Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
上層部と株主達との間で食い違いが生じるようになつてしばらく。
事態の収拾は極めて困難と判断を下したのは時期早々と奔走する上層部と株主達が襟を分かつのも無理はない。目的のためならばどんな犠牲も厭わず、使い捨ての駒としか見なされない我ら。現にAチームのことを上層部は気にも止めなかった。そればかりか、ラクーンの責任をA,Dチームに擦り付けようとさえしていた。
「予定ポイントに到着した。このままデルタチーム待つ」
『......いや、作戦変更だ。デルタの回収をする必要はない。放っておけ。変わりにお前はある"ブツ"の回収をして帰還しろ』
U.B.C.S.所属のヘリでも政府のヘリでもない、黒塗りのチヌークが一機警察署付近を滞空している。ヘリにはパイロットが一名乗っているだけ。黒いツナギに黒の防弾ベスト。U.B.C.S.のようなロゴマークはなく、黒のサングラスをかけており、全身が黒ずくめ。鼻の下の髭は綺麗に整えられている。
「本部、聞き間違えかもしれないためもう一度確認する。デルタチームをどうしろと?」
交信先の司令部からの命令に耳を疑った。当初の任務内容は現場で工作に当たるメンバー達の回収。残ったチームは残置させられ、この街でサービス残業に励んでいる。
残業の
『何度も言わせるな。デルタのことは忘れ別の任務を果たせ。場所はこれから示す。以上だ』
「待て、司令部話はまだ......くそっ!」
一方的に交信が切られ、癇癪で計器を壊れない程度の力で叩きつける。既に彼らは、上層部からの無茶に近い命令を忠実に実行してきた。にもかかわらず、上層部の対応は彼らを一方的に切り捨てるもの。理由は告げられずに。
この時をもって、私の中の疑念が確信へと変わった。都合が悪くなれば誰であっても切り捨てる上層部のやり方に最早従うことできない。
「......私だ」
『待っていましたよ。ようやくこちらの申し出に答える気になったのですね』
懐から無線機を取り出し、相手を呼び出す男。どうやら任務とは関係のない別の無線機、個人的に持ち込まれたものであるようだ。
「話を持ちかけてきたときは、馬鹿馬鹿しく思えたがお前達の言うとおりになった。こうなることは予測済みだったのか?」
『投資家たるもの、常に二手も三手も先を読むもの。あなた方はいわば保険。会社がこうなることも、洋館事件が起きたことでーーの前の養成所所長の粛清の段階で可能性の一つとして危惧はしていました』
養成所所長の粛清? 何の話だ? 確か、あそこの所長は事故により亡くなったと聞く。そもそも何故この女が幹部養成所所長の件を知っている。いくら株主、投資家とは言え、内部事情に精通している? 表向きは失脚、配置替えとして処理されていた。
いや、その処理そのものも今思えば不自然だった。何も事件性も、秘匿性もなければそのような処理はしない。やはり何か裏があったのか。
『と、与太話が過ぎましたね。回答を聞いていませんでしたがいかがされますか? 会社に付き従い会社と共に朽ち果てるか、彼等のように見捨てられこの街で最期を迎えるか、私達の手を取るか。3つから選ぶだけです』
何も迷うことはなかった。U.B.C.S.並びに投入されたU.S.S.への仕打ちから奴等の手を取ることなんて。あの女に連絡を取った時点で回答が決まっていることなんて、女も百も承知のはず。
「ーーーこちらの要望は2つ。無事に街から脱出させることと、今後の会社からの安全の保証だ」
『お安いご用です。今回の件が片付いた後のアンブレラに果たしてそれだけの余力があるとは思いませんが』
奴の申し出を呑んだ私は、一先ず、命令に従順なふりをしてこの場を飛び立つ。女の要望は会社と同じモノ。回収できたのならば、それを女が指定するところまで運ぶのだ。
女ーーを含めた会社に見切りをつけた者達は、会社の遺産を自らの手中に納めようと、打算的に、それぞれが動いているらしい。
男が知らないところで多くの人物が、既に他方向からのヘッドハンティング及び、パイプを形成し動いていた。ある工作員は洋館事件直後から別の組織、ある研究員は自らの保身と研究のため政府に、ある傭兵はより多額の報酬のための別の投資家に。
後方180°に旋回したヘリは上層部から新たに示されたポイントに向かって飛び出す。ヘリが飛び去って直ぐに予定地点に表れた集団には気づかずに。
操縦席から街を見渡すが、この下では今も修羅場を演じてる人間がいるのかと思うとやりきれない。そこに私の仲間もいるとならば余計に。
U.B.C.S.とは所属も命令系統も違うが、同じ企業に雇われた身である以上私達は仲間であることに違いはない。向こうがこちらのことをどう受け取っているかは不明だが。
指定された地点であるラクーン大学に到着。大学の敷地には既に搬出準備が完了後の、例の"ブツ"が入ったコンテナが置かれていた。中身については詳しくは知らされていない。研究中のB.O.Wとしか認識してない。あらゆる薬品による休眠状態らしく、目覚めると、本体の不安定性と狂暴性から回収が困難になるようだ。
コイツを手にいれて奴は何を考えているのか正直想像ができない。
一説にはコイツは"T"を既存生物のように増大させた"T"そのものであると指摘もされている。誰が何のためにそんなことを目論んだのかは研究員ですらわからないそうだ。
「あなたがこれの運び屋?」
コンテナ付近に立っていた研究員のアフリカ系の職員が男に話しかける。この男同様に、コンテナ周辺に集まっている研究員は全員、アンブレラから離反を示した者達。
「そうだ。準備が出来次第直ぐに離陸する」
「少し待ってはもらえないかしら?」
やり残したことがあるのだろうか。女性は脱出に待ったをかける。サングラスで目元は隠されているが、男は「何を言っている」と言わんばかりの、気難しそうに顔を歪める。
「理由を聞かせてくれ」
理由もなくこの場に留まるほど、男もお人好しではない。相応の理由が必要なのだ。
だが、そう問いかける男の目は、男が今まで見てきた多くの研究員にあった瞳の奥の濁りが存在していないように映った。目の前の女性研究員は何か使命感を灯していると感じる。
「Tウィルスに対する特効薬のデイライトの試薬がこの研究所にあるのよ。それを完成させれば今回のような事件が起きてもここまでの惨事にはならない。これは私達が研究していたものによって引き起こされたことに対する償い、使命なのよ」
真っ直ぐ男を捉えながら話す女性研究員の言葉は、男が抱いた感じと寸分も狂うことなく一致している。女性研究員の情熱に胸をうたれたのか、男も相応に応える。
「......最長で二時間だ。それ以上は無理だ。最悪置いて行くことになる」
「ありがとう。感謝するわ」
満面の笑みで喜ぶ女性研究員。彼女は離れたところで待機している同僚の男性研究員に一連の結果を伝える。男性研究員の方もどうやら彼女と共に研究所に引き返すようだが、U.S.S.の男はその男性研究員に女性とは違う、従来の研究員と同じ濁りが映っていた。しかし、それを直接口にすることはない。
「私からも一ついいかしら? なぜ貴方は裏切ったの? U.S.S.であるあなたがなぜ?」
「何故裏切ったのか?」そう問いかけてきた職員の女性への回答は先の通りだが、そのことに対しても男は直接口にすることはなかった。真相は男の心の内に留めておくだけ。そんな男の内心に女性が気付くことはない。
遅かれ早かれ確実に男の裏切りは会社に露呈することになるであろう。会社が男の裏切りに気づく頃にはブツもデイライトも喪失しているはずだ。
会社の失敗は外だけではなく、内側からも離反者、敵を多く作り出してしまったこと。もし、仮に会社が内外に置いて人的財産を丁重に扱い、内部の不満に対して耳を傾けていれば、存続が危ぶまれる程の危機を乗り越えれたであろう。
◆ ◆ ◆
HIVE Level2 floor.
地下プラットホームを目指し、アンブレラ地下施設深部へ足を進めるU.B.C.S.生存者達。彼らがこの街から脱出するための手段は既に1つしか残っていなかった。
奥へ、奥へと進もうとする彼等の前に立ちはだかる人間の成れの果て。白衣姿に胸のネームプレートが、彼らがこの場所でつい先日まで、変わらぬ日常として勤務に明け暮れていたことを告げている。
日の光が当たらない地中深い施設であり、どの部屋も空調設備の完備により室温、湿度の調整がなされており、死体の腐乱等が外に比べればましと言える。
更に、この施設内をたむろする感染者達は致命傷と見られる外傷を負っているものが少ないだけではなく、血液感染と見られるような傷もない。このことからこの施設の職員は汚染物質の経口、吸入による感染であることが伺える。
"Tウイルスは通常液状のウイルスで、揮発性が高く、僅かな量でも常温でたちまち気化することで高い即効性を発揮する。その分残留性は低く、エアゾル状で僅かながらも滞留したりするが、散布直後よりも効果が薄く、持続性は低い。継続的に暴露されていなければ直ちに影響はない。
その分環境に応じた形へとウイルスが変異するため、あらゆる物質を汚染し完全除染するまで強い感染力をもったウイルスが残り続ける。そのため水等を酷く汚染し、それらを口にした者は、潜伏期間に個人差が存在するが先天的に耐性がない者を除き感染は免れない。"
「『T』、どうやらそいつが原因らしいな」
報告書のような紙の束の中から、数枚を抜き出し眺めていた隊員の横から別の隊員が口を挟む。
資料室のような室内には、似たような書類がファイリングされ、識別しやすいようにナンバリングされている。『Tが及ぼす生体への影響、哺乳類』を初めとしたものが複数。
どういったものが、どのようにして、といった過程について隊員達は詳しくは知らされていない。アンブレラが悪事に手を染めていることは、前々から睨んではいたが、まさかここまで大規模且つ、深々と浸透していたとは彼らは読めていなかった。
「『特殊な環境下での実験を試みるため、南米や南極等の厳酷な自然環境下に研究所を設立することを上申したい』」
雇い主でもあるアンブレラのことについて良くしろうとすれば、本社の人間から『口止め』が入ることが多々ある。実際に彼も一連の過程と結果を見てきた。
「『ハイヴ現場責任者ミシェール・K・レディウス』から『ビンセント・ゴールドマンへ』。どの資料にも同じ名前が記載されている。かなりの大物なのだろうな」
「だとしたらこのえげつない実験の数々を、コイツは目の前で見ておきながら平気でいたってわけだな。クレイジーだぜ。コイツだけでなく、ここの連中は」
読むのもおぞましい実験の数々を、隊員達は資料を通して知ることができた。実際の実験を目にした訳ではないが、非常に生々しいそれは容易に想像がついてしまうのだ。
「『被験者女性に感染させた昆虫のDNAを組み込んだ受精卵を外科的に組み込む』なんてどこのクソが考えたんだ?」
被験者となった女性の経過、過程もただの記録としてしか綴られていない。
『とある研究員の手記』
経過3ヶ月で女性の下腹部は膨れ上がり始める。5ヶ月で更に大きく。それまで順調であった赤子の成長も、6ヶ月が経つ頃には異変が起き始めていた。
尋常ではない下腹部の膨れ上がりはじめた。次第に胎内の赤子が、胎動を始める。いたる角度から女性の下腹部を突き破ろうとせんと激しく蠢いていた。流石に女性も自分が身籠っているものへの疑心が激痛と共に生じることになった。
激痛と得体の知れないモノへの恐怖は増す一方。日に日に、もがき苦しむ被験者女性。自分の体に何をしたのか。研究者とアンブレラお抱えの医師達に怨み言を吐き散らす。
絶食、自傷行為で命を断とうとするため、女性が暴れないようストレッチャーにこれでもかという程鎖、ベルト、手錠、あらゆるものを使用して自由を奪っていく。
すでにある程度中身が成長をしたため、絶食による栄養素の未摂取はさして問題ではないのだろう。脈動が力強いものになっていっているのがわかる。
7ヶ月を迎える前に新たな研究成果は産声を上げた。
頬骨が浮き出るほど痩せ細せたやつれきった顔の女性。暴れる意欲も話す意欲も失ったと思われていたが、彼女に一時の「生」が与えられた。
それは絶叫と呼ぶには弱々しかった。家畜が絞められる時の姿が相応しい。血走った眼が私を捉えていたことが頭から離れない。パクパクと動くだけの口が何を伝えようとしていたのかはわからない。
そんな彼女だが生気を取り戻したかと思えば、ただちに元に、いや、それ以下の容態に急変していった。
バイタルサインが危険数値(低下状態)を越えはじめた。おどなくして被験者女性は死を迎えた。彼女が死んだのと同時にソイツは現れた。
女性の腹を食い破るようにして、人間サイズの体毛にまみれた昆虫独特の手足が出てきた。
開発されていたB.O.Wと、開発への経緯が無造作に綴られている。ページを捲る度にシルエットと共にそのB.O.Wがについての知識を隊員達は強制的に得るであろう。
人間が人間にするようなことではないおぞましさに、正気を失いかねない。なぜこのようなことが平然とできるのか。自分達でさえ、ここまで残虐非道なことを行える自信はない。戦場でまだ敵を殺している方が幾ばくもましである。
このような下劣な行為と比較すれば、誰もが彼らはまだまともであると、口を揃えるであろう。
医学会が人類の進歩のため、突然訪れる理不尽で困難な現実の解消のために行われるような動物実験等はまだ正当性が感じられる。しかし、ここで行われていることに関しては正当性が毛の先ほどにも感じられないはずだ。100歩譲ってこれらの実験が、ウィルスが今後の人類の糧となり得るものとしても、やり方というものがあるのではないだろうか。おおよそ実験計画を立案しても計画段階でまともな人間ならば頓挫、躊躇、否定する。いや、するべきである。
研究者の飽くなき知的好奇心は性で、その甘味な誘惑には抗えるものではないが、常人思考の彼らを含めた不特定多数の人種には理解できない。
人間を人間と見てはいない。アンブレラの研究者にとって、人間は人間という一つの単位でしかないという証拠である。
「この街の住人も奴等の実験動物だったわけか」
被検体となる人物達は世界中から集められていた。戦争孤児、誘拐、借金のカタ、大金に寄せられてなどなど。割合の多くは身寄りがない者や金銭に困っている者達。一部では、アンブレラにとって不利益になりうる人物の親族を誘拐もあるが、そういった者達は通常とは別の特殊な実験に回されている。
世界中の国家の中枢とのコネクションを持つアンブレラは、文字通り人材には困らないのである。
それらの事件の揉み消し、抑圧に駆り出されていたのが他でもない彼らU.B.C.S.であった。どちらかと言えば抑圧に関与してきた彼ら。小さな繋がりであるが、彼らもアンブレラの非道に関与してないとは言えないのだった。
「......俺達が東欧の国でデモ鎮圧に行ったときのことを覚えているか?」
「アンブレラの薬品で健康被害を訴えた集団のデモだったな。それがどうかしたか?」
一冊のスクラップブックの、とあるページを仲間に見せる。ペンで国名と日付が書かれたそのページには年齢がバラバラな男女の写真が貼り付けられている。
「ばかな......こんなことって......」
貼り付けられている写真の中には見知った顔がいくつもあった。そう、それは自分達が今まで鎮圧してきたデモ参加者達。確保しU.S.S.に引き渡した者達は全て各地の研究所にて非合法な研究の実験体にされていた。その事実に兵士は多少の精神的ショックを受けるであろう。
悪に手を染めてきた兵士達にも、自分達の宗教観、忌むべきこととそうでないことのボーダーラインは設けられていた。実験に関する内容は彼等の許容範囲を大きく超えている。その片棒を担いでいたのは他でもない自分達だった事実による受けた精神的ショックは、兵士の精神を限界まですり減らしていた。
異形の存在だけが精神を疲弊させるわけではない。人間の本性と悪意が人間の心を蝕み、やがて自滅の道を歩ませる。たとえ今日まで生き残った兵士達であっても簡単に壊れるほどに。