Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S   作:オールドタイプ

23 / 30
Mission report23 PM22:30i

 この部屋に入らなければ、いや、彼らが興味本意で資料の読み込むということをしなければ、到底知ることはなかったであろう事実。

 望んでもいない悪事への無自覚な片棒担ぎ。少し考えれば分かったはずだ。これまでの"仕事"のその後を。過剰なまでの企業側の対応について。

 おそらく彼らも薄々分かっていたのかもしれない。分かっていたが、自分達には関係のないことだと。他人事であり、自分達には何の不利益にはならないことだと。

 結局のところ全て自分達の身に、かつてないほどの狂気を孕んだ形として返ってきてしまっている。

 元々そうなる運命だったのかもしれない。この世に生を受け、これまでの成長過程での自らの行い。全てがU.B.C.S.という結果に辿り着くまで予定調和。U.B.C.S.に辿り着いた先に待つものがこれである。

 

 やることなす事全てが無駄どころかマイナスにしか働いていない。地獄に際限などなく、ひたすらに報いを受け続けるしかない。これまでの行いを思い返し、自らへ報いとして返ってきた事実に兵士は激しい自己嫌悪と、精神的披露の蓄積がピークに達しようとしていた。

 

 そんな彼らを見つめる影が一つ、天井の廃棄ダクトの狭い空間に。姿形は見えないが、恐ろしい殺気と邪気を纏うそれは迷い込んだ獲物二体の品定めをするかのようにじっくりと眺めている。

 

 しかし、そこは訓練された兵士達。精神的にも肉体的にも限界に達していようが、それらの気配を肌で感じとっていた。頭を切り替え臨戦体制に入る。

 

 潜むモノも兵士達の空気が変わったことを感じ取ったのか、それとも空腹に耐えきれなくなったのか身を潜めていたダクトから飛び出す。

 その際の音は兵士達に確かな位置を知らせ武器を向けさせることとなる。

 兵士達は自分達を狙う捕食者の姿を見て更なる嫌悪感を抱く。戦闘体制をとることではっきりと見てしまった。その捕食者の姿を。

 

 その捕食者の姿はぱっと見のシルエットは人間と同じである。人間とは明らかに違う爪と体毛、裂けた口元を除けば。

 兵士達にとってゾンビに次ぐ果てしなく人間に近しい存在。ゾンビとは言え心理的に人間の形をしたものに対する攻撃は多少の躊躇いを生じさせる。しかし、目の前の生物はシルエットこそ人間だが、人間とは別の生物的特徴を持つため、戦闘という面では比較的ましであるかもしれない。

 

 だが彼らは別だ。彼らは読んでしまっているのだから。その生物についての資料と、その生物が生み出されるまでの過程を。

 

 にわかに信じがたい実験の産物が自分達の目の前に捕食者として現れる。兵士の一人は空に近い胃袋から何かが込み上げてくるのを、嗚咽を必死に押さえ込む。

 

 鳴き声なのかはわからない音を口から発しながら、嗚咽を押さえ込む隊員にのし掛かるソレ。

 

 速い。

 

 もう一人の兵士が次にソレの姿を捉えたときは既に隣の隊員にのし掛かった直後である。目を離したわけではない。ただ、反応が追い付かない速度でソレが動いただけだ。決して目で追えない速度ではなかった。体が追い付かなかっただけのこと。

 

「ちくしょう! 離しやがれ!」

 

 のし掛かれた隊員は、自分に噛み付こうとするソレの両腕を押し退けながら噛み付かれまいと抵抗する。

 そんな仲間を助けようともう一人の兵士は、銃床部を槍のように突くように打撃を与える。腰を入れ、当たる直前に力を込め確実なダメージが入るように繰り出された打撃。

 ソレの顔面に直撃し、仲間のマウントを解除させることに成功するが、まるで効いてないかのように平然と立ち上がる。その落ち着きようが昆虫のようであり、不気味さを際立てる。

 

「くたばれバケモノ!」

 

 仰向けに倒れている兵士はホルスターから拳銃を抜き、胸部から上だけを起こし、引き金を弾倉が空になるまで引き金を引く。

 ところが、ソレは拳銃の弾が見えているのか、素早い動きで空気のように弾丸を避けていく。縦横無尽に室内を駆け回るソレ。移動する先々に対して兵士が発砲するため、天井や床、壁、机や棚等至るところに弾が当たり、室内に跳弾が舞うこととなる。

 

「くそ、くそ、何で当たらねぇんだ!」

 

 鼻息が荒く、呼吸もはやい。酷い興奮状態の兵士。

 

 それも無理はない。それまで遭遇してきたどの生物ともソレは違った。ゾンビは言わずともながな、ゾンビ犬であっても動きこそは素早いが、直線的な単純な動きしか出来ず、目の前のソレのような縦横無尽な3次元的な動きはしてこなかった。

 木々を移動する猿でさえもう少し規則的な動きをとる。何を考えているのかも分からず、どのように動くかも予測がつかない。ただ本能的に避けているだけ。

 

 よく、昆虫が人間サイズになったらというたられば話で決して敵うことはないと聞くが、それを認めざるえないであろう。

 

「無駄撃ちするな!」

 

 近くの机に身を屈め、跳弾をやり過ごす兵士が拳銃を乱射する兵士に怒鳴る。そんな兵士も変則的なソレの動きに翻弄され照準が出来ない状態である。

 

 攻撃してこない?

 

 身を隠しつつソレの様子を伺う兵士は、ソレが避けることに集中するあまり、こちらへの反撃を意識していないことに気づく。

 

 まさか、アレは単純な一つだけの動作しか出来ないのか?

 

 だが、そう結論付けるにはまだ早く、可能性の一つの段階でしかない。

 

「落ち着け!」

 

 スライドが開放状態となっても焦ってからか、引き金を引き続ける兵士。耐え難いショックの連続で既に冷静さを失っているのだろう。

 仲間が近寄り肩を叩くことでようやく発砲動作を止める兵士。近づいてきた仲間の顔を見上げ徐々に落ち着きを取り戻す。

 

 銃声が止んでしばらく。

 

 室内は辺り一面弾痕だらけで、ソレが駆け回ったことで倒れた棚や机と研究飼料が散乱している。だが、ソレの姿はない。異常なまでの存在感を示したソレがどこにもいなかった。

 おそらく一時的に退散したのであろう。二人の兵士は先程までの邪気と殺気は感じてはいない。

 

「見たか......あいつの顔。口は裂けてやがるが目は違った。目だけは人間みたいだったんだよ......ゾンビどもの白目とは違う。瞳孔のような小さいけど黒い点が確かにあったんだ......それと俺は目が合った......おぞましいなんてもんじゃねぇ......」

 

 仲間に手を借り、近くの棚にもたれかかる兵士。どうやら腰が抜けているようだ。上体だけを起こす兵士が口を震わせながらそう呟く。

 

「ヤツはもういねぇ。一先ずは安全だ。ゆっくり呼吸を戻せ」

 

 思いがけない捕食者に、予想外の被害を被った兵士達。仲間の兵士は、怯える兵士がもう限界を超えていることを嫌でも理解してしまう。

 平静さを取り戻したかのように装うが、仲間の兵士は目の前の兵士が、おそらく次に背けたくなる恐怖が襲いかかってきたら目の前の兵士は壊れてしまうだろうということも併せて。

 

 資料室でするべきことはもう何もないため、二人はパスコード捜索に戻る。

 

 内部の通路は電纜だけではなく、通気孔が至るところにあり、先程の生物はこの中を伝って移動しているようである。つまりは、ハイヴ全体が生物のテリトリー。何処にでも潜めて何処からでも襲ってくる可能性があるということでもある。

 

 次はどこから来るのか? 上か? それとも下からか? もしくはゾンビ共のように扉から急にか?

 

 あらゆる方向が脅威となり、全体に注意を払うことで個々の注意力が散漫になりがちになってしまう。しかも、あの生物は全身が体毛で覆われているのだからか、足音といった動きを伴う時に発する音が極端に小さい。

 

 おそらく足の裏にまで生えている細い幾つもの毛が靴や、クッションの役割を果たし、皮膚が壁や地面に接地しないからかもしれない。

 もし、それが本当であるならあのB.O.Wは他のB.O.Wにはない室内戦における大きなアドバンテージを得ていることになる。ただし、兵士が気づき、立てた仮説が正しければ兵器としては大きな欠点をもつ。

 

「All station,All station. 調査班デルタだ。資料室で未知の敵と遭遇した。これから特徴を伝える、注意されたし」

 

 同じくパスコードを捜索する別動隊に、自分達が遭遇した敵に対して情報の共有を図る。知っているのと知らないのでは、対応までのプロセスが大きく異なってくる。

 

「大きさは人間の成人と変わらないが、全身に体毛が生えており、見た目が昆虫のようになっている。口が裂けており、手足、顎も昆虫のように発達している。狭い空間に潜り込むことができ、奇襲を仕掛けてくる。身体能力も高く、室内といった閉所では3次元的な動きをしてくる強敵だ」

 

 無線越しに、仲間が固唾を飲む様子が思い浮かべられる。その姿の醜悪さを目の当たりにすれば、それ以上に嫌悪するだろう。

 もたらされた情報が、マイナスに作用する悪い報せだけでは士気が傾く。そうはさせまいと、兵士は自身の仮説についても述べる。

 

「ただ、ヤツは知能が低いのかこちらからの攻撃に対して、避けることはピカ一だが、反撃をしてくる様子がない。一つ一つの動作しか実行できないようだ」

 

 出鱈目な情報に踊らされ、危険な目に合うことは少なくない。

 

『そんなの、お前の短い時間での主観だろ?』

 

 初日の彼らがそうだったように。事前に知らされていた内容からは大きく剥離。偏見、思い込みによる人為的生物への驕り。身をもって経験積みだ。

 当然、彼の言う仮説は今日までの街での経験と照らし合わせるところの思い込みでしかない。両者との違いは前向きか、後ろ向きかだけである。その前向きさが時には大きなヒント、助けになることも生き残った兵士達は理解している。同時に一歩間違えば大きな思い込みとして真逆の結果になることも知っている。彼らがこの仮説をどう思うかは、彼ら次第だが、ここで助け船が入る。

 

『いや、その仮説はおそらく正しいだろう』

 

 監視員。どうやら彼はキメラについての情報も握っているようだ。

 

『アンブレラは昆虫の能力の高さに以前から目をつけていた。神経節にあの小ささでの驚異的な能力と、それらを制御する脳を。昆虫の中には音を認識したり、記憶を持つもの味覚を持つものもいる。その能力を人型で制御しようとした初の試みがキメラだった』

 

 監視員は自身が知る限りの情報を語り始める。

 

『ハエは繁殖力も高く、ほとんどの環境に学習し、適合できる昆虫。その中でもショウジョウバエは、場所も記憶することができ、脳の造りの一部は人間や他の生物に類似している。目論みどおりハエと人間の合成は形にはなった』

 

 ここまで聞く限りでは、キメラはアンブレラの傑作ハンターに次ぐ傑作に成やも知れぬ可能性を秘めていたことがうかがえる。

 

『しかし、予想外の事実が発覚した。Tウィルスは多種属との混成を可能とするが、二種族以上の交配は安定性が極端に低い。人間をベースとした場合、大脳皮質への侵食が酷く知能が大きく低下する。そのため、昆虫類のような習性、機能を残したままそれを制御させ、兵器化させることには失敗した。だからこそ一つ一つの動作しか出来ず、その能力を持て余している』

 

 ハンターが成功作となったのは、ハンターを制作するに当たって、爬虫類の習性や個々の能力の付与は考えていなかったからである。純粋な身体の強化と必要最低限の知能だけの確保に研究をシフトしたからである。

 

『だが、気を付けなければならないのが、二次災害で報告されている昆虫類B.O.Wの先祖返りだ。キメラに当てはまるかどうかは正直データーがなく不明だが、偶発的な事故で昆虫が予期せぬ変化をもたらしたことから昆虫ベースなため充分にあり得る』

 

 かつての洋館では、脱走したウェブスピナーが突然変異を起こした結果ブラックタイガーと呼ばれる個体となった。従来のウェブスピナーは糸を出すことは不可能だったが、ブラックタイガーは先祖返りの結果、糸を出す能力を取り戻している。

 

『今後キメラに遭遇した場合は室内では戦うな。戦うなら通路にするんだ。遮蔽物や奴等が逃げ込めそうな空間がないところにおびき寄せて。大概、奴等はエサを見つけたらそれに対して真っ直ぐだ。だが、狭い通路だけなら持ち前の機動性は無意味だ』

 

 監視員の情報全てを一度に吸収することは出来ないが、兵士達にとって彼の情報と助言は聞くに値するものはわかり。他分隊で面識もない彼に兵士達は、彼に対して安心と信頼感を持つようになる。

 

『もし、キメラに関して私が述べたこと以外の奇妙な動き等があれば報告してくれ。私のもつ情報と照らし合わせ、私なりに推察しアドバイスする。勿論他のB.O.Wに関してもだ』

 

 彼の言うとおりにしていれば間違いない。彼の助言は自分達を助けてくれる。自分達を生き長らえさせてくれる。監視員である彼の下、一団が彼に傾倒していくこととなる。

 

 そこから彼らは無事にパスコードを入手し、誰一人欠けることなく、次のフロアへ向かうことができるエスカレーター前に戻ってくることができた。

 その途中、何度もB.O.Wと遭遇した。キメラ、ウェブスピナー、ゾンビ、リッカー、ハンターと。だが、それらを全て監視員の助言の元、傷一つ負うことなく撃退。全員戻ってきたとき、兵士達の監視員を見る目が変わっていた。

 

「これで下に進めるな」

「あんたのお陰だ」

「あんたが入れば全員で脱出できるな」

「この後も頼むぜ」

 

 口々に監視員に称賛と賛辞が与えられる。それに対して監視員は狼狽することなく、クールにそれらを受け止める。「当然のことをしたまででのこと」と。

 彼らは更にハイヴの深部へと進んでいくが、まだ見ぬ深部には何が待ち構えているのか、このまま彼らは無事に脱出することが出来るのか。

 

 ◆◆◆

 

 兵士達が下のフロアへ進んでからしばらく。彼らが通過した後の通路、部屋には無数のB.O.Wの死体があり、それを監視カメラが捉えている。

 死体の一部にキメラが何体か群がっている。死体に覆い被さるようにして何かをしている。一体何をしているのか。

 数分もしないうちにキメラは死体から離れ、どこか別の場所に移動する。死体に目に見える大きな変化はない。群がれる死体もハンター、ゾンビ、ウェブスピナー、はたまたはリッカーと種類もバラバラである。

 更に数分の時間が経ち、キメラが群がっていた死体に変化が現れる。

 死体の皮膚を何かが突き破る。爪のようなものだ。一部分だけではなく、腕、腹部、大腿部、至るところから。内側から突き破られる爪はキメラの持つもののように見えるが、先程までのキメラよりも更に鋭利になっている。

 

 やがて爪の持ち主が死体の内側完全に突き破り姿を見せる。その姿はキメラに非常に酷似している。しかし、爪のように一部が発達、変化している。目の部分は完全に従来のハエのような複眼になっていたりする。

 キメラが群がっていた死体全てから同じような個体が続々と現れる。そして、生後間もないキメラはそのまま何処かへと姿を消す。

 

 非常時はパスコードを通して昇降しなければ、別のフロアには行くことはできないが、それはあくまでも人間だけの話である。

 

 監視員は一つ大きな見過ごしがあった。キメラ生成に使われたハエの個体は一種類だけではなかったということを。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。