Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S   作:オールドタイプ

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9月29日
Mission report25 AM07:00i


 September 29th PM07:00

 

 作戦開始から3日目。銃声、サイレン、悲鳴。そのどれもがめっきりしなくなった。生存者が全滅したか、抵抗、移動を止め物陰の隙間に身を寄せる羽虫と化したかのどちらか。或いは奇跡を信じ行動した結果、街を離れることが叶ったか。

 しかし、街からの脱出は文字通りの奇跡。よほどの運の持ち主でなければ引き寄せれない。空路、陸路、水路。脱出する手段は幾つかあるが、怪物達との戦闘遭遇は避けられない。運だけではなく戦闘力も欠かせない。

 何人もの生存者が脱出を目指した。だが、結末は無情そのもの。その結末によって、脱出路のほとんどが、行動の結果成り果てた者達によって更なる脱出の壁、障害となってしまっているのは皮肉なものだ。

 

 それでも脱出を考える者はゼロではない。

 

 卓越した能力と、それらがもたらした運命力が彼らを生かし続ける。彼らは知っている。何もせず、時間が何もかも、全てを解決することがないことを。

 待っていれば救援、援軍が来るなんていう都合のいい事態は決して起きない。

 

『隊長! 朗報です! 脱出できる可能性が見つかりました!」

 

 希望を信じ続ければ活路が開ける。行動せぬ者に未来は来ない。

 

『内容は?』

『救助用のヘリからこんなメモ書きがありました』

 

 "誰か生き残っている隊員がいるなら時計塔を目指せ。鐘を合図とすれば回収に向かう。燃料は29日の夜まで持つ。時間がない。諸君の無事を祈る。U.B.C.S.ヘリパイロットより。"

 

 ただし、その未来が明るいかどうかは別である。希望を信じたものが必ずしも報われるとは限らない。希望が絶望へと変わることは多いが、逆の現象は少ない。

 

『時計塔ならここからそう遠くはありませんね』

『これが最後のチャンスかと』

『隊長、ご決断を』

 

 彼らの目を見てみよ。皆、希望に満ちた恐ろしい顔をしている。人が持つ期待値が大きい時ほど恐ろしいことはない。しかし、人というものはその恐ろしさには気づけぬ。気づけても認めようとはしない。

 

『装備を確認次第すぐに出発だ。夜まで待つのなら時間は十分だ』

 

 U.B.C.S.の生存者でも、分隊員全員が生存していることは極めて珍しいこと。大抵の場合、隊が壊滅し個々に生き残っていることがほとんど。それを防ぐことができるほどの指揮と技能を持つのがらこのロシア人の隊長なのだろう。

 

 隊でも随一を誇る結束力もつ分隊。どんなに危険な任務も負傷者を出すことなく生還し続けてきた。

 

 当然のことながら、時計塔を目指すのは彼らだけではない。各地に散る隊員達の中で明確な脱出手段を持たないまたは、見つけれない隊員達にとっても朗報。

 

『時計塔か』

『時計塔に!』

『時計塔を目指すぞ!』

『神も捨てたもんじゃないな!』

 

 一番遠い者で10km以上離れている。紙を拾った者の中には一般人も含まれ、籠城を決め込んでいた市民が、身近な物で身を固め街道に繰り出す。

 ここにも奇跡を信じる者達が残っていたのだ。時計塔を目指す市民の心中は「脱出できるだけではなく、もしかすれば同じように時計塔を目指す者と合流し、心強い味方ができるのでは?」というものである。待てど暮らせど、救出が来ず、備品等を自ら調達していた図太い神経の持ち主達であればこその行動。もちろん、そのような市民ばかりではなく、変わらず籠城をする者、そもそも外に出てないため、その情報すら知らない者もいる。

 

 "時計塔......一同がそこを目指せば自然とデータ収集の材料が揃う。他の監視員もそう考えるだろう。ならば私のとる行動は......"

 

 そんな中でも"異物"はまとわりつく。邪推を覚える輩は健全な目的の裏に目をつけ、隙に漬け込む。

 

『隊長、13時の方向から敵です』

『数が多い。交戦は避けられないな。いつものように切り抜けるぞ』

 

 拠点としていた住居を離れた分隊は、住宅地で早くもゾンビの集団と遭遇。彼らの言う「いつものように」とは横隊で進行し、それぞれが必要最低限の発砲だけし、動きの鈍いゾンビの脇や横をすり抜けていくというもの。相手が道具を使う人間ではなく、動きの俊敏な肉食動物でもないが故にできる行動である。それでもゾンビの存在に動じず、ゾンビの行動を見切っていなければできぬこと。

 

 この分隊にとって、ゾンビは脅威となるものでは既に無く、動く障害物程度にしかなっていない。その証拠に彼らは発砲すらせずに、銃床部や弾倉部付近、はたまたは素手でゾンビの頭部といった箇所に打撃を与え、怯ませている。

 銃を撃つだけが銃の使い方ではない。接近時における小銃の運用は打撃による効果が高い。近代において銃格闘をする機会が少ないためそこまで力を入れていないだけで、重要な戦闘手段。それに加え、日々の訓練の中で素手での格闘訓練もしているため、プロボクサーには及ばないが、彼らの拳は十分に人を殺せる。

 耐久力が上がっているとはいえ、ゾンビは生身。殺せはせずとも、怯ませ通り抜けるのならこれ以上ない選択肢である。

 

『道中がゾンビだけなら楽勝ですね』

『ヘンテコな爬虫類、犬、脳ミソ剥き出し野郎と、障害は多いけどな』

『よほどの大群でない限りソイツらでも怖くはないね』

 

 軽口を叩く余裕があるほど、彼らにはゾンビが障害物とすら認識されないでいるのだろう。

 

『気抜いてると足元掬われるぞ』

『ゾンビになったら真っ先に殺してやるから安心しろよな』

『冗談はほどほどにしておけ』

 

 中央を歩く隊長が一喝、隊員達もそれ以降は一言も茶々を入れることなく黙々と行進。

 

 結果、この道に置いても彼らは無傷であった。

 

 後方から通り抜けた彼らを、執拗にゾンビ達が重い足取りで後を追う。そんなゾンビに目をくれることなく、分隊は住宅地を後に市街地へと戻っていく。

 

 自分達の先は明るい。自惚れでも過信でもない実力の現れから分隊の隊長ですら、自分達のことの今後についてそう思っていた。

 

 そんな彼らに暗雲が差し込むのはそれから数時間もしない時のことである。

 

『やっぱり楽勝でしたね』

 

 市街地へと戻った彼らは一息つくために、細い路地に腰を下ろしていた。リミットが近いが、急いでいるからこそ適度に体を休め、万全の状態を維持する必要があった。この休息のお陰で隊長は常に隊員の状態と装備を把握し、状況を冷静に判断することができた。それは分隊員にもいえた。

 ゾンビや化け物が彷徨く市内で安全な場所を確保するのは難しい。休息を得るために躍起になってしまってはかえって、冷静な判断力を失い窮地に陥ることもなくはない。

 隊長が恐れているのは分隊の分断。一人でも欠けることによる、分隊の崩壊の起因を作りたくはないからである。仲間を失うことによる精神的ダメージや負担の増加は、ソ連時代とゲリラ時代に何度も経験してる彼だからこその恐怖心と言えよう。

 

 しかし、この時ばかりは先を急ぐべきだったが、それは結果論でしかないのかもしれない。

 

『......え?』

 

 セレクトショップの壁にもたれる隊員の腹部に違和感が走る。生暖かいナニかとそこから垂れる液体が迷彩服に染み渡る。

 

『なんだよこれ?』

 

 彼の前に座る隊員が、彼の異変に気付き小さく悲鳴をあげることで周囲も、彼の異変に気がつく。

 染み渡るものは当然血液であり、彼の腹部から20cmほど突き抜けているのは、ピンク色に近い赤色の触手のようなものであり、それが生き物のようにうねっている。

 

 隊員の腹部に現れた触手は、その顔を引っ込める。やがて、鼻と口からも血を流す隊員はそのまま地面に横倒れとなった。彼の背後の壁には触手と同じ大きさの穴が空いており、触手は壁の向こうから現れたようだ。

 

 触手が消えたその直後、セレクトショップの壁にヒビが入る。そして壁を破壊し2m近い人型の生物が姿を見せた。

 

 皮膚は爛れ、意図的に縫い合わせらた爛れた皮膚が右目を隠し、左目は白く濁り、唇は焼かれたのか存在せず、上下の歯茎が剥き出しになっている。特性のトレンチコートのようなスーツが身を守る生物。

 

 B.O.W.103型通称追跡者のネメシスが彼らに牙を剥いたのだ。

 

 別の指令を与えられているネメシスだが、他のタイラントと同様に生存者や邪魔物は始末するように最重要目的とは別に指令が予めインプットされている。

 

『スタァーズ』

 

 低い声で独特なダミ声を挙げるネメシスは、横たわる隊員の頭部を踏み潰す。抵抗するまもなく死亡する隊員。

 

 予想だにしてないB.O.W.の遭遇に分隊の動きが固まる。もっとも早く動いた、殺された隊員の横にいた隊員は、殺された仲間の仇を撃とうと小銃を構え、引き金に指をかけるが、ネメシスの右手から伸ばされた触手が隊員の右腕を貫く。直後、ネメシスが右腕を上へ挙げると触手も連動し上に上がる。下部から上部へと腕部が裂け、隊員の右腕が千切れ落ちる。

 タイミングが悪いことに、引き金に指をかけていたため、腕が千切れる時には引き金が引かれており、落ちた腕が握る小銃は引き金が引かれ続ける。だが、それを制御する体はなく、弾が発砲される度に銃と弾、腕が地面で暴れる。

 

 暴れた銃弾が別の2名の隊員に命中する。その隊員達は頭部や胴体至るところに弾丸が命中しており、即死。

 

 腕が千切れ悶える隊員にも、ネメシスの容赦ない追い討ちがかかる。

 

 Tウィルスと、あらゆる薬物による限界までに増強された筋力による右ストレートが隊員の頬をとらえ、首が飛ぶ。飛んだ首が分隊長の足元に転がる。

 

 わずか1分未満の出来事。そのわずかな時間で4名の隊員が命を落とした。

 

 仲間の死を悲しむよりも先に、生き残った隊員達は路地をから大通りにへと待避。その間際に路地に5人は手榴弾を転がす。

 5つの手榴弾による爆発は破片による殺傷だけでなく、爆風による殺傷能力も増している。これがゾンビや他のB.O.W.であるなら決着はついていたであろう。

 

 爆煙の中から再び触手が伸ばされる。左胸部を貫かれた分隊長。小さくこもった悲鳴をあげ、その場に膝をつく。そんな彼に寄り添い肩を貸す隊員達。

 

 手榴弾の爆発をものともせず、ネメシスは路地からゆっくりと大通りに歩を進める。

 

 手榴弾の爆発と隊員の銃声がゾンビ達を呼び寄せてしまう。

 

 ネメシスとゾンビに囲まれる形となった分隊は苦戦を強いることとなる。

 

 ゾンビとネメシス。この両者の挟撃は隊員達に余裕を見せる隙を与えない。どちらかに気をとられればどちらかの接近を許す。固まっていた分隊も徐々に分断されていく。

 

『撃て、撃つんだ! よせ! 分断されるな!』

 

 負傷しながらも抵抗する分隊長。しかし、そんな彼の叫びも空しく、分隊は散り散りになる。負傷した隊長を連れ共に残った1名の隊員は、追撃のネメシスとゾンビをかわしながら前に進む。

 急所に近い部位を負傷し、出血も酷いため、意識を失いつつある分隊長。霞む意識の中、彼が記憶しているのは懸命に励ます隊員の声と、ゾンビ達の醜い顔。

 

 隊員は通りの中心で乗り捨てられた路面電車を発見する。車内には何もなく、負傷した分隊長を座席に寝かすと、運転席へと急ぎ無我夢中で操作を始める。

 

 発進を始めた路面電車は何処へ向かうかわからない。隊員は一刻も早くこの場から離れることばかり考えていた。分断された仲間のことは「あいつらなら大丈夫だ」と自分に言い聞かせ、自分を納得させていた。

 

 あてもなく走る路面電車は終点と思わしき場所へとたどり着いた。それは警察署があるエリアであった。

 

 従来の速度を越える猛スピードを出した路面電車は、終点前でブレーキを効かせるが、スピードを出し過ぎたため、速度を殺しきれず、若干勢い余って終点場所の金具へと激突。車内が大きく揺れる。

 

 座席に寝かせた分隊長の様子を見にいく隊員。先程の衝撃で床に落ちてしまっていた。すぐさま座席にあげ、観察を始める。

 観察の結果、思わしくない傷を処置するため、一人残すことに不安を覚えつつも、電車を降りて、医療品を探しに出る。

 

 ところが、この隊員がここに戻ってくることは二度となかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 September 29th 16:00 Tram(路面電車)

 

 列車のような駆動音と衝撃音がある隊員の耳に入る。

 

 隊員は音の方向へと進むと、路面電車が止まっているのを発見する。拳銃を抜き警戒しながら車内に入ると、負傷者を発見。横たわる負傷者の体をなめ回すように見る。

 

 隊員は記憶を辿り負傷者の情報を引き出す。別の分隊で分隊長を務めていた男であることを思い出す。更には面識は無いが、同郷で同じ組織に属していたことも思い出す。

 

 負傷者の状態は一目で思わしくないことがわかり、適切な処置を施さなければ長くないこともわかる。

 だが、隊員にとって彼の生死はどうでもいいこと。彼が気にすべき事項は別にあった。

 

 負傷者した者の傷口が従来のB.O.W.とは別であることだ。ゾンビやリッカー等とは違う生物の手に掛かったことが、彼のデータ収集の目的の目にかかったのだ。

 

 これがゾンビ等に襲われていたのならばすぐに処理していたであろう。

 

 手持ちの端末に彼の状態のデータを入力する作業の中、路面電車の扉が開く音がした。

 

 作業を中断し、後ろを振り向くとまた別の隊員が立っていた。他の生存者が彼と同じように音の出所に向かっていたのであろう。

 

「誰だ?」

 

 一応の警戒で銃を向ける隊員。

 

「銃を下ろしてくれ。俺は仲間で負傷もしてない」

 

 見たところ20代半ばの比較的若い隊員のようだ。だが、これといって思い当たる人物はいない。一般の隊員なのだろう。警戒するような奴ではなさそうだ。

 

 銃を納める隊員。部隊の長として振る舞えば害になることはなく、自らが切り捨てた部下のように、使いようによってはデータ回収の手駒、もしくは万が一の囮になるとしか見ていない。

 

 対照的に若い隊員は、ようやく生きている仲間に会えた嬉しさ、喜びが見え隠れしている。

 

「コイツは酷い」

 

 横たわる負傷者に気づいた若い隊員が詰め寄り、同じように状態を観察する。

 

「一体ナニに?」

「私も今しがたここに来て同じことを思った。ナニがしたのかは不明だ。今まで遭遇した化け物達の傷とは思えない」

 

 彼は嘘をついている。負傷者がナニにやられたのか。その情報を全て網羅しておきながら、若い隊員に話を合わせる。

 

「これを頼りにしていれば仲間と合流できると考えていたが、その内の一人とはこんな再会になるとは」

 

 ばつが悪そうに首を横に振る。手遅れとまではいかないが、負傷者を連れて行けるほど生易しいものではなく、できれば出会いたくなかった一人であるからだ。

 

「あんたもそうだろ?」

 

 時計塔のことが記されたメモを見せる。「そうだ」と言い、隊員も同じものを見せる。

 

「だが見捨てるわけにもいかん」

「あぁ」

 

 それっぽい発言をすることで信頼を勝ち取ろうとしている。信じきるものを利用することが一番楽であるからだ。

 

「ここは一先ず安全のようだ。ここを拠点に生存者と医療品の確保をするぞ」

「この辺の捜索は俺がしよう」

「ならば私はこの車内を調べる。彼を一人にするわけにもいかないからな」

 

 若い隊員は仲間であるということだけで隊員を信用しきっている。同じ組織に所属はしているものの、隊員は仲間と呼べるようなものではなく、彼に仲間意識など存在しない。利用できるものは利用し、そうでなくなったもの、不利益となるものはことごとく切り捨てるそういう人間なのだ。

 

 こうして3人は邂逅を迎えた。今後加わる彼女の存在が彼らの運命に関わってくるのはもう少し後の話である。

 

 ◆◆◆

 

 仲間を喪ったのはこれで何度目だ。最初に喪ったのはアフガニスタン。同僚と部下、分隊員を全員一斉に。目の前で為す術なく。自分がそれまでしてきたこと全てが否定された瞬間。かつて無いほどの無力感と虚無感。何より自分にも、無謀な命令を出した国にも何度も怒りで我を失いかけた。

 

 また俺は繰り返してしまった。二度と味わいまいと固く決心したはずだったのに。

 

 気が弱く、周りに流されがちで何故軍やU.B.C.S.に入隊できたのかさえ不思議だった"デリー"。

 

 差別主義者で白人以外を認めようとせず、ことあるごとに有色人種達とトラブルを引き起こし続けた"タンバリン"。

 

 力は強く勇敢で逆境を楽しむ前向きな性格だが、少々獅子のような蛮勇さも目立つ危うい"カイゼル"。

 

 分隊一のワルでヤク中で、更正の余地はない。だが、仲間意識が強く、誰よりも仲間思いな"シーザー"。

 

 女に目がなく、刺されかけたことは数知れず。U.B.C.S.でも1、2を争う美青年の"ベルモンド"。

 

 U.B.C.S.でも数少ない汚職に手を染めず、高額な報酬で入隊を決意した3児の子の父親で、私の次に年齢が高い"ジェイ"。

 

 戦争中毒で、戦闘が無くては生きていけなくなってしまった戦闘被害者、悲しき兵士"フィガルロ"。

 

 人格者で部隊を纏めるのにも尽力してくれ、かつプライベートでも交遊もあったドイツ人の"リカルド"。

 

 みんな......すまない。


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