなった。病死だった。
手紙を受け取らなくなる少し前から家庭は今まで以上に厳しくなっていたのだ。私の一件から妻は遂に職を失い、収入源がなくなった。祖父母も亡くなっており、親戚達も私達に関わろうとはしなかった。
生活支給も儘ならなくなり、養育費も払えなくなり、学校にも通わせれなくなった。
なんとか生活していくために、妻は体を売り、なんとか生計を立てていた。その折りに病を患ってしまった。それでも働き続けたために妻は死んだ。
残された子供達は施設に預けられることになった。
私は一晩中泣いた。自分の愚かな行為を、自分自身を呪いながら。
失墜の私。ある時とある"会社"が私に鶴の一声をかけた。会社との契約内容を聞き、私は子供達のこれからの必要経費を稼ぐためにも、喜んで返事をした。それから私は子供達への贖罪の為の、第2の人生を歩み始めた。
◆ ◆ ◆
俺は自分の行いを後悔していない。たった一人の唯一残っていた弟を殺したギャング共を、クズ共を殺したことを何故悔いなければならないのか。
祖国に寄生する害虫。それがあいつらだ。国外ではなく、敵は国内にもいる。
海兵隊の誓いに則って俺は遂行したまで。例えそれが許されざる行為であれ。
仲間や警察は慰めの言葉を掛けるが、何の役にも立たない。口先だけの愛国心と同じことだ。
殺された弟の無念を肉親以外の誰が晴らす?
第三者の手で裁かれるのは納得いかない。俺がけりをつける必要があった。
全てを、仇を討った俺は達成感に浸っていた。最早思い残すことなどないと。
判決は当然死刑。
軍法会議の結果満場一致で死刑が言い渡され、銃殺を待つだけの余生。
そこに"会社"からスカウトされた。
あろうことか、俺は牢獄の外に出れることになった。会社が何処まで根回しすればこんなことが出来るのか.....しかし、その様な些細なことは直ぐに頭から消えていった。
二度と拝めないであろう裟婆からの太陽と、自然の空気。牢獄のむさ苦しい集団の空気とは大違いだった。
一度は捨てた命。以前の俺は死んだも同然だった。外に出たところで思うこともなければ、やりたいこともない。会社の犬にでも何にでもなってやる。
そして俺はU.B.C.S.の隊員となった。
◆ ◆ ◆
妻がゲリラだったことは以前から知っていた。東欧の民族解放。ソ連時代に占領していた地域の解放運動と称して、妻の組織はゲリラ行為を続けていた。
ゲリラだろうが何であろうが、私は彼女に心から惚れ、彼女を心から愛した。
ソ連が崩壊後は、妻に誘われ、私もゲリラ組織の一員になった。ソ連崩壊後は、各地で戦火の火種が燻っていた。妻の組織はそこに乱入する形でゲリラ活動を開始。
私も一部隊を率いて活動を行った。
今は亡きソ連のKGBの後身となる、ロシア連邦軍参謀本部情報総局。
とある地域で活動中の私の部隊の情報がそこに洩れていた。ゲリラ行為はテロリストと同定義と見なされている。待ち伏せに合う形で私の部隊は拿捕されることになった。
情状酌量の余地なしと、私の部隊は軍法会議に法廷に立つ間もなく、捕虜として扱われることもなく射殺されるところであった。
そこに偶然居合わせた"彼等"。彼等は私に一つの道を提示した。
"私が私兵部隊に加わること"
彼等の提示する道の中に部下の名は無かった。私は彼等に条件の訂正を願い出た。
"私が君らの私兵になる代わりに部下を解放してくれ"と。
彼等は私の申し出を呑んでくれた。
その日を境に私は企業の私兵となった。妻は別の地域で活動中に戦死。私の所属したゲリラ組織がその後どうなったのかは取り上げられていない。
私はソ連時代の功績から部隊の長として、個性的な癖のある隊員達を取り纏めることとなった。
幾つもの死線を乗り越え、チーム員の信頼は確固たるものとなっていた。
◆ ◆ ◆
26th September. 18:00 City hall neighborhood.
「こちら各チーム市庁舎近辺に降下した。無線の感度はどうだ?」
『良好だ』
『問題ない』
「此方も良好」
ヘリから市庁舎周辺に別々にラペリング降下した3個小隊。降下直後に各チームは円を形成。周囲の警戒を取るように陣形を組む。その中心に各チームリーダーが集まり今後の行動を軽く打ち合わす。他の隊員は全周囲の警戒。
最初の被害はフットボールスタジアム。観客の一人が発現し、ねずみ算式に町中に被害が拡散していったわけだが、ものの半日で既に街は壊滅の危機に瀕している。
「民間人を市庁舎の中に集める。
各チームの隊長が自分達のチームを呼び寄せ指示を出す。俺の小隊は市庁舎近辺の掃討と、住人の確保を任された。
市庁舎に沿う大通りには大勢の人が揉みくちゃになりながら行き交っている。人と人が接触し転倒したり、荷物が散乱したり、家族ではぐれたりと、取り乱しようが半端ではない。
治安維持の為に警察が出動しているようだが、警察だけでは既に収拾は困難となっているようだ。
行き交っている人々の集団の中にソイツラはいる。ヨロヨロとよろめきながら歩く人の形をした別のモノ。死体に群がり死肉を貪る様はハイエナより質が悪く見える。
「攻撃開始だ」
円弧上になり近場の連中から掃討していく。夢中で死肉を貪る連中は鉛弾をものともしない。
銃声にひきつられ、通りを闊歩する"ゾンビ"共の注意がこっちに寄せられる。
ターゲットを俺達に切り替えたゾンビ。動きが鈍く、体の欠損も激しい個体もいるため識別は苦ではない。こちらの有効射程圏内に入ると同時に発砲。
胴体に弾を受けてもよろめくだけで、倒れはしない。胴体には通用しないとわかったのならば狙うところは一つしかない。
額を撃ち抜かれたゾンビは仰向けに倒れる。
俺達はお互いの顔を見合せ肩を竦める。そこから俺達は何体倒したか分からない程のゾンビを掃討。一段落がついた。
「よし、これで市庁舎近辺は安全だな」
チームは別々に別れて、反対側のゾンビ共も掃討。市庁舎近辺の安全を確保する。
『こちら
後ろを振り向くとデルタチームの中の4人が市庁舎の屋上に上がっている。長距離射撃用のスコープをマウントレールに取り付け、スコープから遠方を覗いている。
俺は見張りの一人にサムズアップする。それに気づいた見張りが同じくサムズアップをしてくる。
「団体客のお出ましだ」
仲間の一人が遠方からこちらに向かって走ってくる集団を確認した。無我夢中で、全速力で走る様子から市民がどれだけ危機迫っているのか伝わってくる。
「ちょっと待て.....様子が変だ」
徐々に近づいてくる集団。目を凝らすと、彼等は何かから必死に逃げているようだ。ゾンビ共から逃げるのに必死にならないわけがないのだが、逃げる目標が、遥か遠方のものではないように見える。
「おいおいおいおい! 嘘だろ!?」
開けた大通り。障害物もあまりなく、見張らしも良い。そんな大通りに詰め掛けてくる市民。その市民の集団の中に"走ってくるゾンビ"を確認したのは、市民との距離が大分近づいてからだ。
「構えろ!」
集団の数は数えきれない。走ってくるゾンビ共も何体いるのかわからない。逃げ惑う市民の一人が倒れ、それに群がること個体がいることで、ようやくゾンビと認識できる。
走るゾンビ共は体の欠損があまり見られない。傷も深くかない。それが市民とゾンビ共の区別がつかないりゆうであった。
「ダメだ識別できない!」
「どれが市民でどれがゾンビ共なんだ!」
俺達の小隊が市民の波に飲まれる。通りすぎていく市民。状況は混乱。誰がどうなっているのか全く分からん。
市民の波の中から一体のゾンビがつかみかかってきた。とてつもない腕力と握力だ。このままでは腕が潰されてしまう。
俺はホルスターから拳銃を抜き顎先に銃口を突き付け引き金を引いた。顔に付着した返り血を拭う暇もない。
「.....やむ終えん。識別は不要だ! 全て撃て!」
最早救助どころではなかった。唇を噛み締めながら俺達は無差別に、無慈悲に引き金を引いていく。
バタバタと倒れていく市民。既に重度のパニックに陥っているからなのか、銃声にびびらない。そればかりか、俺達にすがることもなく、どこへとなく走り去っていく。
「ゾンビ共だ.....! た、助けてくれ!」
仲間の一人が市民に紛れ込んだゾンビに食い付かれる。必死にもがく仲間だが、ゾンビ共は何処からともなく沸いて出てきて仲間を押し倒していく。
『
「大量のゾンビ共に襲われている! ゾンビの集団の中に走ってくる個体がいる! 援護してくれ」
逃げ惑う市民の数は無差別射殺によって減っていったが、ゾンビ共の数は減っていない。寧ろ増えていってる気がする。
後退しながら、射撃を継続。走ってくるゾンビ共の動きはゾンビと思えないほど機敏だ。只でさえ、銃に恐れることなく、死への恐怖を感じることなく迫ってくるゾンビに、敏捷性が加わるほど厄介なものはない。
一度は安全を確保した市庁舎近辺だったが、銃声に引き寄せられたのか、次々と至るところからやって来る。
屋上の見張り組が遠距離から援護してくれるが、気休め程度にしかなっていない。
『チクショウ! コイツらどっから来やがった!』
『ダメです隊長! 中に侵入されました!』
無線越しに
「全隊へ報告! 全隊へ報告! 市庁舎近辺は化け物共で溢れ返っている! 市民の集結場所を変更する要あり!」
こんなところで市民の救出なんて出来るわけがない。ここは最早安全区域ではなく、ただのキルゾーンに成り果てた。
『
しきりなしに聞こえる銃声が神経を刺激する。過度なストレスにより活発に作用する交感神経。発狂できたらどれだけ楽なことか。
「下がれ! 一時撤退だ!」
蜘蛛の子を散らすようにバラバラに俺達は逃げてしまった。
「撃て! 撃つんだ! .....よせ、分断されるな!」
バラバラに逃げる俺達をバラバラに追うゾンビ共。死に物狂いで路地裏や道路を走った。振り向き様に何発も撃った。
足が縺れそうになろうが、つりそうになろうが足を止めなかった。
追ってくるゾンビ共だけでなく、逃げる先々でもゾンビ共と遭遇した。
市庁舎からも、仲間からも随分と離れてしまった。逃げるのに必死で無線からの声が耳に入ってこない。ここが何処なのかも見当もつかない。
他の仲間は無事に逃げ切れたのか。そればかりが気になって仕方がないのだが、今はこの修羅場を潜り抜けなければならない。
俺は完全に孤立してしまった。
弾を撃ちきった小銃は捨ててしまった。残っているのは拳銃とナイフだけしかない。
しつこく、走って追ってくるゾンビ共は俺のことを考えてはくれない。
拳銃のスライドレールが開放された状態でストッパーが掛かった。弾詰まりでない。
撃ちきった拳銃をゾンビの頭部に目掛けて投げつける。鈍い音がなっただけでゾンビにダメージはない。
最悪の結果が頭を過る。そればかりか、俺には最悪の結果しか見えていない。体力も無限にあるわけではない。いつかは底を尽きる。
ポジティブな考えなどこの状況で持つことなど出来ない。かといって、ネガティブなことばかりを考えて絶望したくもない。
そして俺は考えるのを止めた。