Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S   作:オールドタイプ

30 / 30
Extra Edition

 September 26 PM1600i Main street burger Sam

 

 ラクーン市警所属のトニーはこの日の午後は少し不機嫌だった。

 

 20代後半、30代が目前に控え、少しお腹回りが気になり出す年代。中年の仲間入りが控えた彼は、カウンターに乗せた左手で頬杖を付きながら、人差し指を小まめに刻みよく頬に当てる。

 チラチラと時計を見ながら、注文した品をまだかまだかと世話しなく待つ様子は店内で食事をする客達には馴染みのある光景だった。

 厨房で注文の品を包装する店主やスタッフも彼の苛つき具合には馴れていた。

 

 またいつものことかと。

 

「20ドルだ」

 

 ダブルベーコンチーズにチリソースとマスタードが和えられたホットドッグに、LLサイズのコーラとポテトが二つづつ包まれた袋を受けとると、彼は財布を開き乱暴にカウンターに紙幣を出す。

 

「最近遅くないか?」

「いや、いつも通りだが?」

 

「そうか」と乱暴に紙袋を受け取り、小言を言うと出入り口に向かう。その背中からもひしひしと、不機嫌なオーラが視認できるかのような苛つきようだ。

 

「またフラれたのか?」

 

 からかうようにして店主のサムが投げ掛ける。店主のサムらネイビーカットに、整えられた金色口ひげと肩回りがやや肥大かしてるナイスガイだ。日々鍛えているのだろう。

 

「懲りないな」

 

 フラれることが日常茶飯事かつ、懲りもしないトニーに、サムはやれやれといった感じで呆れる。フラれる度にこうも不機嫌になっては、お得意様とはいえ、店側も困るのだろう。

 

「余計なお世話だ」

 

 戸口をくぐり、石段を降りた先、広い道幅の道路で路駐している同僚が待つパトカーに乗り込む。相棒のルーカスは背もたれを倒し、両手を頭に組ながら彼の帰りを待っていた。

 茶髪混じりの坊主頭で、同年代かつ同期の彼はトニーの悪癖に毎度付き合わされていた。苛ついたらバーガーを無心に食す。暴飲暴食しないだけましだが、巡回中に何度も同じ味のバーガーを食べれば飽きもする。彼のようにお腹回りは気にはなっていないが、これに付き合い続けたら自分もいずれはと最近思うようになっていた。

 

「買ってきたぞ」

 

 紙袋からバーガーとホットドッグを手渡す。

 

「買ってきたぞじゃねぇよ。お前が食いたいだけだろ」

 

 とは言いつつも、何だかんだで自分の分の食事も奢ってくれている彼には感謝している。ルーカスもルーカスで遊びに熱心するあまり、金回りが悪く、食事に困ることもややある。

 今月も負けが嵩んでどうやりくりしようか悩んでいたようだ。

 

「んで、いつまでアタックするんだよ?」

 

 受け取ったバーガーとホットドッグを、ホットドッグから口にしながら彼は訪ねる。

 

「何度でもだ」

 

 トニーはトニーで、ビッグサイズのバーガーを一口二口と、立て続けに口に運び、マフィンのように軽く食していく。人目を憚らずに貪るバーガーのケチャップが口回りに付着するが気にする素振りはない。

 

「いい加減諦めろよ。シンディは看板娘だ。お前が相手にされるわけないだろ」

 

 彼を降った相手は小さなバーの看板娘。しかし、店には連日人がやってくる。看板娘のシンディは市内でも人気だが、ラクーン市警の大半の警官が彼女目当てで行くこともあるぐらい人気がある。

 

「そう簡単に諦めれるなら苦労はしない」

 

 あっという間にバーガーを平らげ、ホットドッグを口にするトニー。ホットドッグもものの数分も掛からず平らげるだろう。

 

「R.P.D勤めじゃなければ、留置書に送られてもおかしくはないくらいの固執ようだな」

 

 100人切りのトニー。R.P.D内ではそんなあだ名も持っていた。もっとも、100人ではなく一人の女性にのべ100回切られているのだから、100人切りではないのだが、同僚達が面白半分にそう命名していた。

 短気なところが災いしてるのもそうだが、人当たりがいいシンディの性格上、はっきりと拒絶されてない上に、その優しさを理解してしまっているため、トニー自身もかなり複雑な思いを抱いている。それを上回るぐらい惚れ込んでいるのだからつける薬がない。

 

 これが他の一般女性なら問答無用のストーカー扱い。トニーも警官なため、ストーカーにならない程度に配慮はしている。声をかけるときも仕事が手空きになったときと、散歩してるときだけで、ショッピングや友人との食事といった行動の妨げはしていない。

 

「30になる前になんとか振り向かせてみせるさ」

「気楽に待つことだな」

 

 簡単な軽食を挟み、食後のコーラを啜ると、二人を乗せたパトカーはバーガーショップを離れ、ラクーン市内の通りのパトロールを再開する。

 無線が聞き取れる程度の音量で、ラジオを流しながら市内を回る彼ら。市内は学校帰りや、仕事終わりのリーマンが、行きつけの店に足を運ぶ姿が目に入る。

 

「いつも通り平和だな」

 

 食事をとったことで、イライラが解消されたのか、悲壮感が漂っていた男の背中は存在しない。至って平均的なアメリカ人の姿しかない。

 

「最近市内で持ちきりだった異常者も見当たらないな」

 

 ラクーン市内で、夏頃からちらほらと耳にする人を襲う異常者や化け物の話である。誰が流したのか不明だが、実際猟奇的な殺害方法の被害者が出ているため、警察もパトロールの数を増やしたり、市民に警戒を喚起してはいたが、精神異常者の犯行というのが警察の考えで、巷で騒がれている異形の化け物のことなど誰も本気にしてはいない。

 夏のホラー特集と併せて、猟奇殺人をそういう風に見てる市民の過剰な反応だろう。

 目撃者も何人かいるみたいだが、どれも現実離れした特徴かつ、証言者の状態軽度なパニック状態で宛にならない。

 悲惨な事故や現場を目撃した人達は、そうした反応になることが多い。自分を守るための防衛本能らしい。だからショックが強すぎてそんな現実離れした証言になるのだろう。

 

「化け物といえば、S.T.A.R.Sの隊員達も言ってたな。アンブレラの実験による産物だって」

「不運な事故で隊員の大半が死んでしまったのだからな。そんなショックによる妄想が出てもおかしくはない」

 

 この時の誰もがS.T.A.R.Sの証言を気に止めてもいなかった。アイアンズだけでなく末端の警官達もそうだ。むしろ、アイアンズよりも彼らの方がS.T.A.R.Sを哀れんだ扱いのもと、適当に流していた。

 

 そんな彼らの元にR.P.Dより無線が入る。

 

『ラクーンスタジアムにて暴動が発生、近辺の警官は直ちに現場に急行せよ、繰り返す……』

 

「暴動とはおっかないな」

 

 ラクーンスタジアムは、メインストリート、商業区の隣、大学やアミューズメントといったエリアに位置している。彼らが乗るパトカーはちょうど、その方面に向かっていたところだ。

 

 すかさず、トニーが無線を返す。

 

「こちら、トニーとルーカス。これより現場に向かう」

 

 女にフラれ苛ついていた情けない警官から、頼りがいのある警官に変貌しているトニー。この姿を常に見せていれば結果は違ったかもしれないが、お調子者なとこもろあるため上手くいかない。

 

『マーヴィンだ。トニーとルーカスどれぐらいで着きそうだ?』

「10分もしないうちにだ」

 

 サイレンのスイッチを入れ、けたたましくサイレンを鳴り響かせ、アクセルを上げ緊急車両として他の車に進路を開けさせ、道路を爆走していく。

 

『急いでくれ、911への通報者はかなりパニクっていた。かなり酷いことになってるかもしれん。現場は現在警備員達で対処に当たっている。合流したら現地の現場責任者と共同であたってくれ』

「了解。アウト」

 

 無線の交信が終わったところで、流しているラジオにも、速報としてラクーンスタジアムのことが報じられる。

 

 概要としては、ファンの一人が突然発作をお越し、直後に暴れたそうだ。

 

 贔屓のチームが負けそうになって苛つき、急な発作を経て冷静になるどころか、逆上して暴れたのだろう。かなり酒を飲んでいるか、危険ドラッグの常習犯かもしれない。

 逮捕術には自身がある二人とはいえ、シャブ中を相手にするのは骨が折れる話。

 奴等はこちらの指示に従わないならまだしも、リミッターが外れ痛みも恐怖も構いなしに突っ込んできたりする。

 そうした危険で過酷な現場に心を病む警官もいるぐらいだ。心してかかる必要がある。

 

September 26th PM1630i Raccoon stadium

 

「着いたぞ」

 

 スタジアムの駐車場は満車に近いほど、観客の車で一杯で、パトカーを止めるスペースがないほどだ。

 

 仕方がなく、駐車場からやや離れた交差点付近でパトカーを止め、パトカーを降りてスタジアムに入っていく。普段ならチケット確認者やインフォメーションで案内をするスタッフがいたりするが、今は空だ。暴動の対応に当たっているのか。

 変わりに観客席に続く階段を慌てて掛け降りてくる、多数の市民とすれ違う。

 

「ラクーン市警です。皆さん慌てずに落ち着いて」

 

 あまりの慌てように落ち着きを促すが、ほとんどは聞いていない。

 観客が掛け降りてくる階段を登り、観客席に行くと、一人の男に何人かの人間が覆い被さるようにして押さえつけていた。見れば何人かの観客にも同様のことが行われている。警備服を来た警備員だけではなく、案内係や売り子まで総動員だ。

 

「ラクーン市警です。通報を聞きやってきました」

 

 一番近くで押さえ込みをしている集団に近づき声をかける。その途中で押さえ込まれている人間を見てみると、真っ赤に充血した血走った目でこちらを睨み、逃れようと暴れている姿が印象的だ。

 状態を未る限り9割がた薬物がらみだろう。事件そのものは珍しくはないが、現場や中毒者が一斉に訴え、暴れるのは普通ではないな。

 

「警備主任のラッセルだ」

 

 暴徒の一人をおさつけていた警備員が、二人の前に名乗り出てきた。少し小太り気味だが、佇まいや赤髪のツーブロックの厳つい顔立ちといい、元軍人か何かだろう。隙がないように振る舞う。

 

「状況は? 一体何事なんだ?」

「観客が一人、発作を起こし倒れたと思ったら次の瞬間に他の客に襲い掛かったんだ。それも一人ではなく、別の席でも起こり、ソイツはピッチに乱入したんだ」

 

 彼らの遥か下方のピッチにも、観客席と同じように押さえ込まれている男と、集団の姿があった。

 薬物の集団発作が過るがそれにしては狂暴性が高い。目につくだけでも、5つの集団だ。これだけの同時案件は例がない。

 

「薬物だろうが、なんの薬物か見当がつかないな」

 

 押さえ込まれている男の顔を、覗き込むようにしてしゃがみ、観察するが、アンフェタミン系のアッパーやヘロインではなさそうだ。

 

「俺達も薬物がらみだと思ったが、それにしては狂暴性が高すぎる。それに注入器も薬も持っていない。痕もない」

「家で吸入して時間差で発症したんじゃないのか?」

「その線もあるが、今は何とも言えん。一先ずコイツらを拘束して病院送りにしないとな」

 

 二、三人の複数で押さえているが、今にも払いのけて再び暴れかけないほど、興奮している。大の大人がこれだけ押さえて抵抗できるほど地力があるとは思えない。

 

 負傷者もいることから、レスキュー要請もしてるらしく、コイツらを拘束してから負傷者に話を聞く必要がある。

 

「気を付けろ油断してると噛み付いてくるぞ」

 

 先ずは足を手錠で不自由にさせ、地べたにつけている両手を強引に背に回し、手錠をかけ、噛みつくということから手拭いで猿轡をし、その場に立たせ、両脇を抱え込みながらスタジアム入口まで移動させる。

 その後適度な柱に縄でくくりつける。これだけ拘束すればそう簡単に身動きはとれず、他者が傷つくこともないだろう。

 残りの暴徒も、警備員、スタッフと協力して入口まで運んだ。暴徒の他にも負傷した観客が入口付近で、スタッフに手当てを受けながら座っている。

 傷口は皆、暴徒に噛まれたようだ。痛々しく歯形が残り、肉が抉れている。

 

「噂にあった異常者達か?」

 

 パトカー内での会話を思い出す。ここ最近現れた人を無差別に襲う異常者と化け物。

 

 まさかな。と、一瞬考えるが直ぐにそんなわけないと頭を切り替える。しかし、生気のないやつれた青い顔と、血走ったような目と狂暴性を見ると疑いたくもなる。

 

「コイツらの犯罪歴、薬物歴を洗おう。R.P.D内のデータベースに前科者なら記録があるはず」

 

 例え前科者でないにしても、マークされている人物ならその情報もあるはず。

 

 拘束した一人から財布を抜き取り、免許証といった個人証明証から名前と顔を見る。パトカーに戻り無線で署に確認をとる。暴徒達はルーカスに見張らせてる。

 

「トニーだ、マーヴィン。男を調べてもらいたい」

 

 マーヴィンは直ぐに応答した。

 

『トニー、現場の状況は?』

「見るからに薬物をやってるような、異常者の集団による犯行だ。全員拘束してるその内の一人を調べて貰いたいんだ。前科者や要注意者なら情報があるはずだ。名前は、メイクイーン=プラーナ。35歳」

『わかった。直ぐに調べる。トニー、くれぐれも注意してくれ。そこ以外にも似たような通報がしきりなしに掛かってきてる。全部そっちと似たような案件だ』

 

 これまた妙な話だ。他の現場でも同じことが起きている? ドラッグパーティーを開いたにしても規模が大きすぎる話だ。

 

「何件きてるんだ?」

『9件……いや、今10件目になった。かなり狂暴性が高く人手が必要らしく、非番の人間も出動させた。そっちにも応援が間もなく着くだろう』

 

 ここでまた、パトカー内の話が喉まで上がってくる。マーヴィンにも確認したいといことは、自分の中で無意識とはいえ、今回の件はその事なのではと認めているということだろう。或いは、自分の思い過ごしをルーカス以外にも求めているということか。

 

 無線交信を続ける二人の間を裂くような、甲高い明らかな悲鳴が上がる。声の質的にも男だ。しかも聞き馴染んだ相棒のルーカスの声だ。

 

『どうしたトニー?』

「マーヴィン、わかったら個別で連絡してくれ、どうやら問題が起きたらしい」

『わかった。こっちは任せろ』

 

 無線を切り、駆け足でスタジアム入口に戻るトニー。階段を掛け登りエントランスに入ると、そこには、がっちり固定していたはずの暴徒が、拘束を破り佇んでいた。

 スタジアムを支えている12本の太い支柱の側に、右手を押さえながら座り込むルーカスの姿があった。

 押さえられている腕からは血が吹き出るように出ていた。深く食いちぎられたようだ。

 

「ばかな、あれだけ拘束して自力で脱出できるわけがない」

 

 手の手錠は人間の力で簡単に引きちぎれるものでもない。ヤツと柱を繋いでいた縄も、頑丈に縛り上げていた、あり得ない。

 

「大丈夫かルーカス」

「くそ、突然拘束を破ったと思えば、肉を食い千切りやがった」

 

 薬物乱用に、傷害、公務執行妨害、10年くらい刑務所にぶちこんでやる。

 

「無駄な抵抗は止めて大人しくしろ!」

 

 強めの口調で相手を威圧する。しかし、全く動じない。それどころか、言葉が理解できてるのか、耳に届いているのかも定かではない。

 

 生気をさらに失った顔と、血走った目から白濁した目に変わった暴徒は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。足の手錠は外してないからか、引きずるようにして近づいていく。

 

 そんな異様な姿に本能的に恐怖を感じた俺は、ホルスターからベレッタM9拳銃を抜いて、再び警告した。

 

「動くな、動くんじゃない! それ以上近づいたら撃つぞ! 本気だぞ!」

 

 それでも全く止まる気配がない。

 

「仕方がない」

 

 一発ヤツの脛部に向かって発砲する。異常者に警告射撃は無駄だろうから、段階を飛ばして行動力を奪う。

 

 しかし。

 

「なに……?!」

 

 薬物をやってハイになってる人間は、銃弾を受けてもものともしないと聞くが、目の前でそれが起きたら流石に戸惑う。

 続けざまにもう一発反対側に撃ち込む。しかし、これも無反応である。

 やむを得ずバイタルゾーンの胸部付近に3発撃ち込む。完全な危害射撃。命を奪う行為だが、ヤツへの本能的な恐怖が俺にそれを実行させた。

 それでも直ぐには倒れず、少し歩いてからうつむせに倒れた。受け身も取ることなく顔面から床に倒れた。

 

「5発も撃って、何で立っていられたんだ」

 

 手当てを受けていた負傷者や、警備主任や他の警備員も固唾を飲んで状況を見ていた。

 

「流石にもう立てないだろ」

 

 俺は直ぐに別の暴徒を見てみたが、幸いまだ他の暴徒は拘束されたままだ。しかし、さっきのヤツのようにいつ破られるかわからない。縄ではなく、鎖といったものを巻き付ける必要があるな。

 

「トニー! 後ろだ!」

 

 ルーカスの叫びに反応して振り替えると、倒れたはずの男が立ち上がろうと動き始めていた。

 

 なぜ生きている!? 

 

 そして何事もなかったように立ち上がると、再び距離を詰めようとゆっくりと近づいてくる。誰もが目を疑った。常識的ではないこの現象に。

 

 ヤツは最早人間のそれではない。もっと違うナニかだ。

 

 この瞬間、俺の中で化け物の話が確信に変わった。目撃者達はコイツのようなものを見たのだろうと。

 

 ラクーンシティ崩壊の現場はこうして発生し、広がっていった

 

 


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