Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
三人の生存者を連れ出した二人はトラックへ急ぐ。ゾンビの集団がトラックを嗅ぎ付け、接近中であるという連絡を受けたからである。やむ得ず置き去りにされることもなくもない。リミットは10分も無いだろう。
「真っ直ぐ前だけ見て走れ」
警官が先頭を走り、列の最後尾を隊員が警戒しながら後を追う。男性は妻の手を引きながら娘を抱き抱えている。警官はそんな後方から離れすぎないよう適度な速度に調整しながら先導する。
来たときはゾンビの影も無かったが、どうやらマンションに滞在してる僅かな時間で徘徊から戻ってきたのだろう。建物の影、車両の隙間、ガラス窓を突き破る形で続々と集まり出す。
手持ちの弾薬で全てを倒す余裕など到底ない。ましてや非戦闘員を連れての行動。戦闘は避けるべきだが、連れを安全に進めるためには目の前のゾンビは倒していかなければならない。だが、その行動によって更に別のゾンビをおびき寄せることにもなってしまっている。
「走れ、走れ!」
けつ持ちする隊員は後方、左右と前方の生存者の状態の確認もするという大変な作業をしながらも、的確に脅威を排除していく。
何度か掴まれ噛まれそうになるが、体をひねり無理やり引き剥がしながら
時にはタックルや拳骨がうなり、時にはライフルで盾を形成しながらホルスターの拳銃が火を吹く。
「あと少しだ! 頑張れ!」
警官も走りながらも拳銃を外さない、ゾンビを寄せ付けない射撃の腕を光らせる。しっかりと照準しながらも、両目で視野を広くもち、這いつくばるゾンビも見落とさない。
『早くしてくれ! 弾がもたない!』
ところ変わって、トラック側。
トラックと合流する時はギリギリのタイミングであろう。ドライバーの警官と座席待機していた婦警も外にでて、残った隊員と共同でゾンビの掃討についている。
「くそ、弾切れだ」
弾が尽きたライフルをゾンビに投げつけ、拳銃に切り替える隊員。
「最後の弾倉よ」
「こっちもだ」
手持ちの弾薬は間もなく尽きる。この弾が尽きた時彼らは生存者を連れた者達を見捨てなくてはならない。
ジリジリとトラックに背を近づける3人。走って来る個体や、迫り来るのがゾンビだけであるからまだもっているのだ。これがゾンビ犬やリッカーやハンターといった個体がいれば、彼らは時期尚早にこの場を発っていたはずだ。
トラックを囲もうとするゾンビは、ゆうに30に迫ろうとしている。
そして場面は戻り、生存者一向。
こちらでも隊員が弾が切れたライフルを手放している。一心同体でもあった相棒に別れを告げる暇もない。
マンションから走りっぱなしであったため、普段鍛えてる訳でもないものであれば、一息ついてしまうのは至って普通のことである。
男に手を引かれる男の妻が、息切れのため足を止めてしまう。その時丁度先導する警官は前のゾンビに、後方の隊員は左右のゾンビに対応している時であった。
ほんの一瞬、一息をついた瞬間、立ち止まった妻に振り替える男性のタイミングと重なって、パトカーの下の隙間から這い出たゾンビが、彼女の左足首に歯を食い込ませる。
短い唸るような悲鳴を上げた妻に食いつくゾンビ。男は子供を一旦下ろし、食いつくゾンビに近くにあった木の角材で何度も殴打を始める。
「畜生! こいつめ!」
怨みのこもった容赦ない殴打を繰り返し、ゾンビの頭部は豆腐のように頭頂部と即答部が砕ける。彼女の足首から歯が離れる。かなり深く食い付かれたため、出血が酷く、歯が骨まで達しているかもしれない。
男が妻の救出にあたっている間に別のゾンビが、下ろした子供の右肩付近に噛みついた。こちらも一瞬の出来事であった。
子供特有の鳴き声でようやく気づいた男と警官と隊員。警官が直ぐにゾンビを射殺するが、もう遅かった。
妻と娘は噛まれてしまい、感染したであろう。大泣きする子供に寄り添う男と妻。3人とも泣いている。二人を守れなかった自責の念が男に強く生まれた。自分が娘を下ろさなければ、足が止まった妻をそのまま引っ張っていればと。
「くそ! なんてことだ!」
決して二人の不注意だったわけではないが、二人もせめてあと一人だけでも連れてくれば良かったと後悔していた。
噛まれた二人をどうするか、マンションの時のように話し合う暇はない。すぐに答えを出さなければならない。
しかし、二人が答えを出すよりも先に男の妻が動いた。意を決したように立ち上がり泣きじゃくる子供を抱き抱えると、走り出す。男も急な動きに対応が追い付かなかった。勿論二人も。
そして、男の津摩は近くにあった鍵の掛かってない家へと入り鍵を閉めてしまった。
「何をしてる! 何でそんなことろに入るんだ! 早く出てくるんだ!」
男が彼女達が入り込んだ家の戸を叩きながら叫ぶ。男にゾンビが近づくが二度とあんなことが起きないように二人がゾンビを射殺していく。しかし、男は自分の足元に倒れるゾンビに気にもくずに繰り返し戸を叩く。
「感染してないかもしれない! まだ助かる! お願いだ出てきてくれ……」
男の悲痛な訴えに妻は返事を返さない。静かに戸を固く閉ざすまま。
「気の毒だが……」
隊員が男を連れていこうと腕を掴むがそれを男が振り払う。
「二人を置いていかない。俺も残る」
自分だけ助かるつもりはなく家族と運命を共にしようとするが、そんな男の言葉にも彼女は反応せず、扉も開かれない。会話してる余裕もないため、戸が開かないというのはそういうことなのであろう。
別れの言葉も男に伝えられない。無念さは計り知れない。そして二人はそんな彼女の意思を無視せずに汲むこととした。
「許せ」
おそらく梃子でも動かない男の顎に、隊員が右ストレートを与え失神させる。気を失った男を担ぎ再び道を走る。
悲しみと最後の生存者を背負いながら、トラックが止まっていた通りに戻ってくると、今にもトラックを取り囲もうとするゾンビの集団が目に入る。既にドライバーは対抗を止め車を走らせる準備に入っていた。
戻ってきた二人に気づいた婦警が手を振り急ぐように合図する。
「戻ってきたわ!」
近くのゾンビを倒した婦警は急いで座席の扉を開け受け入れ準備をする。婦警の言葉で気づいた隊員はトラックの左側から後部に移動し、二人の援護に回りつつ、収容の妨げになりそうなゾンビを排除していく。
二人も進路上に立つゾンビを蹴散らしながらトラックに近づく。トラック後方のゾンビを退けながら何とか男を座席床に寝かせる。
続いて婦警が乗り込み、救出に向かった隊員と警官、最後にトラックを護衛していた隊員が乗り込み、座席扉を閉めるが、ゾンビが一体扉を閉める前に体を入り込ませる。
扉に挟まれながらも中に入り込もうとするゾンビ。
「これで撃ち終わりだ」
男性警官の愛用の45口径の最後の一発が、撃ち下ろすようにゾンビの脳天を撃ち抜く。
挟まっているゾンビを足蹴りし、ゾンビが取り除かれることで扉は完全に閉められる。
ドライバーがトラックを走らせる。
男はまだ気を失っている。意識が戻ったとき男は自傷行動に走るかもしれない。それか二人の誹謗中傷を働くかもしれないし、その両方を行うかもしれない。ただし、二人は男の中傷を受け入れるつもりでいる。もとより受け入れるしかない。無事な命を助けたことに後悔はないのはずだが、男の気持ちも理解できないことではなく、彼女の意思を汲んだとはいえ、それが正しかったのかはわからない。
その後二人は大まかな概略を全員に話し、共有化する。
「生存者を一人でも多く救出しようとした結果がこれか」
少し落ち込む隊員。第一に発見し、救出に向かうよう仕向けたことが結果的に悲しみを背負い、他の市民を危険に晒してしまった。
"欲を出しすぎた"。人名救助において本来なら耳にすることも、表現されることではないが、半ば現実的ではない理想を求め、強引さが際立つ行動を言い表すなら、これほど的確なものはない。
ハイリスク、ハイリターン。
リスクが高いということは、それだけ失敗する可能性そのものも高いということ。起こり得る被害を前に、作戦そのものの成功率を考えてなかったわけではないかもしれないが、それなりに救助してきたという結果からの慢心がこのような苦い結果に繋がったのだろう。
初日に部隊が壊滅したことを俺は忘れていたのか?
自信満々、意気揚々として臨んだ任務を完膚なきまでに叩きのめされ、蹂躙された時も似たような心情だった。何も恐れることはない。市民救助するだけの簡単な仕事だ。訓練されたゲリラも、命知らずの少年兵もここにはいない。直ぐ帰って冷えたビールで祝勝会。降下前のヘリでチームと揚々してた。
嫌なことは忘れることはないが、それを挽回するような成功を納め続けた時、それはなりをひそめる。JAPANの言葉で「勝って兜の緒を閉める」なる言葉がある。勝利した時こそ気を緩めるなという意味らしいが、当たり前だった教訓、マインドがそれまでの現場を離れ、勝手が違う現場に変わっただけで、失せてしまっては歴戦の兵士とは言えない。
「やっと、街の出口だ」
トラックを停車させるとそこには、街を抜ける一本道と、周辺には草木一本もない景色が広がっていた。
「ようこそラクーンシティへ」という看板と共にフードコートと案内所があるだけで、そこを境目にしてくっきりと外界と隔たっているようにラクーンシティは存在している。
こうして見ると、まるでラクーンシティが一つのドームのように、箱庭のようにしてあらゆる建築物が建てられていることがわかる。
周囲を山岳地に囲まれ、陸路での街の出入口はこのハイウェイ一本。そこから近くの街までは山を一つ越えなければならない。そう、意図的に陸の孤島として位置付けられているようである。
「あとはこのハイウェイを抜けてトンネルを越えれば近くの街にまで出れる。助かったんだ!」
はしゃぐドライバーの横で隊員は、気難しそうに顔を強張らせていた。何かに納得しないようにも見え、かなり深刻な考えを内に秘めている様子だ。
そして、ドライバーには何も告げず静かにトラックの助手席から降りる隊員。
無言のまま、突然助手席から降りる隊員に、ドライバーが気づかないわけがない。当然声かけをする。
「どうしたんだ? 後はこのまま一本道を抜けるだけだろ? どうして車から降りる」
隊員の突然の行動に理解できないドライバー。
「俺には気にせずこのまま行け」
トラックを背に隊員は、そう返事をし、再び街へと戻ろうと足を進めている。
「どうしたんだ、一体? 何で街に戻るのさ!」
ドライバーも度重なる隊員の不審な行動に、運転席から降り理由を聞こうと隊員に詰め寄る。一本道を走らせるだけで脱出が叶う、その直前に街へ戻ろうとする行動は誰にも理解することができないだろう。
しばらくトラックが停車してることを、不審がる後部座席に座る警官達もこぞって降りてくる。
微かだが、隊員とドライバーのやり取りが耳に入ったようだ。警官達は同じように隊員に問いかける。
「まさか、さっきの一件で責任を感じて……」
婦警がそう問い詰める。自身も警察署で信頼を寄せてた良き理解者でもある上司を失ったとき、思い伏せていたので、自分と同じ心境なのでは? と隊員に聞かずにはいられなかった。
「勘違いするな。あれしきのことで精神的に負い目を感じて、へばるようなやわではない」
「じゃあ、何でだ?」
しかし、隊員の返事は婦警が思っていることとは別のようだ。警官達に振り返り返答する隊員が嘘をついているようには見えなかったからだ。
そして、もう1人の男性警官が再度聞き直す。
「まだ任務が終わっていないからな。さっきの一件もそうだが、まだかなりの市民が街に残っているはずだ。俺達の任務は市民を街から救出することだ。任務を果たすただそれだけだ」
隊員達の当初の任務は、隊員が言うように市民を街から避難させることであり、まだ生存者が多数取り残されていると考える隊員は任務を継続しようというのだ。
「そんな無謀だよ! 街は化け物で溢れ、あんた達の部隊も壊滅して、装備もほとんどないのに任務を続けるなんて……きっと同じように仲間がここに市民を連れて脱出してくるはずだから、何も今から戻らなくても」
ドライバーが言うことは尤もなこと。隊員の申し出は無謀のほか言いようがない、現実的ではないこと。既に部隊が壊滅し、任務継続どころの話ではない。だが、隊員は退くつもりはないようだ。
「無謀でもなんでも任務だからな」
任務だから。職業軍人の性なのか任務を忠実にこなそうとする姿は端から見れば、異常者そのもの。しかしながら、彼らはその為に生きているといっても過言ではない。彼らには軍人というアイデンティティーを消失させないためにも任務が必要ということなのだ。
「わかったら行け」
警官達の目に映る隊員は、凛とした佇まいと、落ち込んでいるような精神的なダメージも責任からの引け目もなにもない。あのとき、重症を負いながらも自分達を逃がした上司の姿と重なって見えている。
「……わかった」
「いいのケビン!?」
彼が先にトラックに向かって歩きだす。肯定の返事だけを返し、それ以上は何も言わずその後ろ姿、背中も何かを語る様子はない。彼の決意を目で受け取ったことに、余計な返事も、背中で何かを語るのも野暮だろうと判断した故のことと思われる。
「……あなたは最高の軍人です。ここまでの恩は決して忘れません」
続いて婦警が感謝の辞を表明し、敬礼をする。隊員から答礼がされてから敬礼を直り、先を歩く警官の後を追う。1人残されたドライバーはまだ迷っているようだ。本来なら自分は彼らには助けられていなければ、今もびくびくと、怯えながら立て込もり、そのまま誰にも知られずひっそりと死んでいたのかもしれないということから、彼らに人一倍感謝していたからである。
臆病で小心者の彼は、たった一言の感謝の言葉さえも、上手く言い出すことができていなかった。ここを脱出してから改めて礼を言おうとしていた矢先のこと。
「安心しろ、お前の気持ちは分かっている。ここまで泣き言を言いながらもついてこれたお前は臆病でも、小心者でもない。1人の立派な警官だ。警官のお前にはまだやるべきことがあるだろ? 俺達は俺達のやることをやるだけだ」
力強い励ましを受けた警官はぽろっと一滴の涙を流す。周囲からバカにされ、宛にもされてなかった彼が、上司以外の数少ない称賛だった。
涙を惜しみながら、ドライバーも制帽を整え婦警と同じように隊員に敬礼する。答礼を受けドライバーは駆け足で運転席へと駆け足で進む。
去っていく三人に背を向け隊員は1人市街地へと続く道を歩き始める。
武器弾薬はほぼゼロ。装備を整えながら市街地を進み同じように市民を救助するのは蛇の道。限りなく0であろう。だが、彼には任務の成功率が絶望的であろうが、実行することに躊躇はない。
市街地へと戻る為には足が必要だ。歩いて市街地に行くには骨が折れるどころの話ではない。
手当たり次第、放置されている車を物色し、動くかどうか確認をし続ける。
やがて、一台のカローラがエンジンの唸り声を上げる。たまたまキーが刺さりぱなしかつ、ガソリンもほぼ満タン。
「よし」
シートベルトを閉めギアを切り替え、アクセルを吹かし発進しようとした時、助手席が開けられ、別れたはずの仲間の隊員が席に座り込んでくる。
警官達とのやり取りの際、彼は座席に座り続け4人を眺めていたため、直接彼らのやりとりは耳にはしていない。そして、彼が街へと歩き始めた時こっそりと後をつけていたのである。
すれ違い様の警官達との別れは敬礼と答礼だけで、言葉はなかった。座席にいた市民達も全員がその場で街に向かう二人に対して敬礼した。背を向けた隊員達から答礼がされるわけもなく、市民達はバラバラに直り、丁度良く扉が閉められトラックは街から走り去っていた。
「ついてきていたのか」
「迷ったよ。あのまま行けばこんな街とおさらばできたからな」
シートベルトを閉め軽く一息つく仲間の隊員。
ギアをNにし一旦エンジンを切り、アクセルからも足を離す隊員。しばらく両者の間に沈黙が訪れる。
「今ならまだ引き返せるぞ」
「そんなみっともない真似できるかよ」
沈黙も破り、今ならまだ間に合うと催促させるが、仲間はそれを断る。
「ついてこれるか?」
「当然だ、バディだからな」
両者共に顔を見合せ、軽く笑って見せると、運転席の隊員は再度エンジンをかけ、手慣れた操作で車を急発進させる。
こうして二人の隊員の功績によって市民と警官述べ10数人がラクーンシティから脱出。
現時刻9月30日PM0:00
ラクーンシティ消滅まで残り2日