Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
September 29th PM22:00
警察署を脱出した生存者達が乗る輸送トラック。街中に築かれたバリケードにより、思うように市外から離れれないでいる。
迂回に迂回を重ねる途中で、何人かの生存者を発見。トラックの搭乗人数にまだ余裕が残っていたため、生存者を発見する都度、救出を行っていた。
憧れの上司の死に涙を浮かべていた婦警。同僚に励まされることで少し落ち着きを取り戻していた。
そんな彼が常々部下や周囲に豪語していた意気込み、言葉がある。"常に正しくかつ、危険を恐れることなかれ。"
『警官に恥じることがないよう、正義の為に行動せよ。危険を省みないことは、命を粗末にすることではない。だからといって責務から逃げるのも違う』
彼女が新米として配属されて初の強盗事件にあたっていた時のことである。配属初日の上司の言葉を行動で示そうとした際、怪我を負い、一足先に帰還。
事件解決後、凹んでいた彼女に改めて上司はアドバイスを送る。
『新人、事件に対する姿勢と熱意は認めよう。だが、自分の力を見誤るな。自分にはどれだけの力があり、何ができるか冷静に判断しろ』
『この先お前は警官として多くの現場を経験し、多くの失敗を積むだろう。その失敗を忘れるな。胸に刻め。そして学べ』
亡き上司の言葉と思い出。二度叱責されることはなく、良き指標にもなり得たアドバイスを聴くことももうできない。
警官としてだけではなく、人間として彼女はこの事件を契機に一皮剥けるだろう。このような絶望的な状況において、常に正しくあろうとする者が成長しないはずがない。
"マービン"、私は負けません。
泣き虫でひ弱だった女性の姿はそこになかった。
視点は変わり、警察署から共に脱出した隊員達。車内で二人の仲間の最期を女性から耳にしていた。驚く様子も悲しむ素振りも見せなかった。
過酷な戦場で仲間が死ぬことは、彼らにしてみれば日常と何ら変わらないものであるからである。何時誰が死んでもおかしくはない。その都度感傷に浸っている暇もなければ、そこまでか弱くもない。
ここまで見れば冷酷なリアリストに映るであろう。兵士の性分からすれば、そうでなくてはならないのかもしれない。
警察署で散っていった勇敢な警察官達が、女性達に思いを託したが、二名の兵士が残った彼らに託したものはない。
あいつらは負けた、死んだ。それだけでしかない。
だが、二人の最期は聞いている。トラックを動かすため自らを犠牲にしたと。トラックを奪還すること、それが二人に与えた任務。任務を達成することにおいて、成すべきことは幾つかある。時には任務の為に危険を省みず、また命を投げることになることもある。
命を賭して任務を全うした心意気、判断、精神は称えるに値する。
「二人に」
酒の代わりに食糧品の中にあったペプシを開け、二人で乾杯する。俺達なりの流儀で二人を送る。
「あー、酒が恋しい」
缶のペプシを一気飲みし、空になった缶を投げ捨て同僚がもの恋しそうに呟く。
10代を最後に飲んでいなかったが、当時飲めてたことが不思議なくらい飲みにくい。甘さもそうだが、ビールとは違う炭酸がきつさを物語る。兵士にはジュースではなく酒だな。
「感傷に浸っているところ悪いが、お二人さんこの後のプランはどうするんだ?」
座席に浅く腰を掛けてる男性警官が案を伺う。警察署から離れ、街の郊外に向かう通りの傍らのこじんまりとした空き地にトラックは一旦停車している。当初の予定ではこのまま郊外を突っ切って脱出であるが、予想以上に進路に障害物が多く迂回することを余儀なくされていた。
窮地を脱してからノンストップだったため、ドライバーの休憩と市民の脱力の為にも停車は必要だった。事故を起こされても困るからな。
ドライバーを含めた警官が3名と、U.B.C.S隊員が2名、そして市民10名ほどを乗せたトラックが警察署を出て1時間。間もなく日を跨ぐ。ラクーンシティ最後の時間まで間もなくであるが、彼らはそのことを知らない。ここまで来ればおおよそ関係はないことではあるが。
「ここに来るまでに何人かの生存者を拾ってきた。おそらくまだこの先も取り残されている、籠城している市民がいるだろう。出来る限りの市民を回収する。目指すところは変わらない」
座り心地の悪いトラックから続々と市民が外に出て体を伸ばす。状況によってはしばらくどこかに身を寄せることも考え、食糧品も可能な限り積んできた。
一息のつきかたはそれぞれだが、ようやく安心できたことで顔の緊張が解れている。油断すればそのまま地面に横になり寝落ちするぐらいに。
「これ以上市民を乗せるのは厳しいかもな。かなり席を積め座ってギリギリだったからな」
空になったトラックの座席を見ながら警官が答える。
たしかにかなり窮屈になりながらここまできた。おそらくあと乗せれて2、3人。もう1台車両があればいいのだが。
「最悪食糧品をここに捨てていけばもう少しゆとりは出来るかもな。席ではなく床に直接座る形になるが」
「そうだな。休憩はここが最後で食糧品も捨てていこう。この分なら日出前には街から出れそうだからな」
「郊外を抜ければ一本道。その先は舗装された山道とトンネルが1つあるだけで障害となることもおそらくないと思います」
「後はゾンビがいないことを祈るしかないよ」
俺達の輪の外にドライバーの警官と婦警が近寄る。目で見て分かる程の疲労感を出すドライバーとは対照的に気持ちを持ち直し、顔に張りが戻り、有り余る活力と頼もしさを見せる婦警。性格の違いなのだろう。しかし、よくここまで頑張ってくれた。目の前の彼もそうだが、我々二人だけでは無理があった。
市民の目線からしても、身近なのは警察であり、警察署からの仲のため我々にも心を開いているが、身の回りの世話やさりげない気さくな会話といった、場を和ませることにおいて、彼らを我々は越えれない。
「物理的に排除できる障害なら、これが最後だから全弾置き土産としてくれてやるさ」
警察の彼らだけではない。たったの数日間とはいえ我々を支えてくれた最も偉大な友。故障や変形は見られないが、随所に擦った絆や打撃時の返り血が固まった痕跡で良い具合に傷ついている。
今一度自分の体を見てみても、汗なのか血なのかはたまたは、チビったものによるものなのか、わからない具合に湿った後が残る戦闘服。
酷い臭いなのだろうな。
「よーし、ボチボチ出発といこう。お互いに装備を確認して車両も良ければ出発だ。市民にも伝えてくれ」
座席に座っていた3人も外に出て、警官、隊員が輪を作り装備を確認する。数は少ないが街を出るには充分な弾薬があることを再確認し、車両もエンジンの不調や燃料漏れといった不具合がないことも確認できた一向。
話の通り食糧品はこの場に捨てていくようだ。市民も協力して、座席奥から食糧品が詰まった箱を外に出していく。箱が詰め込まれていた空間が空いたことで、その場に積めて座れば座席の残り僅かな空間を、更に密着することであと5人は座れるようになった。
トラックが空き地を出てからしばらく。中心部から離れ街の外が近いことを意味しているのか、ビルや商業店といったものが少なくなってきている。
彼らが言っていた通り、なるべく多くの市民を連れていけるように、生存者の合図を見失わないように徐行よりもやや早いスピードで街を走るトラック。
住宅であれば、要所要所にベッドのシーツや窓に直接スプレーで救助を求めるサインが描かれたものがある。それ以外の場所、ものであれば人為的に点滅させられた光源といったものがある。
それらを見つけ近場であれば、その都度確認に向かう一向。実際に確認に行くのは二人。常に兵士と警官がセット。トラックのエンジンは切らずに直ぐに動けるようにしている。余程大群に囲まれたりしなければトラックが身動きを取れなくなることはないだろう。
しかしながら、万全を期してゾンビがある程度集まるようであれば直ぐに確認者達は引き返しその場を後にすることになっている。
もし、生存者が残っていれば見捨てる歯がゆいことになるが、現にいる生存者達を擬声にするわけにもいかないためであった。それに、ここまで何軒かを確認していた彼らは既に手遅れか、もぬけの殻のどちらかがほとんどであったため、期待薄でいるのも正直なところである。
空振りが続く中、あるところから発光信号のようなものが送られていた。
「車を止めろ」
助手席に座る隊員が車を止めさせる。双眼鏡を取り出し光源を見つめる。
「また蛍光の点滅とかじゃない?」
光源の空振りのほとんどが、蛍光灯やランプの切れかけの点滅なため、今回もそうだろうとドライバーが口を挟む。
「いや、明らかにタイミングをずらして送っている。生存者だ」
間隔もバラバラかつ、信号として送られている光を見つけた隊員は生存者であると確信。運転席の中心部の小さな引き戸を開き、後部座席の仲間に生存者がいることを伝える。
「たしかか?」
「あぁ」
サイドミラーを確認し、助手席後方付近にゾンビがいないことを確認すると、車を降り、左半分を確認すると反対側の確認を行う。ドライバーも隊員が反対側に回る前に、運転手側のミラーで右半分を確認する。
やがてトラックの全周を確認し終えると、ドライバーに合図を送り、ドライバーが後部座席の乗員に安全の合図を伝える。
外の隊員は左半分、ドライバーは前方を6割右半分を4割とした最低人員での警戒を続ける。合図を受け取った座席側の隊員と男性警官は顔を見合せ、同時に一回頷き勢いよく座席の扉を開けると同時に銃を構え、後方の警戒をする。
隊員、警官の順に外に出ると残った婦警と市民が座席の扉を閉める。
「場所は?」
警官と隊員は直ぐに発見者の隊員のところに駆け寄る。
「あの建物だ。距離は直線距離で200mといったところだ」
光源を見つけた隊員が指差す方向は、いりくんだ路地のようなところに位置するマンション。とてもトラックで近くまで行けるようなところではなかった。
駆け寄った隊員も双眼鏡を受け取り光源を確認する。
「間違いないだろう」
「行くのか?」
「あぁ」
周囲を確認しながら警官が訪ね、それに間髪いれずに答える隊員。
「それなら早いとこ向かうぞ」
場所を確認した隊員は双眼鏡を返し、警官と一緒に目的に向かって走り出す。残った隊員は引き続き外で警戒を続ける。
決めつけとして、万が一警官がドライバーに10分おきに連絡をしてすることになっている。それが二回遅れたり、ドライバー側から呼び掛けて返事がなければ彼らを諦めることになっている。
「道はわかるのか」
「ここら辺はよく知っている。街が発展する前の最初期の風景が残る場所だ」
アンブレラが支援を行う前のラクーンシティの面影が残る景色。お世辞にも綺麗な場所とは言えない。家と家の距離も近く道も狭い。
「ここはラクーンの中でも取り残された感じの場所だ。発展に馴染めず、ここに慣れた年配者が多い。"こちらケビンだ、予定通り進んでいる"」
『信号は引き続き送られているよ』
道を駆けながら話す警官。お互いに距離を空け前後互い違いになる形で進んでいく。つきあたりのL字であれば左右それぞれの進行方向を壁際から銃と体を一直線にし確認し、もう一人が後方を警戒。T字路であれば左右を同時に展開警戒、スラロームのように続く道であれば、膨らみながら進行するといった、息の合った形でスムーズに二人は進む。
そして薄汚れたマンションにたどり着いた二人は、信号のあった5階まで非常階段を登りながら進む。
「大丈夫だ気付かれてない」
各階層でゾンビが彷徨いているが、幸い二人に気づく様子はない。通りを抜けたときとは変わってふたりは足音を立てないように慎重に階を登っている。
「よし、この階だ」
5階にたどり着くと、素早くその階にいるゾンビの対処にあたる。
隊員が横たわる死体を貪るゾンビ2体を一体ずつナイフで速やかに処理し、死体にもナイフを突き立てる。警官は二人に背を向けて歩くゾンビの首の左半分を右手で掴み左手で顎を固定し、勢いよく反対に回し頸を折る。
ゾンビを処理した二人は信号を送る部屋の扉を何度かノックする。
何度かノックを続けること1分。ようやく扉が開かれる。扉はチェーンロックで半分も開かない状態で開かれ、奥に若い男が立っている。
「ラクーン市警と市民救助部隊だ助けに来た」
「やっと来てくれた」
チェーンロックを外し、ドアを全開にすると二人は直ぐに室内に入る。ドアは閉めるときに音がならないように静かに閉める。
「君一人か?」
「奥に妻と娘と祖母がいる。祖母が怪我をしていて思うように動けなかったんだ」
怪我をしている。男がそういった瞬間に二人は前後で顔を合わせる。嫌な予感がしていた。
「3人とも喜べ。ようやく助けが来た」
寝室と思われる部屋に女性が二人と子供が一人いる。彼の言っていた妻と娘と祖母である。祖母はベッドに横になって男の妻が介抱し、娘は其の傍らで立っている。
部屋に入った二人を三人が見る。祖母の方は明らかに弱っており、顔色も良くない。
「ばあさんの傷を見せてくれ」
警官を拳銃をホルスターに、隊員はライフルを壁に立て掛けると傷の具合を確認するためベッドに近づく。
「飼い猫に噛まれたんだ」
ベッドの毛布を捲ると、右足首付近に噛み傷が確認できた。傷口からは今も出血が続き化膿と紫色に腫れ上がり、血管が怒張している。
「噛んだ猫は?」
「外に放り出した」
「いつ噛まれた?」
「一昨日だ」
怪我の具合と老婆の容態からして、二人は老婆が感染していることを理解する。それも手遅れな状態で。
「暴動が起きてから独り暮らしの祖母が心配で、家に来てみれば気づけばこうなっていた。頼む手を貸してくれ。俺一人ではどうしようもできなかったんだ」
二人にしてみれば、あまり思いたくもなかったことが起きてしまっていた。万が一生存者がいても感染してる可能性があること。そして感染者は連れていけない。ここで処理するか見捨てるかしかない。
隊員は傷を確認し終えると毛布を戻し、警官に耳打ちする。
「感染している」
「いつ発症するかわからないまで進行してるな」
家族に聞かれないようにひそひそ話をする二人。
「どうする?」
「処理するのが一番だが子供もいる。何より銃を使えば外に音が出て気づかれる恐れがある」
生きている感染者にナイフで介錯するつもりは彼にはなかった。そうするしかないのだが、彼の良心がそれを止めている。銃とナイフ、やることは変わらないのだが、印象と手軽さの差。
銃は簡単だ。ナイフと違いほぼ一瞬。ナイフは僅かながらその瞬間に痛みが走る。
市民救助という人道的な活動をすることで、隊員は小さくなっていた良心が大きくなり、それが冷酷になることへの妨げとなっていた。
「君の名前は?」
短時間の間だが、考えいた隊員は家長の男に質問をする。
「"カーティス"だ」
「よく聞けカーティス。彼女は感染している一緒には連れていけない」
カーティスと名乗った男も、老婆の状態に薄々と気づいてはいたようだが、改めて告げられることに抵抗を見せる。
「母さんをどうするんだ、殺すのか?」
唇を震わせながら隊員達に訪ねる。
「……音を立てるわけにはいかない。だけどナイフで苦しませたくもない。このまま置いていく」
古いマンションだ。防音設備もおそらく完全ではないだろう。
「……そんなことを言わずに頼む。一緒に連れていってくれ」
悲痛な声と顔で訴えかけるが、隊員は諭すように言葉を続ける。
「こうなっては手遅れだ。どうなるかわかるだろ。君と君の家族を守るためだ」
男は振り返り家族と老婆を見比べる。まだふんぎりがつかないようだ。無理もない。救助者からそんなことを告げられてはな。
「いいのよカーティス」
今まで沈黙を続けていた老婆が口を開く。状態とは裏腹に声に力はある。残る力を振り絞っているのかもしれない。
「母さん……」
「こっちへいらっしゃい」
母親に呼ばれた男は老婆の顔に自分の顔を近づける。最期のメッセージを伝えるのだろう。男の妻と子供が側を離れる。
「お前は強い子だよ。少し臆病なところもあるけど正義感があって家族思いで自慢の息子だ。私はこうなるより前からもうすぐだと思っていた。良い機会だ。私は気にせず行きなさい。こんな老いぼれよりも自分の家族を大切にしなさい」
「…………母さん」
静かに老婆の胸元に顔を沈める男。声を出さずに涙を流しているのがわかる。
『"ケビン"聞こえるかい?』
「どうした"ハリー"」
『ゾンビの群れがこっちに近づいてきてるよ!』
警官は無線の先、トラックに危険が迫っていることを受ける。どうやら余り時間は残されていないようだ。無線の先から銃声が響いている。交戦しなければならない程のことなのもわかってしまう。
「時間がない、行こう」
なおも顔を沈めている男の肩に手を置き急がなければならないことを伝える。目を赤く腫らしながらも顔を上げ決意を決めた男は、自身の妻と子供の手を引き玄関に向かう。
「息子夫婦を頼みます」
ライフルを広い軽く頷く隊員。
これで託されたのは何度目だろうか。誰にも悟られないよう自問自答する隊員。託すものもいれば託されるものもいる。
託したものの思いとは別の形で何かを成し遂げてしまうこともある。思いとはかくも儚いものである。