Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
September 28th PM23:00
このワクチンが生存者の誰かの役に立てること、または立つことを望んで遺す。
悲運な事故から数時間。重症を負った彼女だが、今は容態は安定している。だが、いつ私達を襲ってくるかわからない。既に彼女は感染してしまっている。他の患者や外を歩き回る連中のように、手の尽くしようがない。負傷時は或いはと思い処置を行ったが、結果的に感染は免れなかった。それを証拠に、彼女の爪は剥がれ落ち、髪も頭皮ごとずり落ち始めている。
変異の兆候が現れ始めても彼女は未だにこちらを襲っては来ない。変異までの個人差なのか、彼女自身が未知の病原菌、ウイルスに抗っているのかはわからない。
感染の防護と治療の為に彼女を被献体として調査するべきなのかもしれないが、私の中の医者としての良心が、彼女をまだ人間だと認識しており、手をつけることができない。
せめて彼女の意識が戻り、同意を得ることができれば。
「先生よぉ、いつまで堂々巡りしてるつもりだ? もうわかっているだろ。あの看護師は手遅れだ。そうなる前に処理するか、あんたの研究の為に手を尽くすかのどちらかを選んでくれよ」
兵士達には何度も助けられている。病院に侵入してくる彼らを何度も退け、研究のための被献体を確保してきれくれている。
彼らも心身ともに限界が来ているのは私もわかる。急かす理由も、病院が彼らの集団で囲まれており、民間人を含め、脱出のためには無傷では済まない。特効薬、治療薬が何としても必要なのだ。
「もう弾もないぜ」
「銃身に一発と弾倉が一本だけだ」
遅くても今日中には完成の目処を立たせなければ、脱出どころか完全に孤立してしまう。
もう時間がない。やはり彼女に手を出すしかないのか。今までの被献体は全身が犯されており、病状の進行のメカニズムも、体内の細胞がウイルスに抵抗するところが確認できていないため、治療薬を造りようもない。感染初期の彼女なら現在進行でウイルスに対して体内の免疫力が働いているはず。血液サンプルをとり、進行のメカニズムと、ウイルスに対して抗力もつ薬品を見つけれれば治療薬を作ることができる。
「迷ってる暇はないはずだ先生」
避難してきた民間人の中には幼子もいる。全員の命運は私次第か。
ラクーンシティ病院内で奮闘を続ける生存者達は追い詰められていた。兵士達の火器は弾薬が底を尽きはじめ鈍器寸前。感染者は減ることなく、食料と気力だけが減り続ける。
病院に立て籠るのは限界。直ぐにでも脱出する必要があるが、無傷では済まない事情から治療薬が欠かせない。傷を負った者を見殺しにすることが出来れば簡単なのだが、苦難を乗り越え、寝食を共にした者達がそう簡単にお互いを切り捨てることはできない。
生存者の数が多ければ多いほど、支えにもなるが、それは同時に情が湧き、足枷ともなる。兵士達も民間人を見捨てると言う選択肢は持ち合わせていない。
「割り切れないなら、あの看護師を処理し、必要な器材等を持ってここから脱出するぞ。こんだけデカい街なら病院も一つだけじゃない。続きはそこでもできる。今なら弾も残っている」
それが最善なのだろう。階層ごと厳重に隔てられ、石垣の上の城のように、侵入者を拒む堅牢なこの病院、この階層にも、いつ何時、感染者がなだれ込んでくるのか。籠城戦における敵を撃退、追い返しするためのものは、有限なれど無限に等しき数の暴力の前に為す術がない状況に追い込まれている。
このまま落城という血塗られた運命の前に没するか。
兵士達の話では、市庁舎に脱出するための定期便なるものが用意されていた。何度か上空をヘリのローターが空を裂く轟音を耳にしてはいた。だが、一昨日の交信を最後に、以降は音信不通であった。
彼らは市庁舎から来ていた。安全を確保する前に大群よ襲撃にあい、やむ無く退却。彼らの仲間からの最後のやりとりから、市庁舎は完全に放棄されたとのこと。
駆け込んできた民間人達の目には、駆け込んできた時以上の曇りがあった。まるで全てを諦めているかのような淀みだ。
兵士達の窶れもかなり増している。必死に抑え込んではいるが、気が気でないことが表情からはっきり伝わってくる。妙なことをしでかす可能性が極めて高い。
私の優柔不断さ、決断力の無さが招いている。事後の良心の呵責を恐れ、目の前の命に対する配慮が足りていない。
割り切れ。神も彼女も私の行動を赦してくれるはず。
この時大きく深呼吸し、覚悟を決めたことを覚えてもいるし、誇りにさえ思っている。結果的にこの決断が今後に役立つであろう結果に繋がったのだから。
「手を貸してくれ。すぐに取りかかる」
私の目を見た兵士達が、私の覚悟を受け取ってくれたことを同様に目で語っていた。兵士だけではなく、生存者の一団の中で、同じ医者であるジョージという者も手を貸すと申し出てくれた。
民間人を部屋に下がらせ、オペに取り掛かった。手術台に横たわる彼女の血色が誰の目にも明らかなぐらい青ざめている。脈は貧脈で一定ではない。意識もない。血圧も、体温も低い。
本来ならここから救命処置、ショック状態を管理、安定させるのだが、敢えてこの状態の彼女に手を加えていく。
神経幹細胞、免疫細胞等のあらゆるモノを採取していく。麻酔もせず脳を裂き、開腹、開胸とあらゆる箇所にメスを走らせる。
死ぬ前、ウイルスが体内を支配する前に採った新鮮な細胞だ。必ず免疫効果が働き、ウイルスと戦っているはず。経過を観察し、どの免疫力がどれだけ抗えるか、そこに何を加えれば完璧にさせれるのか。可能な限りそれを調べる。
一つ採取しては観察を繰り返す。このウイルスは恐ろしく感染力が高く、進行も早い。長期の細胞の保存は不可能。採取した細胞も直ぐにウイルスに犯され壊死していく。
少しでも免疫に拮抗等が見られれば、過去のあらゆる伝染病に対しての血清、抗体を加えていく。かつて大流行した病も、医師達の絶え間ない努力により、その殆どが不治の病から治せる病となっていった。
必ずワクチンが造れるはずだ。
根拠のない自信で一杯であった。しかし、不思議と不可能ではない気がしていた。
作業開始から更に数時間が経過した。提供者の看護師が亡くなったのは程なくしてだ。私達は彼女が再び苦しむ運命を辿らないように処置をし、祈りを捧げた。
彼女は勇敢だった。正に医療従事者の鏡。私なんかよりもずっと。その彼女に兵士達がそれぞれの母国の最高勲章を、あるものを使って簡単ではあるが、作成し、彼女の胸に置いていく。
自らの危険を省みず、困難に立ち向かい戦った彼女のことを兵士達は自分達と同じ戦士として認め、戦士に相応しい勲章を送ったのだ。
彼女の遺体は別室の仮の安置所に置かれた。他の者達と同部屋であるから死しても一人ではない。
それから更に数時間。作業は難航していた。新鮮なDNA細胞が必要だったが、兵士達が自ら採血に名乗りを挙げた。彼らの血を使い何度も何度も同じ作業を繰り返す。そして遂に大きな一歩となる変化が見られた。
ウイルスの変化が比較的穏やかになる結果が見られた。ある病原菌の抗体と、別の生物の免疫細胞を混ぜたモノを加えてみた結果だ。
完全な抗体ではないが、進行を遅らせることに成功したのだ。これを更に改良すればワクチンの開発に繋がる。
希望が見えた瞬間だった。
「やったぞ! ここまで来ればあと一息だ!」
曇っていた彼らの顔にも明るさが戻ってきた。これが完成すれば致命傷を負わない限り、傷つくことを恐れる必要がない。感染している者ならば救う手立てへとなる。
ところが、その先が大きな壁となっていた。はじめにぶつかった壁と同じように、ベースとなるモノは出来たが、それを完成させるモノが見つからなかった。幾度となく試薬に手を加えたが、完成には至らずじまい。
造り上げた試薬にも限りがあり、残りは僅か。無駄遣いは出来なかった。
そして、私は最初に立ち返る。この試薬を作るためにしたことを。そう、感染した被験者を利用したこと。しかし、再び感染した者を利用しても、感染者となる結果は変わらず、ワクチン開発には繋がらない。
そこで、感染者ではなく、似たようなモノを使うことを思い付いた。感染者とは別のウイルスに犯された生物達を。
この病院にもおぞましき生物達が何回も襲撃してきた。その見た目から察するに、ウイルスによって変貌した生物達。人間とは別の結果に至ったあの生物達なら恐らくは。と私は兵士達にも提案した。
兵士達もここまで来て諦めるわけにはいかなかったようで、快く引き受けてくれた。
そして、私達は獲物となる異形の生物達を探した。
白羽の矢が立ったのは、爬虫類のような見た目をした人型の生物であった。
病院近くの路地にいたそれは、それまでに目撃したモノとは違い、緑色ではなく、青色に近い体表に目と爪がない生物。
捕獲に取りかかるために、ありったけの麻酔と刺す又を用意した。傷つけずに生け捕りにするためだ。
兵士の一人が囮で一匹ずつ惹き付け、物陰に隠れた二人の兵士が生物の足と上半身に刺す又で圧を加え倒し、私とジョージで麻酔を注入して眠らせた。
二匹を捕獲し、地下へと運ぶ。病院の地下施設には何に使うかわからない、用途不明な装置、機器類が多く、院長と一部の医師しか立ち寄らない施設だった。
ただし、何もかも順調だったわけでもない。
生物を地下に搬送する途中で兵士の一人が感染者の手に掛かった。地上の階層だけではなく、予測だが、地下の存在を知っていた者達が逃げ込んでいたが、その内の何名かほどが感染しており、逃げ場が少ない地下でもパンデミックが起きたのだろう。
そのモノ達を掃討している途中での出来事だった。
倒れ、死んでいたと誤認していたモノが彼の足に噛みつき、痛みに気を取られ、数体の感染者の集団に全身を噛まれた。
仲間の兵士達が早期に感染者達を取り払い、処理したことで命を落とすことは無かったが、彼も手傷を負うことで感染してしまったのだ。
感染した自分は長くない。壁際に座り込み、そう悟った彼は私の手を握り近くに引き寄せるとこう呟いた。
「必ず、必ず完成させてくれ」
今でも脳裏に焼き付いている。力強い彼の目と言葉。信念を持って助力してくれた彼の生き様を。
「自分の始末くらい自分でする」
最期にそう言い残し、拳銃を口に咥え、自らを撃ち抜いた。壮絶であった。
病院に逃げ込んできた彼らとは何度も会話をした。その上で彼らは自身の身上も包み隠さず話してくれた。
自害した彼はオーストリアのリンツという都市の出らしく、両親は音楽家で、若かりし頃は両親からの音楽面での英才教育が嫌で、反発から軍に入ったと言っていた。
更に親元から離れるために軍を抜け、傭兵稼業としてユーゴスラビア等を渡り歩いたそうだ。その頃現在の組織にヘッドハンティングされ今に至ったらしい。
彼は28歳で、親に反発ばかりして飛び出したことを後悔していたが、その間の生活も悪くなかったと打ち明けてもくれた。
彼だけではない。彼の仲間も同じように暴露話をしてくれた。上官の娘に手を出し軍を追われた者、スラム出身でまともに文字も読めず、書くこともままならないもの。ジェノサイドに成り行きで加担した罪悪感から、以降聖職者のように聖書を形見も離さず、毎時祷りを捧げるもの。
一人一人、国も宗教も肌の色さえも違うが、誰よりも強く、仲間意識が高かった。話を聞く中で、とても道を踏み外した者達には私は思えなかった。
家族や親友ではなかった彼らが、傷つき倒れていくのが堪らなく悲しく感じる。
生物を巨大なカプセルに収用し、生物から細胞を抽出した培養液を精製する頃には、兵士はたったの一人だった。そんな彼も傷を負ってしまっていた。
無傷なのは私とジョージだけ。
「どうやら俺もここまでのようだ」
「何を言っているんですか、今日中に、いや、数時間後にでもワクチンを開発すれば助かります」
「俺にそんな時間は残されていない」
ぐったりとする彼を、二人で支え懸命に励ますが、彼は頑なに首を横に振り続ける。
「あんた達はここを離れろ。もうワクチンは諦めて脱出しろ。あんた達を守ってやれる奴等はもういない。地下にはまだ化け物共がうじゃうじゃいる。生き残った連中を連れて一刻も早く」
彼の言葉の後、感染者のうめき声と、異形な生物の鳴き声が耳に入る。
「しかし、一体どこへ」
彼は懐から一枚の紙をジョージに渡した。そこに書かれていたのは、この病院の地下水路から外へ脱出するまでの経路。
「これは?」
「あんた達には隠していたが、実は俺達で勝手に病院からの脱出ルートを調べていたんだ。万が一はそこから脱出って予定だったんだが、あんた達を見てたらとても自分達だけで脱出する気にはなれなかった」
それと同時に上に上がるエレベーターが到着し、扉が開く。彼は私達をエレベーター内に押し込み、居住していた階層のボタンを押した。
「俺達の死を無駄にするな。絶対に生き残れ。地下通路まで安全に行けるよう、道は開いといてやる」
扉が閉まり、上へと上がっていくエレベーター。彼の姿が視界から消えていく。腰元付近、右手でサムズアップしたのが彼の最後の姿。
居住階層に戻った私達は事の顛末、彼らの死を生存者に伝えた。生存者達も彼らの死を悲しんでいた。ジョージは彼から託された脱出ルートを教え生存者達一行は真っ直ぐ病院の下水道に繋がる地下通路を目指す。
彼の言葉通り、地下通路までの道は安全だった。彼が倒したであろう感染者や生物達の死骸が転がっていた。
地下水路に入る前のダビットにはボートが係留されていた。しかしながら全員乗れる余裕はない。
「一人定員オーバーだ。誰が残る?」
生存者の一人が細い声で呟いた。誰もが口をつむぎ、下を向く。当然だ。誰も残りたがるはずがない。
「私が残ろう」
けど、私は違った。私には使命が残されていた。やらなければならない使命が。それを達成するまで、この病院を離れるわけにはいかなかった。
「......いいのですか?」
ジョージが私に訊ねて来るが、私の決意に揺るぎはない。
「彼女と彼らとも一度は約束したのだ。必ずワクチンを完成させると。後は頼んだよ」
ジョージは何も言わずただ頷き、聞き受けてくれた。生存者達も一人、また一人と私と抱き合いボートへと乗り込む。ジョージとは力強く握手を交わし、その後抱き合う。「残念です」と耳打ちをしてきた。
それに私は返事はしなかった。
ボートが動き始めると、私は無言で彼らを見送った。ボートが見えなくなるまでずっとだ。
そして再び私は地下の培養室に戻り生物から抽出した適合細胞の培養液の完成を待った。この培養液と私が造った試薬を混ぜれば私の立てた仮説、理論通りならワクチンは完成する。
「たったの一つだけかもしれないが、このワクチンが誰かの役に立つことを願う」
それと、この病院に来る者達。全身がヒルに覆われている生物には気を付けろ。
◆◆◆
September 28th. PM23:00
ラクーンシティの県境付近の荒野。舗装された道路があるだけのこの道端に乗り捨てられた車輌が一台。
ハンヴィーの中は血溜まりと、血潮で赤く染め上げられている。そのハンヴィーの運転席には一人のU.B.C.S.の死体が残置されていた。両目を何かでくり貫かれ、苦悶の表情を遺すその死体。その隣の助手席にはどこにでもある帽子だけが不自然に置かれていた。帽子は隊員の被り物ではない。しかし、帽子の持ち主はどこにもいない。
放置されたハンヴィーから数キロ離れた道路を、街に向かって歩く人物が一人。照明もない暗い道を緩慢に歩く。
「やはり、この数だけではダメね。それもただの生身では足りない。もっと数と強い個体でなければ」
その者は独り言をぶつぶつと呟く。
「自己復元で体は戻りつつあるけど不完全」
首や体を動かしながら歩く女。体を動かす度に体の中を何かが這うように波打つ。生身の人間には決して見られない現象。
体は女のだが、格好がまるで男のようである。緑のシャツに弾倉ポーチが着いたジャケットにジーンズ。女がするような格好には思えない。背も高く、体格も着てる物よりもやや細身で異なる。まるで"体だけが女になった"ような不自然さ。
「そうよ。あの街にはアレがあるじゃない」
女は、キツイ目をしてるが、決して不細工ではなく、鼻は高く、肌は艶と張りがあり若々しい。唇は触れたら弾むような弾力性があり、魅力的だ。顔も小顔で知的なキャリアウーマンを思わせる女は、モデル顔負けの笑みを見せる。が、その笑みは内に潜む心の醜悪さが滲んでもいる。風に靡く茶髪の長い紙が女の顔の前に流れ、目元を隠し、口元だけが露出し、そのままの状態でこう呟いた。
「待っていなさい、ウィリアム」と。
U.B.C.S.生存者20名。死者100名。